第二十八話 敵は大物
宵時と真也、ヤマコは星光領を歩いていた。
「僕たちが住んでいるのは風水領。ここは、風水領に隣接する領地、星光領だ。星光領の上にあるのは雪霧領だ。その隣にも領地はあるが、知らなくていい。ここまでは分かったか?」
「はい、分かりました」
宵時は歩きながら、この世界の地理について話す。
「ややこしいのう」
「眠くなってきたわ」
ヤマコは欠伸をしながら歩く。
宵時は苛立たしげに言い放った。
「雪霧領の隣にある領地は特殊で危険だ。誤って立ち入れば、ただでは済まないぞ」
「うーむ。とりあえず、今歩いているのが星光領ということだけ、分かっておればよいじゃろう?」
「はぁ、もういい」
宵時が疲れたようにため息をつく。
「それで、今はどこに向かっているんですか?」
真也が宵時に質問する。
「この領地で一番の情報屋のところだ」
「闇雲に探しても、一生見つかるわけがないだろう」
しばらく歩いて、賑やかな場所から少し離れた、寂れた場所へたどり着く。
道端には痩せこけた人間が、老若男女問わず倒れている。
人々は皆、丸い小さな緑色の錠剤を持っていた。
「真也よ。あの錠剤から微かではあるが、心宝石の気配がするぞ」
「…………」
真也が考え込んでいると、宵時が門の前に立ち止まる。
ゴミが散乱し、汚れた服を着た人達が徘徊していた道とは真逆の、やけに綺麗な屋敷だ。
「いらっしゃいませ」
ヤマコくらいの身長の、幼い少女が門を開く。
「ここの主人はどこにいる?」
「ここだ」
玄関の扉の前に、男性用の和服を着た女性が立っている。
迫力のある美しい女性は、宵時に話しかける。
「義心組二番隊隊長、宵時十夜殿。今日はなんの用だ?」
「どうせ知っているのだろう。無駄話をする気はない。異世界から来たという者について教えろ」
女性が玄関の扉を開ける。
「中へ入りな、取引の話をしよう」
中へ入ると女性はすぐに本題に入った。
「さて、お前さんたちが知りたいのは蛇目団と取り引きをした、異世界の女のことだろう?」
「そうだ。半年前まで、失昏薬は大した薬ではなかった。それが突然、意識を混濁させるほどの強い薬に変わった」
宵時の声が低くなる。
「その異世界の女が何かしているのだろう?情報を教えろ」
「そうさなあ、値段はこの程度にしておくか」
女性が紙を机に置く。
真也はその紙を見て驚いた。
「高い……」
ゼロが何個あるんだこれ。
「失礼だな。これでも安くしておいた方だ」
「この領の状況を見ただろう。綺麗なのは上っ面だけ」
「この星光領は、根底から腐ってきている」
女性が頬杖をつく。
「私もこの領を救って欲しいのさ」
「まあ、値段は譲れないがな」
宵時がため息をついた。
「分かった。良いだろう」
「交渉成立だな」
女性がニヤリと笑う。
「この領の城、流星城。そこの城主様が二年前から、とある少女に惚れ込んでいるらしい。なんでも、その少女は異世界からきた娘で、妖術を使えるとか」
「城主様は噂を揉み消そうと必死だが、私の情報網を舐めてもらっては困るな」
女性の目が真剣な色に変わる。
「相手はこの領の領主様だ。十分に気をつけな」
女性の言葉に、宵時は拳を握りしめた。
宵時と真也は、情報を義心組の組所へ持ち帰る。
豹間は顎に手をあてて、険しい顔で話す。
「星光領の領主が相手か。相手にするには大物すぎるな」
「ここで動けば、政治問題に発展する可能性もある」
豹間の言葉に宵時が静かに問いかける。
「命光組に書状を送れませんか……?」
「難しいな。命光組が簡単に、少女の情報を話すとは思えない」
豹間の言葉に宵時が唇を噛む。
「この二年間ずっとこの事件を追ってきました。被害が大きくなった半年間は、特に力を入れて調査してきました」
宵時が俯く。
「今更、領主が相手だから引けと言うのですかっ?」
宵時の声が大きくなっていく。
顔を上げて、豹間の目を見つめる。
「我々は義を重んじる組織ではなかったのですか!!」
「領民を守るための義心組が、薬に苦しむ領民たちを見殺しにするのですか!!」
豹間は何も答えない。
宵時は立ち上がり、走り去った。
「…………」
真也と豹間の間に、沈黙が流れる。
「義心組は風水領を守るためにある」
「無論、領民も守るべき対象だ。だが、時には残酷な決断をくださなければならない時がある」
「十夜にも、いずれ分かる時が来るだろう」
真也は宵時について考える。
真面目で不器用。
短気で少し危うい所もある。
だが、知っている。
彼は、本当は誰よりも真っ直ぐで優しい少年だ。
「宵時さんは、大勢のために少数の人を切り捨てるような事は、絶対にしません」
「あの人は最後まで、全員を助けるために戦う」
「俺はそういう人だと思っています」
豹間は少し驚いたような顔をした。
そして、嬉しそうな、悲しそうな、複雑な笑みを浮かべる。
「そうだね。あの子はそういう子だ」
宵時を探しに行こうとした真也を、豹間は引き止める。
「これを、君に」
豹間が真也の手に何かを持たせる。
「これはっ」
「それがあれば、君は戦えるのだろう?」
真也は思わず言葉を失った。
手に乗せられたのは、赤い石、負の心宝石だった。
「あの坂下という少年が持っていたものだ。緑色の石、確か正の心宝石といったかな?あちらは証拠品として管理している」
「いいんですか?」
「もしもの時は、あの子を頼むよ」
真也は豹間の目をしっかりと見て頷いた。




