「お前の趣味の刺繍は何の役にも立たん」とフラれましたが、王太子直下部隊のハンカチ職人となりました。
「お前の趣味の刺繍は何の役にも立たん」
私は、婚約者だったエドモンド様に刺繍を理由にフラれた。
「将来の女主人として、社交や資産管理などを学べといつも言っていただろう。それなのに、お前ときたら刺繍ばっかり。いい加減にしろ!」
エドモンド様はいつものように顔を顰めて、吐き捨てるように言った。
私は「すみません…」と謝ることしかできなかった。
「その態度がイライラすると言っている!ああ、もう、いいっ!お前にはほとほと愛想も尽きた。この婚約はなかったことにさせてもらう!」
エドモンド様は腰に差した剣を触って、つま先で何度も地面を打つ。
私にとって刺繍が大事なように、エドモンド様にとって剣は騎士の誇りだ。
感情が昂っている時は、いつも剣に触れる。
つまり、今もものすごく怒っているということが、私にもわかった。
「かしこまりました。お世話になりました、エドモンド様」
「…本当になっ!」
そう言って、彼は私を見ることもなく去っていくのだった。
後日、婚約破棄が本当にされたので、少しだけ驚いた。
そんな理由で破棄できるのなら、世の中婚約破棄と離縁だらけなのでは…?
「…スーザンでは、伯爵家の嫁になれないと言われてしまった」
「そう、ですか。お手間をおかけして申し訳ありませんでした、お父様」
「いいんだよ。エドモンド様は、お前には合っていないとわかっていたのに、私もすまなかったね」
父は私の頭を撫でて、新しい婚約者を探し始めたけれど、私は時間ができた分、たくさん刺繍ができて嬉しかった。
それからひと月ほど経った頃、なぜか我が家に勅使がやってきて、屋敷中が大騒ぎになった。
「王家からって、何したんですのあなたっ…!」
「私は何もしていないよ!?」
「と、とにかく、早くお聞きにならないと!」
私たち家族は訳もわからず、書状が読まれるのを待った。
「エドモンド・スコットの元婚約者とは、スーザン嬢でお間違いないでしょうか?」
「は、はい…!」
「では、ご息女に今すぐ王宮に来ていただきたいとのお達しでございます」
「…私、ですか?」
家族と使用人の注目を浴びる中、私は思わず自分を指差したのだった。
それからあっという間に、陛下の御前にいて、ますます訳がわからなかった。
私、知らぬ間に何かしてしまったの…?
怖くて、うまく息もできないでいると、陛下は私に顔を上げるように言った。
「スーザン嬢、急な呼び出しで驚かせたろう」
「い、いえっ」
「どうしても、君に見て欲しいものがあるんだ」
陛下はそう言うと、一枚の布を取り出して、両端を摘んで広げてみせた。
真ん中に裂かれたかのような大きな穴があって、ひどく汚れていた。
黒ずんだ染みが、血の跡にも見えた。
痛ましさを表すように、ボロボロだった。
「これは、君が元婚約者のスコット殿に贈ったハンカチだと聞いたのだ」
「え…?」
そう言われてよく見ると、確かにハンカチのサイズだし、対角線の角には刺繍が施されている。
片方はエドモンド様のイニシャルで、もう片方はスコット家の家紋だった。
間違いない、私がエドモンド様に最後に贈ったハンカチだ。
ハンカチを刺繍しては、上手くできたものだけエドモンド様に贈っていたのだけれど、まだ使ってもらっているとは思っていなかった。
「…はい、確かに私が刺したものだと思われます」
「やはりか!では、この力のことはわかっていて、作ったのかい!?」
「ち、力、にございますか…?」
「その様子だと、令嬢は気づいていないようだな」
「…私、何かしてしまったでしょうか?」
「ああ!君は、とんでもなく素晴らしいことを起こしたのだよ!」
陛下はそう言って、満足そうに笑顔を見せられた。
私が呼ばれた理由は、刺繍だった。
騎士隊が討伐に行って魔物に襲われた時、元婚約者のエドモンド様も魔物の爪に引き裂かれそうになったのだという。
そこで、なぜか力を発揮したのが、胸元に入っていた私の刺繍したハンカチだった。
魔物の爪先がハンカチに当たった時、防御魔法のようなものが一瞬だけ発動したとのこと。
それがきっかけで、エドモンド様はもちろん、他の騎士も助かったのだという。
そして、原因を調べたところ、魔術師がこのハンカチに反応ありと答えを出したため、私が呼び出されたのだった。
「そんなことが…」
「そこで、君に頼みがあるんだ」
「はい」
「しばらくの間、私の息子である王太子の直属の部下として、ハンカチをできるだけ刺繍してもらいたいんだ」
「刺繍、をですか?」
「ああ、魔術師曰く、布切れの方には何も力を感じないそうだ。だから、君の刺繍に何かあると考えている。そのためにも、色々試してみたいのだ」
お、お仕事として、刺繍ができる…!?
こんなすごいこと、後にも先にもないわっ!
「ぜひ、やらせてくださいませ!」
というわけで、翌日から王宮通いとなり、どっさりと用意された質のいい刺繍道具に囲まれて、息を吸うのもしあわせだった。
「今日から僕の部下としてよろしくね、スーザン嬢」
「は、はいっ、王太子殿下、よろしくお願いします…!」
「君の刺繍が終わるごとに、そこの騎士に斬らせたり、燃やさせたりするけど、気を悪くしないでね」
「承知いたしました」
「では、始めてくれ」
そう言われて、緊張しながらもいつも通りに刺繍を始めた。
さすが、王家が用意した刺繍糸。
なめらかでいて、ツヤツヤな仕上がり具合だ。
これは何を刺しても楽しいだろうなぁ。
隣でこんなに至近距離で見られることもないから、手元が狂いそうだけど…。
「見事なものだな、見ているうちに花が咲いた」
「この意匠がいちばんのお気に入りですので、早くできるかと思いまして」
「ほ〜う、何という花だい?」
「アザミにございます」
「花言葉は?」
「『報復』、ですね」
「え」
「『私に触れないで』でもあります」
「ええぇ…」
王太子殿下と近くにいる騎士様たちは、何とも言い難い顔になっていって、思わず顔が綻んでしまう。
「『独立』と『厳格』という意味もありますよ」
「それはいいな。君の刺繍の効力のようだ」
その響きは、やけに頭の中に残った。
そう言っている間に、刺繍が出来上がった。
とりあえず、片隅に1輪だけ咲かせてみた。
「完成にございます」
「よし、ありがとう。本題はここからだね」
殿下はお礼を言うと立ち上がって、騎士にハンカチを突き刺すように命じた。
エドモンド様には一度もお礼なんて言われたことなかったのに、殿下はあっさり言うので、内心びっくりした。
だけれども、次に起こったことがもっとびっくりだった。
本当にハンカチが剣を弾いてみせた。
それどころか、剣先が砕けて空中を散った。
「これはまた、すごい威力だな…」
殿下は口元をニヤリとさせて、目を細められた。
そのまま2回目を剣が貫いたが、それはただのハンカチになって、何も起こらなかった。
そのあともひたすら刺繍しては、殿下を中心に実験された。
起こるのは、防御魔法に似た反応だった。
いくら違う刺繍をしても、攻撃魔法にも、治癒魔法にも転じずに、防御のみ。
ただのハンカチでは何もなく、試しに剣で引き裂いたあとの布に刺繍しても、効力は発揮された。
でも、私が手を抜いて刺繍をすると、防御されないままだった。
「やっぱり君の刺繍に力があるようだな。それも1回の使い切りのようだ」
「はい」
「これは軍事的価値が高すぎる…、今すぐ君を安全な地位におかねばな」
「そう、なりますよね…」
「ああ、使い切りとはいえ防具ではあるからね。他国が欲しがってもおかしくはない」
「…」
「なーに、心配するな。悪いようにはしないよ」
王太子殿下はウィンクをして、私を和ませてくださったのだった。
何度も王宮で刺繍し、何度も王太子殿下が実験した結果、私の刺繍は役に立つということで、正式に王太子直下部隊の特別補佐役という肩書をもらうこととなった。
ついでに、王弟である公爵様との婚約も決まった。
立場も仕事も、まとめて守ってしまおうということだった。
…以前の婚約より明らかに家格が上だし、一介の騎士よりも随分偉くなってしまった。
「いや〜、スーザン嬢にちょうど婚約者がいなくてよかった!おかげで叔父上に、君のことを任せられる!」
「楽しそうですね、殿下…」
「ああ、実に愉快だよ。僕も立場がなかったら、君をお嫁さんにできたんだけどね」
「笑えない冗談は、おやめください」
「はははっ、すっかり言うようになったね!いいよ、今のスーザン嬢の方がはじめて会った時よりもずっといいよ!」
はじめて出会った時…、刺繍も否定され、婚約もなくなって、でも刺繍だけはずっと楽しくて。
エドモンド様には謝ってばかりだったけれど、王宮に出向くようになったあの日からはお礼を言う日が増えた。
お礼を言われる日は、もっと増えた。
私の刺繍、役に立ってよかったな。
「ところで、元婚約者くんからは何もないのかい?」
「…もう一度、婚約してくれと、手紙は届いたのですが」
「あらら、もう叔父上との婚約を発表しちゃったから、その願いも叶わないねぇ」
「はい…。その、公爵様直筆で『二度と送ってくるな』というお返事が行ってしまったので…」
私が気まずそうに言うと、殿下は破顔してから吹き出した。
「ぶはははっ、叔父上容赦な〜い!ていうか、余裕な〜い!」
「…あんな怖い顔の公爵様、はじめて見ました」
「それじゃあ、元婚約者くんも何も言えなくなっちゃったね!」
「…戻ってこいと書かれていましたが」
「フった婚約者に命まで助けてもらっておいて、随分不遜だね〜!」
「…ご実家から、私を手放したことで勘当寸前だそうで」
「ありゃま、大変だ」
殿下は、愉快そうに腹を抱えて笑った。
いつかのアザミのように、私も独立心のある、厳格な仕事人に、少しは近づけているかしら。
この特殊な刺繍の力が、いつまでも私の大事な人を守ってくれますように。
「さて、もう一仕事してこようかな」
「殿下、討伐に行くのなら、ハンカチはたくさん持っていってくださいね」
「わかっているって」
「ようやく最近、複数枚持てるようになったんですから!」
最初のうちは、ハンカチが喧嘩しあって1人1枚しか持てなかったのだが、色合いの似たものだと何枚持っても大丈夫になったのだ。
おかげで、部隊ごとに刺繍糸も色分けされるようになった。
毎日刺繍ばっかりで、楽しすぎる日々である。
「あの色分けは、すごい発見だったよね」
「もっとお役に立ちますから、待っていてくださいね!」
「これ以上、役に立つ気なのか!?」
「まだまだこれからですよ!」
私の言葉に、上司である殿下はやっぱり楽しげに声を上げて笑うのだった。
了
お読みくださりありがとうございます!! 毎日投稿82日目。
このあと本日21時頃に、はじめての短編以外を投稿予定です。
この作品とは全く異なるほのぼの恋愛ものになります、ぜひ遊びにいらしてくださると嬉しいです〜!




