第二十四話 興奮の宝者
「君の能力が分かってきた」
真也が坂下に向かって歩き出す。
「君は、自分より上だと思っている相手を強化できるんだろ?」
「珍しいな。こういう能力って、普通は見下している相手を操るとかが多いのに」
真也の言葉に、坂下は頷いた。
「浜野くん、すごいね。正解だよ」
少し興奮したように、両手を叩いた。
「僕は興奮の心宝石を持っている」
「能力は、自分より格上だと思っている相手を強化すること。ただし、一度でも見下した相手には使えない」
顔につけた狼の面に触れる。
肩をすくめて、残念そうにため息をついた。
「ちょっと不便だよね。浅田くんの時は大変だったよ」
「僕は自分を洗脳して、必死に浅田くんを格上だと思い込んでたんだ」
倒れている浅田を見下ろす。
「なのに、あんなにあっさりやられちゃってさ」
坂下は再び真也に手を差し出す。
「ねえ、やっぱりこっちにおいでよ、浜野くん」
坂下が一歩踏み出す。
その瞬間、真也の視界が赤く染まった。
炎を纏った太郎が坂下に斬りかかった。
「人の心を弄ぶな」
太郎は怒りのこもった目で、坂下を睨む。
その目には、憎悪も宿っていた。
「栞も、浅田も。貴様にとってはただの捨て駒に過ぎぬのでござろう」
「真也殿も貴様の仲間になれば、いずれ使い捨てられる」
坂下に向けて、刀を向ける。
「そのようなことは、拙者が許さぬ」
無数の炎の刀が、坂下を取り囲む。
太郎が斬りかかると、炎の刀が一斉に坂下へ降り注いだ。
「へえ、そんなことも出来るんだ」
坂下は軽やかに跳び、炎の刀を避ける。
そこへ、真也の矢が襲いかかる。
「確かにこれは厄介だ……」
坂下は緑色の針を投げ、炎の刀と真也の矢を弾き返す。
「あ〜!もう駄目だ!そろそろ限界っ」
突如、坂下が頭を抱えて蹲る。
その異様な雰囲気に、太郎と真也の動きが止まる。
「あは、あはは!あはははっ!」
「僕の脳力を見破ったり、異能力を使ってきたり……」
坂下が狼の面を外し、顔を上げる。
「君たち、最高すぎるよ」
頬を赤らめ、緑色の瞳を楽しげに細める。
その笑みは狂気を孕んでいた。
その興奮しきった顔に、真也はぶるりと体を震わせる。
気づくと、無意識に腕をさすっていた。
坂下はゆっくりと立ち上がる。
「では、改めて」
「心宝石を使う者。『興奮の宝者』坂下侑真」
「欲望のために、君たちを殺す者だ」
緑色の針を投げつけ、不敵に笑う。
「さあ、存分に殺し合おうか」
坂下が両手から針を出し、空へ投げる。
すると、空中で針の数が増えていった。
針の雨が真也と太郎に降り注ぐ。
この数は防ぎきれない!
真也が弓を構えると、太郎が庇うように真也の前に立つ。
太郎が刀を振ると、炎の壁ができた。
針は壁に触れると、熱で溶けていく。
「へぇ、攻撃にも防御にも使える。おまけに傷も治せてしまう」
「便利だね」
坂下は橋の手すりの上に座って、ニマニマと楽しげに笑っている。
太郎が声をひそめて真也に話しかける。
「真也殿、拙者に策がある」
真也は太郎の話に頷く。
「分かりました。任せてください」
真也が坂下から逃げるように、走り出す。
「次は何かな?」
坂下は橋から飛び降り、その背を追う。
太郎が刀を振ると、坂下を囲うように赤い柱が四本、立った。
「獄刀炎、第二技、赤牢」
坂下が逃げ出そうとした瞬間、柱たちから炎がでた。
まるで、檻のように坂下を囲っている。
上を見上げると、天井のように炎の蓋がされていた。
「これは……」
「熱いっ!」
坂下が壁に近づくと、炎が体に触れる。
その時、無数の矢が炎の壁を超えて、坂下を狙う。
「狙う必要はない。数がお前の体を貫いていく」
真也が空へ弓を構える。
力いっぱい限界まで弦を引く。
放つ。
真也の矢を、針で弾き返していく坂下。
だが、迫り来る炎の壁と無数の矢たちに、坂下は次第に息が切れていく。
「ははっ、面白い」
危機的な状況に坂下はますます興奮していく。
矢が肩を、腕を、足を貫く。
「っ……」
炎の壁が迫り来る。
「綺麗……」
坂下は、思わず呟いた。
その顔には、狂気と恍惚が入り混じっていた。
炎の壁が消えると、地面に倒れる坂下が見えた。
所々服は焦げており、息は荒い。
しかし、少しずつ坂下の体が治ってきていることに、太郎は気づく。
太郎がとどめを刺すために、歩き出す。
「待てっ!」
宵時が大声で太郎を止めた。
太郎に走り寄る。
「この男の身柄は義心組が預かる」
「どういうことでござるか?」
太郎が眉をひそめて、宵時に問いかける。
宵時が突然、声を張り上げた。
「義心組二番隊、総員突入せよ!!」
宵時の声が辺りに響くと、揃いの獅子のバッジをつけた黒い和服の男たちが現れる。
そのうちの一人、黒髪の真面目そうな青年が宵時に近づく。
「隊長、この男はどうなさいますか?」
青年が太郎に視線を向ける。
「放っておけ」
「かこしまりました」
真也は男たちに囲まれながら、戸惑う。
橋から飛び降りると、宵時の元へ向かった。
「宵時さん、これは一体……」
「後日、話す。今日は帰れ」
真也が太郎の方を向くと、彼は刀を鞘に戻していた。
「ここは引こう」
「だが、話は必ず聞かせてもらう」
太郎は白羽の元へ向かった。
「無事でござるか?」
「まあ、なんとかね……」
白羽は浅田の死体に目を向けて、複雑な表情を見せる。
その目には、少し罪悪感が浮かんでいる。
太郎が軽く頭を撫でた。
白羽に優しげな微笑みを向けている。
「わっ、ちょっと……」
白羽は不満げな声を出しつつも、少し嬉しそうだった。
「ひとまず、地上に戻るでござる」
太郎は白羽が元気を取り戻したことを確認すると、地上へ向かって歩き出した。
その後ろを、真也と白羽は着いていく。
地上へ出ると、名城が黒い和服の男の首を締め上げていた。
周りには、同じ服の男たちが何人も倒れている。
「綾彦、離してやれ」
「こいつらは何だ、太郎」
名城が男の首から手を離すと、男はドサリと地面に倒れた。
「色々と事情があるようでござる」
太郎は倒れる男たちを冷静に観察する。
「殺してはいないようでござるな」
「綾彦よ、今日は引くでござる」
名城は顔を険しくしつつも、頷いた。
四人が名城の屋敷へ戻ると、泉が玄関で待っていた。
「おかえりなさいませ」
「雀和の容態は?」
「一命は取り留めました。じきに意識も戻るでしょう」
名城の問いに、泉は静かに答えた。
「良かった〜。雀和さん、無事だったんですね」
「はい、皆様もご無事で何よりでございます」
白羽が安堵の息をつく。
「泉さんは味方だったんですね」
「先の一件は、誠に申し訳ありませんでした」
真也の言葉に、泉が丁寧に頭を下げる。
「あ、いや、大丈夫です」
泉は顔をあげると、四人を部屋へ案内した。
「真也殿は、宵時殿の行動を何か知っておらぬか?」
「いえ、心当たりがないです。すみません」
太郎が真也に話しかける。
真也は必死に考えるが、心当たりが全くなかった。
安道さんの屋敷に潜入する前に、何か目的があると言ってたのは覚えている。
だけど、それしか情報はない。
今は宵時さんが話してくれるのを待つしかないか。
「宵時くんは、きっと何か事情があるんだと思う。ずっと私達に協力してくれてたし、もう少し様子を見ようよ」
白羽は浅田を倒した時の宵時を思い出す。
彼女は宵時を信じることにした。
「そうでござるな。拙者も彼を非難するつもりはござらぬ」
太郎が頷くと、名城が重々しく口を開く。
「分かった。雀和には俺が話をしよう」
「だが、事情が分かったら直ぐに連絡してくれ」
了承してくれた名城に、太郎は真剣な顔で頷いた。




