第十一話 白羽さんの過去
その後、三日も経たないうちに、真也たちは再び白羽の屋敷を訪れることになった。
屋敷の廊下を歩き、案内された部屋へ入る。
そして、真也は思わず足を止めた。
「なんじゃ、これは……」
「なんだこれ……」
ヤマコと真也の言葉が重なる。
部屋の中央に、縄でぐるぐる巻きにされた青年が転がっていた。
この前の青年、確か、雀和さんだったか。
なんだ、この状況。
雀和は鋭い目でこちらを睨んでいる。
その背中の上に、太郎がどっかりと座っていた。
「この人が雀和さんだよな?」
「そうだよ」
白羽がにこやかに答える。
「ホムラの里の忍者」
その言葉を聞いた瞬間、縄で縛られていた雀和が暴れ出した。
「おいっ!夕生!縄を解け!」
「拙者は夕生などという名ではござらぬよ」
太郎は落ち着いた声で答える。
「うるさい!いいから縄をほどけ!上から降りろ~!」
雀和は必死に体をよじらせる。
だが、どれだけ暴れても太郎は微動だにしない。
まるで岩でも乗っているかのようだった。
「んふふ、面白いことになっておるな〜」
ヤマコは口に手を当てて、ニヤニヤと笑っている。
こいつ、この状況でよくそんな楽しそうに出来るな。
真也はヤマコの図太さに呆れた。
「こやつはよく拙者を襲撃してくる阿呆でござる」
太郎は腕を組んで、平然と話す。
「弱いので、こうしてすぐに捕まるのでござるよ」
「俺は弱くない!!」
雀和が怒鳴った。
その瞬間、空気が変わる。
凄まじい殺気が溢れ出した。
気絶しそうなほどの圧だ。
真也の足が震える。
思わず、ぐらりとよろめいた、
なんだこれ……。
怖っ。
忍者ってやっぱり強いんだな。
真也は恐怖を感じていたが、反対に太郎はまったく動じていなかった。
まるで春の昼下がりのように、涼しい顔をしている。
「太郎さーん」
白羽が苦い顔で呼びかける。
「そろそろ退いてあげてください」
「由美殿の頼みとあらば、仕方ないでござるな」
太郎はゆっくりと立ち上がった。
解放された雀和はすぐに体を起こす。
胸元に垂れ下がっていた三つ編みを、首を振って背中へ振り払う。
長い金髪がふわりと舞った。
見下すような目で、太郎を睨みつける。
「ふん……」
「歴代最強の忍、宝村夕生がそのような、弱い女に使われているとはな」
吐き捨てるように言う。
「…………」
真也は思わず太郎を見た。
この人、そんなに強い人だったのか。
ただ者ではないと思っていたが……。
太郎から笑みが消えている。
いつもの穏やかな表情は消え、無表情で鳴介を見つめている。
その目は氷のように冷たく、ほの暗い闇を感じさせた。
重い沈黙が流れる。
「えーっと!」
その空気を壊したのは白羽だった。
わざと明るい声を出す。
「雀和さん。ホムラの里に行きたいんですけど、連れて行ってもらえませんか?」
雀和は一瞬だけ唖然とする。
そして、すぐに鼻で笑った。
「誰が貴様の言うことなど聞くものか……と言いたいところだが」
雀和はニヤリと笑う。
「夕生をホムラの里へ連れていくというなら、構わん」
「え?」
「その場合、夕生は抜け忍として処刑されるがな」
その言葉に、白羽は固まった。
だが、太郎はあっさりと答える。
「拙者は構わぬぞ」
「えっ!?」
白羽は慌てて太郎に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと待ってよ!太郎さん、処刑されるのよ!どういうつもりなの!?」
太郎は腕を組んで、ふっと笑みを浮かべる。
「拙者に、良い策があるのでござるよ」
「良い策?」
不安そうに聞き返すと、太郎は穏やかに微笑みを向ける。
「拙者に任せるでござる」
「あとは全て拙者が解決してみせよう。由美殿たちは待っていてくだされ」
その言葉に、白羽の表情が一変した。
「はあ?何言ってるの?」
怒りを隠さず太郎に詰め寄る。
「あなた、処刑されるかもしれないのよ!放っておけるわけないじゃない!!」
「由美殿」
太郎は静かな声で白羽をたしなめる。
「ここから先は危険でござる。巻き込むわけにはいかぬ」
「舐めないで!!私だって戦える。あなたも知ってるでしょ!」
一見すると、ただ怒っているように見える。
だが真也には、彼女が焦っているように見えた。
「白羽さん。太郎さんの言う通りだ。俺たちみたいな一般人じゃ、忍者には勝てない。」
「うるさい!!」
白羽が叫んだ。
その目は何かに怯えている。
「私は……私はもう二度と……」
言葉を途中で止めると、そのまま走り去ってしまった。
「白羽さん……」
「追いかけなくてもよいのか?」
真也は少し迷ったが、追いかけた。
「人間は面倒くさいのう……」
ヤマコは呆れたように言い放つ。
その声は、悲哀が滲んでいるようにも聞こえた。
真也が白羽を見つけたとき、彼女は河川敷に座っていた。
「白羽さん……」
「浜野くん」
白羽は静かに振り返る。
「さっきはごめんね。感情的になっちゃって」
そして、ゆっくりと話し始めた。
「私のお父さんね、警官だったの」
「でもある日、強盗を捕まえようとして……殺されちゃったんだ」
真也は黙って、彼女の話に耳を傾ける。
「お母さんは小さい頃に亡くなったから、私の家族はお父さんだけだった」
「護身術を教えてくれたのもお父さん」
白羽は遠くを見つめていた。
その目は寂しそうな色をしている。
「私、お父さんのことが本当に大好きだった」
「太郎さんの私を見る目、お父さんと少し似てるんだ」
白羽は真也の方へ顔を向ける。
少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
「優しくて、あったかい目」
彼女は小さく笑う。
真也は自分の父親を思い浮かべた。
「私はもう、大切な人を失いたくない。だから、太郎さんについて行く」
真也は白羽の言葉に胸が締め付けられた。
「俺もついて行く。大事な人を守りたいって気持ちは分かるから」
白羽が驚いたようにこちらを見る。
「太郎さんのところに戻ろう。二人で説得すれば、聞いてくれるかも」
「うん。ありがとう、浜野くん」
二人は歩きながら、屋敷へ向かう。
「白羽さんは、なんでそんなに太郎さんを信頼してるんだ?」
「出会ってから、一ヶ月も経ってないだろ?」
真也の言葉に白羽は首を傾げる。
「え?もう、三ヶ月は経ってるよ?」
「…………」
白羽が嘘をついているようには見えなかった。
おかしい。
別々の場所に飛ばされたことが、何か関係あるのか?
真也はそのまま、黙りこむ。
白羽は不思議に思ったが、何も聞かずに隣を歩く。
そして、二人は太郎の屋敷へ戻った。
部屋に入ると、太郎は床に転がる雀和の隣で、お茶を飲んでいた。
「太郎さん!」
「私たちも連れて行って!」
白羽が叫ぶ。
「お願いします」
真也も頭を下げた。
太郎は二人をしばらく見つめる。
「構わぬよ」
「「えっ!?」」
二人は同時に声を上げた。
「由美殿の決意は硬そうでござる」
混乱する二人を横目に、太郎は静かに部屋を出て行った。
廊下を歩きながら、ぽつりと呟く。
「大切な人を失うのは……辛いものでござる」
その言葉を聞いた者はいなかった。




