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【今さら遅い】溺愛された私と破滅する元婚約者たち

【追放された聖女ですが】婚約破棄して妹を選んだ騎士様が泣きついてきました。でも今、私は魔王陛下と温泉旅行中なのでお引き取りください

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/04/09

 神殿で勇者を守る聖女だった私。


 今は魔王さまを守ってます。


 勇者が魔王城にたどり着けないのは、妹を選んで婚約破棄した騎士様が悪いので、私に苦情を言わないでください。


◆◇◆


「俺の運命は、君じゃなく、妹なんだ……ごめん」


 婚約者の騎士様が血迷う。


「婚約者の妹と浮気するのが、あなたの運命だったんですか」


 刺すように冷たい視線を向ける。


「急に、どうしたんだ聖女?」


「それは、婚約破棄されたこっちのセリフですけど」


 イラっ!


(この人とは、いつも会話が噛み合わない)


「私とあなた。ただ神殿の下っ端聖女と護衛騎士の婚約なんて運命でもなんでもないものに、婚約者の妹と浮気なんて、さらに近場で済ませただけで、ロマンのカケラもないものを混ぜただけです。運命だなんて笑わせないでください」


「笑って許してくれるのか、聖女!? ありがとう!!」


「誰がそんなこと言いましたか?」


 イライラ


(騙された……)


(ワザとなのか、本気なのか、騎士様との会話はずっと噛み合わなかった)


(噛み合わなさを、『私より騎士様が博識だからね!』『強引なところも素敵!』なんて思っていた……タイムスリップして引っ叩いて目を覚まさせてやりたい。転生だって出来たんだ、タイムスリップもできるだろう)


(……なかったことには出来ないけど、妹に譲れるなら別にあげてもいいわよ)


「それで、あの女はどこに行ったのよ」


「あの女……って、君の妹だろう? そんな言い方は可哀想だ……。やっぱり君に運命を感じないな」


「その妹と浮気して、あの女なんて姉に呼ばせてのはあんたでしょーが!?」


イラッ!


(こんな男のことはもうどうでもいい、私は聖女の仕事に生きよう……!)


 しかし、何故か私は魔王さまと温泉に入っている。


「君は俺の宝だ。永遠に離さない……」


 チャポーン


 何故か捕まって逃げられない!


◆◇◆


 婚約破棄されても日常は変わらない。


 翌日は聖女の仕事で神殿の受付をする。


 勇者がくる。


(レベル35の中堅か)


(仲間は、格闘家と魔法使いと僧侶の女性三人)


(……クズだな)


 完全に男を見る目が、昨日と今日で変わってる。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


(クズの相手でもちゃんとする、私はプロ聖女)


「魔界で集めた素材を売りたいんだけど、

どこに行けばいい?」


「それでしたら、表通りのここが高額買取中です」


(勇者の持ち帰る素材がみんなの生活し支えてるんだから。クズを大事に!)


 神殿は街の守りを担当する聖女が花形だ。


 私のような聖なる力が弱くギリギリなれたような聖女は、こんな風に雑用をやらされている。


 魔王の結界が弱まった魔界に行く勇者の管理と、戦利品の売買の記録をとる。


 それでも聖女になって五年、責任のあるポジションを任されるようになっていた。


 昨日は筆頭聖女を選ぶ大事な日だったが、婚約者がもっと大事な話があると言うから優先した。


(大事な話ではあったけど……、仕事の後でも良かった……)


(筆頭聖女になるチャンスを逃してしまった……)


 神官長が妹を連れて職場の聖女たちに挨拶してまわっている。


「今日から、筆頭聖女になる妹だ」


(な、なんで妹が……)


 私が一生懸命頑張っている職場に後から入って来たのは妹なのに……。


「姉さんは昨日来なかったでしょう。男を優先するようじゃ、筆頭聖女なんて務まらないわよ」


「そうか、お姉さんは婚約したばかりだもんなぁ。姉の方が筆頭聖女には相応しいと思っていたけど、結婚すとなると変わるもんだなぁ」


(な、何を言っているの、神官長!?)


「妹は思ったよりも真面目に仕事をしてくれて助かるよ。聖女の鏡だ!」


「ありがとうございます、神官長」


 クスっ


 横目で私を見つめて妹が笑った。


(姉の婚約者と浮気した女のどこが聖女だっていうのよ!)


(昨日、騎士様と一緒にいなかった理由はこれか……!)


(妹が欲しかったのは、騎士様じゃない! 私が一生懸命に目指してた、筆頭聖女の座か!!)


「姉さんのことは嫌いだったのよ。努力すればなんでも手に入ると思って、比較されたら妹の私が無能に見えるでしょう?」


 ボソッと妹が私の耳元でつぶやいた。


「ちょっとは頭も使わなきゃ、手に入らないものもあるのよ」


「妹……。私の完全敗北は認めるけど、身体使って騎士様を手に入れたくせに頭使ったって? 何言ってんの?」


「……ふん! あんな男にも捨てられるくらいの身体しかない人の負け惜しみにしか聞こえないわね」


 ドカッ!


「あ……」


(しまった……。妹がいつものノリで喧嘩を吹っかけてくるから、家のつもりで手が出てしまう……)


 ガシャーン


 妹がニヤっと笑いながら大袈裟に吹っ飛ばされたふりをする。


 ガラスが割れて窓の外に出る。


 そんなに強く叩いてない……。


「痛っ!」


 妹が血を流す。


「聖女!」


 みんなが集まって来た。


 私は神殿を追放された。


◆◇◆


「え? 部屋がない……?」


「申し訳ございません! 手違いで、別のお客様と二人に同じ部屋を予約してしまいまして……」


 神殿を追放され、温泉旅行に来たのにとんだトラブルに見舞われる。


(ついてないわ……)


(神殿の受付をしていたから、受付係にクレームを入れるのは心苦しいけど、高いキメラ便の往復で予約していたし、この温泉に断られたら他に行く所がない……)


「僕は同室でもいいですよ」


 十歳くらいの男の子がいた。


(同じ部屋を予約されたって子か……って、この世界は見た目で年齢を判断できない。魔法も呪いもある)


「明日には別々のお部屋がご用意できます」


 受付が言う。


「いくつかな?」


「十歳!」


(……と言うことにしようか。たった一晩だし……)


 これが、まさか人類にとって取り返しのつかない判断になるとは、まだ誰も知らない。


◆◇◆


「お姉ちゃん、温泉に行こう! 混浴だよ!」


 部屋につくと少年が誘ってくる。


(十歳とはいえ見知らぬ男の子と混浴はちょっと……。ていうか私が捕まる。異世界なら大丈夫なのか!?)


「僕、まだ子供だから、一人で温泉に入るのは危ないよ……」


(その言い分が大人だ)


「で、本当はいくつなの?」


「……千と十歳」


(完全に大人だ……ってギャグかな?)


「今日は私も温泉はやめておくわ。明日になったら別々の部屋を用意してくれるっていうから、今日は寝るだけよ」


 そういって布団に向かう。


「ダメだ、聖女。俺と一緒に温泉に入ってくれなきゃ、俺が元の姿に戻れない」


「元の姿って、やっぱり呪いなの……?」


「魔力を使いすぎてしまっただけで呪いではないが、常に魔力を使い続けなければいけない境遇は呪だな」


「それは可哀想だけど……話し方が大人だし、混浴なんて絶対に無理!」



「聖女、ここの混浴は水着着用必須だ」


「そうなの!?」


(ならいいか、せっかく温泉に来たんだし、妹みたいに頭使わないことするのも悪くないわ)


「……でも、水着なんて持ってきてないから、やめておくわ」


「買う! 俺が売店で水着を買う!」


「必死すぎる」


◆◇◆


(水着に着替えて混浴温泉に来たけど、普通にプールみたいな感じで女性も多いわ)


(こんな健全なところで妹みたいなことしようなんて考えてたのが恥ずかしいわ……!)


「聖女! 俺の選んだ水着がよく似合ってる」


「中身が大人でも、見た目が十歳の男の子に言われると、こっちが捕まるわ」


「まあ、すぐにその心配は要らなくなる。温泉に入ろう、聖女」


(『俺と一緒に温泉に入ってくれなきゃ、俺が元の姿に戻れない』って言ってたから、十歳じゃなくなるってことよね? 私と温泉に入ることがなんで?)


 少年が温泉に入ると、少年の身体が光ったように見える。


 温泉に宿る癒しの魔力が少年に吸い込まれていく。


(魔力がないって言うのは本当で、温泉が少年を癒そうとしている。普通の人のことも温泉は癒すけど、少年はスケールの違う膨大な魔力を必要としていたようね。吸い上げる光の強さが全然違う)


(これで十分だと思うけど、私も一緒じゃなきゃってどう言うことなの?)


 私は少年に続いて足から温泉に入る。


 私の足が温泉に浸かると、足の先から光が溢れる。


 ブワッ!!


 温泉全体が光で包まれる。


「わぁ……綺麗……」


 あちこちの客から歓声が上がる。


「な、何これ!?」


 客は温泉の演出の一種と思っているけど……。


(わ、私の足から!?)


「聖女!」


 少年が私に手を伸ばす。


 私はパニックの中で少年の手を取ってしまう——。


 途端に、温泉全体を包んでいた光が一点に帰ってくる。


(ひ、光が私の中に流れ込んでくる……! そして、その光がつないだ手から少年に流れ込んでる!)


 光が癒しを一瞬で終わらせる……。


「……光の演出、終わっちゃったね」


 ただのお湯に戻った温泉に客たちはがっかりした声を上げた。


 けど、すぐに温泉の癒しを楽しみだす。


 温泉には、もう癒しの力はなくなっているのに——。


(私が温泉の癒しの力をあつめて奪ってしまった……)


『俺と一緒に温泉に入ってくれなきゃ、俺が元の姿に戻れない』


(このことだったの? でも、温泉には何度も来てるけど、こんなことは初めてで……)


(ん? 元の姿って……十歳の姿じゃなくなる……?)


 見ると、そこには十歳の少年はいない。


 私の手を握っているのは、二十歳くらいの美青年——ただし、子供の水着は破れて、全裸だ!


 バッ


(か、隠さなきゃ! 全裸なのを見られたら大変)


 私は少年——今は青年に抱きついた。


「聖女、俺も君を離さないよ。君の魔の癒しは光の癒しの何十倍も強い。あっという間に俺の力が回復した」


 青年は私にキスした。


「ちょっ! 今はそんな場合じゃないでしょう!? あなたが全裸だから、隠してるのに……!」


「そうだったのか。でも、俺の魔力でそこは隠してあるから大丈夫だ」


「え!? そうだったの!? じゃあ、私は何!? 急に美青年に抱きついて、何やってる人に見えてる……!?」


「俺がちゃんとすれば、光の演出に盛り上がってる恋人同士に見えるだろう」


「あなたがちゃんとするって……?」


 青年がまた私にキスした。


「君は永遠に俺のモノだ」


(いや、これはこれで恥ずかしすぎる!?)


◆◇◆


「ど、どういうことか、説明して! あなた、私の能力を知っていたの!?」


 私と青年は部屋に戻っていた。


「今までは、温泉に入ってもこんなことにはなってないのよ!?」


「君を一目見た時から君の能力が俺にはわかった。魔物を癒すものだってね」


 私は一瞬止まる。


「ま、魔物を癒す!? あなた魔物なの!?」


「魔王だ」


「ま、魔王だぁ!?」


(見た感じは人間の美青年だけど……十歳の少年からの変化とか、温泉の膨大な魔力が青年の身体に入っていっちゃったところとか、魔王であってもおかしくないけど……)


「な、なんで、私が魔王なんて癒せるのよ……。神殿では下っ端聖女だったのに……」


「君のは魔の力だから、人間には分からなかったんだろう。これだけ魔性が強いのに、光の癒しの力も少しはあるのがおかしい」


「し、知ってて同じ部屋を仕組んだの!? 魔王ならそれくらいやるでしょう!?」


「知らない。君の能力は光から魔への力の変換で、俺のような力の強いものが近距離にいてはじめて発揮される。君の存在を知りようがない」


「そんな……偶然、部屋の手違いがあったから、わかったっていうの?」


「……運命だ。見つけたからには、どんなことをしても手に入れる」


 魔王に押し倒されてる……。


(大袈裟だけど、婚約者の兄弟とか近場じゃないし、出会いの難易度が高い……魔王様が温泉泊まってるなんて誰が思う?)


(運命なのかも……)


「って、私があなたの役に立つってだけじゃない。そんな一方的なのが運命?」


「そうだな……」


 魔王様は考える。


 ブロォォォ


 魔王様の手から出た魔力の光が風になる。


「あ、髪があっという間に乾いてる!?」


「どうだ!」


 魔王様はクシを片手にドヤ顔する。


(すごい、髪がサラサラになった。しかも乾かす以外は人力——いや、魔王力だ!)


 食事が運ばれてきた。


「あつッ!」


「大丈夫か!? 聖女」


 魔王様が魔法で氷を出して私の指先に当てる。


 熱かった料理も周りに氷を置いて冷やす。


「また火傷をしたら大変だから、食べさせてやろう」


「え!? そ、それは大丈夫です! って、魔王様? これが役に立つことのつもりなんですか!? 誰でもできることじゃないですか!」


(もっと、すごいメリットがあると思ったのに!)


「本当か? 本当に誰でも出来ることか? 今まで、君にやってくれる人がいたのか?」


(元婚約者の騎士様……は、やるわけがない。妹と浮気なんてして……。私の為には何をしてくれたの?)


「聖女、あーん」


「あーん」


 ちょうどいい温度のスープを食べさせてくれる魔王様。


(この男を逃してはいけない!)


◆◇◆


 姉さんのいなくなった神殿で私は筆頭聖女として順調に仕事をしている。


「あの子が姉の婚約者を取ったって……」

「筆頭聖女は姉の方が相応しかったのに」


(どっちも私の方が上手くやれてる)


「でも、妹に暴力振るって怪我させてたし、聖女って感じじゃなかったわよね……」


(一度の失敗が全てよね?)


(あなたたちは頭が弱くて、姉から奪えなかっただけの事よ)


(まあ、奪ってしまえばどうってことない無価値なものだったけど)


(でも、私は一世一代の勝負に勝った。ガラスが刺さった時はやりすぎたと思ったけど)


(生まれてからずっと目障りだった女はもういない)


「妹——筆頭聖女、大変だ! 魔界に結界が張られた!」


 騎士様があわてている。


「それがどうしたの? 魔界には結界が前からあったでしょう?」


「魔王が復活したのか!?」


 神官長があわてている。


「たぶんそうです、魔界に人間が入る事が不可能になりました」


「何がいけないの? 魔物と戦わなくてよくなるんじゃないの?」


「筆頭聖女……。それでは神殿はどうなる。勇者の管理が仕事で、魔界から持ってくる素材で人間は豊かに暮らせているんだ。勇者の魔王討伐はインフラなんだよ」


 私に呆れたように答える。


「このままでは、神殿が機能しなくなり、国が崩壊する……」


「なに、それ……」


(姉さんから奪って、やったのに、筆頭聖女に価値がなくなる……)


「実は……俺の元婚約者が魔王といたという目撃情報があるんです」


「追放されていった聖女ですか。筆頭聖女にはなれたかもしれないが、それほど有能ではなかったはずです」


「それが温泉で光をあつめて魔王を癒していたとか」


「そんなことが出来たのか……?」


「裏切り者でも、まだ俺を好きなはずです。もう一度婚約すると言えば説得できるでしょう」


(な、何言ってるの? この人!?)


「では、聖女のことは騎士に任せよう」


「お任せ下さい!」


(あ、この国潰れる)


◆◇◆


 魔王城は快適だった。


「魔王陛下を癒す聖女さま、魔界最高の歌姫の歌と、最高の劇団による劇を用意させています」 


 歌も劇も素晴らしい。


「最高級の料理をお持ちしました、デザートもお酒もありますよ」


 人間の世界とはちょっと違うけど美味しい。


「魔王陛下からの贈り物です」


 服に宝石に、魔界の変わったアイテムとか、飽きないほどの贈り物……。


(私は魔界で、魔王を癒す聖女っていう、最上級の扱いで、最高の日々を送ってる……)


(なのに物足りないのは、魔王様と会えないからだ)


(私の力で戻った魔力で、魔王様は魔界の結界の強化に忙しい……)


(温泉ではずっと一緒だったのに……)


「はぁ……」


 私は思わずため息をついた。


「た、大変だ! 聖女様が、退屈なさっている!」


「劇団を呼ぶんだ! それとも歌姫か!?」


「料理だ! 美味しいデザートをお持ちしろ!」


 ずらっと並ぶ使用人たちが騒ぎ出す。


(またやってしまった……)


「魔王陛下に、絶対に聖女様を退屈させて、この城から逃してはいけないと言われているのに……! ど、どうする!?」


(そのあわって振りを楽しく見させてもらってるけど……)


(魔王様、本人がいないなら、逃げちゃうわよ?)


 退屈しない昼間の後も、魔王様は帰ってこない。


 ブロォォォ


 メイドが髪を乾かして、食事も食べさせてくれる。


 火傷した時の為に医術師が待機している。


 尽くされ度は同じなのに、魔王様じゃない。


 会いたくて、涙が出そう……。


「聖女!」


 バタンっと扉が開く。


 そんな事を考えていたら魔王様に抱きしめられた。


 けど、頭の位置も手の位置も低い……。


「ま、魔王様が、また、十歳になってる!」


「魔界の結界の強化に魔力を使ってしまってな……」


(やっぱり……魔界の結界を維持するって大変なことなんだ……。温泉一個分の癒しの力を奪ったのに……)


「聖女を退屈させてしまっていたが、俺と結界をしっかりつないだから、今度は何処からでも俺の魔力で結界を強化できる」


「そんなことが出来るんですか!? さすが、魔王様」


「聖女と温泉に入り続けるだけで、結界が維持される。温泉旅行に行こう聖女、本当に君をもう離さない、永遠に尽くし続ける」


「ま、魔王! 本当にずっと一緒にいられるの嬉しいです!」


 私は魔王様に抱きつく。


 けど、今は十歳の姿に戻っていて……。


(これはこれで可愛いけど、元の魔王様にも戻って欲しい)


◆◇◆


 人間の世界の温泉に来ました。


 久しぶりの二人っきり。


 混浴温泉で二十歳くらいの姿になった魔王様と髪をとかしあったり、食事を食べさせあったり……。


(幸せすぎて、誰にも邪魔されたくない……)


(魔王様に膝枕されてとろけてます……)


 トントン


 部屋がノックされる。


「お、お客様に会いたいという方が来てい……」


 従業員が知らせてくれるけど、言い終わる前に入ってくる。


「聖女! 探したぞ、帰ろう」


(騎士様がなんで!?)


「誰だ?」


「前に話した私の元婚約者です……」


「コイツが……」


 魔王様が怒りの魔力に包まれた。


「俺のことが好きなんだろう。婚約破棄は取り消そう。神殿にも一緒に謝りに行こう」


「ちょっと待て、騎士。お前には俺が見えていないのか? 聖女とこんなにくっついているのに」


 私は、魔王様に抱き寄せられる。


 私はポーッと赤くなるけど……。


(魔王様……。騎士様とは話が噛み合わないのです……)


「これは、俺と妹とのことへの当てつけだろう。今は人間の世界の存亡がかかっているんだ、運命の二人で乗り越えよう」


(何を言ってるんだ、この人は……!)


「騎士様の運命は妹でしょう!」


「近場で済ませたと言ったのは聖女だろう。だが、俺と君が結ばれたら、魔王の結界は弱体化する。また、勇者たちが自由に素材集めが出来るようになるんだ。運命の二人で世界を書き換えよう……!」


「言ってることは間違いでもないんだけど、順番が逆! 世界が書き変わったのは、私と魔王様が運命の二人で運命の出会いをしたからよ!」


「そうだ、俺の言ってることは間違いじゃないんだ、聖女!」


「違っ! 後半を聞いて!!」


「そうだ、俺と聖女が運命の二人で運命の出会いをしたんだ!」


「中間も聞け!!」


(つ、疲れる……。体力がどっと減った……)


 脱力した私を魔王様が抱きしめる。


「魔王様!?」


「話して分からないなら、見せつけてやるしかないだろう」


 魔王様にキスされる。


 き、騎士様の前で……!


 騎士様が驚きで目を見開いている。


(最低のクズとはいえ元婚約者の前で、数百倍はイケメンの魔王様とキスして格の違いを見せつけるなんて酷いけど……。話が通じないんだ、仕方ない)


 私は魔王様の首に腕を回す。


「ん……っ!」


 二人で熱いキスシーンを元婚約者に見せつけた。


「これで、私があなたを全くなんとも思っていない事がわかったでしょう! 私の人生にもうあなたは関係ありません!」


 魔王様から唇を話して騎士様にドヤ顔で向き直る。


「聖女、俺にキスして欲しいって顔してる」


(どんだけ話が通じねーんだ、コイツは!?)


 ボカッ


 魔王様が騎士様を殴ると、ワンパンで倒れる。


 一部始終を見ていた騎士様を連れてきた宿の従業員が一言。


「話が通じなくて困っていたんです。大人しくしてくださって良かった!」


(初対面の人にまで!? どんだけ迷惑かけてんの、騎士様)


 私は宿の従業員に妹の住所を教えて送り届けてもらう。


「殺さなくて良かったのか、聖女?」


「ああいう人は側にいたら厄介だけど、敵の側にいる分には最高の味方になります」


(ええ、私は妹の幸せと国の発展を心から願ってます)


(騎士様と、末長くお幸せに!)


 ——後悔しても、もう遅いわよ。


◆◇◆


 キメラ便で騎士が届けられる。


「要らないっての……」


「姉さんがあんたを好きだって? 姉さんの前でよりを戻そうとして、上手くいかなかったのね。これでまた私のところに戻ってくるって、私をバカにしすぎよ」


「嫉妬か、妹、君を選んで帰ってきたんだ。世界の幸福よりも、俺はお前との運命の愛を選ぶ」


(何言ってんだ、コイツ!?)


(神殿には勇者が来なくなって仕事は無くなったっていうのに、このクズ男に1ミリもエネルギーを使いたくない)


(素材が手に入らなきゃ豊かな暮らしもなしよ。神殿も国も滅びかけ……、話す気力もない)


「何も言わなくても、俺たちは通じ合ってるな」


(話しても話さなくても、全部噛み合わない。ウザすぎ……)


 私は何もなくなった世界で、この男だけを手に入れる運命だったのか?


 潰れかけた神殿に行く間に、何人もが倒れていた。


(死んでるわけじゃないわよね……)


「何事も根性だ! 頑張れー!!」


 騎士の声がウザい。


(こんな男を奪って、筆頭聖女になるのがあの女への復讐になると思っていたなんて……)


「筆頭聖女……君に重要な任務ができた……」


 神殿に着くなり神官長が真剣な顔で言う。


「魔王が魔界の結界と素材について交渉したいそうなんだ」


「え……。それは良かったんじゃないですか……」


「いや、まだわからない。魔王側には君のお姉さんがつくらしい」


「姉が魔王といるのは本当のことだったの!?」


(どうして姉さんは、そんな実力者を捕まえられるのよ……!)


「それで、筆頭聖女の君に交渉に参加して欲しい」


「……もちろんですわ」


(何? なんでこんなに私にチャンスがめぐってくるの!?)


(魔王様、待っていてね……!)


◆◇◆


 人間の国は勇者が魔界から持ち帰る素材が減って色々と大変そうだった。


「温泉も人間界側だから、ずっと質素になりましたね……」


「温泉が無くなったら君から魔力を貰えないし、素材が勇者に渡らないと魔界に溢れて困ったことにもなるんだ」


「そうなんですか? 魔界と人間界って持ちつ持たれつだったんですね……」


「そこで君に頼みがあるんだ……」


 魔王様が真剣な顔をする……。


◆◇◆


 魔界と人間界の間での交渉は王宮で行われることになった。


 筆頭聖女の私も姉を待っている。


「おお……!」


 声が上がる。


 空をかける黒い羽の生えた馬の引く馬車がやってくる。


 晴れた空が、暗闇に変わるような圧倒される魔力を感じた。


 若い美貌の魔王の圧倒的な魔力と存在感。


 そんな魔王に守られて、降りてきたのは姉だった。


 漆黒の黒い服に神聖な模様に入った聖衣。


 筆頭聖女の白い聖女と対極をなす黒衣が、姉が着ることによって、圧倒的な清らかさを放っている……。


「久しぶりね、妹」


 圧倒的な魔王の横から私を見下ろす。


(何これ……! 格上だと——姉さんの方が私より圧倒的に格上だというの……)


 手足が怒りで震える。


「お、おヒさしぶり……」


 私の声は上擦って、交渉は始まった。


 美貌の魔王の横で守られる姉の凛とした声が響く。


(この私が、負けたのか——)


◆◇◆


(結界の内側に入る場合は入場料を取る。素材を魔界の外に持ち出す場合は、手数料を払う。人間側とは順調に交渉できてるわ……)


 魔王様はただ黙って私に交渉を任せてくれている。


(上擦った声で、暗く俯く筆頭聖女の妹が、人間側の役に立っていない……)


(所詮はずるして得た立場だ。使えない)


 人間側の王や神官たちも暗い顔をする……。


「最後に人間側の温泉の所有権を魔王に渡すことを請求します」


「それは……」


「では、今までの交渉はなかったことにしましょう。それでは……」


(人間側もバカじゃない。魔王様が温泉で魔力を回復しているのは知っているはず)


「わ、分かった、温泉は魔王様の物です……」


(認めなければ素材が手に入らないなら、認めるしかない)


「いい交渉が出来ましたわ」


 私はにっこり笑う…


 そう言って私と魔王様は交渉の場を後にする。


「筆頭聖女、妹だというから同席させたのに……いない方が有利に事が運んだな、誰だ? 連れてきたのは!?」


「姉に比べて、圧倒的にみすぼらしく役立たずだ……!」


 人間の偉い人たちが妹を酷評する。


 見抜けなかった自分を棚に上げて……。


 妹は机に突っ伏すように俯いている……。


 美しくない格好だ。


(まずいは……怒りに我を忘れてる)


「姉さん……!」


 妹が顔を上げると、微笑みが見えた…


 私に突進して来る。


 ちょうど私は階段を降り始めた。


(私をつき落とす気……!? 避けられない!)


(一階から三階まで吹き抜けの大階段を落ちたら、怪我だけじゃすまない……)


「クソ姉がぁーーーー!!!」


 妹がぶつかる瞬間に魔王様に引っ張られる。


 妹の身体が一瞬宙に浮く。


「うわぁあああああああぁぁぁっ!!!」


 妹が転がり落ちた。


 妹は一階で身体は奇妙に手足を曲げて、天井に顔を向けて目を見開いていた。


 その目には何も映っていない……。


(……バカな子ね……)


「筆頭聖女が我が妃を襲うとは、どう言う事だ」


 魔王様がここに来てから初めて言葉を発し、みんなを震え上がらせた。


(私のこと、妃って……!)


 人間たちは魔王さに震え上がった…


 魔界の入場料や素材の手数料がもっと値上がりした。


◆◇◆

 

「魔王様、温泉に行きましょう。また、ここも混浴ですよ」


 私は魔王様と温泉旅行を満喫中——。


 温泉は魔王様のものでも、運営は人間だから秘密にして任せている。


「俺は、今回はまだいい……。聖女、一人で行ってくれ」


「一人で? 混浴に……?」


 魔王様の様子がおかしい。


(まさか、また浮気ですか!?)


(あのマメな魔王様まで浮気するなんて……もう、何も信用できない……)


「聖女! 妹がいないんだ……!」


 騎士様が泣きながらやって来る。


(妹の末路を聞いてないんですかこの人は!? それとも教えてもらったのに話が通じてないとか……)


「魔王! 妹を何処にやった!」


 騎士様は魔王様の肩を揺さぶる。


(魔王様になんて事を! 最強ですかこの人は!)


 ボカ


(まあ最強なんかではなく、魔王様にワンパンでやられてますが……)


 ボキボキ


 魔王様が騎士様の手足を粉々にしている。


「妹と同じ所に送ろう」


「魔王様、優しい、心が広いです!」


 妹は全身を複雑骨折して温泉のある病院に入院中だ。


(死んだと思ったのに、しぶといやつ……)


 宿の人に騎士様を頼むと、話が通じない人で困ってたと言う。


(ここまでくるとすごい。妹が病室で騎士様と並んでウンザリしてる顔が目に浮かぶようで、本当に幸せそう……)


 騒ぎの後の床にノートが落ちている。


「スタンプ帳……」


 魔王様がスタンプ帳に気づいて奪われる。


「せ、聖女、これは……!!」


「そんなに慌てるようなものですか?」


「いや、慌てるようなものじゃないが……!」


「キメラ便の駅のご当地スタンプ帳、私も持ってます」


 魔王様が一瞬止まる。


「なんで、聖女が……」


「私も集めてるので! 魔王様も集めていたんですね! なんで隠していたんですか?」


「……オタクってバカにされたくなくて……」


「わ、私も、魔王様が持っているのを見なかった一生言わなかったと思います……」


「……聖女も同じ趣味だったとは……本当に運命なのか……!?」


「う、運命ですよね……」


 運命は二人を結びつけて絶対に離さないようです。


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