9.デビュー戦 VSガリ勉集団 ③
二つ目の図解は象さんが鼻から水を噴出しているというものだった。これだけではよくわからなかったけど、次のページの燃えている家の絵を見た瞬間、私は確信した。これは火事になった家を象さんが水をかけて消火するのだと。つまりこれは象型消防車というのが私の見解だった。
実際、ボートが進んでいくと遠くの方から煙が上がり、その周りが赤色にほんのり光っているのが見えた。私は即座に、
「あ、火事だ! どうしよう、早く火を消さないと……おやおや、耳を澄ますと何か聞こえてきませんかぁ?」
象さんが大きな足音をたてながら出現するとみこして、聞き耳をたてて待機していた私の目の前に、たしかに象さんは現れた。それを目の当たりにした私は、
「……うーん、気のせいですね。てへっ!」
可愛く舌をだしながら自分の頭をコツンと叩いて、とりあえず音の件はなかった事にした。
その象さんは露店のテーブルに置けちゃう程小さな子象で、火事なんてそっちのけでリンゴやらバナナやらをムシャムシャと食べていた。自分の予想がまた外れたのを悟った私は、子象さんがどういう魔工芸なのかさっぱりだったので、ありのままを伝えることしかできなかった。
「えっと、あの小さな象さんは食事中でしょうか……うげぇ!?」
そこで思わぬ不意打ちをくらった。
子象さんの鼻から飛び出してきた黄色いドロドロした液体。そしてそれをコップに受けてグビグビと飲み干すリザードマン達。
おそらくあれはミックスジュースだったのだろう。あの子象さんは食べたものを体内で混ぜ混ぜして鼻から出す魔工芸だったのだ。はやい話が子象型のミキサーね。そう理解はしていても、私にはどうしてもグロテクスさを感じずにはいられなかった。
「あちらに見えます子象さんは食べたものをミックスし、ジュースにして鼻から出す魔工芸です。ここで注意していただきたいのは、あの子象さんの鼻の状態です。特に鼻炎だった場合は……うぅ、考えたら吐き気が……」
著しく体調が悪くなっていた私は、自らのナビで更に墓穴を掘ってしまい、あやうくお客様に醜態を晒してしまうところだった。でもそんな事で落ち込んでいる暇は私には無かった。まだ解決していない謎が残っていたのだから。
「今こうしている間も火の手はどんどん強くなっており、このままではこの町一帯が火の海に飲み込まれてしまいます。誰か、誰かこの町を助けて……!」
子象さんが消防車じゃないとわかり、あの火事を鎮火させる見当が全くつかなかった私は焦燥感にかられた。ボートが火事現場間近まで近付いた頃には、あれがジュニアが仕組んだものというのをすっかりと私は忘れていた。そして救援がくるのを信じて、本気で天に祈りを捧げていた。
その時、救世主が空から雲を割って舞い降りた。
「あれはなんだ。鳥か? 飛行機か? UFOか? いや、あれはスーパーヒーロー……やっぱり鳥だああああ!」
天空から颯爽と現れたのは、雄々しい大きな翼を有した鷹だった。その凛々しい姿を見た瞬間、私は火事がジュニアの演出だったという事を思い出した。あの鷹こそ、彼が用意した3番目の魔工芸であり、火事の図解とセットだったのよ。
その時点で事前にしておいた予想は大外れなわけで、これからの展開が想像できなかった私は、鷹の一挙一動を今まで以上に集中して観察した。足で何かを掴んでいる。目をこらして見ると、それはフライパンだった。それは図解の絵にもちゃんと描かれていた。
鷹が料理をするだけってのも芸がないと思った私は、時間になるとフライパンで叩いて起こしてくれる鷹型目覚まし時計と予想していた。でもそうやって変に勘ぐった時に限ってそのまんまだったりする。ただちょっと火力が尋常じゃないだけで。
「御覧ください、あの鷹の勇姿を! 一軒の家から燃えさかる炎を利用して、料理を作っていますよ。なんというプロ顔負けの鮮やかなフライパンさばき。食材がまるでダンスを踊っているようじゃないですか。一歩間違えれば自分が焼き鳥になってしまうというのに、なんて勇敢なんだぁ!」
燃えさかる業火の頭上で、小さなフライパンを巧みに操る様はとてもかっこよく、人間の私でも惚れてしまいそうなほどだった。大道芸人もビックリなパフォーマンスに魅了されてしまった私だったが、周りにいるガイコツやリザードマンが騒いでいるのを見て、ふと我に返った。
「いやいや、料理してる場合じゃないでしょ!? 火事をどうにかしてくださぁい!」
私が右拳を突きだして訴えかけると、鷹は知らんぷりをキメこんで暢気に出来立てホヤホヤの料理をムシャムシャと食べ始めた。
それを見た私が「こらー! 食ってる場合かー!」と更に苦情を申しでたところ、あろうことか鷹のやつはプリっとフンをしやがったのです。それが火事の渦中へとポトっと落ちた瞬間、なんという事でしょう、一瞬にして炎が火の粉一つ残さず消え去ったではありませんか。
その後、鷹は勝ち誇った様子でこちらを見下しあざ笑い、ポカーンとしていた私の頭上にフンを落とすと、天へと帰っていきましたとさ、めでたしめでたし。
「お、お見事でーす……」
もはやツッコミ所が満載すぎて頭がパンク寸前だった私は、鷹に心の抜けた笑顔と、労いの言葉と、力無き拍手を送る事しかできなかった。ちなみにお客様方は終始冷静なご様子でした。一つ変化があったとするなら、最前列の方が頻繁に鼻をつまむようになったぐらいかしら。




