↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

繰り返し令嬢の婚約破棄RTA ~解説はわたくし、走者はわたくしでお送りします~

作者: 胡渡
掲載日:2026/09/19


簡単用語解説

RTA:リアルタイムアタックの略。

   ゲームスタートからクリアまでのタイムを競う競技

   様々なカテゴリー(ルール)がある

Any%:バグなどを使用して最速クリアを目指すカテゴリー

glitchless:バグを一切使用せず、人力で最速クリアを目指す

外部情報あり:攻略サイトなどを利用して最速クリアを目指す


みなさま、こんばんは。

本日は王立学園卒業パーティーにお越しくださり、誠にありがとうございます。

お時間となりましたので、そろそろ始めさせていただきます。


解説はわたくし、侯爵家のアイリーン・ヴォーチェがお送りします。

走者はアイリーン・ヴォーチェです。よろしくお願いいたします。


それでは今から、おなじみの婚約破棄イベントを走らせていただきます。

みなさまにとっては既に食傷気味かと思いますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。


さて、開始まで少し時間がありますので、今回のイベントについて少々ご説明させていただきたいと思います。


まず舞台ですが、先ほど冒頭でお話ししました通り、ここは王立学園です。

三年制で、貴族の子女や優秀な平民が通っております。

割合は、おおよそ貴族七割、平民三割といったところでしょうか。


第二王子殿下や、その側近となられる予定の宰相子息様、騎士団長子息様、魔術師団長子息様、大商会子息様も通われております。

わたくし、アイリーン・ヴォーチェは第二王子殿下の婚約者です。

先ほどご説明した側近予定のみなさまと共に生徒会に所属し、学園の円滑な運営に努めてまいりました。

そこで現れたのが、平民の少女、リリカ嬢です。


はい、ここで大体の方は予想できたと思います。

そうです。

第二王子をはじめとした生徒会メンバー全員が、彼女に篭絡されてしまいました。

彼らの婚約者のみなさまと協力して何とか対処しようとしましたが、力及ばず。

本日の卒業パーティーで断罪されるという、最悪のイベントを発生させてしまいました。


とはいえ、これはほぼ確定イベントです。

学園生活が始まってからのフラグ管理次第ですが、九割ほどの確率で発生してしまいます。

ですので、回避よりも発生した場合のチャート構築に時間をかけた方が効率的だと判断しました。


始まりますか? ……あ、そろそろですね。

ではまず、最速クリアを目指すカテゴリー、『Any%』でのクリアです。


「アイリーン・ヴォーチェ!! 出て来い!!」


大声で叫ぶ第二王子。

視線を向けると、壇上には生徒会御一同とリリカ嬢が立っています。

どなたも険しい顔をしておりますね。

リリカ嬢は怯えた顔で第二王子の腕に縋っています。


タイマーは殿下が婚約破棄を宣言した、その瞬間から開始します。

カウントダウン、どうぞ。


「アイリーン・ヴォーチェ!! 貴様との婚約を破棄する!!」


はい、スタートです。

GL(グッドラック)!


「貴様はここにいるリリカ嬢に嫉妬し……」

「死にさらせやクソボケ王子がぁぁぁぁああああ!!」

「はぁ!?」


ああ、少し出遅れてしまいました。

本当は『貴様』の『き』の字で走り出したかったのですが。

しかし、まだ修正は可能です。


扇をナイフのように構え、まっすぐ殿下に向かって走ります。

このとき重要なのは三点。

服装、顔、そして構えとなります。


コルセットは呼吸を妨げないよう、できるだけ緩めてもらいます。

ドレスは走りやすいようにレースを控え、シンプルに。

靴はヒールの低いものを選びましょう。


顔は、絶対に淑女がしないであろう形相で。

目は血走るほどに大きく見開き、口を開けて歯をむき出しに。

リリカ嬢に篭絡されて以降、生徒会の仕事を押し付けられてきた屈辱と怒りを込めて絶叫します。

このとき、相手が内容を聴き取れなくても構いません。

殺したいほど憎悪していることが伝わればいいのです。


そして最も重要なのが、『刃物を持っているかのように振る舞う』こと。

ここですね。


本来、学園に刃物を持ち込むことはできません。

例外として、警備の衛兵は帯剣を許されています。

なので、淑女が唯一持ち込める扇に、光を弾くよう銀糸を織り込んでおきました。

そしてそれを両手で、ナイフを握っているかのように構えるのです。

こうすれば、まるでわたくしが殿下を刺そうとしているかのように見えます。


「殿下! お下がりください!」


恐怖に引き攣り、身動きが取れなくなった殿下の前に衛兵が立ちはだかりました。

そして腰の剣を抜き、一気にわたくしへ振り下ろす!

成功です!!

音を立ててわたくしが床に倒れた瞬間、タイマーストップ!


大広間の時計を確認すると、一分三十五秒。

前回より十二秒短縮できましたね。


複数あるエンディングの一つ、『処刑エンド』。

便宜上そう呼んでおりますが、やることは非常に簡単です。

明確に殺意を込めて殿下に向かって走る。

こうするだけで、その場で首を刎ねていただけます。

ただ、このエンディングにはお祈りポイントがありまして、一撃で刎ねていただけない場合もあるのが難点です。

殿下の最も身近にいる衛兵の腕次第ですから、乱数調整が必要になります。

今回は腕の良い衛兵を引けたようです。


GG(グッドゲーム)!




◇




さて。

先ほどのAny%クリアはデモンストレーション。

次からが本番です。


ここからは少し事前準備が必要になります。

今回目指すのは、『修道院エンド』。

この断罪イベントは、大きく分けて三種類のエンドに進みます。


一つは先ほど実演いたしました、処刑エンド。

一つは今回目指す修道院エンド。

最後の一つは国外追放エンドとなっております。


修道院エンドと国外追放エンドは、到達条件が非常に似通っているのが少々ややこしい点です。

王都から追放されること自体は両方とも変わりませんが、国内か国外かという違いがあります。

ここで重要になるのが、殿下の好感度管理です。

わたくしへの好感度を最低にするか、多少残すかで、エンドの行き先が分かれます。

ただし、好感度を残しすぎると、今度は非常に稀な『側妃エンド』という第四のエンドが発生してしまう場合がありますので、注意が必要です。

このエンドが発生してしまうと自殺もできなくなるため、タイムが大幅に伸びてしまいます。


ああ、準備が整いましたね。

では、始めましょう。

今回はバグやチートを使わない『Glitchless』で走ります。


「アイリーン・ヴォーチェ!! 出て来い!!」


第二王子の呼びかけに応えて進み出ます。

カウントダウン開始。


「アイリーン・ヴォーチェ!! 貴様との婚約を破棄する!!」


スタート。

GL(グッドラック)!


ここからの会話の進み具合でエンドが決まりますので、気は抜けません。

みなさま、応援よろしくお願いします。


「貴様はここにいるリリカ嬢に嫉妬し、数々の嫌がらせをしたな!」

「心当たりがありませんわ。わたくしが一体何をしたとおっしゃるのでしょう」

「とぼけるな!! リリカの教科書を破り、上から植木鉢を落とし、噴水に突き落とし、とうとう階段から突き落とそうとした! これは立派な殺人未遂だ!」


はい、ここまでは順調ですね。予定通りの進行です。

ちなみに一連の罪ですが、わたくしには一切心当たりはありません。悪しからず。


「学園のため、ひいては殿下のために生徒会の仕事をこなしてきたのです。リリカ嬢を傷つける暇などありませんわ……」


わたくしの遠回しな嫌味に、うっ、と息を飲んでたじろぐ殿下とその取り巻きども。

仕事を押し付けている自覚はあったみたいですね。結構なことでございます。


「お前がリリカ嬢を虐めた主犯なのはわかってるんだ!」

「おとなしく罪を認めろ!」


殿下の取り巻きたちがわいわいと騒ぎ始めましたが、ほぼ無視して構いません。

相手をすればタイムロスです。舞台背景と思いましょう。


「何か申し開きはあるか!」

「……いいえ、ございません。殿下がそう信じられるのなら、そうなのでしょう」


殿下がこの台詞を口にすれば、ほぼ終盤です。

ここで言い訳をしたり、縋るようなふりをしたりすればタイムロス。

あるいは側妃エンドのフラグが立ってしまうので、粛々と受け入れましょう。


「そうか、殊勝な心掛けだ。それに免じて、貴様には最果ての修道院への追放を命じる! 馬車を手配してあるから、今からそれに乗ってさっさと出ていけ!」

「かしこまりました」


なんと、今回は馬車が手配されておりました。

前回の攻略では一日待機させられるロスがあり、悔しい思いをいたしました。


壇上に向かって一礼。そして会場を後にします。

ここで急いでしまうと、訝しがられて引き留められかねません。

あくまで自然に、しかし遅くなりすぎないよう、歩く速度を調整します。


会場の外に出ると、馬車が待機しておりますので、それに乗り込んで出発。

ええ、ドレスのままでいいのか、と疑問に思われる方もおられると思います。

ですが、会場外に馬車が準備されている場合は、このままで問題ありません。


何故なら。

最果ての修道院に向かう途中の崖から、馬車ごと転落するからです。


気持ちの悪い浮遊感。

直後、全身を叩きつけられる衝撃。


ここでタイマーストップ!


なお、このルートは追放先が修道院に確定した時点でエンド判定が成立しておりますので、実際に修道院へ到着する必要はありません。

安心して死にましょう。


最後に、持参していた懐中時計を確認。


三時間四十七分。

前回、同様のルートに入った際の記録は三時間五十四分でした。

悪くない記録ですが、チャート次第でもう少し短縮できそうな気がしますね。

研究の余地があります。


GG(グッドゲーム)!




◇




何度も。


何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返す。


婚約破棄されて死ぬ。

そして巻き戻り、また婚約破棄されて死ぬ。


稀に婚約破棄されず、そのまま結婚することもあった。

けれど結局は、愛されないお飾りの王妃として惨めに生き、惨めに死んだ。


そして、また巻き戻った。


どれほど手を尽くしても。

何とか回避しようとしても。

結局、死ねばまた元に戻ってしまう。


それならば、この状況をいっそ楽しんでやろうと思った。


そうでなければ、とっくに発狂していただろう。

いや、既に壊れてしまっているのかもしれない。


婚約破棄されてから死ぬまでの時間を計測し、その短縮を狙う。

失敗すれば自分で命を断ち、やり直す。

それを繰り返すうち、次第に効率よく行動できるようになってきた。


もう回数は数えていないけれど、おそらく千回近くは繰り返していると思う。

この巻き戻しは、いつまで続くのだろうか。

ある日突然、終わりが来るのだろうか。


「それまでに、最適チャートを構築しなくちゃ」


そう意気込んで、千数回目のランに挑もうとしていたのだが。




◇




さて、何度目になるかは、もうわたくしにも分かりません。

おなじみとなりました、婚約破棄イベントでございます。

会場は卒業記念パーティーです。

今回のクリア目標は……


『ちょっと待ったぁ!!』

「……はい?」


せっかく気合いを入れ、ノリにノった解説へ移ろうとしていたところに、突然制止されてしまいました。

これは一体、どうしたことでしょうか。

周囲の物音がぴたりと途絶え、第二王子を含めた皆さんは、まるで石像になったかのように固まっています。

千回以上走ってきましたが、こんなことは本当に初めてです。

どうしていいのか、まるで分かりません。


「……バグ?」

『違いますぅ!!』


考えられる可能性を呟くと、即座に否定する声がしました。

これがまた不思議な声で、どこから聞こえてくるのか定かではありません。

さらに、男性とも女性ともつかない声音なので、性別も分かりません。

こちらの声は聞こえている様子なので、語りかけてみましょう。


「あの、あなたは?」

『あ、申し遅れました。私はこの世界の管理者の一人……天の声、とでもお呼びください』

「天の声様ですね。わたくしはヴォーチェ侯爵家のアイリーンと申します」


天の声様にご挨拶します。

世界の管理者と名乗られたということは、国王陛下よりも尊い方で間違いないでしょう。

ここで無礼を働けば、どのような事態を招くか分かりませんので。


「それで、天の声様はどのようなご用件で?」

『あ、はい。実はこの度、この世界にエラーが発生していたことが判明いたしまして……』

「……それは、この巻き戻し現象に関して、ですか?」

『そうです……大変申し訳ございません』


声音だけで土下座しているのが伝わってくるほどです。


『この世界を構築するラドスポア部分に数万年に一度発生するヨードスカ波が直撃しまして。ルナインカ現象による多重チュリマー層が衝突しあい……』

「あの、申し訳ございません。もう少し簡潔にお願いいたします」


怒涛の勢いでご説明いただきましたが、矮小な人間の身には理解できません。

天の声様もそれに気付いたらしく、えへんと咳払いした後、改めて説明してくださいました。


『要するに、あなたを起点にして無限ループする状態になっていました』

「分かりました。ありがとうございます」


最初からそう言っていただきたかったですね。はい。


「解消はされるのでしょうか?」

『はい。ようやくエラー修正が完了しましたので、それをあなたにご連絡させていただきました。もう巻き戻し現象は発生しません』

「まぁ、ありがとうございます」


ようやく、この終わりの見えない巻き戻しから解放されるようです。

おめでたいことではありますが、しかし走りだす直前のこのタイミングで教えられるのは、いささか不親切ではないでしょうか。

これが最後になると分かっていれば、もう少し下準備を入念にしましたのに。

やり直しができなくなったとなると、さすがに躊躇しますね。


頬に手を当てると、天の声様は慌てたように声を張り上げました。


『ご連絡が遅くなったのは申し訳ありません!』

「いえ、そちらにも事情がおありなのでしょう。しかし、困りましたわ……」


今回走る予定だったルートは、『国外追放エンド』です。

流れはほぼ修道院ルートと同じ。

パーティー会場を追い出され、馬車で隣国への街道を走っている最中に死を迎えます。

パターンはいくつかありまして、崖からの転落、賊の襲撃、郊外の森に置き去り、獣の餌などなど。

ああ、餞別と称して渡された飲み物に、毒が仕込まれていたこともありましたね。


国外追放エンドでの生存ルートは存在しません。

今から修正できるとすれば修道院エンドですが、そちらも生存は絶望的です。

せっかく巻き戻しから解放されるというのに、死亡確定なのですから。

今までの苦労は全て水の泡となるのでしょうか。


「……ここから入れる保険はありますか」

『ないことはないです!』


完全な独り言でしたのに、思いがけない天の声様の力強い声に顔を上げました。

すると目の前に金色の光が降り注ぎ、それが無数の線を描き出したのです。


「これは……?」

『あなたが今まで駆け抜けてきた攻略チャートを、図式化したものです』


数えきれないほどの点と点を繋ぐ線が、まるで巨大な蜘蛛の巣のように広がっています。

千回以上走ってきた、わたくしの全てがここに記されている。

そう聞いた途端、胸が熱くなりました。


「……わたくし、こんなにがんばったのね……」


そっと手を伸ばしても、触れることはできません。

それでも、とても愛おしく思います。

わたくしの血と汗と涙で描かれた、千数回の軌跡です。


『あなたの場合、ほぼ全てのルートで死亡が確定しています。これは覆りません』

「ええ、分かります」


何度も何度も失敗しては、チャートを構築し直してきたのです。

どこでどう繋がり、どのようなエンドを迎えるかは頭に入っています。


『ですが、たった一つ。あなたが一度も攻略していないルートが存在します』

「まぁ! そんなルート、ありましたかしら?」


全て走り尽くしたと思っていましたが、どうやら抜けがあったようです。

走者として不覚です。

自省していると、目の前の蜘蛛の巣が動き、一本の光の線が輝きだしました。


「これは?」

『あなたが今回目指していた、国外追放エンドから派生するルートです。派生条件が非常に厳しいので、見逃してしまっていたのでしょう』

「あら……まぁ、確かにこれは……」


顔を近づけて確認すると、少々フラグ管理が複雑すぎるルートです。

こうして図にしたから気付けましたが、まさかここで派生するとは。

走っている最中では分かりませんね。


『今の段階で、派生ルートに入るための条件はほぼ整っています。この後に発生する分岐点を無事に越え、なおかつ最後の選択を間違えなければ完全攻略となります』

「それは、わたくしの生存ルート、ということですか?」

『はい。あなたが唯一、生き残ることができるルートです』

「なるほど……」


黄金に輝く線を睨みながら、顎に手を当てます。


追放エンドは何度も走っているのに、これまで一度も派生ルートに入らなかった。

ということは、おそらく殿下たちとの会話で、どこかの条件を外していたのでしょう。

そして最も重要なのが、『最後の選択』。


『挑戦しますか?』

「……」


天の声様の言葉に、ゆっくりと唇の端を持ち上げました。


チャートのない一発勝負。

失敗しても再走不可。

構築の余裕などありません。


ですが、わたくしには千数回の経験があります。

どこで、どのように答えれば、皆の好感度が増減するか。

既に熟知しています。


「アドバイス、そして脱出の機会を与えてくださり、感謝申し上げます。天の声様」

『挑戦するのですね』

「はい。このルートに全てをかけて、わたくしは走り抜けます!!」

『その意気やよし!! では今回のランは、一時停止を解除した瞬間からタイマースタートとします! 準備はいいですか!?』

「よろしくてよ。カテゴリーは天の声様から助言をいただきましたので、『外部情報あり』です」

『では、カウントダウン……スタート! GL(グッドラック)!』




◇




さぁ、始まりました。正真正銘、命を懸けたラストラン。

解説はわたくし、アイリーン・ヴォーチェ。走者はアイリーン・ヴォーチェです。

よろしくお願いいたします。

非常に緊張しておりますが、同時に胸の高鳴りが止まりません。

はたして有終の美を飾れますでしょうか。

既にタイマーはスタートしておりますので、省略できるところは省略いたしましょう。


「貴様はここにいるリリカ嬢に嫉妬し、数々の嫌がらせをしたな!」


定番の殿下の台詞です。

今までは否定、肯定、嘲笑、無関心と、様々なパターンで返答してきました。

しかし派生ルートに入らなかったところを見ると、それらのどれでもない答えが必要となるようですね。


ここは慎重に選びましょう。

今までしてこなかった返答は……これです。


「……殿下……」

「な、なんだ……っ」

「わたくしが、あなたさまの婚約者となって、もう何年になりますかしら……それまでわたくしは、誠心誠意あなたさまをお支えしてまいりました。生徒会の仕事も率先して引き受け、殿下が自由に学園生活を過ごされるよう、取り計らってまいりました」

「そ、それは……」


しんと静まり返ったパーティー会場によく響くように。

しかし、決して声を荒げずに語ります。

予想していたのとは違う態度なので、殿下たちは狼狽えておりますね。いい反応です。


まっすぐに殿下だけを見つめて。

リリカ嬢には、ほんの少しだけ悲しげに微笑んで。

あ、取り巻きはどうでもいいです。おそらく今回のルート派生には関係ありませんので。


静かに両手を組み、涙を滲ませます。

いわゆる泣き落としです。

お飾り王妃ルートで廷臣たちによく使ってきた手なので、慣れたものです。


「真に愛するお方が現れたのでしたら、何故ご相談してくださらなかったのです。わたくしが、一度でもあなたさまからのお声がけを拒絶したことがありましたか? お話を聞かなかったことがありましたか?」

「……いや、ない……」


殿下は苦しげに顔を顰め、胸元を握っています。

今さらの反応ですねぇ。白けます。

王子妃となるための厳しい教育も、礼儀作法も、その全てが無駄になってしまった悔しさや悲しみ。

そんなものは、とっくのとうに塵となって消えてしまいましたわ。

あるのは、底抜けの虚しさだけです。

今さら憐れまれても、何も感じませんねぇ。

リリカ嬢も少し複雑そうに眉を寄せて俯いていますが、その心の内までは分かりません。


「……殿下。これが長年婚約者であったわたくしへの最後のはなむけだと仰るのなら、喜んでお受けいたしますわ。罪も罰も、わたくし一人で抱えて参りましょう」

「……アイリーン……」


ほろり、とここで一粒涙を零しながら微笑みます。

壇上から涙が光って見えるよう、少し角度を調整するとさらに効果的です。

殿下たちの前では一度も泣いたことはないので、それなりの衝撃を受けたようです。


後ろの取り巻きの一人が何やら書類を持っていましたが、それを足元に落としてしまいました。

おそらく、わたくしの罪とやらをリスト化したものでしょう。

ですが、たった今『受け入れる』と宣言しましたので、効果を失いました。

タイムロスを防げたようです。取り巻きを無視して正解でした。

あの方たち、舞台背景以外でどういう役目があるのでしょう。

毎回不思議に思っておりましたが、その謎はラストランになっても解けないようです。


「『罪を犯した』わたくしは、もうここにはいられません。みなさま、ご卒業おめでとうございます。今後のご活躍を、遠い空の下でお祈りさせていただきます」


殿下に向かって、渾身の『あばよ!!』を込めてカーテシー。

何を思ったのか、殿下が戸惑った顔のまま手を伸ばそうとしますが、それを完璧な笑顔で制します。

淑女たるもの、最後の最後まで誇り高くあらねば。


彼らに背を向けると、生徒たちが左右に退き、出口の扉までまっすぐな道ができています。

顎を上げ、背筋を伸ばし、淑女の笑みを保って堂々と歩いてみせましょう。

急がず、慌てず、乱れず。

一歩一歩、低いヒールの音を響かせながら。


断罪イベントは、これにて無事終了です。ここまではいいタイムです。

さて、わたくしの返答は正解だったのでしょうか。

手ごたえは感じましたが、分岐を超えられたのかどうかは分かりません。

成功した場合、一体どこで何が起こるのでしょう。


そんなことを考えていると。

ふいに、一人の男性が目の前に立ちはだかったではありませんか!


な、なんと!

彼はこの学園にお忍びで留学していた、隣国の第一王子殿下です!!

隣国王子はさっと片膝をつくと、わたくしに手を差し伸べてきました!!


こ、これは一度もなかった展開です。

どうやら、これが派生ルートのようです。無事に入ることができたようです!!


「アイリーン嬢。どうか、この私の手を取って隣国に来てくれないか」

「な、何故です? わたくしはたった今、婚約を破棄された傷物令嬢ですわ」

「破棄されたからこそ、だ。あなたの勤勉さ、一途さ、健気さを私はずっと見ていた。そして一切言い訳もせず、全てを飲み込んで身を引くその潔さと誇り高さに心底惚れ込んだ。婚約がなくなったのなら、もう我慢する必要はない」

「まぁ……」


大きな手が差し出されています。

背後の殿下たちを含め、周囲の生徒たちが固唾を飲んでわたくしたちを見守っております。


どうやら、これが『最後の選択』のようです。


わたくしはこれから傷物として憐れまれ、遠巻きにされ、家にも居づらくなり、最終的には出家コース。

婚約破棄された令嬢なんて、そのような扱いが基本です。

そんな窮地に、素敵な男性が突然現れて手を差し伸べてきたら、ついつい取りたくなりますよね。


だがしかし。

これは実に巧妙な罠であると、わたくしは看破いたします!!


「ありがとうございます、殿下。ですが、お断りいたします」

「何故だ!?」

「わたくしは、この国の侯爵家の娘。王子妃となるべく育てられた女です。この身は侯爵家、ひいては国のもの。やすやすと隣国に渡すわけには参りませんわ」


淑女の笑みで粛々とお断りすると、隣国王子は悔しげに顔を歪めてしまいました。

端正なお顔立ちが台無しですわよ。


どいつもこいつも……失礼。

どなたさまも頭からすっぽりと抜け落ちているようですけれど、婚約とは家と家との契約ですわよ?

たとえ殿下がこの場で『婚約破棄』を宣言し、わたくしがそれを受け入れると答えても、書類上ではまだわたくしたちは婚約者なのです。

それなのに隣国王子は、我が侯爵家と王家との契約に、堂々と『横やりいれまーす』と宣言してきたのです。

危機感がなさすぎますわ。我が国の王子より、ある意味危険人物です。

あんな人物の手を取ったら、どんな災いが降りかかるか分かりません。

文字通り、命が千あっても足りないでしょう。


膝をついたまま項垂れる隣国王子の横をすり抜け、扉を開けます。

すると待っていたのは……なんと! 我が侯爵家の馬車です!

まさかまさか。

今までのルートでは一度も出現したことのない、レア乗り物です!

しかも馭者は、甲冑こそ脱いでおりますが侯爵家の兵!


「お迎えにあがりました、お嬢さま」

「……ありがとう」


馬車の横に待機していたのは、我が家の執事です。

彼も武術の心得がある人物なので、これで道中の安全は保証されたようなものでしょう。

執事の手を借り、馬車に乗り込みます。


「崖は通らないでね」

「お屋敷までの道に崖はありませんよ」


念のため馭者に声をかけると、笑いを含んだ返答がありました。

ドアが閉められ、馬車がゆっくりと走り出します。


大きく息をついた、その瞬間。

頭の中に天の声様の御声が響きました。


『タイマーストップ! 派生ルート「最後の選択」で正解を選んだ時点でクリア判定!! 時間は十八分二十八秒!! おめでとう、アイリーン!! GG(グッドゲーム)!!』

「あ……っ」


どうやら。

終わったようです。


国外追放を命じられることもなく。

修道院に行くこともなく。

首を刎ねられることもなく。


お飾りの王妃にも。

側妃にも。

幽閉も。

毒殺も。

過労死も。


そのどれにも、ならなかった。


一秒。

二秒。

三秒。


目を閉じます。


四秒。

五秒。


恐る恐る目を開きます。


目の前には、侯爵家の馬車の内装。

窓の外には、ゆっくりと後ろへ流れていく王都の街並み。


戻らない。

時間が。

戻らない。


「う……っ」


喉の奥から、声が漏れました。


「うっ、あぁ……っ」


思わず両手で顔を覆い、そのまま泣き崩れてしまいました。


淑女らしくないとは思います。

ですが、今だけはどうか、お許しください。

全ての死亡ルートを回避し、新たに派生した生存ルートを。

わたくしは、ようやく。

ようやく、自分の手で勝ち取ることができたのです。


馬車はそのまま無事に侯爵家へ到着しました。

ずっと泣き続けていたので、目は真っ赤に腫れてしまいました。

そんなわたくしの顔を見たお父様とお母様を、大変驚かせてしまったようです。


ルートの中には、愛する家族すら巻き添えになり、破滅してしまうエンドもありました。

だからこそ、わたくしはずっと一人で戦い続けなければならなかったのです。

わたくし一人が死に続けるなら、まだ耐えられた。

けれど。家族が何度も殺されることだけは、耐えられなかったから。


「戻ってまいりましたわ、お父様、お母様」

「ああ、アイリーン! 可哀想に! あなたは何も悪くないわ!」

「あのボンクラ王子、どうしてくれようか!!」


抱きしめてくださるお母様の温かさ。

空に向かって吼えるお父様の声。

それすらも、ひどく懐かしく思えて。

また泣いてしまい、更なるパニックを起こしてしまったことだけは、申し訳なく思います。




◇




こんにちは、アイリーン・ヴォーチェです。

この度は長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。

最後にみなさまへ、その後についてご報告させていただきます。


まず、王子殿下との婚約について。

パーティーの翌日、お父様と共に王宮へ向かい、正式に婚約解消を申し入れたところ、意外なほどすんなりと受け入れていただけました。

聞けば王子殿下が自らの有責をお認めになり、国王陛下へ願い出られたそうです。

どうやらパーティーの際、わたくしから『相談してほしかった』と言われたことが、かなり効いたようです。

現在は反省の様子を見せているため、しばらく謹慎処分となったとのこと。

王族籍を剥奪されるルートもありえましたので、これは彼にとっても悪くない結果ではないでしょうか。


次に、リリカ嬢。

彼女は単純に、『王子様と結婚できる!』と浮かれていただけの、世間知らずな少女でした。

王子妃になるとはどういうことか、その責任や重圧も含めて学園の教師が懇切丁寧に説明して差し上げると、みるみる真っ青に。

まるでザリガニのように後退しながら、平身低頭謝罪していたそうです。

学園に通えるくらいなのですから、おバカさんではないはずですし、もう少し早く気付いてほしかったですね。

ただし、嫌がらせだけは本当に受けていたようで、こちらには正式な調査が入ることになりました。

おそらく、王子殿下に近づく彼女を疎ましく思った、わたくし以外の貴族令嬢の仕業でしょう。

しでかした責任から逃れることはできませんよ。震えてお休みなさいませ。


取り巻きの方々は、それぞれ御実家から特大の雷を落とされました。

幸い、あの場で直接わたくしへの暴言や暴力に及ぶことはなかったため、廃嫡まではされなかったようです。

ただし騒動を起こそうとした責任は問われ、現在は下働きに落とされて毎日ひぃひぃ言っているそうです。


あ、隣国の王子殿下も忘れてはいけませんね。

帰国後、ご両親、宰相殿、外交部などから力いっぱい叱られたと聞きました。

我が国との外交問題に発展しかねない行動だったのですから、当然でしょう。

『幼年からやり直せ!!』と、本当に幼年専門の教育係がついたそうです。

……隣国の教育方針、ちょっとよく分かりません。


そして、わたくしはというと。

王子殿下との婚約から解放され、無限に続くループからも脱出。

現在は心と体を休めるため、実家でのんびりさせていただいております。

……とはいえ。

千数回も同じ時間を繰り返してきたわたくしの心には、やはり大きな後遺症が残っておりました。


「さて、今日のルートは前回構築したチャートを見直して、もう少し効率化を……」


朝。身支度を整えながら無意識にそう呟いてしまう癖が、今も抜けないのです。

着替えを手伝いに来てくれた侍女の不思議そうな視線に気付き、慌てて口をつぐむまでがワンセットです。

嫌なモーニングルーティンですね。

この癖が抜けない限り。

そして『明日は必ず来る』と、そう心から信じられるようになるまでは、爽やかな朝を迎えるのは難しいでしょう。


幸い、両親は帰宅の馬車の中で、恥ずかしくも号泣してしまったわたくしを気遣ってくれています。

『しばらくは何も考えず、ゆっくりおやすみ』

そう言ってくれているので、今は甘えさせていただくつもりです。

環境を変えるために、どこか別の国へ留学するのもいいかもしれません。

旅をするのもいいでしょう。

新しい趣味をつくることも。

ひたすら何もせず、朝寝坊をするのだって悪くありません。


今のわたくしには、選択肢が無限に広がっています。

どのルートが正解なのかは分かりません。

攻略情報もありません。

チャートも存在しません。

まるで、あの緊迫のラストランのようですね。


けれど。

不思議なことに、あの時と同じくらい、わくわくしているのです。


「結末が分からないって、素敵ですわ!」


朝の清々しい光が降り注ぐ窓辺に立ち、両腕を大きく上げて伸びをします。

今日、何をするかも決めていません。

明日、何が起こるのかも分かりません。

それでいいのでしょう。


手探りで。

寄り道をして。

時には無駄なこともして。

そうやって非効率な一日を積み重ねていこうと思います。


では、これにて無事終了となります。

解説、走者、アイリーン・ヴォーチェがお送りしました。

みなさま、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!



了




言及しなくても分かると思いますが、アイリーンは転生者です。

無限ループに巻き込まれた当初は、あまりの絶望に発狂しそうになったが、

その精神的負荷で前世の記憶が蘇ります。(人格はアイリーン)

前世はクソゲーハンターの要素を備えた、筋金入りのRTA走者でした。

最速チャート構築のためなら、千回でも二千回でも走り続けられる不屈の精神の持ち主。

そのメンタルのおかげで、精神の均衡を保てました。


処刑エンドをAny%カテゴリーにしているのは、淑女がアレなセリフと顔をしたらもはやバグだろ、という気持ち。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。