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桜下奇譚  作者: 森 彩子
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二話

「雄飛様……それは、なんですか?」

雄飛の腕の中でまどろんでいた桜花だったが、聞き慣れない女性の声で目を覚ます。寝起きゆえにとろんとした瞳で声の方を向くと、そこには長い灰色の髪色をした女性がたっていた。髪色からみて年老いた女性かと思ったが、そこにいたのは若くて美しい女性だった。女性はわなわなと震える桜色の指先で桜花を指さしている。

「桜花だ」

雄飛はそういって桜花を説明すると、女の腕の中に桜花を渡そうとする。女は桜花の汚さに引き攣った笑みを浮かべ、腕を突っぱねる。

「説明になっていません!」

悲鳴じみた声でもっともなことを言う女に、雄飛はしばらく無言で女と未だ腕の中の桜花を交互に見下ろす。

「桜花、これは芙蓉だ。芙蓉、これは桜花だ。……仲良くしろ」

雄飛は桜花とそして芙蓉と呼ばれた女性の紹介を簡単に済ませると、再び芙蓉に桜花を手渡そうとする。しかし再び芙蓉がそれを突っぱねる。

「雄飛様、本当に、全く説明になっていませんからね」

芙蓉はにっこりとほほ笑みながらも、全く笑ってない瞳で雄飛を見つめる。芙蓉の怒りに呼応するかのように奇妙なことに芙蓉の髪がざわざわと蠢く。普通の人間だったらあり得ないことに、桜花が怯えて雄飛の胸に縋りつくと、雄飛は間延びした声で「怖がらせるなよ」と芙蓉を軽く叱りつけた。

芙蓉は疲れたように首を振ると、ざわめいていた髪を落ちつかせた。

「……雄飛様。どうなさるおつもりですか?」

「……………飼う?」

芙蓉の静かな問いに、雄飛は腕の中の桜花を見下ろしてじっくりと考えてから口を開いた。断言するわけではなく、芙蓉にか、桜花にか問いかけるような物言いだった。それに芙蓉は魂を出すのではないかというくらい深いため息をついて、桜花は「ゆーひになら、飼われてもいいよ」と実に素直に頷いたのだった。

 それ以上なにも答えなくなった雄飛によって猫の子を差し出すようにして桜花は芙蓉に預けられた。芙蓉は汚い桜花に、眉間に皴を寄せたが素直に雄飛の言うことを聞いて、まわりの者たちに湯の準備をするようにと命令を出し始めた。

桜花は雄飛から離れることに若干の抵抗を見せたが、雄飛が大丈夫だと言ったので芙蓉の後をついていく。

「あなた、お風呂何日入ってないの?」

芙蓉が桜花の汚れで固まった髪の毛を見下ろしながら尋ねてきた。桜花はそれに、静かに首を横に振ると芙蓉は頬に手をあてて迷うようにこちらを見下ろしてくる。雄飛がしたように上から下までじっくりと見下ろされていると、風呂が沸いたと知らせが来たので桜花は芙蓉に連れられて、人生初のお風呂体験をしたのだった。



「雄飛様……」

隣に立っている芙蓉は心なしかぐったりとしていた。

桜花は芙蓉がぐったりしている原因が自分であるということを解っていたので、芙蓉になんて言葉をかけていいものか解らなくてただじっと顔を伏せていた。

「終わりました――」

どっと息を吐き出しながら芙蓉が言うと、芙蓉が動けないでいる桜花の腕を掴んで雄飛の前まで引き連れていく。

芙蓉の手によって、雄飛の前に座らせられると桜花は雄飛と向かいあった状態で上から下まで見られる。

「……へー」

雄飛は面白いものをみたかのように感慨深く頷くと、桜花の頬に手を伸ばす。風呂からあがったばかりの桜花の頬はその名の通り桜色に染まっていた。

「随分と綺麗になったな」

綺麗な雄飛にそう言われたことに、桜花は少し照れながら首を傾げる。

「俺は嘘を言わない」

桜花のそのしぐさに雄飛はそういってほほ笑むと、おいでおいでと手を振った。桜花がその手に導かれるようにして雄飛ににじり寄ると、雄飛は桜花を自分の膝の上に持ち上げた。そしてポンポンと調子をとりながら桜花の洗いたての頭を叩くようにして撫で始めた。

ご満悦な雄飛の様子に芙蓉は仕事が終わったと思ったのか静かに姿を消した。

桜花は雄飛に優しく髪を撫でられるたびに、うっとりとした様子で瞳を細める。雄飛はそれを上から見下ろして面白そうに口をゆがめた。

「芙蓉さんに、お風呂に入れてもらいました」

「見たらわかる」

「私、ちゃんとお風呂に入ったの初めてです。だからありがとう」

歯が抜けた桜花がにぱっとほほ笑むとマヌケだったのか、雄飛はぷっと吹き出した。

雄飛の膝の上に座ったまま叩かれていると、眠くなってきたので桜花が目をこするとそれに気がついたのか雄飛が優しく声をかけてくる。

「眠いのか?」

桜花は目元に手をあてたまま頷くと、雄飛は少し考えてからひとり言のように「仕方ないな」と言うと桜花を持ち上げた。突然持ち上げられたことできょとんとした顔で桜花は雄飛を見つめた。

「お前の寝る場所がない」

「屋根がある場所だったら、私どこでも大丈夫です」

雄飛は私のその答えに少し難しい顔をすると、そのまま私を持ち上げたまま歩き出した。

しばらくして何もしらない桜花が連れていかれたのは、雄飛の寝室だということがわかった。雄飛は私を胸に抱いたまま寝る体勢をとる。誰かと一緒に寝るなんてことをしたことがない桜花が、身体を固まらせていると落ちつかせるようにしてそっと優しく背を撫でられる。

「ゆーひは、優しいですね」

「……んっ?」

既に寝る体勢に入っていた雄飛の間延びした声に、桜花はばれないように頬笑みながら静かに言葉を紡ぐ。

「鬼が怖いって私を置いて行った人たちは言っていたけど、鬼であるゆーひの方がよっぽど優しいです」

「……お前は面白いことを言うな」

雄飛の苦い言い方に、桜花が顔を上げようとすると見るなとでもいうように雄飛の手が頭を抑える。

「もう、寝ろ」

「…あい」

再び背を撫で始めた雄飛の手に桜花はそこでやっとここにいたら誰も自分をいじめないということが理解できた。桜花は雄飛の暖かさに包まれて泣きたい気持ちになったが、それをぐっと我慢して雄飛の胸にすり寄ると瞳を閉じたのだった。




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