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  作者: 寿
3/5

三日目

 翌朝のニュースでは、昨日の川魚の件が全国放送で大きくとりあげられた。三島さんのニュースはというと、つい昨晩に番組と番組の間の短いニュースで地域的に取り上げられただけだった。 

 隣の部屋は地を掃った後のように空っぽだ。葬式は実家で行うらしい。死因は自殺。

 周囲にその人柄を評価され、頼られ、親しまれてきた男性は、自らその命を絶ったのだ。誰も動機が思いつかない程の人生を送ってのに、こうやって自ら命を絶つのだから、つくづく人は知れない。

 自殺。

 それも古びた神社の境内で、

 黒い縄で首を吊った。

「本当に自殺なのか疑いたくなるな」

 鈴彦のその一言と、テレビからの音声が止まるのが、ぴったり一致した。ほこりっぽく見える真っ黒い画面に写る自分の顔と目が合う。

 リモコンを無造作にソファに投げ捨てた鈴彦は、鞄を肩にかけてここから出て行った。大学生の夏休みはまだ始まっていないらしい。通学する鈴彦の後ろ姿を窓から見下ろしながら、真は鍵を鳴らした。

 ほどなくして、ガチャンと鍵の閉まる音と同時に、二つの隣り合った部屋は無人となった。


「三島さんですか? 昨日は定時通りに帰られましたけど。」

「三島さん? あの人お酒飲まないから、昨日の飲み会にも誘わなかったんだ。 帰った後? そんなの知らないよ」

「ああ、昨日のニュースのあれね。正直まだ信じられないよ。悩みなんかとは無縁の人に見えたからね。」

「昨日は三島さん、早番で夕方ぐらいに帰ったんだ。その後は誰も知らないと思うよ」

「ところで君は誰だい?」

 三島さんの職場の人は、これといった情報を誰も持っていなかった。むしろ、皆が口をそろえて、三島さんの自殺はありえないというので、話を聞けば聞く程、首吊りとは[D:40333]の嘴の如く食い違ってしまう。

 だが、一つだけ、面白い情報を手に入れることができた。

「一昨日、神社で亡くなった人も、行方不明者だったらしいですよ。」

 一昨日神社で亡くなった人というと、私と鈴彦が第一発見者となったあの人だ。あの人も、捜索願が出されていたらしい。

 二日続けて似たように起こったせいか、この二つの事件は関連性があるのではないか? と思う人も少なくない。警察だって、それについて捜査している。

 これは本当に自殺なのか? 誰かが自殺に見せかけて殺しているのではないか? 人々の間に噂が駆け抜けるが、一昨日の人と三島さんは、共通点のない全くの赤の他人らしい。二人を殺す動機は?

 なぜ神社なのか? なぜ黒い縄なのか?

 ……考えてわかるなら、警察は苦労しないな。

 まだ少し明るい街中で鳴る「夕焼け小焼け」の音楽で、ズボンのポケットに入っている鍵を思いだして、真は帰路につくことにした。あのアパートの部屋の鍵は、これしかないのだ。鈴彦が先に帰ってきたら、鈴彦はずっと部屋の外で待つハメになってしまう。いや、もしかしたらもう帰ってきてて、真の帰りを――鍵の帰りを、待ってるかもしれない。

 少し焦って足早に帰ってきた真を待っていたのは、鈴彦ではなく、玄関付属のポストに入っていたハガキだった。

 鈴彦より先に帰って来られて、とりあえず安堵した。ハガキは取り出してテーブルの上に置いておこう。

 綺麗な文字で書かれた宛名は、日本語ではなかった。英語じゃないことはわかったが、どの国の言葉か、そこまではわからない。宛名だけで差出人の名前すら書かれていない。だがその葉書を裏返してみると、誰からの手紙かすぐにわかった。

 一目で欧州あたりの異国と分かる街並みを背景に、こちらに向かって笑顔を振りまく人の写真。その脇にマジックペンで書かれた「イタリアなう。」という文字。

 真は容赦なく、その手紙を破り捨てた。


「ただいまー」

 「おかえり」と短く言ったその顔をテレビから離さない真を見て、何を思ったのか、鈴彦は言った。

「お前、何をそんな怒ってんの?」

「別に」

「腹減ってたの? 今日は帰り遅くなるって言わなかったっけ?」

「そういえば言っていた気がする」

 忘れていた。

 見えないが、きっと自分の背中を見ながら、鈴彦は頬杖をついているだろう。間もなくして鈴彦は、あ、と何かを思いついたような声をもらした。

「そっかそっか、あの人が一向に帰ってこないから、いじけてるんだな。

 そう不機嫌にならなくても、ちゃんとお前がこっちにいる間に帰ってくるって。お前をこっちに呼んだのはあの人だし。」

「あの人、イタリアにいるんだってさ。さっきハガキがきてた」

「え、」

 さすがに予想していなかったのか、きっと鈴彦は今、水鉄砲でもくらったような顔をしているんだろうな。旅好きな人ではあるが、まさか呑気に外国に行っていたなんて思いつくわけもない。

 私はあの葉書を見て怒りを覚えたが、鈴彦は脱力感を覚えたようだ。

「ああ、そう。イタリア、ね……」

 鈴彦は、力なく笑い、ため息をつき、しばらくそのまま突っ立っていた。


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