第九話 メンヘラ忍者登場
朝起きると、真也はまず月狼を起こしに行く。
彼は大抵、眠っている。
起きている時でも、布団の上でぼんやりと固まっている。
「朝だぞ。朝食が出来ているから、食べに行こう」
「毎日マメじゃのう」
ヤマコは感心したように言うが、真也を手伝う気はなさそうだった。
真也は一人で月狼を抱えあげて起こした。
「ほら、行くぞ」
「声をかけても無駄じゃぞ」
ヤマコは無駄だと言うが、真也はそうは思わない。
彼に声をかけるのは、真也にとって、もはや癖みたいなものだった。
三人が朝食を食べ終わると、宵時が屋敷へやってきた。
「どうしました?」
「非番だから様子を見に来た」
真也は宵時にお茶を差し出す。
お茶を一口飲むと、宵時はチラリと月狼を見た。
「相変わらずか」
「はい。まだ薬が抜けてないみたいです」
宵時は苦々しく顔をしかめた。
「でも、不思議と禁断症状みたいなのは出ないんですよね」
「そのようだな」
真也は月狼を見つめる。
「彼のような被害者を出さないためにも、早く藍葉さんを捕まえないといけませんね」
「…………」
宵時は無言でお茶を飲み干した。
その顔は何かを迷っているようだった。
「お前は……」
「どうしました?」
宵時は軽く頭を振る。
「なんでもない」
「僕は帰る」
刀を持って立ち上がる。
「もう帰るんですか?」
「月狼の様子を見に来ただけだ」
それだけ言って、宵時は去っていった。
昼になると、真也は町の人々に聞き込みを始めた。
だが、やはり成果はなかった。
「やっぱり、難しいか」
「むむ〜。冷静すぎるぞ!もっと深刻に探せ!」
「ちょっと、疲れてきたな」
「無視するな〜!!」
いまいち真剣みに欠ける真也に、ヤマコは苛立ちを覚える。
しかし、少し考える素振りを見せると、ちらりと真也を見た。
「とりあえず甘味処に行くのじゃ!」
「疲れたときは甘いものがよいじゃろう?」
「それ、お前が食べたいだけだろ」
ヤマコはにやりと笑った。
どうやら、図星のようだ。
休憩するために真也たちは、甘味処へ向かうことにした。
町の通りを歩いていると、ヤマコが突然ぴたりと立ち止まった。
「どうした?」
「向こうから、男と女の言い争う声が聞こえるぞ」
耳を澄ますと、確かに騒がしい声が聞こえてくる。
「宵時さんとか呼ぶか?」
「なよっちい奴じゃのう」
ヤマコがジトっとした目で見てくる。
「お主が助けに行けばよかろう」
「いや、めんどくさい。それに俺は喧嘩とか、したことない」
言い訳を並べる真也を、ヤマコはじっと見つめた。
そして、深いため息をつく。
次の瞬間、真也の服を掴み、そのまま走り出した。
「おい……!」
「いいから助けに行くのじゃ!」
半ば引きずられるようにして走る真也。
しばらくして、騒ぎの場所にたどり着いた。
息を切らしながら前を見ると、少女が男にしがみつかれていた。
「白羽さんだ」
少女は真也のクラスメイト、白羽由美だった。
肩までの艶のある黒い髪。
夜空に浮かぶ星のような黄色い瞳。
いつも明るく優しい彼女は、可愛らしい顔を怒りに染めていた。
「もう、いい加減にしてよ!」
白羽は顔をしかめて怒鳴っている。
茶髪の黒い和服を着た男が、彼女の腰に泣きながらしがみついていた。
男は眼帯をしているが、よく見るとかなり綺麗な顔をしている。
普通にしていれば、女性が振り向くような顔立ちだ。
「待つでござる~!!拙者を捨てないでほしいでござる!!」
「だから捨てないって言ってるでしょうが!」
白羽は男の頭を軽く叩いた。
「ちょっと出かけるだけだって言ってるでしょ!」
「嘘でござろう!どこへ行くのか教えてくれるまで離さないでござる!」
眼帯の男が、小さな子供のように首を振った。
赤い紐で結ばれた長い茶髪が、首を振るたびに揺れている。
「あーもー!鬱陶しい!離してよ!」
白羽が男の腕を引き剥がそうとする。
だが、男の腕はぴくりとも動かない。
「って、力強すぎでしょ!」
泣きながらすがりつく男と、それを容赦なく叩く少女。
その歪な光景にヤマコは固まっていた。
「これは喧嘩なのか?」
ヤマコが首を傾げる。
「痴話喧嘩ってやつじゃね?」
真也は雑に返答した。
ふと、白羽がこちらを見て、目を丸くした。
「えっ?浜野くん?」
「浜野くん、だよね?」
「あ、うん。そう」
白羽の顔が、ぱっと明るくなった。
「やっぱり!浜野くんだ!」
「よかった……。私以外にも、この世界に来た人がいたんだ」
その様子を見て、男はさらに泣き出した。
「由美殿~!!やはり拙者を捨てる気でござるな!!」
「だから違うって言ってるでしょ!」
白羽は深いため息をついた。
ポケットからハンカチを取り出し、男に差し出す。
「ほら、ハンカチ。とりあえず涙を拭いて。捨てたりしないから」
「本当の本当に、捨てないでござるか?」
「うん。絶対にね」
男を立たせ、着物についた砂を払った。
「変なところを、見せちゃってごめんね」
白羽は困ったように、はにかむ。
「この人は太郎さん。私を拾って保護してくれてる人」
「拙者は太郎でござる」
背筋を伸ばした男は、かなり背が高かった。
黒い眼帯をつけた顔は、にっこりと微笑んでいる。
だが、その整った顔からは、冷たい空気を感じた。
「貴殿は何者でござるか?」
「俺は浜野真也です。白羽さんの……なんだろ」
真也が言葉につまる。
白羽はジトっとした目で太郎を見た。
「浜野くんは怪しい人じゃないから、威圧するのやめて」
太郎は真也に値踏みするような視線を向ける。
「ふむ……」
やがて小さく頷く。
「立ち話もなんでござる。拙者の屋敷に来るとよい」
「いや、結構です」
「なにを断っておるのじゃ!」
しまった、咄嗟に本音が。
「さっさと、行くぞ!」
ヤマコに引っ張られて、歩き出した真也。
結局、真也たちは、太郎の屋敷へ向かうことになった。
彼の家は、普通の家より一回り大きい屋敷だった。
和室へ通され、白羽がお茶を運んでくる。
「さっきから気になってたんだけど、その女の子は誰?」
「あー、まあ、色々とあって」
真也は、ヤマコのことや心宝石のことを話さなかった。
「白羽さんは、太郎さんと、どうやって知り合ったんだ?」
話を変えようと、真也が太郎の話題を振る。
白羽は視線を逸らして、少し考え込む。
「えーっとね」
苦笑いを浮かべ、眉を下げて困ったような顔になる。
「あ〜、ははは。まあ、なんというか。成り行きかな」
「道端で無法者に襲われていた由美殿を拾ったでござるよ」
太郎がさらりと答える。
「マジか、大変だったな」
「拙者が助ける間もなく、由美殿は無法者たちを倒してしまったでござる。実に見事な大立ち回りでござった」
太郎はその時のことを思い出しているのか、目を閉じて満足そうに頷きながら話を続けた。
「由美殿の強く凛々しい姿を見て拙者は感服したでござる。そして、行く宛てがないと言う由美殿に是非うちで過ごして欲しいと頼み込んだのだ」
「あの時は大変だったよ。道端で太郎さんが泣き出したから……」
真也は先程の光景を思い出した。
普通に考えて、初対面の、それも男の家には住みたくないよな。
よほど、泣き縋られたのか。
「結果的に太郎さんが良い人だったから良かったけど、迂闊だったよ。いきなり知らない人の家に行くなんて、危ないよね」
白羽は頬をかきながら、苦々しくため息をつく。
真也はお茶を飲みながら、白羽の豪胆さに感心した。
「さっきから気になっておるのじゃが、太郎のその変な口調はなんじゃ?」
先程まで無言で茶菓子を食べていたヤマコが、太郎の口調に突っ込む。
「お前も人の事、言えないだろ」
「うるさいっ!ワシのこれは威厳を出すためじゃ!」
「実は太郎さんの口調は私のせいなんだよね〜」
白羽が遠い目をすると、太郎は何故か嬉しそうに話す。
「うむ。由美殿に拙者が忍だと伝えたら、ござる口調ではないのかと言われたのだ」
「それ以来、このような話し方をしているのでござる」
太郎がさらりと告げた言葉に、真也は内心で静かに驚いた。
この人、忍者なんだ。
さらっと、とんでもないこと言ったな。
やっぱり変な人だ。
その後もしばらく談笑して、夕方頃になると家に帰ることになった。
「また、遊びに来てね!あっ、私がそっちに行ってもいいかな?」
「ああ、うん。俺もまだ話したいことあるし」
「ありがとう。浜野くんに会えて本当に良かった。正直、ずっと不安だったからさ」
しんみりとした様子の彼女に、僅かに罪悪感が芽生える。
だが、結局なにも伝えなかった。
「あー、大丈夫。また遊びに来るから」
「ふふっ、ありがとう」
白羽は嬉しそうに微笑む。
「由美殿……」
真也とのやり取りを見て、後ろにいた太郎が軽く白羽の着物の裾を引っ張る。
「あ〜、はいはい。捨てない、捨てないから」
しょんぼりとした、子犬のような目の太郎を、白羽は軽くあしらう。
「じゃあ、またね、浜野くん」
真也は白羽に手を振り返して、帰り道を歩いていくのだった。




