24.ロッキンを探せ! ①
おーい、ロッキンさーん、どこですかー、早く出てきてくださーい。じゃないと私、殺されてしまいまーす。早く、早く出てきてくださーい……。
たくましくご立派な木々が乱立するだけの単調な樹海内部を、私は当てもなくロッキンを探し回っている。背後からチクチクといたぶるようにしつこく刺してくる憎悪渦巻く視線に耐えながら……。
「…………」
「…………」
続く沈黙。もの言わぬ圧迫感。聞こえてくるのは二人の足音、低音でさえずる鳥の鳴き声、木々のざわめき。そしてそれらの恐怖感、不気味さを引き立てているのが刻一刻と日が落ちて暗くなっていく視界。一つ一つは私の図太い精神力の前には他愛もない事だけども、こうも重なっては……あーもう無理限界、ギブアップ。私は肩をすくめながら、くるっと回って頭を下げる。
「ごめんなさい、アエリオくん。さっきのは失言でした。もう許してください。このとおりです」
「……ふん、最初から素直に謝ればよかったんですよ。仕方がないから許してあげますよ。なんせ僕は扱いやすいだけが取り得のありきたりでつまらない男ですからね」
ほらぁ、すごく根に持ってる。だから謝りたくなかったのよ。
「で、でもほら、アエリオくんは若いんだしこれからどんどん伸びるよ。それにその年で魔工芸師なんてすごいじゃない」
「はんっ、見え透いたお世辞はやめてください。大体、僕はもう立派な大人なので子供扱いはしないでください。それに魔工芸の知識や精神年齢はすでにユイさんを越えていると思いますけどね」
「はい、仰るとおりで……」
「わかればいいんです。さぁ、ボサっとしないで探しますよ」
きぃぃぃ、ムカツク! 魔工芸の知識はともかく精神年齢は……いや負けてるかも。ガキんちょのわりにやけにしっかりしてて大人びてるし。その証拠に私と違ってちゃんと帰る時のことも考えてるよ。
アエリオは歩きながら定期的に地面に光る粉らしきものを振りかけている。その粉は私達が進んできた道に沿って遙か先まで続いている。
「この光ってるのって迷子にならないための道しるべだよね? アエリオくんは準備がいいですなぁ、感心感心」
「ユイさんがそんな探検家みたいな格好してるくせに準備が悪すぎるだけです。それに我ながらチョイスが最悪です。降ってこないうちに帰らないと迷子確定ですよ」
アエリオは前を向いたまま無愛想に答えると、空を指さした。つられて頭上を見上げるといつのまにか雨雲が天を覆っている。やけに辺りが暗くなる速度が早いなとは思っていたが、なるほど原因はあれだったか。
って、納得してる場合じゃないわよ。雨が降ってきたら光る粉なんて簡単に洗い流されてしまう。アエリオの言うとおり、早くロッキンを見つけないと遭難してしまう。
でも一体どうやって見つければいいの。そもそも、どんな見た目をしてるかすら知らないわけで。
「ねぇ、ロッキンってどんな見た目してるの? 捕まえたこと無くても見た事ぐらいあるんでしょ?」
「ないです」
当然だという態度で即答された。
「えぇ、何でよ。貴方、魔工芸師でしょ!?」
「そんな事言われたって知りませんよ。たしかに魔工芸ではロッキンの魂は重宝する素材ですが、ロッキン自体は無用の長物なんですよ。というか、ユイさんだって魔工芸師じゃないですか!」
「そ、そういえばそうでしたねー……あははは」
そういう設定なだけですけどね!
「まぁ心配しないでください。聞いた話だとかなり衝撃的な見た目をしてるらしいので見ればすぐにわかりますよ」
「へぇ、具体的にはどんなのだろ」
たしかロッキンって悪戯好きなんだよね。そうなるとやっぱり憎たらしい小悪魔みたいな感じかな?
「小さなオッサン達らしいですよ」
おおう、そっちか。確かに悪戯好きそうね。特に女性に性的な……うぉぉぉい!
「何なのその夢もロマンもない18禁な生物は。しかも達って何よ。常に複数でいるわけ?」
「だから詳しい事は知りませんってば。達なんだからそりゃいっぱいいるんでしょ」
あぁ……考えただけで鳥肌が……。でも事前に知ってて良かったかもしれない。情報なしにそんなのと遭遇したら魂を手に入れる前に根絶やしにしてしまいそうだから。
「うーん、それにしてもいませんね。どこかに隠れているんでしょうか……」
私達はひたすら樹海を突き進んだ。どんな些細な出来事も見落とさないように周囲に細心の注意を払っているにも関わらず、ロッキンどころか動物一匹すら発見することができない。
「これだけ探していないなら確実にそうでしょうね。雨も降ってきそうだし、諦めた方がいいかなぁ」
「ダメですよ。僕は絶対にロッキンを捕まえて弟子にしてもらうのですから」
「そうはいっても、闇雲に探しても無駄に時間が経つだけだよ。ロッキンの住処の特徴とか習性とか、せめてそういうのがわかれば探しようがあるかもしれないけどね」
「住処は知りませんが、習性ならわかってます。とにかく悪戯好きで、人間にもすぐちょっかいをかけてくるそうです。だからすぐ見つかると思ってこの話に乗ったわけなんですけど……」
なんと、そういう事ははやく言ってもらいたい。それならば話は早い。方法を逆転させればいい。探すのではなくて見つけてもらうんだ。
「ヘーイ、ロッキンさーん! 私達はここです。私のリアクションはピカイチですよ。悪戯のしがいがありますよー!」
「ちょ、ちょっとユイさん? 何しているんですか。そんな急に叫んだら余計逃げちゃいますよ」
ふふん、いいから黙ってみてなさいアエリオくんよ。悪戯っ子は挑発に弱いって相場が決まっているのですよ。さぁさぁ、ロッキンよ、どこからでもかかってらっしゃいな。
「おうこら、ロッキン。隠れてないで、出てこんかいコラァ!」
時にはヤクザのごとく。
「うふーん。ロッキンちゃーん。出てきて私と遊びましょうよぉん。は、や、く、き、て、うふん」
時には色気ムンムンなセクシーギャルで。
「うわあああああん! ロッキン出てきてくれないとやだやだやだやだやだああああ!」
時には駄々っ子幼稚園児。
私はありとあらゆる方法でロッキンを挑発し続けた。
──が、ダメ。
「いい加減、気が済みましたか?」
「はい、済みました……」
結局、20近くの挑発技を披露したけど、どれもロッキンの心に響くことはなかったようだ。
「うぅ、名案だと思ったんだけどなぁ……」
「どこが名案なもんですか。突然色んな変声出し始めて。あんなのどんな凶暴な獣でも不気味がって逃げてしまいますよ」
「あら、乙女の可愛い声を捕まえて不気味とは失礼ね。ジュニアさんの声に比べたら百倍マシ──」
ジュニアの声を悪く言おうとした刹那、小さな手が私に襲いかかる。
「きゃあ!? ア、アエリオくんどうしたの!?」
アエリオはさっきまでの大人びた様子から一転、眉間にシワを作り鬼のような形相で私を睨んできている。ジュニアが声だけマフィアならば、こちらは顔だけマフィアだ。
「おいアンタ、いい加減にしろよ。本当にイグルーさんの弟子なのか? 今自分が何を言いかけたかわかっているのか!」
「な、何って……ジュニアさんの声の方が不気味で怖いって言おうとしただけで──」
きゃあ!
答え終わるよりも早く、私はアエリオに突き飛ばされてシリモチをついた。
「痛いじゃない。何するのよ!」
「それぐらい、イグルーさんの心の痛みに比べたら痛みですらない。アンタだって魔工芸師でイグルーさんの弟子なら魔法焼けぐらい知っているだろ。そのせいで彼がどれほど傷ついたかも知っているはずだ。よく軽々しくそんな事が言えるな!」
魔法焼け? 傷ついた? そんなの知らないよ……。何でこんなに責められてるの……。わかんないよ、全然わかんないよぉ……。
「……すみません。言い過ぎました。先に行って頭を冷やします。そちらも落ち着いたら光の粉をたどって追って来てください」
あれだけ怒りを顕わにしていたのに、台風の目にでも入ったかのようにアエリオの怒りはスゥーっと静まり、さっさと先に進んで行ってしまった。最初はもう何がなんだかわからなかったけど、自分の視界が歪んでいる事に気付いて、彼が私を責めるのを急にやめた理由がわかった。
「ダメ……こんな事で泣いちゃダメなんだ……」
私は眼に溜まっているナミ……汗を服の袖で必死にぬぐい去る。こすりすぎて少し眼が痛い。これ以上汗が溢れないようにシリモチをついたままで空を見上げる。モヤモヤとしたドス黒い雲が今の私の気持ちを表現しているようで不快でしかない。
「……私、悪くないもん」
そりゃ人の身体的な欠点を悪く言うのは最低な事かもしれない。でも私だってジュニアから年増とか言われてるし、さっきだって先に私の声が不気味だって言ったのはアエリオの方じゃないか。謝って欲しいのはこっちの方だ。
……でも、ちゃんと言ってくれただけまだマシかもしれない。ナビゲートにしろ、先程の行動にしろ、たしかに私の行いは突拍子のない意味不明な行動に見えるかもしれない。でもこっちからしたら意味不明なのはこの世界の方だ。私は私なりに一生懸命試行錯誤してやっている。それなのにお客からは批判の一つすら返ってこない。どんな罵倒を浴びせられるより、何をやっても無言で突き放されるのが一番辛い。
それでも私は負けずに彼らを笑わせてやろうと必死でやった。その結果、チャンスを与えてくれていたジュニアにすら見放されてこんな場所でガキんちょに怒られて……教えてよ、もうわからないよ……どうすればいいの……誰か教えてよ……。
上を向いているのに眼の奥から汗が湧き出てこようとする。もうどうでもいいやと抵抗をやめようとした時、肩にポンッと優しく手を置かれた感触がした。私は反射的に瞼をぎゅっと力強く閉じてどうにか汗を抑える。
アエリオが私を気にして戻ってきたのだろうか?
ふん、今更謝っても許してあげないんですから──ふぁっ!?
「お、親にも揉まれた事ないのにいいいいい!」
肩にあった手が疾風のごとく私の胸を鷲掴みにして揉みしだいてきた。私は咄嗟に振り返ってアエリオの顔面に右ストレートを……あれ、いない? 周囲を見渡してみてもアエリオの姿はどこにもいない。
え、え、え、何で? 確かに私は胸を揉まれているのに…………え、揉まれてるナウ?
おそるおそる目線を胸元まで下げていくと──
「な、なんじゃこりゃあああああああああああ!?」




