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神醒躯導スピリデウス  作者: ↑
神、天にしろしめす
2/19

聖霊の御手

 アルハはごく一般的な三等市民の少女だった。

 辺境エリア育ちのご多分に漏れず彼女は生まれてから一度も都市部に行ったことがないし、敬虔な神教徒の両親から説話や賛歌の類は山ほど聞かされてはいても都市生活の仔細については録に教わってもいない。

勿論、都市ユニット内に駐留するという執行機関部隊や、主にエリア再外縁部を活動範囲とする治安部隊についてはもとより、彼らが扱うという機械じかけの巨大な兵士、いわゆる聖導機兵「Dunamis-Figure(ドゥナミス・フィギュア)」に関する知識など持ちあわせていようはずがなかった。


だから、少女には本物の天使のように思えたのだ。蒼天より舞い来たり、今、音もなく草原に降り立

つ純白のその機体が。


丘を覆う大木がまるでちっぽけに見えるほどの巨身。

曲線で構成された鎧にも似た外装が、華奢な基本体型の各所を柔らかく包んで、優美でいて力強いシルエットを成している。

アルハが天使の姿に見蕩れていると、天使の腹部の辺りが外に向かって開いた。

(人が…乗っているの?)

天使の脚部を器用に伝って地面に下りた人影は、そこからよろよろと二、三歩進んだかと思うといきなり草むらに身を投げ出した。少女は少し戸惑い、次いで医を決して駆け寄っていき恐る恐る寝転がった人間の顔を覗き見た。

「はあっ……土の匂いだ…!」

中性的な容姿。陽光を受けて輝く淡い金色の髪。色素の薄い肌に映える鳶色の瞳。 あどけない顔立ちはまだ少年といっていい。

アルハはおずおずと尋ねた。

「貴方、天使様?」

 少年はきょとんとした顔つきになったあと、破顔一笑、そのまま地べたに笑い転げる。

「ハハハハッ…!こいつはひどい勘違いだな、いや悪い」

ひとしきり笑った後、

「そうか…機兵(ドゥナミス)なんてみたことはないか。…良いよな、平和でさ。君はさ、こいつが怖くなかったのか?」

「お花、踏まなかったもの」少女は機械の足元を指し示す。

 咲き乱れる彼女だけが知っている慎ましやかな花園だった。

「意識はしてなかったけど…俺がいた所じゃ花は貴重品だったからかな…キミはこの辺の娘? この近くに村があるのかい」

「キミ、じゃなくて、私はアルハよ。貴方名前は?」

少年は少し考え、

「そうだな、イルンドって呼んでくれ」

「イルンド(燕)…?変なの」

「でさ、アルハ、頼みたいんだけれどさ。何か食べられるものないかな?」

 少年の、まぬけな腹の音は少女の笑みを誘い、次いで二人の笑い声が草原に響く。これがイルンドと名乗る少年と彼女との出会いだった。


 三日が過ぎ。イルンドは機体を近場の森林に隠して、そこで生活を続けていた。アルハはそんな彼のところに親の目を盗み折を見ては食料を持っていく。といっても少女が密かに持ち出せる量などたかが知れていて、その分足繁く通う事になるのだが、彼女にとってはむしろ好都合だった。イルンドは父や母や友達の知らない色々な事に詳しくて話すのが楽しい。都市の生活・技術・風俗……彼女にとってそれらはまるで別世界の御伽噺だった。

けれど彼女はそんな話をする時決まってイルンドの目に宿る翳りを見逃さなかった。

(この人の事をもっと知りたい)

しかし、何処から来たのか?何をしているのか?機兵を何故持っているのか? はぐらかすばかりで肝心な事はなにも語ってくれないイルンドに彼女は次第に不満を募らせていった。

仕方なくアルハは村の少年達に聞いてみる事にした。聖導機と呼ばれるあの美しい機械のことを。

「困ったなぁ、親父にはあんまり話すなって言われてるんだけどな…」

口ではそういうものの実際は誰かに吹聴したくて仕方なかったらしく子どもたちは競って少し自慢げに語り始める。

-ー戦うためだけに作られた機械仕掛けの巨人。

-ーまだ人間同士が殺し合いをしていた頃に生まれた恐ろしい兵器。

-ー都市ユニット内にたった三機だけ存在する最強の機体は雷を降らし大地をも砕く、凄まじい力がある……。

少年たちの話にアルハは戸惑ってしまった。どの話も彼女の知るあの天使のような機体とはまるでイメージが重ならない。それに。

「――ともかくそりゃあもう物凄え武器なんだよ」

「…そんなもの何に使うの?」

「決まってるだろ。悪いやつらをやっつけるんだよ」

「例えば?」

「…悪い奴は悪い奴だよ。外にはすげえ化け物がうじゃうじゃしてるんだってさ」

ふと彼女は疑問に思った。

あれが、皆のいうように戦うためだけに造られたものなのだとしたら。

なら、あんなに美しく神々しいモノが相手にしなければならない「敵」 とは一体何なのだろうと。イルンドも「敵」と戦う為にあれにのっているんだろうか?



そしてその日がやって来る。


イルンドの元から帰ってくるなりアルハは部屋に閉じ込められた。普段は温厚な父に訳も分からず頬を張られて。

それからどのくらい時間がたったろう、いつの間にか泣きつかれて眠ってしまったらしい彼女の耳が声を捉えた。 アルハは扉越しから断片的に聞こえてくる話し声にそっと耳をそばだてた。どうやら村人達が集まって話をしているらしい。


「…まさかこの村に…あんなものが」

「…中央から部隊を派遣したと…今頃は…」

「とんだ疫病神が舞い込んだもんだ…」

「…もう始末はついているさ…」


彼女ははっきりと悟った。

(きっとイルンドの事だ…!)

彼女が後を尾けられていたのかもしれない。或いは機兵の話を聞いて回った少年達の誰かが大人にいいつけたのかもしれない。

だとしたら、全ては彼女の責任だ。アルハの小柄な身体は狭い窓枠を何とかすり抜けられた。少女は夜道を懸命に駆け抜ける。

何故イルンドが狙われなければならないのか?あの白い機体こそは「敵」を逐う天使なのではないか?

(分からないけど…行かなくっちゃ…!)

アルハは見た。はじまりの草原に立つイルンドと純白の愛機、

そしてそれを取り囲む機械人形の群れを。はじめてみるこれらの機械人形はみな一様に同じ姿形でのっぺりとした顔立ちをしている。その様は天使というよりさながらヘルメットを被った兵隊だ。何も分からずに何も考えられずに、彼女はただ叫ぶ。

「イルンド!」

振り向くイルンドは出会った時と同じ笑顔で、

「巻き込んじまってごめんな。ここから一刻も早く離れるんだ、アルハ」

さよならを告げていた。


耳を劈く「兵隊」の集団銃撃。地に降り注ぐ銃弾が土をめくり、草叢に火を放つ。イルンドを腹部に収めた機体は、「兵隊」の銃火をものともせずに立ち上がり、そしてイルンドは自らを取り囲む聖導機の群れを睥睨し―――

「はッ!未だ不完全とはいえ、こんな使令機風情がいくら群がったってこいつを…」

 純白の美しき機体は、

「やれるはずがないだろうッ…!」

 醜悪な変貌を開始する。


指先から生じた黒のあわいが全身を覆い徐々に穢れ一つない白を全き漆黒に染めていく。

崇高ささ湛えていたはずの顔貌には亀裂めいたラインが走り、両眼は沈んだ朱色に濁る。

優美な曲線状フォルムが脈動し隆起をはじめ、たち現れるのは狂気じみた鮮血色に染まった鋭角だらけの異様な躰。

立ち上る劫火の如き両翼が大きく開く。

純白から漆黒へ――。ソレは神の徒たる天使ではなく、神に牙を剥く異形の悪魔。


――「ゲフェンノーム」。

獄炎の名を冠し、あらゆるものを灰塵に帰す殲兵は軽やかに獲物に飛び掛っていった。

瞬く間に腕をもがれ、腹を割かれ、頭を潰され。成す術もなくあしらわれ、薙ぎ払われ、叩き伏せられ

る機兵達。

少女の眼前で行われているそれはもはや戦闘ではなく虐殺だった。

圧倒的な暴威。

炎の輪に舞い狂う黒き鋼の怪物。

今こそ彼女は機兵の本質いみを理解した。

そして、その力を生み出した神の、その力を必要とする世界の、その力に蹂躙される人々の抱えた「地獄」を。


なぜならば――。


もはや白き姿の面影すら消え果てたそれは。

獲物に爪をたて、牙を埋め、思いのままに嬲り引き摺り引き裂き、狂悦に啼くそれは。

やがて鉄片を無碍に踏みしめ、昇る明星を穢すかのように立ちつくす紅と漆黒のその姿は。


――尚も変わらず、悲しいくらいに美しかったのだから。



 機兵を破壊しつくしたゲフェンノームは音もなく空に飛び立ち、その姿は夜明けの曇天に消えていく。焦土と化した草原にとり残されたのは、霞む虚空を凝然とみつめる少女と、その足元には焼け残った彼女のささやかな花園――。




 一基数千万人を収容する最大級都市ユニットを無数に連ねた威容。全天を覆う幾つもの防護幕は都市全域を常に淡い光で照らし出す。

神治世界最中央積層都市、神都パルディス。神住まうこの地には、闇夜は決して訪れない。

 中央部に聳え立つ天を突く垂方体は闇を逐い間を滅ぼす御使いの群れ――救世機関「GRDN(ガーデン)」、第三支部ディオニュシス内の一室にて抑揚のない声が淡々と報告を読み上げる。

「「D」捕獲の為に先日エリア第弐十一区画に派遣されたオムネイ十五機が消息を絶ちました。恐らくは全機とも「D」に 撃墜された模様」

「ま、そんなこったろうとは思ったけどな。功を焦った誰かさんの独断でやったことだし~」

 足のない白亜の長椅子座す少年は不適な笑みを浮かべている。裾の長い制服をだらしなく着こなし片膝を立てて座り込む不遜極まりないその格好は、しかし不思議な均整を保っておりもち前の容貌と併せ一種奇妙な魅力をまとってさえいた。白い制服から覗く褐色の肌。獅子の鬣にも似た明るい長髪は華美な装飾を施した髪留めで束ねられている。

 誰あろう彼こそ、神治世界における単騎最高戦力・聖魂機「ダイヴィヌス」の搭乗資格者ウェルバ・イルその人であった。

 一方で、少年のかたわらで苦虫を噛み潰したような顔をしている男が一人。

「…言い訳はせん。この失態は、後で必ず埋め合わせしてみせる…」

 男は搾り出すようにそれだけ言うと、そそくさとその場を立ち去った。

「……次が、あればね」

ウェルバは男を見送った後、酷薄な微笑でそう毒づく。

「――ガキに顎で使われるのが余程癪だったか?大仕事は目前だってのに、あたら兵士を無駄死にさせてくれやがってまったく…。…それとも、これも神の配剤ってやつか?」




 都市部上空を音もなく舞うガルガリン級戦艦ヤフキエル。全長数km超、独立居住区はおろか小規模ながら各種生産ユニットまで兼ね備える姿はまさしく移動要塞と呼ぶに相応しい威容である。

「あああっ、もう…」

少女、ミディ・ファラムは艦内通路を急ぐ。

「せめてシャワーくらいは浴びさせて欲しいんだよねーっ」

 ただでさえ人目につく容姿だというのに、聖霊手特有の体の線がはっきり出るパイロットスーツにジャケットを一枚羽織っただけの姿とあってはすれ違う人間の――特に異性の――目を惹くことしきりだ。

各地の暴徒鎮圧――といっても、ゲフェンノームの噂に怯える市民に聖霊機のご尊顔を拝ませてやっただけなのだが――から帰ってきた途端に即呼び出しである。

「何かと思えばこんなしょーもない仕事の穴埋めだなんてねぇ。天下の聖霊機サマを一体なんだと思ってんのよあいつら?」

そもそも、本来なら彼女の出動は予定になかったはずなのだ。ところが保安部隊「ADAM」の一部が勝手にをオムネイを動かしたために手が足らなくなり、結果として急遽彼女お鉢が回ってきたというわけだ(ついでにいえば、その作戦も無様な失敗を遂げたらしい)。まあ、平生より何かと鬱陶しいADAMの失態は内心少し喜ばしくはあるが。

(あぁ…汗、におわないといいんだけどな…)

 彼女は窮屈なヘルメットから解放された豊かな赤毛を掻き分けながら扉を開いた。

「ミディ・ファラム、入ります」

 鷹揚に迎え入れた上司は彼女を気遣って椅子を勧める。

「つい先程君に「D」捕獲の名が下りた。至急神徒に戻り追撃隊に合流するようとの事だ」

「…ええっと、今すぐに、でありますか?」

「ああ、じゃ出立は一時間後ってことでいい」

 青天を走る虹の矢が一つ。

巨大な冠を模したリアクターより、五色の燐光が空に舞い散り機体を柔らかく包む。

白銀の乙女、聖魂機級「ベヌデクテ」。全ての機兵(ドゥナミス)の中で最も速く、美しく空を翔けると云われるその機体の主はコクピットで叫ぶ。

「ううううっ…も、帰って寝たいよぉ~!」



 ダネル・アラクシは長く延びた廊下を所在なげに歩いていた。

 歴とした聖魂機「ディキオス」の搭乗者である彼だが、正式に任命を受けたのはつい先日のこと。襟首を正してもなんとなく様にならない。

 機関特有の丈の長い制服にまだ馴染めずにいる姿はまるで余所行きの服を着せられた子供のようだ。気持ち急ぎ足で駆け込んだ個室には既に上官の姿があった。

「よう、来たかダネル」

「話って何だよ?いっとくけど賭け札ならもう乗らないぜ上官殿」

「顔に出すぎなんだよ、お前の場合。残念ながら今日はそういうんじゃなくてさ」

「典礼教本なら…とりあえずちゃんと目は通したよ」

「読み流すんじゃなく覚えたまえよ聖霊手殿」

直属する上官は彼と殆ど年が変わらないこともあってか、二人だけの時はごく気安くものをいう間柄だった。格式ばった機関における少年達のちょっとした息抜きなのだろう。

 所詮は避難民上がりに過ぎないダネルが聖霊手となれたのはまさに異例中の異例といっていい。その為、通常の聖霊手(ドミヌス)候補者であれば長期に渡る訓練・指導を受けながら、自然に刷り込まれるであろう組織の人間としての作法や常識もまたダネルは殆ど身につけていなかった。

 年の近い上司を配したのは恐らくそうしたダネルを慮っての措置だろうが、

「あ、クッキーだ、食べていい?」

「もう食ってるじゃねーか!誰もとらないからせめて座って食え!」

彼がそうした気遣いの委細に気づくには、今少しの時間と経験が必要なようだ。

「ダネル喜べ。今しがた報告が入ってな、「D」、つまりゲフェンノーム追撃の許可が下りたらしい。

それも史上稀に見る大規模作戦って話だ」

「…ついにか」 

ゲフェンノーム。

その単語を聞いた途端、ダネルの脳裏にはあの日の光景が甦る。

忌むべき強奪劇、炎に導かれた邂逅の時。



――その日、第四開発支部の実験棟では新型聖魂機「ゲフェンノーム」の起動試験が行われていた。

ダネルは島を丸ごと一個の開発施設に作り変えたこの開発支部に配属されていた。要するに、技術役の使い走りである。

だから、GRDNより監視任務に赴いた聖魂機「ディキオス」を仰ぎ見てなんともいえない気持

ちに襲われたものだ。

 白金鎧にちりばめられた瑠璃色。

対の大剣を背に負う勇壮なる白き英雄。

少年の決して手に届かない憧れを凝縮したその姿。

ダネルは幾度となく機体を眺めては、ため息をつき、その度に上司から手が止まっていると怒鳴られるのだった。

(ゲフェンノームもああいう機体になるんだよな…)

他方でダネルは同じ聖魂機、同じ白い機体でありながら「ゲフェンノーム」には全くといっていいほど心惹かれなかった。

(いったい何が違うんだろうな…まだ、完成してないからか?)

今にして思えば、あの機体には何かが欠けていたように想う。何か、聖魂機の根幹を成す最後の一片が。

美しく、それ故虚ろな機械人形。

それがダネルの「ゲフェンノーム」の印象だった。


 そして、事件は何らの前触れもなしに起こる。

 深夜、施設全域での突然の停電現象とアラートに叩き起こされ。

 まったき夜闇に包まれた島を震わす爆音の連続。


 目覚めれば蛇炎がうねる地獄の闇/人型の炭灰/鼻を突く煙の臭い/生ける者のない灼熱の苦界に唯一つ動く狂影―――その随所より伸びた配線は生き物のようにうねうねと踊り。 

島全体のエネルギーを吸い上げていき白色だった機体色は昏闇を映すが如く黒く、黒く―――ゲフェンノームは耳朶を圧する叫喚と焔の渦を巻き上げ誕生の歓喜に打ち震える。 

 無数に伸びたへその緒をひきちぎり、高らかに産声を上げる悪魔を前にして、朦朧とした意識でダネルは無心に床に伏したディキオスに駆け寄っていく。

 操縦座の傍らにはディキオスの搭乗者が一塊の墨となって転がっていた。彼を見下ろすように佇む異形。

 かくも無残な情景を目の当たりにしたダネルの胸を突く鋭い恐怖。

「…貴っ様ァ…!」

 そしてそれを上回る怒り。

 押さえがたい衝動に突き動かされた彼は反射的に主を失ったディキオスのコクピットに乗り込んだ。

ダネルとて技術者の端くれ、一通りの操縦方法位は心得ている。聖魂機といえど基本的な操縦系は一般的な聖導機兵と何ら変わりはない筈――。

 視覚統合モニター展開。

 制御用マルチデバイス起動。

 システム・イン。

―――だが、並みのDFと聖魂機にはたった一つだけ決定的な違いがあった。

聖魂機(スピリディウス)は各々固有の霊性震動を有しており同調できる者にしか搭乗を許さない。

そうでないものには、

「――ううああああっ!!?」

 霊質レベルでの破壊作用、命に関わりかねないほどの致命的なダメージを及ぼすのだ。

全身を駆け巡る魂さえ砕くほどの苦痛。遠のく意識、薄れゆく視界。

(……ゲフェンノームめぇぇッ…)

 だが、眼前にたつ悪魔への全てを理不尽に無慈悲に奪い去ったモノへの怒りが彼を呼び覚ます。

「オレを…」

 絶え間ない痛みの奔流の中、ダネルは必死に操縦桿を握り締める。

「オレを選べっ…ディキオス」

 その瞬間、数千億分の一の奇跡は起きた。

 身体を引き千切らんばかりだった痛みが嘘のように引いていく。と合わせて、肉体の隅々まで機体と繋がっていくのが感じられる。

 霊従制御機構発動――我が肉は鋼。

 極粒子振動装甲・フレームと連動開始――我が骨は装甲。

 第一神級兵装制限解除――我が魂は必殺の刃。

 諱むべき機獣の前に敢然と立ち塞がる白き鋼鉄――今こそ彼はディキオスに選ばれた。

(いいや…ちがうッ…!オレは選ばれたんじゃない…選んだんだ)

 蹂躙には抵抗を。

 屈従よりは戦いを。

 あらゆる地獄を生み出すモノ共との果てしなき戦いの道程を。


 闇を裂き大地を割る光の大瀑布。音速に達する勢いで振り下ろされる、光に瞬く大剣はしかしゲフェンノームの胸元を掠め地に大きな傷跡を残すにとどまる。

「―――外したっ…!?」

 騎士機ディキオスが二の太刀を放つより速く、飛び上ったゲフェンノームは身の丈を上回る紅翼を広げ、無明の天を背負う。

 ダネルが身構える間もあらばこそ、魔機ゲフェンノームの胸甲が開き、次の瞬間ディキオス目がけて巨大な火柱が襲い掛かる。それは今までの貪婪だが無秩序な炎とは違う明確な指向性、獲物に喰らいつく意志を秘めた灼熱の蛇龍といえた。

 音速の刃も猛然と迫る炎蛇の勢いを止める事は敵わない。あえなく白の機体は瞬く間に巻きつかれ劫火に呑まれていく。

「ぐうううっ…!!」

 分子振動の制御によってあらゆる攻撃エネルギーを無効化する極粒子装甲とて限界はある。このまま業熱に曝され続ければ臨界点を越え呆気なく破砕するだろう。

 惜しむらくは搭乗したてのダネルには「ディキオス」が有する豊富な中距離戦用兵器を使いこなせない事。聖魂機はおろか、聖導機兵すらろくに操った事のないダネルに精妙極まる聖霊手の技巧など到底望みうるものではない。

 熾烈な機体ダメージは既にコクピット中にまで及んでいる。点々と拡がる黒点が死病のように視界(モニター)を汚す。

「ふざっ…けるな…こんなとこで、こんな事で死ねるものかぁッ!――ディキオスッ!!」

 ダネルの気迫に純白の機体は応え。

―――突然炎の輪が乱れた。

 ディキオスは急激な加速をかけ、炎の波を泳ぎ空を駆け上がる。ゲフェンノームが捉えるのは眼前、焔の激流より出でる黄金の騎士。あらゆる極限環境下での適応性と対応能力を限界まで追求した無限のポテンシャリティこそが万難を真っ向から踏み越える騎士機・聖魂機ディキオスの真価――――高熱を吸収し金色へと変わった機体はほんの一瞬にせよ地獄の焦熱に耐え、今や「ゲフェンノーム」の咽元にまで迫っていく。

「これでッッ!」

 機騎士の光刃が魔獣を捉える寸前、拳を割り突き出たゲフェンノームの爪が間一髪で防ぎそのまま両機は鍔迫り合いの形になる。

――その時。ダネルは少年の声を捉えた。

『ディキオスの使い手…お前は何の為に戦う?』

「(この声は機体から…人が…乗っているのか?)」

 機兵(ドゥナミス)に搭乗者がいるなど考えてみれば当たり前の話だった。ただ、しゃにむにディキオスを操っていたダネルにはそこまで考えている余裕がなかったのだろう。だが今や、彼のゲフェンノームに抱いていた激しくはあるが漠然とした怒りが、搭乗者という具体的な存在を得て明確な敵意へと変わっていく。

「お前ぇぇッ、自分が何をしたか分かっているのかッ!!」

『―――なんだ? まだガキじゃないか』

「貴様こそ!機兵を人殺しの道具にするんじゃないッ」

機兵(ドゥナミス)は人を殺すよ。神と同じようにな』


「違うッ!機兵は人を、人の命を、未来を守る為のものなんだッ!それをお前はッ!こんな簡単に奪って…!」

「―――ハッハハハハハハハッ」

突如として耳に届く狂ったような哄笑にダネルはしばし気圧された。

「何がおかしいんだッ!」

『奪った?俺が?ならきっと、俺は取り返したんだろうさ…お前らに奪われたものを』

それまで皮肉めかしていたパイロットの様子が突然、豹変し激昂に声を震わせた。

「奪われた…!?だから奪い返すってのか…ッ!」

『そうさ、贖いというやつだッ…!』

 ゲフェンノームが己に向けられた切っ先を力任せに振り払う。

『貴様らは知るまいッ…自分が何を犠牲にして生きてきたか…何を奪って得た未来なのかを!!!』

機体越しにまで伝わる、底知れぬ怒りの鼓動に圧倒されるダネル。

「ふざけるなッ、奪ったのは貴様だッ!皆を殺したんだぞ…オレからまた、かけがえないの人達を奪っていったんだぞッ…!」

 パイロットに呼応する様に黒き獣が哭いている。先程まで歓喜の声と聞こえたその叫びは、いつしか悲嘆と痛苦の入り混じる慟哭に聞こえていた。

 この憤りを、この嘆きをダネル・アラクシは知っている。

――――それは世界に全ての意味を奪われた者の――。

「…悪魔めぇッ…!」

 理解してはならない。

 悲痛な嘶きを振るきるようにディキオスは魔獣の肩口に刃を突きたてる。ゲフェンノームはよけよう

ともしなかった。

 深々と刺し貫かれる装甲。飛び散る循環剤。破砕する粒子体。

 そして、亀裂から吹き上がる無限の火炎流。

「なっ…!」

 ディキオスを吹き飛ばす程の勢いで吹き上がる火炎は更に肥大化し、黒い機体をとり巻き円を作り、球を成しやがて小太陽ともいえる程の濃密な火球を容どる。

 疲弊の激しいダネルとディキオスでは何処かへと去っていく魔獣をただ見ていることしか出来なかった。

「くそッ…」

 魔獣の消えた後、ダネルはゆらめく炎を見据えている。炎の先に映る、地獄を作り出し自らも地獄に悶えるモノ達の姿を。

 瞳の奥に焼きついた火は決して消える事はないだろう。彼を、あの「地獄」を止めない限り。

―――神暦0981。10・12日

これが後に「ゲフェンノーム・デイ」として知られる一連の事件の幕開けであり、ダネル・アラク

シェが己の運命と出会ったその時だった。 


 ――――あの日以来ゲフェンノームは二つの大都市帯とガルガリン級戦艦二隻タルシス級一個艦隊を苦もなく沈めている。その力は日増しに強大になっているかのようだ。

「俺だってあの時とはワケが違うんだ。今度こそオレのディキオスで仕留めてみせる」

「意気込むのはいいが話は最後まで聞くもんだ」


「聖魂機全機で出撃だって…!?」

 詳細を伝えられたダネルの驚きはもっともだった。

 聖魂機スピリデウス級が全機をもって任にあたるなど過去に類例がないことくらい新参のダネルとて承知している。聖魂機は元々は神都の守護を主目的に作られた機兵(ドゥナミス)であり、それ故各地区への派遣される事はあるが必ず1機以上は神都に残るようになっている。

この永年の不文律を破ってまでも「D」追撃に傾注しようというのだ、機関にとってこの任務がどれほど重要な意味をもっているかは想像に難くない。

「ゲフェンノーム、それ程のものなのか…」

 或いは。

「(この件にはオレには分からない何かがあるのか…?)」

 魔獣と化した聖魂機を駆る少年、追跡対象「D」。あの時、彼は自分に何を伝えようとしていたのか?

 ダネルはそれ以上考えるのを止めた。今は「ゲフェンノーム」をとめる事に専念すべきだ。余計な事に気をとられていてはあの狂獣には到底歯が立つまい。


「―――何を奪って得た未来だ?」


 あの言葉も今は忘れよう。

 世界を乱すあの魔獣ゲフェンノームを倒す――――。それこそがダネル・アラクシに課せられた唯だ一つの使命なのだから。



―――神は遍在する。

 

 遍く場に。


 遍く刻に。


 全ての地平に。全ての事象に。


 虚空の天に。草満ちる大地に。星辰の煌きに。燃え盛る太陽の中心に。


 失われた過去に。約束された未来の果てに。


 神は世界であり、世界は神である。


 しかし。


 唯一つ、永久普遍たる神でさえ望みえぬものがあった。


神は孤独だったのだ――――。



旧暦・前世紀100年代。量子空間を利用する新世代通信技術の開発は思わぬ余禄をもたらした。ま

さに天啓と呼ぶほかない、正真正銘の奇蹟。超光速を実現する量子空間の地平にて人類は神と交信した――より正確にいうならこの空間そのものがいわば神そのものだった。

 人々はこの次元にアクセスする事で神と交感し革新的な新技術の数々を手に入れそれらは人類に発展をいや、生物史に刻まれるような「進化」を齎しつつあった。これが世界変革の序章、やがて到来する「真世界」の胚胎期である。

 前世紀40年代。未だ国家間の争いに終始する世界を神意により治めるために結成された組織があった。対立する国家群を纏め上げ、量子空間の地平から現世に神を降臨させる。

―――受肉機関「GRDN」。 それが、救世機関「GRDN」の前身であった。



 GRDN本部内に存在する「エリドの園」。

 神都パルディスを中心に地球の7割を占める超国家共同体「真世界エデン」に於いて尚、楽園と呼ぶに最も相応しい場所だった。

 四季を問わず咲き乱れる花々。鳥のさえずりと小川のせせらぎ、風に揺れる木々の葉音だけが響く空間――慎重に管理された閉鎖生態系。神都にこのような場所が存在する事は一般のGRDN構成員はおろか上級幹部にすら知られていない。足を踏み入れるのを許されるのは組織の三角錐の上辺に位置するほんの十数名者だけだ。

 この花咲ける聖所に少女は一人、風のそよぎを受けて腰まで伸びた長髪を揺らす。

透き通るような白い肌。白い髪。

長い睫の下から覗く瞳は雲一つない空を映したかのような澄み切った蒼。肢体に重ねられた一枚の白長衣は背に受けた陽光に光彩の縁取りを帯びる。

「また見えているのかね、フィーラ?」

 少女の後ろには杖をもった初老の男性がいつの間にか立っていた。

「いらしていたのならもっと早く声をかけてくださればいいのに…」

 フィーラと呼ばれた少女は拗ねたようにいう。先ほどまでの超俗した雰囲気は影を潜め、代わって表れるのは年相応の無邪気な明るさだ。

「一寸、見蕩れていてね」

 そいって目を細める男は、皺の数よりも老け込んでみえる。老いているのは身体ではなく心、それはあまりに大きすぎる試練に押し潰された人間の顔。

 男――――GRDN総帥・セファー・ジェラルドは少女に語りかける。

「もう話は聞いているね?」

「ええ、「D」のことでしょう?」

 神秘的な雰囲気を称える少女、フィーラ・アンフィルエンナ。彼女もまた聖魂機の搭乗者。

「―――準備は出来ています。私も、あの娘も」

 機関最高位の称号「セイリオス」の名を継ぐ聖魂機。なべて白を基調にした聖魂機のデザインにあっても一際異彩を放つののがこの機体だった。

機体表面は白一色で完全に統一され、淡雪を重ねたような法衣は軟性の極粒子形成により常にさわさわと揺らいで光の波を全身に巡らせている。

通常時の翼は十二枚の展開翼の内六枚が体を包むように畳まれているが、これらは全て発振機(フラクターを兼ねており、全展開時には華奢な外観とは裏腹な途轍もない大出力を発揮するという。外装が余剰エネルギーの排出性能に優れた軟性状形成なのはこれが理由である。

 その顔立ちは搭乗者たるフィーラをどことなく感じさせ。

 無垢なる永遠の白。

 祝福の処女像――神都を守護する女神こそがこのセイリオスだった。


「私はもういくよ。例の計画も詰めの時期に入っているからな」

 穏やかな世界では時間は瞬く間に過ぎゆく。

「――ねえ、ジェラルド」透き通った両の瞳がジェラルドに向けられる。

「ノアは、何も知らない人々を見捨てて心を痛めなかったのかしら」

「彼等は知らなかったんじゃない。ただ信じなかったのさ」

「では、不信心者に当然の報いだとノアは思っていたと?」

「…止むを得ない決断だったんだろう」

 ジェラルドはそれきり口をつぐむ。

「…我々もまた、選択の余地はない」

 去り際にジェラルドはぽそりと呟く。

「ソフィアの娘よ、愚かな私を赦してくれ…」 

 彼が去ってからしばらくして、少女は一人、誰にともなく呟く。

「…ええ。我が父ジェラルド、赦しますとも。生まれてからずっと私はそうしてきたんだから。……けれ

どもやっぱり今度も、貴方には聞こえないのね」

 少女は、自分自身を赦す事が出来ない哀れな男を想い、寂しく微笑むのだった。フィーラは土と草の匂いに満ちた空気を深く吸い込む。この場所に来られるのはこれが最期。彼女はこれから待ち受ける出会いと自らの死に思いを馳せる。

 未だみぬ仲間達。

―――ウェルバ・イル。金色の王、聖魂機「ダイヴィヌス」の搭乗者。

 何よりも己を愛し、ゆえに己を取り巻くもの全てをこよなく愛す少年。誰よりも人間である事を愉しみ、人間であることを貫く者。神を貫く最後の一矢。

―――ミディ・ファラム。銀朱の霊鳥、聖魂機「ベヌデクテ」の搭乗者。

 誰よりも他者を慈しみ、自身も他者への愛によって強くなる少女。裏切られるが故に信じ、ついには箱舟を導く者。

―――ダネル・アラクシ。蒼の騎士、聖魂機「ディキオス」の搭乗者。

 誰よりも純粋さを失わず、正義を求め、正義を成し、正義を捨てる少年。後に「楽園の破壊者」として歴史にその名を刻む者。

―――そして彼女の死、「D」。暗黒と紅蓮の主、反神機「ゲフェンノーム」を駆る者。

 半身を失った哀しみに灼かれる者。神を憎むが故に神に近づく者。世界を傷つけ、世界を毀し、そして世界を救う者。


 神暦983年2・19日。

 神都に終結した4機の聖魂機はゲフェンノーム討伐の任に出立した。タルシス級戦艦が三隻付随する一大陣容である。

 神の威光に眩く輝く白銀の御使い達。

 


地平線は遥か彼方。運命(さだめ)を見通す少女と、運命を背負う仲間達の最初で最後の旅は今、ここに始まる――。


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