10.デビュー戦 VSガリ勉集団 ④
その後もそれはもうひどい有様だった。
カメレオン型スパイ用偵察機かと思いきや、色の変わる屋根瓦だったり、意識不明の急患を悪臭のオナラで起こすスカンクと予想すれば、お腹を押す力を調節することで何十種類という音色付きのオナラを放出する楽器だった等々、町を抜け出すまでに私は何度も予想を外した。そのたびにアドリブで切り抜けようとしてはスベってを繰り返して現在に至る。
それにしても、どれもこれも発想はとても可愛いらしいのに、なんでこうもリアルさを追求しているのか。特にカメレオンの屋根瓦なんて色自体は鮮やかで綺麗なのに、リアル爬虫類が屋根一面にビッシリと敷き詰められている様は鳥肌ぞわぞわだった。これ絶対メルヘンチックって言われたのを気にして、勢いで見た目だけ変更したでしょ。
でもお客様はそういうグロいのが出てきても誰も嫌な顔したり気持ち悪がったりせずに、変わらず熱心にメモ取ってるのよね……。
ああ、何かもうジュニアのセンスが悪いんじゃなくて、私のセンスがズレてる&発想が貧困な気さえしてきた。もう私のプライドはボキボキに折れ曲がって複雑骨折の重病よ……。
でもまだ完全に折れたわけではない。まだ中枢の芯だけはピンッと真っ直ぐなままだ。私にはまだ最後の希望が残っているから。
「さぁ、楽しい楽しい町見学も終わり、本船は湖を進んで船着き場へと向かっています。でも、油断は禁物ですよ。船の旅というのは最後まで何があるかわかりませんからねぇ……」
自信満々でお客様に脅しをかけてやった。そんな平然としていられるのも今のうちなんだからね。何を隠そう、次の魔工芸の内容だけは事前にジュニアに確認をとって把握しているのだ。
お、そろそろ例の地点だ。
「むむ、前方をご覧ください。水面がブクブクしていますよ。これは何か嫌な予感がするぞぉ」
きたきた。よーし、カウントダウン、3、2、1──
「うわあああああ、化け物だああああ! 間違いない、アレは海竜リヴァなんちゃらさん31歳独身無職だあああ!」
待ってましたよ、海竜の旦那!
なんと設計図最後の図解は、昨日私を恐怖のどん底に陥れたリヴァなんちゃらさんだったのだ。理由はわからないけど、メインディッシュだけは前回から据え置きだったようだ。
まさにこれは千載一遇のチャンス、パンドラの箱に残っていた最後の希望なのよ。
「やばい、何かブレス的なものを吐こうとしている!? お、面舵いっぱああああい!」
どうやら動きも昨日とまったく一緒なようだ。私は今日はじめて舵を握るとがむしゃらに回しまくった。よし、タイミングを合わせてラストスパートよ。
「うおおおおおお、まっっっがれええええい!」
下から上に持ち上げるようにして、全身をフル活用して舵がすっぽ抜けそうなぐらい盛大に回した。その直後、海竜が吐いた水のブレスをボートが急旋回して紙一重で回避した。そして私はわざとらしくならないように自然な感じでよろけて──今だ、私の必殺技!
「おっとっとっととと──ふぎぎぎぎぎ!」
決まったぁ! これぞ必殺『入水寸止めイナバウアー』だ! いつもよりも水面ギリギリです!
……んん、なぜこんなにギリギリなのか……あ、わかった。
「む、胸当てが重い……」
誤算だった。普通にしてる分には大して重くないから気にしてなかったけど、この体勢だとかなりの影響力だ。いつもの2倍ぐらいフトモモがぷるぷるしてるよぉ……だめ、もう無理。
もう起き上がる力など微塵も残っていない私は入水する覚悟を決め……
「ぎゃああああああああ!?」
なになに、私飛んでるの!? 視界がぐるぐる回ってるよおおおおおおお!?
────ぎゃふ。
「いたた……八代結衣、ただいま帰還しましたぁ……」
突如、回転しながら大空に舞い上がった私は、数秒の浮遊体験の後、ボートへと不時着した。
うぅ、全身が痛い……キズモノになっちゃったよぉ……お嫁に行けない……ん、髪の毛が濡れてる。
そうかわかった、水柱だ。すっかり忘れてたけど、水竜のブレスを避けた直後にボートを囲むように水柱が発生するんだった。それがちょうど頭に直撃して私は空に吹き飛ばされたのね。
……何それ、滅茶苦茶面白いじゃない。お笑い芸人か、私は。さすがにここまでしたら、あのがり勉君達も笑い転げているに違いないわ。
「おお、すごい威力だ。人が宙を舞ったぞ」
「さすがイグルーさんの作る魔工芸は出力が違うな」
「だがこれは調整の余地ありだな。下手をしたら攻撃魔術と認識される可能性もある」
「そうだな、保護結界を施した方がいいかもしれない」
「でもそれでは予算が──」
……すっごい冷静に分析されてる。
ポキン。
あ、折れた。私のプライドの芯がポッキリいっちゃった。しかもさっきの不時着のせいでリアルに全身が痛いし……ああ、気が遠くなってきた。でも、最後にこれだけは言っておかないと……。
「本日は当クルーズに乗船いただき誠にありがとうございます……。私のナビは嫌いになっても、イグルーさんの魔工芸は嫌いにならないでください…………ぐふっ」
そんなどこぞのアイドルの引退演説のような台詞が、八代結衣の最後の言葉だったとさ……。




