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桜下奇譚  作者: 森 彩子
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四話

桜花はその日一人で山道を歩いていた。

屋敷から出てはダメだと言われていたが、好奇心がいっぱいな年頃の桜花にとってそれは抑止力にはなりえなかった。それにどうせ雄飛のことだから、桜花がこうやって屋敷の外に出てしまっているということに既に気がついているはずだ。

桜花にはよくわからないけど、結界というものを張っていて侵入者などがすぐ解るようになっているらしい。

屋敷を抜け出してから一時間ほどたっても、誰も追ってこないということは雄飛も社会勉強だと言ってきっとこの脱走を黙認しているのだろう。

桜花は自分に都合よくそう結論づけると、軽やかに歌いながら山道を下って行く。普通の人間だったら迷うのだろうが、草木や動物の声が聞こえる桜花は周りにあるものに尋ねればいいので、知らぬ道を進むことを怖いとは思わなかった。

 ちょっとした冒険だと、胸をドキドキさせながら進んでいると道の先に何かが倒れているのが見えた。

一瞬足を立ち止まらせた桜花だったが、それが自分と同じ姿をしているのを見て恐る恐る近付いていく。

そこに倒れていたのは人の子だった。

桜花よりほんの少し年下に見えた男の子は一応意識があるらしく、地面に顔を伏せながら肩を震わせている。

「……ねえ。どうしたの?」

その哀れな様子に桜花が思わず問いかけると、男の子はびっくりした様子で顔をあげる。まさかこんな山の奥で自分以外の人間に話しかけられるとは思わなかったのだろう。

たぶん人間であろう男の子に話しかけてしまったことに桜花は、いけないことをしてしまったという気持ちと過去に自分が人間にされたことを思い出して身構えた。

しかし男の子が両ひざに怪我をしているのを見つけると、これが痛いのねと優しく声をかけずにはいられなかった。泣きながら頷く男の子を宥めると、近くに樹に「近くに川はない?」と尋ねた。桜花の問いに男の子はこのへんの地理に疎いのか、きょとんとした顔で首を大きく横に振る。

桜花はそれじゃあ仕方ないと、男の子を無視して樹から一番近い川の場所を教えてもらった。そして桜花が突然樹に向かって話しかけはじめたのを呆然と見ていた男の子の手を掴むと立ちあがらせた。歩くと痛いだろうに、必死でついてこようとする男の子に桜花は優しく声をかける。

「もう少しで川につくから、そこで傷を洗ってあげるからね」

桜花が安心させるように頬笑みながらいうと、男の子は顔を赤くして頷いた。桜花は樹と話したことに関して、男の子が何も言わないことに少しほっとしながら足を進めるのだった。

その少年の名前は公竹言った。公竹は山の麓の村の子らしく、道に迷ってその上怪我を負って痛くて泣いていたところを桜花と会ったらしい。手当をしてくれた桜花に公竹はお礼をいうと、もう山を降りなければならないと言った。

帰り道を忘れてしまった公竹は当てにならなかったので近場にあった老木に尋ねると、あっさりと人里への道を教えてくれた。去り際に公竹は「あなたは家に帰らなくていいのですか?」と心配そうに尋ねてきたが、送ってもらうわけにもいかない桜花は笑って手を振ると大丈夫だと言うことしかできなかった。桜花は何度も何度も心配げにこちらを振り返っては見る公竹の小さくなっていく背を見送った。

公竹を見送った桜花は、久しぶりに自分以外の人間と話したことにどっと疲れて樹の幹にもたれかかる。樹と会話する桜花をみても公竹は何も言わなかった。ただ手当をしてくれたことにありがとうとお礼を言ってくれた。

桜花は人間も恐ろしい者ばかりなのではないということを知って、自分と同じ存在である彼らをほんの少し見直すと同時に、同胞に優しいものもいた言うことに安心して屋敷へ帰ろうと歩きだしたのだった。



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