六話
一昼夜部屋に押し込められて、真っ暗な夜というものを体験した桜花は翌日の朝日を見ると同時に両目から滂沱と涙を流した。腫れあがった桜花の瞳を見てようやく芙蓉の気も収まったのか、解放された桜花は真っ暗な部屋が軽くトラウマになった。
ようやく自由の身となった桜花は、一日中雄飛の広い背にべったり甘えながら「確かに私が悪いけど、それでも芙蓉はやりすぎだと思うの」とブツブツ不満を漏らしていた。
黙って背を向けたままそれを聞いていた雄飛だったが夜になってようやく口を開いた。
「それはな桜花。お前が心配だから言ってるんだ」
「それは…わかっています」
桜花はそう言うと雄飛の首に腕を巻きつける。「でも、でも怖かったの~」そう言って叫ぶ桜花に、雄飛は笑いながら酒を煽る。
興味深げに酒を覗きこんできた桜花を見て笑いながら、杯に入った酒を全部煽ると桜花が情けない声をあげる。
ほろ酔い気分であった雄飛は桜花のその顔をみて笑うと、脹れてしまった桜花を抱き寄せる。身体を自然としがみついてくる桜花の手のひらをとる。小さい手だ。そう思いながら擦っていると桜花が身を捩った。
「なんか触り方が――そう、変態くさい」
日々の学習の結果、語録が増えた桜花は言葉を思い出したことに満面の笑顔を浮かべる。
雄飛はそれをみて疲れたように微笑むと、桜花を小脇に抱えて寝室へと向かった。
「まだ眠くないよ」
「もう子供は寝る時間だ」
持ち上げられたまま我儘をいう桜花を宥めるようにして雄飛はいう。
「じゃあ雄飛も一緒に寝てくれる?」
桜花の甘えた声を雄飛は無視をした。
寝室までついた雄飛は布団の上に桜花を放りだすと、文句を言いながらも素直に桜花は布団へと潜り込んでいく。最近では口答えというのも覚えてきた桜花だったが、雄飛のいうことには存外素直に従う。
目だけを布団から出して、恨めしげにこちらを見上げてくる桜花に雄飛は肩を竦めると隣に一緒に横になった。
「……お布団入らないの?」
「……入ったら芙蓉がうるさい」
布団に入らずに横になった雄飛が瞳を閉じていると、おずおずとした様子で桜花が尋ねてきた。
昔は一緒の布団で寝ていたが、桜花がここ数年ですっかり手足が伸びてしまってからはそれもなくなった。
「芙蓉のいうことなんて聞かなくていいよ」
布団を払いのけて桜花が上体を起こした。
「もうそろそろで大人なのだからダメだとかいうけど私まだ子供だもん。それに例え大人になったとしても私は私だし」
最初は勢いよく言っていた桜花だったが、後にいくにつれて項垂れてくる。雄飛は胸に桜花の重みを感じながら寄り添ってきた桜花を黙って受け入れる。そうして二人で布団ではなく畳の上に横たわっていると、桜花がぐしぐしと涙をこぼしながら口を開く。
「わからないよ。大人になったらダメって、何が違うのよ。そう言えば雄飛言ってたじゃない、むしろ一緒に寝るならもうちょっと大人の方がいいって!」
幼い桜花が寂しいと言って布団にもぐりこむ度に雄飛はそんなことを言っていたらしい。それが嘘ではないなら大人になった今こそ一緒に寝るべきなのではないか、そう思って桜花は雄飛を見上げると、雄飛はすっかり乱れてしまった桜花の黒くて長い髪をひと房とってマジマジと見つめていた。
「……そんなこと言ってたか?」
「言っていました。雄飛のおじいちゃん!」
い~だっと言って更にのしかかると、雄飛はころりと桜花を自分の身体の上から横に落としてそのまま腕の中に抱きしめる。
「おじいちゃんって、お前――」
桜花の頭の上で抗議の代わりだといわんばかりに、ガチガチと歯を鳴らす雄飛に桜花は笑って更に顔を埋める。
「だって雄飛は、もうずっとずぅっと生きているんでしょう? ならおじいちゃんじゃない」
桜花がそう言って雄飛を見上げると、雄飛は眠たそうに閉じた瞳を少し開けて見下ろしてくる。
「そうだな。お前に時間を言われてしまったら…、否定はできん」
「………雄飛」
雄飛の静かな物言いに、桜花は顔をあげると間近から雄飛を見つめる。
「雄飛。私はずっと雄飛と一緒だよ」
不安にさせてしまったのだろうか必死に言ってくる桜花に、雄飛は寝ろと言って宥めるように背中を叩くのだった。