第一章:終わりの始まり
カッカッカッと、教師が黒板にチョークで文字を刻む音が教室に響き渡る。
木内翔馬は、黒板に見向きもせずに、何処までも晴れ渡っている空を、窓越しに見つめていた。
手は、もう既に癖になっているペン回しを自然にしている。
「よーし、じゃぁ木内。この問題、解いてみろ」
教師に当てられ、空を見つめていた翔馬の眼が黒板の書かれている数式へと移動する。なにやら、意味不明な暗号が書かれているのを見て、自分のノートに視線を移す。
そこは、何も書かれていない、白が広がっていた。
全く意味がわからず、視線を彷徨わせて曖昧な笑みを浮かべ、場を取り繕う。
「…………a>2√2 or a<-2√2」
自分の席の後ろから静かな声で恐らく、この問題の答えと思われるものが聞こえてきた。
僕は、九官鳥のようにそれをそのまま繰り返す。
「a>2√2 or a<-2√2です」
「おっ。良く分かったな。だが、授業はしっかり聞いて置けよー」
……バレていた。
「はい。すいません」
そう答えると、教師はそれ以上は何も言わずに、また黒板に数式を書き始めた。
僕は、安堵の溜息をつく。
そして、ノートの端を切りとり、『サンキュー』とだけ書き、後ろの席に置いた。
教師が黒板を書き終え、また生徒を当てようとしたところで、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
「よーし。じゃぁ、今日はここまでにするから、残りの問題は各自で解いて来い。以上」
そう告げると、前列に座っている女子が立ち上がり、
「起立。礼」
『ありがとうございましたっ!』
と、恒例の終わりの挨拶をする。
「っっっあぁ~~。疲れたぁ~」
翔馬は気だるげに机に突っ伏し腕を伸ばす。
「疲れた~ってお前、特に何もしてないだろ」
翔馬の後ろからツッコミが入った。
その声に、翔馬は反応して、後ろを向く。
「おぅ、優太。さっきはありがとなー」
「あぁ、いいっていいって」
「マジ、助かったよ。あの先生、答えられないとすぐ不機嫌になるからさー」
「それ分かる!」
と、更に会話に加わる人物がいた。
「本当に、翔馬はいつも授業聞かないんだから。いつまでも高木君に頼ってちゃ駄目だよ?」
「美穂だって、そんなに授業真面目に受けてないだろ?」
自分への注意を軽く逸らす。
「いやいや、渡辺はお前よりもずっと優等生だよ」
と、優太が美穂を庇護する。
「うわっ。ひでぇ~、俺の事も何か言ってくれよー」
「お前は、これ以上のフォローのしようがないんだよ」
「そういうこと」
「ショック!」
そんな会話で僕たちは毎日をのんびりと過ごしていた。