第十三話 作戦会議は踊る
「率直に言うと、今の拙者たちでは安道には勝てぬ」
「敵の数はどのくらいですか?」
真也の問いに、太郎は重々しく告げる。
「安道と安道についている蒼炎派の忍がおよそ百名ほどでござる」
「百人も!?」
白羽が驚きの声をあげる。
「今の安道はもはや人ではない。俺と太郎の二人がかりでも倒せるか分からん」
「勝ち目の薄い戦いに参加する忍はいない。俺たちについてくる奴はいないだろうな」
名城が腕を組みながら言った。
さらっと言ってるけど、それやばくね?
真也は内心で冷や汗をかいていた。
「忍は情では動かぬものでござる。無感情に、無慈悲に……そういう風になるように育てられておる」
太郎が静かな声で告げた。
悲しみを宿した黒い瞳が、静かに下を向いた。
「綾彦が例外なのでござるよ」
その声は重く、切なさを帯びていた。
「それで、どうやってその安道派の忍者たちを倒すの?」
白羽が尋ねると、太郎はゆっくりと答えた。
「まずは心宝石とやらを見つける必要がある。そのために、由美殿と真也殿には、安道の屋敷へ潜入してもらうでござる」
「…………」
真也は考えた。
屋敷に潜入か。
忍者として潜入するのはまず無理。
となると、
「潜入任務か〜。でも、どうやって潜入するの?」
白羽が若干ワクワクしたように聞くと、太郎はにこやかに言った。
「女中として潜入してもらいたい。由美殿は変装を、真也殿には女装をしてもらうでござる」
やっぱりな。
「変装は忍の得意分野でござる。他人を変装させるのも簡単なのでござるよ」
太郎の言葉に真也は遠い目をする。
女装か。
ちょっと嫌だな。
「そんな急に屋敷に潜入できるものなの?」
「安心するでござる。心強い味方がいるでござるよ」
そう言って、太郎は未だに項垂れている雀和へ視線を向けた。
「綾彦、頼む」
「分かった」
名城は立ち上がり、床に崩れ落ちている雀和の元へ歩いていく。
そして、小さく蹲る雀和の前にかがんだ。
そっと肩に手を置くと、優しく話しかける。
「雀和、頼みがある。お前にしか頼めないことだ」
「名城様……」
今にも泣きそうな顔で、雀和が名城を見上げる。
「雀和。お前は優秀な忍びだ。俺の頼みが聞けるな?」
「名城様っ!」
名城が目を見開く、その瞳に輝きが戻っていく。
「お前が必要なんだ」
「名城様っ!!」
名城の言葉に雀和は勢いよく立ち上がった。
「この雀和鳴介、名城様のご命令とあらば、全力で遂行いたします!!」
名城は満足そうに頷いた。
「これで安道の屋敷に潜入できるでござるな」
「なるほどな。里長の名城さんの力で屋敷に入れてもらって、蒼炎派の雀和さんに屋敷での調査を手伝ってもらうのか」
真也が感心したように呟いた。
それにしても、やってることが若干えげつない気がする。
「屋敷ではくれぐれも無理はしないように。何かあれば直ぐに鳴介を頼るでござる」
「分かってる。絶対に心宝石の情報を入手するからね!」
由美は力強く胸を叩いた。
穏やかに微笑んでいた太郎だったが、ふと表情を引き締めた。
名城も姿勢を正す。
「里長様、不審な者を捕らえました」
部屋の外から声が響く。
「入れ」
名城が短く答える。
布面をつけた忍が連れてきたのは、縄で縛られて口布を付けられた一人の少年だった。
真也は目を見開いた。
見覚えのある顔。
少年は、宵時十夜だった。
「この者はいかが致しましょうか」
「こちらで処分する。下がれ」
名城の命令で、忍は静かに去っていった。
襖が閉まると同時に、真也は宵時に近づく。
「宵時さん、どうしてここにいるんですか?」
口布を外すと、宵時は苛立たしげに顔をしかめた。
「ふんっ。答えるつもりはない」
「ふむ、知り合いでござるか」
太郎が口元に手を当てる。
「ちょうどいい。彼にも潜入してもらおう」
「は?何の話だ?」
宵時は意味が分からないという顔で、太郎を見る。
「いや、流石にそれは無理があるのでは?」
宵時さんの性格的に無理だろ。
女装とかさせたら、絶対にキレると思う。
真也の言葉に、太郎がニコリと笑みを見せる。
「そこの少年は、それなりの実力がある様子。頼れる仲間は多い方が良いでござるよ」
「おい、だから何の話だ」
宵時が苛立った声を出す。
警戒した様子で、太郎と真也を見る。
すると、白羽がにこにこと笑いながら、話に加わった。
「顔も綺麗だし、女装にも向いてそうね」
「は?女装?」
宵時の表情が凍りつく。
信じられないといった様子だ。
「では、作戦会議は以上でござる」
混乱する宵時を置き去りにして、作戦会議は終了した。
各々に部屋が割り振られ、解散することになった。
「白羽殿、少しいいか」
白羽に声をかけたのは、名城だった。
「あ、はい」
白羽が一瞬だけ、不安そうに真也を見た。
まあ、この人、見た目は怖いしな。
「俺もついて行っていいですか?」
「ああ、構わん」
真也の言葉に名城は頷く。
廊下を歩き、真也たちは屋敷の一室に入った。
「話したいのは、太郎のことだ」
「太郎さんのこと、ですか?」
名城は昔を思い出すように、語り始める。
俯いた際に黒い髪が肩から滑り落ちていく。
「抜け忍になる前の太郎は、いつも心を殺していた。里の長として、任務のためならば、自らの心と他人の心を簡単に殺した」
「俺はあいつが、ずっと恐ろしかった」
名城の言葉に白羽は膝の上の拳をギュッと握りしめる。
彼女は悔しげに、顔を歪ませた。
「太郎さんは……確かに、最初に会った時は怖かったです。でも、人を傷つけて何も思わないような悪人ではないと思います」
白羽は真っ直ぐに名城を見つめた。
その瞳には、太郎への揺るぎない信頼が宿っていた。
「俺も、そう思います。怖いと思う時もありましたけど、性根は優しいんだと思います」
真也は太郎を思い出す。
あの人は俺が白羽さんと会う時は、いつも彼女を守る位置に立っていた。
それに太郎さんが白羽さんを見る目は、まるで幼い妹を見るような、優しい目だった。
名城はふっと笑う。
「そうか。俺は、面と向かって言葉を交わすまでは、奴を冷酷で恐ろしいやつだと思っていたよ」
後悔が滲む声で呟く。
そして、白羽の方を向くと、切なげな顔を見せた。
「白羽殿は……心が綺麗な人だな」
名城は姿勢を正し、白羽に頭を下げた。
「白羽殿、感謝する」
「えっ!何してるんですか」
白羽は困惑し、あわてふためく。
「あいつがなぜ抜け忍になったのか、なぜあのように心を殺していたのかは分からない」
「だが、あいつが人の心を取り戻せたのは、あなたのお陰だ。それだけは分かる」
名城は顔を上げて、白羽の顔を見つめる。
真剣な光を宿した青い瞳が、白羽を見ていた。
「だから、感謝する」
白羽は困ったように微笑んだ。
「私はまだ、太郎さんのことをよく知らないです。あの人の過去も、あの人が背負っているものも、何も知らない」
「でも今、少しでも太郎さんが楽になれているなら、あのとき出会えて良かったなって思います」
名城が優しく微笑む。
どこか嬉しそうな顔だった。
「太郎と出会ったのが、あなたで良かった」
「これからも、よろしく頼む」




