第五話 油断大敵
宵時と真也は、無言で組所の廊下を歩いている。
すると、前方から二人組が歩いてきた。
「おやおや〜。これはこれは、二番隊隊長の十夜くんではないですか?」
「チッ、面倒なやつに会った」
宵時が小声で呟く。
露骨に面倒くさそうな顔をしている。
現れたのは背の高い赤髪の青年と、小柄な茶髪の少年だった。
短い茶髪の少年が、宵時の顔を覗き込む。
「ん〜?今、舌打ちが聞こえたような?」
「まさか、義心組の期待の星である君が、そんなことをする訳ありませんよね〜?」
少年は小馬鹿にしたように笑っている。
年齢は真也と同じくらいに見える。
「ふんっ!ふんっ!」
長い赤髪の青年が、真也を見て何かを訴えかけている。
赤い髪を下の方でくくり、黒いマフラーを身につけている。
赤髪の青年を見つめながら、茶髪の少年はこくりこくりと頷く。
「そこの君、狼牙さんは君を応援しているそうです。光栄に思ってください」
「え、ああ、ありがとうございます」
少年の言葉に、赤髪の青年は満足げに頷いた。
宵時が僅かに目を見開く。
「月宮さんは、こいつを信じているんですか?」
月宮と呼ばれた赤髪の青年は、コクリと頷いた。
「正直、俺は蛇目団との関係を疑っていますがね。狼牙さんが信用しているのであれば、俺も一応は信じますよ」
茶髪の少年は青い瞳を細めて、真也を見る。
その目には警戒の色が、分かりやすく浮かんでいた。
「あの、誰ですか?」
「ああ、紹介が遅れましたね。こちらの麗しく、凛々しいお方は一番隊隊長の月宮狼牙さんです」
茶髪の少年は両手で、月宮と呼ばれた青年を指す。
月宮は首元の黒いマフラーを掴み、無言で床を見つめていた。
「そして、俺は一番隊副隊長の甘喰澪です」
甘喰は名乗り終わると、軽くお辞儀をした。
一番隊隊長という強そうな肩書きに興味が惹かれる。
真也は思わず、じっと月宮を観察する。
彼は居心地悪そうにモジモジと、自身の指をいじり始めた。
「君!あまり狼牙さんをジロジロと見ないでください!」
「狼牙さんは恥ずかしがり屋さんなのです!」
甘喰が噛み付くように、真也に注意する。
真也の視線から守るように、月宮の前に立った。
「月宮さんは、とても優秀で強い。しかも、他の義心組の隊員からの信頼も厚い人だ」
宵時の言葉に、甘喰が得意げな顔をする。
腰に手をあてて、自慢げに笑った。
「当然ですね」
月宮がくいっと甘喰の腕を引く。
「ふんっ、ふんっ」
「そうですね。分かりました」
甘喰が再び月宮の言葉になっていない鼻息に頷く。
ヤマコは唖然とした顔で二人を見る。
「変なやつらじゃのう。鼻息で会話が通じるのか」
甘喰が大きく目を見開いた。
「変?今、月宮さんを変だと言いましたか!?」
「今すぐ謝罪してください!!」
今にも飛びかかりそうな甘喰の腕を、月宮が掴む。
息を荒げて、顔をしかめる。
「すみません」
真也が謝罪すると、甘喰はゆっくりと息を吐き出す。
「ふーっ。まあいいでしょう。狼牙さんのお考えを汲み取れるのは、俺の専売特許ですから」
「ではお二方、俺たちはこれにて失礼させていただきます」
軽く頭を下げて、二人は去っていった。
「なんというか、個性的な人達でしたね」
「甘喰は気にするな。月宮さんは……色々あって喉が焼けていて、声が出ない」
宵時は小さくため息をついた。
少し、疲れているように見える。
「屋敷まで送ってやる」
真也は夕日に照らされながら、宵時と町を歩く。
宵時を横目に見るが、その顔からは何も読み取れない。
「………………」
二人は無言で歩き続ける。
「辛気臭いぞ!!なにか話すのじゃ!!」
ヤマコが真也の足をバシバシと叩いた。
「無茶ぶりするなよ」
真也は軽くため息をついた。
「お前は、姉上をどう思う」
宵時が温度のない、平坦な声で話しかけてきた。
「え?いや、まあ」
「美人だなーって思います」
「なんじゃ、その答えは」
ヤマコが呆れたような目で、真也を見る。
「ならば、月狼はどう思う」
「…………」
少し迷ってから答える。
「失昏薬を使っていると思います」
頭をかきながら、きっぱりと言った。
宵時は目を閉じる。
「お前も、そう思うのか……」
目を開いた宵時の顔は、苦しげだった。
二人は無言のまま歩き続けて、屋敷に到着する。
「明日は作戦会議をする。今日と同じ時間に、組所に来い」
それだけ言って、宵時は去っていった。
その背中を真也は見つめる。
「早く屋敷に入るぞ!」
「ああ、分かった」
屋敷に戻ると、水華が夕飯の用意を終わらせて、二人を待っていた。
三人で談笑しながら、食事をとった。
食後、水華がヤマコと真也にお茶を出した。
三人はくつろぎながら、穏やかな時間を過ごしている。
「ヤマコちゃんは、これが好きでしょう?」
水華が差し出した羊羹をヤマコは嬉しそうに食べる。
「よくそんなに食べられるな」
「おやつは別腹じゃ!」
ヤマコは、羊羹を口に入れる。
「ん〜、美味いのう」
ヤマコを横目に見ながら、真也はお茶をすする。
「月狼はね、捨て子だったの」
突然、水華が月狼の話をし始めた。
「あの子の右目が灰色なのは、石を投げつけられて、失明したから」
淡々と話す彼女に、不気味な違和感を感じる。
「あの子、お人形さんみたいに可愛らしいでしょう」
視界がゆらゆらと揺れ始める。
「当時、保護していた豹間さんに、無理を言ってね。どうにか、私の家に連れて来たの」
額を押さえて、頭痛に耐える。
「私はね、昔から少しでも気に入ったものは、絶対に離さないの」
脳が揺れるような感覚がした。
座っておられず、体が倒れそうになる。
畳に手をついた。
「あなたも可愛いわね」
「警戒心の強い子猫みたい」
畳の上に倒れる。
意識が少しずつ薄れていくのを感じた。
呼吸が荒くなっていく。
「でも、ちょっと詰めが甘いのね」
「ふふっ、そんな所も可愛いわ」
逃げ出そうと、畳の上を這う。
水華はゆっくりと近づき、真也を優しく抱きあげた。
腕の中に閉じ込めて、優しく頭を撫でる。
真也は、霞む視界の中で、ふとヤマコを見た。
彼女はぐったりと畳の上に倒れていた。
「ヤマコちゃんにも、薬が効いて良かった」




