聖魂機、集結
■
尖った弧月がつき刺さすようにかかる空の封土―――浮界は闇に怯えるが如くその巨体を震わせる。あたかも面前で繰り広げられる閃光の饗宴に怯えているかの如く。
目まぐるしく交わり、遠ざかり、また交わり、枝分かれた数多の光焔を残し翔ける双流。
不規則に絡み合う二つの軌道は明確な意志を放って輝く。破壊への意志を。互いに断罪欲する戮刃を。
天都に伸びた支柱の一つを蹴って飛び、ダイヴィヌスの光槌が敵影に振り下ろされる。
黒い弾幕を防壁に、後退するゲフェンノームの長爪が間をおかず闇を灼熱で割く。
迫る熱線を潜り抜け、ダイヴィヌスの光背翼座が前面にスライドし、突き出た砲口が楕円の繊鋼を弾く。
劫罰の紫雷が夜天をはしり地を刳り貫いた。一個師団をまとめて焼き払う破格の兵装も、束の間敵機を遠ざける役割しか果たさなかったようだ。
無様な射撃を魔獣は嘲笑うように緋の咆光を立て続けて発する。最高速を維持しつつの機体のきり返し―――背部翼座を地面に擦りながらも柵条柱をジグザグに縫って群がる渦炎を回避するダイヴィヌス。
柱の背後に消えた敵影を猛然と追いやる悪獣、だが柱を穿って飛び出た複鎖がその進路を遮る。
「―――これならさっ!!」
光鎖が大きく曲線を描く。
光弾を装填した砲座の集積体である鎖列は本体から伝わるうねりに合わせて一斉に尖鉄を解き放つ。
天に地に、その一つで通常機兵の放つ振動砲に値するであろう優に一万を超える弾礫が魔獣機の周囲を埋め尽くした。
「はっ…!」」
黒影は一度丸めた翼を勢いよく開くと同時に、狂気じみた輻射熱流を吐き散らした。
産み落とされた火竜の貪婪な牙は触れる光礫全てを食んで薙ぎ払う。
プラズマが櫛ずる地裂――めくれ返った地岩がさざめく波濤となって夜天を衝く。
爆塵の積雲から現れる機影――ゲフェンノームの損傷は腕部表装の微かなもの。引っかき傷程度といったところか。
「ははっ、予想以上だなダイヴィヌス。単機でこれだけやれるなんて、本当に常識外れの機兵のようだ」
「…その台詞ッお前にだきゃいわれたくねえ!」
息つぐ間もなく戦闘を続行する両者。中空に甲翼がはためく度に光速の軌道が跳ねる。交わされる砲撃の苛烈な応酬。
にも拘らず、小刻みな前進後退を繰り返し空間を縦横に使いながらじりじりと二機のS級は互いに距離を詰めていく。
凄まじい弾嵐の中、相殺し合い炸裂する弾頭の切片が消滅音を飛沫き上げ。
―――――――厳密にいえば聖性も魔性も物理的な特性ではない。
霊性とは物質世界の在り様を先見的に決定するメタ物理情報子。世界の法則を加工する奇蹟の素子が聖であり魔なのだ。
神統べる世界の理に則った奇蹟因子が聖であるとすれば、反霊質たる魔は主の全き世界符律を歪ませる侠雑物、妙なる神曲に混じった醜いノイズ。
聖と魔の戦いとは突き詰めれば相反する二つの原理が世界を書き換えあう運動といえる。
一方は賜った秩序を守らんと。
一方は押しつけられた束縛を断ち切らんと。
純正の聖と魔は互いに逆らい打ち消しあい―――――。
接近する白き機躯、重量をものともしない大槌の連撃と、構えた六本の熱爪でそれらを捌く黒き機躯。 激突する白槌と赤爪、放散する電光は霊性干渉による世界の亀裂。
かつ離れ、かつ近づき、空を切り裂く旋回は狂奔する輪舞、天地を鼓する打突の閃鳴は死線を刻む奏律―――。
かつてない凶敵を前に聖魂機の本領を如何なく発揮するダイヴィヌス。
背後より突出する操作天盤の積層がその身を鎧うコックピットの中でウェルバ・イェルは僅かに喘いだ。彼はこの激しい交戦の最中にあっても霊性に敵機の性能を具に分析している。近接は熱爪。尾斬。中間距離は光熱放射。遠距離の振動熱線砲―――。
「(武装自体は聞いてたのとほぼ変わらずか…)」
但し、まるで異なるのは圧倒的な霊質密度だ。尽きせぬ霊流にまかせた圧倒的な破壊力と無限ともいえる活動時間。
その上―――。
前腕部を覆う気泡。先程体表に入ったはずの罅は既に跡形もない―――装甲修復さえやってのける驚異の再生力。
「(となれば、一気にケリをつけるよりないな)」
短期決戦はもとよりダイヴィヌスが得意とする所である。
「やってやるさ…!」
ウェルバは機体に意識を沈み込ませた。負担は増えるが止むを得まい。
ゲフェンノームが放散する分厚い瘴気で精度を失った現象系照準を切り換え、想波感知と五感を直結する。
途端、堰とめられていた情報の束が渦を巻いて彼の頭に流れ込む。
流れる外界を泳ぐ機体。還元され加工され再構された知覚システム。
拡張する意識、すぼまる自我。機兵を操る己を覗く己。脳に張り巡らされた神経糸のざわつき。
発火するシナプスの点が素描する思念の潮流が直接に機体を掴む錯覚。限りなく同期する反射と反応。同調する操り手と炉心。
戦闘に没入するごとに、ダイヴィヌスは人と機の境を容赦なく突き崩していく。
聖魂機は思考に等しい疾さで翔ける―――繰り手の能力を余す所なく発揮する機体を喩えた言葉である。しかしそれは、いい換えれば繰り手の限界がそのまま聖魂機の限界でもある、という事。
――――――――より疾く、より強く、より正確に、より自由に――――。
人が人である以上逃れられない生理学的な制約をわずかでも上回ろうともがくウェルバの全身と全霊。機動聖霊は間断なき超克を要求するのだ。神敵のみならず、搭乗者たる人間の肉業をも。
さながら戦いこそが人をより高次に引き上げる為の試練だとでもいうように―――。
山なり軌道の閃弾――――避けられる。
背翼の微細な振幅。
機体の脇を通過する弾道。
時間差で打ち込まれた紅蓮の直光。
――――これは避けられない。
突き出した光鎚が展開、円形の傘となって機体を覆う。全機兵最高度の重装甲を誇るダイヴィヌスをさえ圧する被弾衝撃。
膨張する盲白に意識をとられている暇はなかった。空白のゼロコンマの後に待つのは嵐のような集中砲射――機体ともどもその身は潰えよう。
よっての即応。
見失った敵影の確認よりも迎撃が先んじる。
内蔵された発振機関の急加速、高速で擦れ合う黄鱗が弾く光振の波が瞬く間に炉心の理力を導出する。
「腕部回転式光波速射砲」・励起/「胸部振動砲」・充填/「広域掃討用肩部全周輻射砲」・開放――――――――斉射。闇空を照らす奔光。
ウェルバは自機の全周囲、死角全てを弾幕の嵐で塞ぐ。ダイヴィヌスからのびた複射砲撃の火―――四方に分かたれたその様は月下に掲げられた輝色の十字架。
ウェルバは火線の一端にかかった気配を鋭敏に察知した。空間の歪曲場を感知―霊性干渉によって操作された物象は通常空間においては特異点であり、 そこには少なからずの齟齬が生じる。
空間の変調はその結果だ。
極限まで感度を増した多重層皮が外界を漂う霊痕の「匂い」を備に伝達する―――反応は後方から。十字形をとった金色の弾流は一点のみに絞られ闇に染まった荒地を照らして薙ぐ。
「そこらへんっっ!!」
爆音につぐ爆音。衝撃で盛り上がり赤々と燃える崩土の燭台が照らす隻影。輻射熱を巻き上げ黒獣は上昇する。
「直撃はないぞっ!ダイヴィヌスの操り手っ!」
「はしゃぐなよ、盗んだ機体でさあっ!」
「盗む!?馬鹿をいえっ、ゲフェンノームは元々俺のもの…いいやこいつは、俺自身なんだよ!」
「なら――もろともにいっちまえぇっ!」
ウェルバは敵を広角で捉える為わずかに後退している。距離をとれば速射性に劣る自機には不利だが魔獣が浮界周辺から離れた今なら……。
『―――砲門開け!』
―――数多の波光が夜天を翔ける。
「っつ!」
浮界を左手に据えた遠距離から放たれるタルシス級弐番艦の側面からの収束鐘波が悪獣の動きを封じ込めた。
「卑怯とはいうまいなっ!」
間を入れずにダイヴィヌスが空を滑して魔獣に肉迫する。疾駆する白影は閃く魔獣の双爪を鎚の長柄でいなしお返しとばかりに至近で腕部射光砲を炸裂させた。
「こんなものでは……!」
被弾をものともしないゲフェンノーム。
「―――お前等のやり方はようく心得ているからなッ…!」
爆光をまとう機体の胸元に集まる魔気―黒の晶粒が描く蜘蛛の巣状の紋線から生じる
黒い球形。凝結していく霊性密度からもそれが尋常の兵装でないことが分かる。
「!この距離で撃つっていうのかっ…!?」
ダイヴィヌスが引き続き腕部速射砲を浴びせかけるも魔獣は身じろぎもせず、やがて晶粒の微細な囁きは邪黒き閃光の雄叫びに――――迫撃から身をよじるように機体を傾けるウェルバ。
響き渡る天の絶叫、地の悲鳴。
―――ゲフェンノームが最終兵装――――――「現界裂く冥門」。
闇空を捻じ曲げて黒光が奔る。掠めた浮界を衝撃だけで削する超絶の波動。機体を組みあいから引き剥がしたウェルバは放たれた閃光の行方を追う。
「しまっ……!」
魔獣の狙いはダイヴィヌスではなく、遥か後方に控える弐番艦。「終末の火」は船首の三枚翅から成る障壁を易々と貫通して側舷を食いちぎる。爆炎に包まれ、機首を沈ませる戦艦。
「バートルビっ!?」
『航行機能には支障なし…しかし、左舷砲門を軒並みやられました』
「もういい、艦隊ごと後方に戻れっ!浮界の守りをしっかりなっ!」
『……了解っ!下がらせてもらいます!』
―――ここで戦艦が撃沈されては目算が狂う。尋常ならざる両者の攻防はタルシス艦隊の天輪障幕に包まれた浮界さえ揺るがせる激震を生む。戦艦三隻による保護がなければただでさえ不安定な浮界は衝圧の余波でたちまち崩れてしまうに相違ない。
「くっそ、艦隊を寄せて逆にこっちがプレッシャーかけられるとは……ガルガリン級がやられる訳だよ――!」
ウェルバは忌々しげに舌をうつ。とんだ見誤り、何が武装は変わらずだ。
目前でみせつけられた兵装の威力は完全に彼の予測を遥かに超えていた。物象すら歪ませる超高密度の魔塊榴弾。どんな装甲も障幕防御もさしたる効果を及ぼさず、直撃を受けて無事なものは恐らくこの世には存在しない。あれがもし戦艦ではなく浮界に向かって撃たれていたなら……。
「(とにかくアレだけは撃たせちゃならん…!)」
あれほど高密度の攻性霊装なのだ、そう連発はきくまい。ウェルバにとってこれでまた一つ決着を急ぐ理由が増えた。
「…おとし損ねたか。ははっ、的がでかいんで却って油断してしまうな」
「ぬかせっっ!」
ゲフェンノームに再び接近するダイヴィヌス。戦艦による援護が望めないなら近づいてのやり合いしかない。
右半身で降り注ぐ加撃を遮り返礼の銃火を敵影とは真逆の虚闇へ放出。
逆方へ打ち出された数十の弾道が弧をうって反転し、敵機へ向かい襲い掛かる。
「魔影逐う猟弾」――回避不能の絶対追尾、鉄の猟犬は標的を執拗に追い立てる。
ウェルバとて命中確度を最優先した追尾弾ごときで狂獣を墜せるとは思っていない。わずかでも怯もうものならすかさず追いうちを浴びせてやる―――。
そこで、ゲフェンノームの動きを注視するウェルバは追尾弾の異変に気づいた。
魔獣の総身から篭れ出る濃密な瘴気を潜る内に追尾する光滴は濁り黒く変質していく。
幾条もの弾道を引きつれ夜空を舞う漆黒。
猟弾はもはや敵を追尾しはいない―――ゲフェンノームが放つ引力に吸い込まれているのだ。
ついには黒色に染まりきった猟弾の群れを、鎌首をもたげて貪り喰らった魔獣機。
「…ふざけやがって……!」
相転移機構。
元は外部のあらゆる物理エネルギーを聖性へ昇華する機構であったはずが、今ではあらゆる物性を吸収し魔へと転換する忌むべき機関に成り果てている。聖度の低い武器では悪機にみすみす餌をくれてやるようなものだった。
「ったく、とことん厄介に出来てるな…こいつは!」
倒すべきは機兵はたった一機。
聖魂機を駆るウェルバはこれまで自機の性能を凌駕する機兵と戦場で剣を交えた事はなかった。
未知の領域、かつてない凶敵を前にしては聖魂機の騎手としての自信も揺らごう。困惑も怖れも無いではない。
だが、彼の意識を制するのは醒めた昂りだった。
GRDNの看板も聖霊手の矜持も関係ない――――何を措いても、ウェルバ・イルは戦士なのだ。
そしてそれは敵もまた然りであろう。
「どうした聖魂機っ、これで終わりではGRDNの名が泣くぞっ!」
猛りのままに吼える「D」とゲフェンノーム。
一方的な殺戮に飽いた彼らは久々にまみえた強者との死闘を存分に愉しんでいた。
■
「…くっは…!…やっと・着いたあ…」
長い階段を上りきり到着したがらんとした小塔内部。膝をつくダネルは息を荒げながらも、彼の身を案じるフィーラを手で制して先を急ぐ。外に出てみれば頭上には小塔に括られた機女神の姿があった。
「良かった…」
「!フィーラ待った!」
自らの愛機に駆け寄る少女を、引きとめるダネルの腕。聖魂機に駆け寄ろうとする二人のゆくてを突如として噴き出す土煙の波が遮断した。石畳を断ち割ってずるずると這出る幾本もの長大な触手がセイリオスに纏わりつく。
「セイリオス!」
咄嗟に彼女をかばったダネルの脇からフィーラが叫ぶ。のたうつ鋼鉄の蛇は見る間に聖魂機を締め上げていく。
「なんなんだよっこいつは!?」
「おそらくはこれがミディのみたという…」
セイリオスを十重二十重に拘束する正体不明の蛇どもが彼等に向けた単眼をさもいやらしげに細める。
「くっそ、これじゃ近づけないか!」
『―――二人とも伏せていろ!』
轟音にダネルとフィーラは耳を覆う。頭の上を駆け抜ける銃弾の霰が「セイリオス」を縛する機蔦だけを正確に弾いていく。射撃の主は赤い改式歩兵。開け放たれたコックピットから覗いた青年の顔には覚えがあった。
「パルオーシュ…あんた!?」
『詳細は後で、中央部は死守させてもらう。さ、早く乗りたまえ!』
彼は片目を瞑ってダネルを急かし、機兵の腕で二人をセイリオスへと運ぶ。
「うわっと!」
聖魂機は戒めを解かれた羽を細かにうち振るって千切れた触手を払い落とし、腹部を開いて主を迎え入れた。フィーラと一緒にセイリオスの内に転がり込んだダネルは通常とはまるで異なった機内の造りに、思わずあれこれと中を見渡した。
「? なあ、操作盤とかってどこにあるんだ?」
彼は不思議そうに尋ねる。
それもそのはず、セイリオスのコクピットには制御系にあたる機器の一切が見当たらないのだ。
「別に、特別な操作とかは必要ありませんから。私がお願いするとこの娘が聞いてくれるんです」
「……とことん規格外なんだなこの機兵は…」
夜闇を寄せつけぬ燦然たる白翼を優雅に広げセイリオスが天に舞いあがる。
上空から浮界表土を見渡せば中心街を背に、円形に布陣したクワゥル隊を囲む魔蟹機の輪。
「また数が多い、こんな時に!」
「もう時間がないのに…」
夜明けまであと数刻。今から避難作業に入っても果たして間に合うかどうか。とにかく急ぐほかあるまい……。
「!フィーラ、あれだ!」
ダネルは大陸の四隅に存在する大気循環ユニットを指した。
意図を察した少女がセイリオスに詠唱するよう強く念じる。
機体は即座に四つの光帯を紡いで、それぞれを四方のユニット各基に繋いでいく―――やがて結びついた詠唱紋を通して注がれる銀の細粒が、統合制御律の混乱で停止した循環ユニットを再び起動させる。
外部から律式を挿入しての直接操作。浮界深部でゲフェンノームがやってみせた離れ業を真似ようというのだ。
「独立式の器官はほぼ掌握終わりました。これならなんとか使えそうです」頷き合う二人。
「よっし、回線を開いてくれ――」
『―――セイリオスへ、云われた通り地上を空けたぞっ』
「本当にもう人はいないんだよな!?」
『ああ、領民全て中央部に避難済みだ』
「分かった、歩兵隊の皆、敵を出来るだけ中央から遠ざけて、それから合図したらすぐにそこから離れてくれ」
ダネルから、上陸した全部隊へ向けた通信を入れる。
『またセイリオスがなんかやんのかい?』
『おぉ、任しときなっ!』
『ありったけを叩き込んでやらあ!』
全隊あげての集中砲撃が始まった。銃閃の落雷が浮界を鳴し、一時的に沈黙する魔蟹機達。
「今だフィーラ!」
「皆さん、巻き込まれないでくださいね!」
具現する詠唱律紋で編まれた制御式の束はユニットを操る手綱。
詠唱紋の閃きに合わせて、ユニットの円孔から噴出する螺旋を巻く大気流。四つの大気層循環創出機関から発生した猛り狂う大流が魔蟹機の群れを飲み込みながら次第に一つの渦へと収束していく。
「よおし!このまま一片に振り落としちまえ!」
「セイリオス、お願い―――――!」
魔群を運び去る凄まじい竜巻が浮遊都の天蓋を突き破った。
■
すれ違いざまの一閃が白機を見舞う。
背中を灼く熱迅を意にも介せずダイヴィヌスは足下の漆黒に向けて直光を撃ちおろすものの、軌道上に撒かれた爆風に照準を乱された矢弾は虚しく空に弧を印す。
弾幕の衝爆が生む密なる乱気流を泳ぐゲフェンノーム。
錯乱する風域をかいてその軌跡を辿るダイヴィヌスが再度放つ振動荷光。機体後方からの追弾を小尾が刻む大気の溝に掻き消し、大きく反転する黒影は間をおかず紅翼の付け根から生えた砲口より蘇芳の嘶きを発した。
ダイヴィヌスへ乱れ飛ぶ火粒波紋が六連。
波状を描く細い火線は牽制とはいえ充当な威力をもった破極の兵装。
襲う四つの弾影を光鎚の回転で、撃ち漏らした二つを胸部の振動砲撃で相殺するダイヴィヌス。相打つ眩光と膨らむ爆陣を置き去りに迅る両影。
敵機を映じたモニタを確認しながらウェルバの顔が険しくなる。身を削る思いで少しづつ縮めた間合いがまた開いてしまった。
ダイヴィヌスは飛行速度を上げながら背面に備した追加砲座を空弾倉ごと切り離す。速さと一撃の重さで劣る以上は手数で対抗するよりないが、ダイヴィヌスの残弾は既に底をつきつつある。
「(くっそ、ここにきて露骨に足を使ってきやがった…)」
ダイヴィヌスが長距離砲撃を封じるべく接近戦を挑むとみるやすかさず機動力で翻弄してみせる。
―――――巧い。
初めこそゲフェンノームの底知れぬ力に目を奪われたウェルバだが、交戦を続けるうち否応なく思い知らされた。 真に瞠目すべきはその操手であると。ゲフェンノームはそのあまりに過密な霊性を宿すが故に、絶えざる暴走が常態といえるいわば狂気の機兵。
その、我が身さえ引き裂きかねない狂獣の膂力を余す所なく引き出し、支配し、自在に操ってみせる「D」。
機体が化け物ならその主もまた常軌を逸した存在といえよう。一体どれ程幾多の血戦がこの鋭い爪を研ぎあげたというのか?
魔獣を猛追するダイヴィヌスが再びアタックをかける。
収束弾砲の四連射に紛れ込ませた大光径弾を振り向きもせず身を翻してかわすゲフェンノーム。
しかし、かわした筈の一弾が左翼を掠めて、わずかに失速する。
機に乗じ、敵機の頭を押さえるべく前のめりに突進する白機の照準が魔獣を捕捉しえたその時、機体前後から迫る重圧を肌に受け少年は舌打つ。
――――魔獣の配した空間断線の束。罠に誘い込まれた彼の方だった。
音もなく近づく不可視の斬鞭、その数三、四、五――多すぎる。 モニタ確認による回避は間に合わず、迎撃するには接近が過ぎた。が、何より怖れるべきは――。
ゲフェンノームが展開形成する砲門――肩あてからせり出した砲口に追撃の火が点る。ここで足を止めれば尽きせぬ砲火の暴虐に嬲り墜とされるは必至―― 。
已む無くウェルバは自機を空間断線の巣窟に投げ入れた。装甲性能を限界まで引き上げるダイヴィヌス。
流体聖質が装甲を奔り粒子間を横溢する。機体層甲の間隙に差し込まれる数百の障膜。折畳まれた内部障壁は浮界すら覆える程に膨大な霊圧。
その重装甲をもってしてさえ衝撃全ては散じきれなかった。
機体を襲う真空の打擲、右脚部外装をひちぐ衝圧。
「…っぐ!」
想定裡の軽い損傷。目を細めるウェルバ――神は我を見捨て給いじ。
だが勝負はここから。一気呵成の集中射砲がダイヴィヌスを強襲する。
きりもんだ白機を容赦なく地表に叩き落す強烈な偏向集火粒。勢い余った大質量の赤影が斜めに大地を射抜き、抉れた岩盤をマグマで満たす。
やがて、一向に止まぬ射撃の継ぎ目をついて溶岩流を割る機影がゲフェンノームの前に飛び出る。
ゆらめく煙を巻く全身――磨かれた外装を汚す無数の傷痕、金飾は剥離し白地に醜く垂れ下がる。
「はっ、いい具合に鍍金がはがれてきたようだな」
「……いちいちムカつく野郎だな…テメエはッ!」
挑発にのるように機体を奔らせるウェルバ。
全砲門をもって応ずるゲフェンノーム。
瞬間、隆起する閃光が魔獣の背後で炸裂――ダイヴィヌスが猛攻に耐えている間に地中に放っておいた螺旋弾頭が今、上空のゲフェンノームに踊りかかったのだ。
爆雷から逃れる魔獣をダイヴィヌスの光撃が更に追い込む。黒影が飛び退ったのは浮界直下。其処は浮かぶ天井と地から生える索柱が超常の機動を制限する閉域――。
「その位置だっ…!」
呟くウェルバ。
今こそ切り札をめくる時。
「――なにっ……!?」
この瞬間までゲフェンノーム=「D」は、眼前に現れた艦船に気づいていなかった。
浮界の淵から飛び出る、船体を縦に降下するタルシス級参番艦「エリフェレト」――僚艦とともに戦場から一時離脱したはずのエリフェレトが、いつの間にかこの位置にまで回り込んでいた。激戦の隙をついてとはいえ、戦艦を丸々一隻浮界の陰に隠すなど大胆を通り越しいっそ無謀とさえいえる用兵術である。それだけに虚を突かれた「D」の驚きは計り知れなかった。
「貴様っ、艦を下げてみせたのはっ…!」
「ああ、布石だよ…貴様の一発も、いい目眩ましになった!」
三番艦両舷に配置された旋盤射式砲紋の二十四ある砲口が光撒を紡ぐ。浮界下部をこそぎ支柱を砕き、僚機をも巻き込んで魔獣を撃つ錦流は幾千光。
「…ならっ、今度こそ沈めてえぇっ……!」
横なぐりに全身をうつ矢雨が流石に応えるのか魔獣は、ギクシャクとした挙躯でそれでも黒球を放とうと予備動作に移る。
「――――遅えよ」
崩落する岩盤と錯倒する条柱の奥に輝く白影。
艦砲に装填された特殊聖製弾頭は聖魂機が展開する極めて高聖性の装甲障壁に対しては大いに効を失する。
即ち―――――この領域はダイヴィヌスの場。
熾烈な艦砲射撃の中に魔機・ゲフェンノームが拘束される一方、聖機・ダイヴィヌスは自在にその力を振るう事が叶う。
金の五月雨を背負ってダイヴィヌスが構える大筒は可変展開した鎚器。
通常は光格子で鎚部を形成する六つの方錐基が、連結し各々光のアーチを発生させる。連続するアーチはそれぞれ結びつき長い砲身を形成。前方に折りたたまれた長柄が砲身を支え。
機体の身の丈三倍はあろうかという長大に伸びた大砲の先に煌粒紋が集う。
「さあ、いっちまええええっ!」
――――GRDN筆頭機ダイヴィヌス、最強最大の超越神級兵装――――「万象照らす黄金光」。
曙光を呼び込む黄金喇叭は今、音高く吹き鳴らされ―――
無尽の爆晃が悉闇を駆逐し、現出れた無色の領野に黒影は塗りつぶされる。
―――そして訪れる夜中の夜明け。
空を揺るがす激震によって浮界から傾れ落ちた岩嶺が光源に触れ次々に消滅していく。圧倒的な聖質の奔流は触れるもの一切を創世より生まれ出でた原初の光に還す。
いかな魔象とて逃れる事あたわず、やがては一握の塵へと消え去る―――――筈だった。
『主長!やつの反応が…!』
参番艦以下、タルシス艦隊も察知したようだ。
「分かってるっ!…なんで…霊圧があがっている…!?」
それは、息を呑む光景だった。
光流を断ち割って黒閃が。
――――――ありえざる力――。
無防備な戦艦機首を無慈悲に貫く。
――――――あってはならない存在――。
白域の調和を失する黒点が一つ――――無情の月牙に重なる緋翼もつ凶貌。
地を充たす太陽の光輝も奈落の深淵に届くことはない――。
体躯をおし包んだ黒曜の輝き。
染み出し蠕動し縒り合わさるそれは負の詠唱律が織りあげた闇子装甲――凝密した魔質の素子から成る鎧は聖質を絶縁する此界に穿たれた特異点。
魔獣機もまた、詠うのだ。神の調律をかき乱す怒りに駆られた哭き声で――。
「…今のがとっておきだったらしいな…終わりにしようか、聖魂機!」
萎みゆく白光に蘇る昏天へ魔獣は狂気を湛えた静謐とともに浮上する。対して乾坤一擲の一撃で余力全てを投じたダイヴィヌスは咄嗟に対応が出来ないでいた。
小尾打ち振う魔獣の急迫。
(まずいっ……!)
その時突然、ダイヴィヌスの頭上を影が覆う。
「なっ…!?」
降ってきたのは浮界から振り落された魔蟹機だった。
「――は・あ!?っああああぁぁッッ―――!?」
落下する魔機の群れに巻き込まれて墜落していくダイヴィヌス。
地上を叩く轟音と共に巻き上がる黒塵をただ見下ろす天空のインフェルノ。
「……上が騒がしいな。奴め、口先だけの男か……」
折角の戦いに水を注されいかにも興を殺がれたとでもいった風に、地上に落下した敵機を残したまま魔獣機の大翼は浮界へと飛び去った。
■
『――主長、動けますかっ!?』
「ああなんとかな。そっちこそどうなんだ」
船体を斜めに切り込まれ未だ火煙が甲板を包む三番艦。
『ええ、こちらはなんとかっ…!けど、これ以上はもちませんよっ』
「いいんだ、無事なら」
全損を免れただけでもよしとすべきだろう。
ウェルバは頭を振りつつ、土にめり込んだダイヴィヌスを起した。
「いってて…はああ…助かったはいいが……ものすっげえええ納得いかねェ…」
柱に群がる魑魅の蠢影。
爪を突きたて、浮界へ再び這い上がろうする魔蟹機達。
「いい加減諦めろっての…こんの首なしどもおおっ!」
彼は鬱憤をぶつけるようにダイヴィヌスに残された弾丸ありったけを集団に叩き込む。
放たれた地を這う流星は鉄躯を食い荒らしながら互いに交接し寄り集まり更に勢いを増して魔群を蹂躙する。
十の輝弾が導く百の爆火が生む千の殲光/爆砕に次ぐ爆砕に次ぐ爆砕に次ぐ爆砕――――――――破光の連鎖、輪唱する轟閃は焦華の大輪となってあえなく爆ぜ散じる。
「…っ、撃ち漏らしか!」
鋭い鉤爪で地中に潜行していた魔蟹機が二体、敏捷な挙動でダイヴィヌスに迫る。
ダイヴィヌスは襲いくる鉤爪を払い、組んだ両手を平らな頭部目がけて叩き下ろす。
間をおかず後方より飛びかかるもう一体は背中越しに突き出した長柄で串刺しに。黒の霧を吐き散らしてどさりと地に突っ伏す魔蟹機。
目標・全機破壊。陥没地形に漂う塵霧にただ一機、ダイヴィヌスは硝煙たちのぼる砲座を排出した。
「よおおっし!」
『よっしじゃないバカ!支柱までぶっ壊してどうすんのさ!?』
回線より入ってきた大声に顔を顰めるウェルバ。
果たしてミディのいう通り、先の戦闘も相まって浮界を支える補助柵柱は根こそぎへし折られ無残な有様を晒していた。
「しょうがないだろこの場合。だいたい、お前がもたついてたせいでこっちは危うく死にかけたんだぜ」
『それは、ごめん。なんだか飛鐘分翅が艦内でとっ散らかっちゃててさ…今出るから!』
「ああ、いけるんなら先行しててくれ。発振基、サブも含めて動素が空っけつなんで、戦闘どころか飛べもしねえや」
『分かった。飛鐘分翅を残してくからとっとと来なさいよ!』
飛来する二基の飛鐘分翅をウェルバは確認した。
「お、ありがてえ」
―低次空からエネルギーを取り出す発振機関は放っておけば自然回復する半永久機関だが、消耗につれ―機体の駆動に伴うエネルギー消費量は生成量を大きく上回る―その活動は弱まっていき、一旦底をついた機関が元の働きを取り戻すには通常であればそれなりの時間を要さねばならなかった。
しかし、発振機関にはより大きい振動に共振する特性がある。要するに発振機は、より強く振動する機関に近づけてやれば回復が早まるという事――。
穏やかにかつ確かな律動を奏でつつダイヴィヌスの回りを周遊する飛鐘達―――遠隔操縦による自律駆動を行う飛鐘分翅には小型だが強力な発振機関が内蔵されている。
旋回する福音の響きにダイヴィヌスは枯渇した活力を少しづつ取り戻していく…。
魔機が一掃された地表を界下に望みつつセイリオスは白翼を震わせる。
「…どうやら上手くいったみたいだな」
「ええ」
ダネルとフィーラ、彼等の安堵も束の間。
「!…みえますか、ダネル」
「ああ…奴だ…間違いない!」
浮界を覆う天輪障壁の天頂部付近、厚く張られた障壁を押し開いて舞い降りる紅く縁取られた漆黒。
さざめく絹の天幕にくっきりと映える魔獣の輪郭。太守の屋敷からもはっきりと認められる黒影を見上げ、悲鳴じみた叫喚を漏らす老人。
「―――何故だ…!これでは、これでは浮界が壊れてしまう!約束が違うぞ!」
唐突に館に姿をみせた老卿は今や錯乱の極みにあった。
「やはり貴方が絡んでおられたのですかヤアジア卿」
ヨラム卿がそう言うと、柱廊に力なくしなだれかかっていた老人は彼に向き直り今にも掴みかからんばかりの勢いで罵声を浴びせかけてきた。
「貴様は何を今更…この期に及んで白々しい――」
「貴方こそ、こんな時に何を…!?、」
錯乱めいた意味不明なヤアジアの詰問にいよいよ困惑の度を深めるヨラム。
しかし彼らはそこで足元を突き上げる震動に会話を中断させられた。
振幅ある律動を刻む床面の揺れは一向に収まる気配はなく逆に大きさを増している――本格的な浮界の崩落が始まったのだ。
ヨラムは傍らに立つ太守の両肩に手をそえて脱出を促す。
「早くお逃げ下さいバニ様、ここは危険です!」
だが、冠帽を脱ぎ落し佇立したまま、幼君は動こうとしない。
「…どこに逃げよというのだ」
嵐の如く吹き荒んだ大気流に毟り取られた花弁の幾つかはテラスを通り抜け床一面に撒き散らされていた。
「どこに、逃げ場があるというのか…?」
バニ・ツェファンヤはうわ言の様に繰り返す。いつだってそうだ。逃がれる場所など彼女にありはしなかった――。
浮界を轟然とを見下ろすゲフェンノーム=「D」。
「放っておいても沈むか…とはいえ、」
地表から注ぐ弐式隊一丸となっての迫撃斉射はしかし、ゲフェンノームに傷一つ負わせることが出来なかった。
「…煩いんだよ、貴様等は――」
大地もろとも灼き尽くす迎撃紅蓮を放つべく魔獣は構える。
「させません!」
魔獣の目前に舞うのは優美なる聖女像。
セイリオスが足下の天楼を護る様に十二の白翼を大きく広げた。
「…いったよな、哀れみはかけないと」
言い放つ「D」の声色は何の感情も響かせず。
「私もいったはずですよ。たとえ、どんな事があっても貴方をとめてみせると」
決然とフィーラが応じる。
中空に対峙する獣と乙女。
「――――あんたの相手はこっちだよ――!」
セイリオスの広げた白翼の陰から飛び出した無数の飛鐘分翅が仕掛ける。乱れ襲う振動砲撃にたまらずゲフェンノームの機躯が後方へ跳ねた。
両機の間に割って入った機影は翔翼に風を巻き参じるベヌデクテの麗姿。
「ここは私に任せて、はやく行きなさい二人とも!」
「ミディ…!」
「さっさとディキオスとってきなさいよ!…正直な所、私一人じゃどう頑張っても足止めが精一杯だから」
「分かった、待ってろすぐ戻る!」
後退するセイリオスを後ろ手に見送りつつ、ミディは攻撃の手を緩めない。
「よそみをするなあっ!」
飛鐘分翅が放つ他方向同時斉射の網をくぐり、瞬速で熱線煽る魔獣の羽ばたき。
赤い衝風を鮮やかに身を閃かせてかわし、鋼戦女は飛鐘分翅を重ねた扇を眼前に展開する。
――――こうしてただ向き合っているだけでさえミディには機体越しから狂獣の放つ強烈な重圧がひしひしと伝わってくる。ダイヴィヌスをすら退けた相手だ、果たしてベヌデクテ一機で何処まで通用するものか。彼女の不安を見透かしたかのように「D」は嘲りの言葉を投げかけた。
「生憎で悪いが、その機体じゃ勝ち目は薄いと思うぜ」
「…試してみなよ。すぐに分かるからさっ―――!」
ディキオスら、援軍が到着するまでおよそ十分足らずといったところか。
「(本当、早く来てよね…)」
主の意に従い、一斉に跳躍する飛鐘分翅が交戦開始の鐘を鳴らし―――。
ゲフェンノーム対ベヌデクテ、両機は超絶の機動をもって浮界上空を翔けあがっていく。
「―――参謀、その頭いったいどうしたんだ?」
『気にするな、何でもない』
通信回線に出たケイルブはダネルの問いを仏頂面ではぐらかす。彼の頭にはいつもの深く被った隊帽の代わりに包帯が巻かれており、いつにもまして陰気な顔つきにみえた。
『―――浮界の状態についてはこちらでも報告は受けている。しかし、はっきりいってそちらに気を回す余裕などないぞ。我々が優先すべきは「ゲフェンノーム」だ』
「分かってるさ」
『だったら―』
「だから、浮界が落ちる前に片をつけてやる」
勢いから出た台詞ではない。それは彼の希望ではなく覚悟を示す言葉。
『ほう、大きく出たな…ならば、だ、これよりディキオスを射出する。上手く受けとりたまえ』
「はあ!?射出って浮界に穴開ける気かよ!」
『事態はまさしく一刻を争う状況だと思うが』
ケイルブの挑むような口ぶりはダネルに二の句を次がせない。
「セイリオスで受けとめますから問題ありませんよ。ね?」
「…ああ、悪い。やってくれ、参謀!」
『――軸合わせはいいな。ディキオス、出すぞっ!』
弐番艦のデッキから打ち出された光点が急速に膨らむ。
光の尾を引きながら凄まじい速度で向かってくる機体尾を、前面に広げた十二の翼をクッション代わりにしてセイリオスは見事受けとめた。
「あ・でぇっ!」
衝撃の大部分は殺せたものの機体の揺れはそれなりに大きく、固定されていないダネルの体は機中の側壁にしたたかに打ち据えられた。
「ダネル!どこか、痛めましたか!?」
「こ・これは、何でもないから…」
悶絶する彼を心配そうにみつめるフィーラに、背を丸めたまま答えるダネル。
「(ったく、締まらないったらないなもう!)」
セイリオスのコックピットから這い出た彼は白翼の路を伝って愛機の元へと急ぎ走った。
薄紅の飛翼が天に輝虹をかける。飛び来る火硫を流麗な肢形は縫い分けながら十重の花弁に号を送る。楔形の編隊は左右に分かれ魔獣を側面より挟撃。
各基は光速の振り子軌道から秒間数百の振動奏射で回避可能範囲を削りとり追い詰めた魔獣の頬に幾射光を叩きつける。
被弾を無視して広角に撃ち返された熱線を三つの飛鐘分翅が作る偏向力場の盾が僅かに逸らし、開かれた間隙にミディは機体を切れ込ませる。
つかず離れず、ベヌデクテはゲフェンノームの射程範囲を掠めながら前方に展開した飛鐘分翅を仕掛ける。
――――ダイヴィヌスとの戦闘で敵機の戦力は把握している。
最高度の反応速度と一糸纏わぬ連携をとる飛鐘分翅の性能を合わせればベヌデクテの疾さは魔獣を上回る筈。その証拠に戦闘開始時点から敵機に見舞った直撃は優に十数余を超え、対してベヌデクテはただの一発も被弾はない。
であるにも関わらず、押されているのはミディの方だった。
「(これだけやってまるで応えてないって…何なのさもう!?)
根本的にエネルギーの総量が違いすぎるのだ。聖魂機の中で最も非力なベヌデクテでは魔獣の一撃をもらえばあっけなく沈む。こちらからの攻撃はまるで通用しないというのに。
自機はおろか飛鐘分翅各基への被弾も許されぬ状況での操縦にミディの消耗は著しかった。
「いっただろ。勝ち目はないってさ!」
「D」がいうように、相性からしてそもそも一対一でやり合う相手ではない。
「――それだってさ、やりようはあるんだからっ!」
ベヌデクテは本体唯一の武装である弓砲を魔獣にかざす。
「当たるかっ――」
「D」は軽々と機体を跳躍させる。
しかしミディの狙いは敵機ではない――――放たれた拡散光が降り注ぐのは敵周の、指揮に合わせて輪と並ぶ飛鐘分翅――過剰な負荷をかけられ一時的に振幅を増した各飛鐘分翅の発振機は余剰エネルギーを外部に排出。
十重の鉄花が四方に燐光を吐き散らし獣の赤翼を縛する幻糸を紡いだ。
「っ、こんなものはっ…!」
「させないよっ!」
暇を与えず動きを鈍らせた敵機を囲う華影。
至近から放たれる振動奏射。
動作の起点をピンポイントで射抜く精密連撃が魔獣の動きを押さえ込む。
集団戦を主とするベヌデクテがその全戦力を一点に傾ければこその封殺戦術――間接・砲口・装甲の継ぎ目…極微の点穴に光針を捻り込む飛鐘分翅の乱舞は祝福の鐘律を奏でる。
礼賛を謳う聖鐘には沈黙をもってこれに応えよ――。
絶え間ない旋光が育む繭床は、闇から獣を浮き立たせひたすらに焦がし尽くす第二の月。
「このまま、大人しくしていてよ……!」
そうすれば、勝ち目がないまでも、多少なりその力を殺ぎ落とす事は出来よう。そんなミディの思惑を、黒閃孕む爆圧が裏切った。
「何か仕掛けてくるんじゃないかと踏んでいたが、」
包囲網を突破した魔獣を逃さじと狙いうつ飛鐘分翅は反対に次々と叩き落されていく。先程までの闇雲な砲撃ではない。機兵を凌駕する飛鐘分翅の軌道を正確に捉えた予測迎撃。
「こうも繰り返されれば流石に慣れるともさっ!」
五つ目の飛鐘分翅を破壊したゲフェンノーム=「D」は不敵に笑う。
「(……嘘でしょう!?)」
本来ならばありうるはずのない状況に呆然と唇を噛むミディ。
操者の意に従って千変万化・不可測の動きをみせる飛鐘分翅といえど、有効打を与えうる射角・時機を選択する以上、砲撃パタンは自ずと限られる。そうした法則を感得するのは理屈からいえば、不可能ではあるまい。
だがそれには並外れた知覚能力と経験が求められるのは当然の事として、見切るに足るだけの時間が前提となる。
そして、戦艦すら落とす飛鐘分翅の集中奏射を平然と凌ぐ驚異の耐久性を持ち合わせる機体など存在しない筈なのだ。
―――――ただ一機、彼女の目前にある機体を除いては。
「センスは認めるが、決め手に欠けているなっ!」
右の長爪でく飛鐘分翅を払うゲフェンノームが一気に間合いを詰める。
遮蔽物を取り去った魔獣の直線機動は機体を翻すベヌデクテよりも数段早かった。
苦し紛れに突き出した弦弓を粉々に砕かれ、続く魔獣の尖尾を肩口に叩きつけられる戦乙女。
「っく、そんなっ!?」
制動を失ったまま落下する機影に魔獣がとどめの一撃を放つ。迫る輻射熱線に彼女の視野は赤く染まリ――。
「――――ちょっと我慢しろよミディッ!」
横合いからの衝撃がベヌデクテを跳ね飛ばす――――散弾光が機体を魔獣の射線上から弾き出し、僅かに遅れて届く灼光から逃れさせた。
低空より上昇してきたダイヴィヌスがベヌデクテを支える。
「ふう。間一髪だったぜ」
「……何がふう、だ、この馬鹿ァ!味方を吹っ飛ばすか普通ッッ!」
「どこをどうとっても普通じゃねえだろ今は。まだいけるよな、ベヌデクテは」
ミディは機体の調子を確かめるように態勢を立て直す。
「そりゃあもちろんよっ。フォリムは半分落とされちゃったけど」
「それだけありゃ充分さ」
上空よりねめつけるゲフェンノームに砲口をかざすダイヴィヌス。
「ってな訳だ、待たせたな」
「誰も待ってはいないがな。いい加減相手をするのにも厭きてきたぜ」
「おおっと勘違いするなよ。待たせたってのは俺の事じゃない」
ダイヴィヌスが指す闇の奥方には疾空するセイリオスの姿。
「そー-ら来たぜ、一番因縁深いお相手が……!」
そして。後方よりセイリオスを飛び越した白い機影――――――。
「―――――――ゲフェンノームッッッ!!」
操者の咆哮に加速する騎士機・ディキオスがその鋼の躯から鋭い悲鳴にも似た歓叫をあげる。
――――――追い求めた漆黒を両眼に捉えた瞬間、ダネルの意識は鈍く爆ぜ。
抑圧の戒鎖を断たれ、解き放たれた発条の如く撥ね跳ぶ生の衝動。
夜毎の悪夢が起した震えは恐れからではなく制しきれぬ熱病めいた昂揚ゆえ―――――或いは愉悦にも等しい感情の流動が向く先は哀憎入り混じる自身の似姿へ。
この世にある一切の惨禍を矛盾を罪業を悲痛をただ目前の魔象に投影し、確たる流血の意志を核たる邪悪の現身に重ね合わせて―――。
「おおおおおおおッッッ!!!」
振り下ろす白騎の剣戟と受ける魔獣の熱爪。
「――――――お前かぁッ!ディキオスの操者!」
金属の弾鳴と閃光の裂傷がディキオスとゲフェンノームの間に迸る。
互いに一歩も退かず噛み合う銀鋭の軋りは三度目の、そして決戦を告げる最後の合図。
「さあ俺達もいくぞッ!」
―――――先んじるダイヴィヌス。
「いわれなくたってね!フィーラ!」
―――――続くベヌデクテが銀翼を傾げ。
「…参りますッ!」
―――――後に控えたセイリオスが詠律文句を口ずさむ。
風紋を逐う、闇巻く白騎と光呑む黒焔。崩天に集う五機の聖魂機は今ここに鉄躯を交え輝色の尾羽根を激しく舞い散らし――――。




