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プロローグ

 スゥゥゥゥゥ──ハァァァァァ──。


 スゥゥゥゥゥ──ハァァァァァ──。


 スゥゥゥゥゥゥゥ──


「皆さん、こんにちわ! 本日はドゥリームクルーズにようこそ! ナビゲーターの八代結衣です。よろしくお願いします!」


 マイクを使わず、腹の底から元気な挨拶を捻り出すのは基礎中の基礎。その方がこちらの気持ちがより伝わるからね。でも、お客様の元気はいまいちかなぁ。

 負けるな、私。ここから頑張って盛り上げていけばいいのよ。

 よし、ここからはピンマイクをONにして、噛まないようにはきはきと喋るぞ。


「本日はドゥリームランド1ヶ月クルージングの旅に300名ものご参加を頂き誠にありがとうござます。乗組員を代表してお礼を言わせていただきます」


 とはいっても、乗り組み員は私だけなんだけどね。それにお客様も……うん、20名ぴったし。


「本当にたくさんのご参加嬉しいのですが、少し残念でもあります」


 ここからは声のトーンを下げて──


「この旅はとても危険が多いため、毎回怪我人や死者がでるのです。はっきり言いまして、全員生還するには少々人数が多すぎるようですねぇ……」


 お客様一人ずつに不気味な笑みを浴びせていく。泣きそうなお子様にはニッコリ笑顔でフォローも忘れない。

 いい感じに怖がらせたら注意事項を簡単に述べる。さっきの脅しが効いたようで、やんちゃ坊主も行儀よく聞いてくれた。


 うんうん、良い感じじゃないの。準備は万端、いよいよ出航だ。


「それでは夢と危険いっぱいのドゥリームクルーズ。いざ出航!」


 高らかに挙げた右手の指を気前よくパチンと鳴らすと、待ってましたといわんばかりにエンジンが唸りを上げて、20名と私を乗せた豪華客船という設定のボートが前進を始めた。

 さてと、ここで一発いっときますか。


 くらえ、おとぼけのポーズ!


「はぁぁぁぁぁい! というわけで、大人の事情で30日が経ち、生存者は私をいれてたったの21名になりました。いやぁ、何だかあっという間でしたなぁ」


 よし決まった。出発して数秒、お客様の笑いの花が綺麗に咲いた。よっしゃあ、つかみはオッケー!


 冒険の舞台は不気味なジャングル。そこに潜む凶暴な動物達や原住民の生態なんかを小粋なジョークをはさみつつ紹介しながらボートは進んでいく。最初のつかみが良かったのか、お客様のノリも上々でとてもやりやすい。

 そしてついに来たわよ、私の一番の見せ場がね。


「うおおおおっと大変だ! 目の前に渦巻きが発生しました。あれに飲み込まれたら私達は一貫の終わりだぁぁぁぁ!」


 前方の水面に突如現れた渦巻き(人工)を目の当たりにして、子供達がキャーキャーと騒ぎ立てる。まかせて皆、その恐怖をお姉さんが今から笑いに変えてあげるからね!


「落ち着いてください。皆さんの命は私が絶対に守ってみせます。とりゃああああああああ、面舵いっぱあああああああい!」


 回す。運転席についている舵を一心不乱に回しまくる。このボートはオート運転なので、この行為には正直何の意味もない。でも逆にいえば、いくらでも回し放題ということだ。いつもより多く回転しております!


「いっけええええええ、まっがれええええええ!」


 これがトドメの一撃。

 全身を大きく使って全力で舵を回した反動によりバランスを崩し、私はボードから水面に落ちそうになる。

 でも実はこれってワザとなんだよね。ここからが私の真の見せ場なのだ。


「落ちてたまるか! ぬぎぎぎぎ…………!」


 このために鍛え抜いた強靱な足の力で踏みとどまると、後頭部から入水するギリギリで、私の体はピタッと静止した。

 見たか、これぞ必殺『入水寸止めイナバウアー』だ! 

 そのまんますぎるとか、ネーミングセンスが古いとかいう苦情は一切受け付けません!


 この体を張った超ウルトラC級の技に、ボート内から笑いと拍手の嵐がまきおこった。 

 くうう、きっもちいいいい! 

 フトモモがぷるぷるするぅ!


 でもここで気を緩めたらプロ失格よ。残り少しの道中を、私は全力でナビゲートした。


「皆さん、私達はついに帰ってくる事ができました。見てください、出発時に私達を見送ってくれた大勢の人達が出迎えにきてくれていますよ。一ヶ月前とまったく同じ服装をしてますね。服を買うお金を削ってまで来てくれるなんて感動ですねぇ。ありがとー!」


 船着き場に着く直前で、順番待ちをしているお客様達をいじくって最後の笑いをゲットした。その後、満足そうな表情で降りていく乗客を元気いっぱいに手を振って見送る。


 よし……完璧!


「よっ、いいナビゲートだったよ。こんな時までイメージトレーニングとはお嬢ちゃんは偉いね」

「え……横田さん!?」


 振り返ると、整備士歴30年の横田さんがボートの座席に座ってこちらに拍手を送ってきていた。私は慌てて振り上げたガッツポーズを背中に隠した。

 この人、いつからいたんだろう……。


「いざ出航! ってとこぐらいからずっと見ていたよ」


 何も言っていないのにニヤニヤとイジワル顔で答えてくれた。うぐぐ、貴方はエスパーか。


「しかし残念だね、せっかくのデビュー戦なのに不戦敗か」

「ちょっと、まだ決まったわけじゃないのに不吉な事を言わないでください。せめて不戦勝にしてください」

「そもそも勝敗なんてないけどね、ははは!」


 きぃぃ、ムカツク!

 うらわかき乙女をからかうような最低なオッサンには、背筋が凍るほどの軽蔑の眼差しでお返しだ。

 最近、思春期の娘さんに汚物のように扱われているらしい横田さんには効果バツグンだったようで、苦笑いしながら退散していった。

 ふふん、勝った。でもまったく嬉しくないよ。横田さんに勝ったからって出航できるわけじゃないし……。


 私は現在、ドゥリームクルーズ専用の船倉庫で静かに出番を待っている一隻のボートの上に乗っている。

 この子こそが、記念すべきデビューの相棒になる……予定。


 日本国内最大級のテーマパークであるドゥリームランドの人気アトラクション『ドゥリームクルーズ』。

 様々な仕掛けが施された未開の地を、ナビゲーターの面白いトークを聞きながらボートで遊覧するというもので、そのナビゲーターになるのが私の昔からの夢だった。

 そしてその念願がついに叶って、本日初出航を迎える事ができたのだ。

 

 目を閉じると思い出す、あの苦難の日々。

 高校に入った私は、すぐにドゥリームランドにアルバイトとして飛び込んだ。


 広大な土地のゴミ拾い。何十箇所とあるトイレの掃除。売店の前で笑顔を振りまきつつ光るヨーヨーを実演販売等々、ドゥリームクルーズとは何の関係もない業務をこなすかたわらで、体を鍛えたり、鏡の前でナビゲートの練習を毎日続けているうちに、恋の一つもできないまま高校を卒業した。

 その努力の甲斐あって、私はドゥリームランドの正社員として採用され、社内オーディションを経て、念願のナビゲーター役に抜擢されたんだ。


 そこから本格的に研修を受けること数週間。ついに私はデビューする事を許された。

 それなのに、それなのに…………


「お天気様のバカヤロウ!」


 思わず叫んでしまった。周りに横田さんがいないか確認する。よかった、いなかった。


 ボートを降りて、船倉庫から出て空を見上げた。うう、相変わらずのご機嫌ナナメっぷりね。

 ドゥリームランド辺り一帯の空は、ドス黒い雷雲に覆われている。こいつが開園前からずっと居座り続けているせいで、雷や大雨が降ると危険なアトラクションは全て運行見合わせ状態に陥っているのだ。

 ああもう、いっそのこと一思いに降らせちゃいなさいよ、イライラする。いつ降るの? 今……だめだめ、そうなったらデビューが延期になっちゃうよ。神様、どうか私になにとぞご慈悲を……。


「おーい、嬢ちゃん。今、運営局から連絡があって、とりあえず様子見ながら一便だけ出してみようって事になったよ」

「え、マジですか!?」

「ああ、マジだよ、マァジ。ちなみに僕は真アジよりもサバの方が好きだよ。というわけだから、早く準備しておくれ」

「は、はい!」


 神様きたああああ! 運営局マジイケメン! 横田さんマジ意味不明!

 

 私は大慌てで船着き場内のスタッフ休憩室にある鏡で、ナビゲーター役専用の制服の身だしなみをチェックする。うん、問題無いわね。ザ・模範生って感じだ。

 

 続いてボートに乗り込んで機材のチェック。特にナビゲーターの命綱ともいえるハンズフリーのマイクは正常に音が出るか入念にチェックをした。

 ボート自体の状態は、横田さんの整備の腕だけは信用してるから問題無しっと。


「横田さん、こちら準備万端です!」

「オーケー、じゃあエンジン着けるよ」


 ドドドドというエンジン音とともにボートがわずかに振動を始めた。それと同時に船付き場の大門が開く。


「行け、我が相棒。いざ出航!」


 期待と不安に胸躍らせながら、ボートの先端が船倉庫の門をくぐった直後、目の前が急にまばゆい光に包まれた。

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