泣き虫で欲しがりな妹に私の婚約者が全くなびかないのですが。
私の母は幼い頃に病で亡くなった。
それからすぐに父は別の母子を自身の妻子として家に招き入れた。
母とは政略結婚した父は本当に愛している女性を後妻に娶ったようだが、時期からしてもきっと、母の生前からの浮気相手だったのだろう。
以降、私は父から家族として見られる事が無くなった。
幸い、義母や義妹がやって来る前にルベルティ公爵家の嫡男であるエヴァルドとの婚約が決まっていた事もあり、巷で人気のロマンス小説に出て来る、冷遇されるヒロインのような虐げられ方をされた訳ではなかった。
屋根裏部屋に押しやられる訳でも、痩せ細る程に食事を制限される訳でもない。
ただ食事は毎日自室でとるようになり、家族団らんとは程遠い生活を常に送っていた。
私としても、父や義家族達と仲良くなれる気はしなかったので、最低限の関わり以外はいないものとして扱われている方が気が楽だった。
けれど……。
「お義姉様だけずるいわ」
義妹のスザンナが言う。
廊下ですれ違う時。
家庭教師の授業を受けている時。
共に夜会へ出る時。
私と顔を合わせる度に、彼女はこの言葉を必ず使った。
それを聞いた父と義母が私に言う。
「スザンナに譲りなさい」
この家で、私に選択肢はない。
母が選んでくれたドレスや形見だったアクセサリーも、お気に入りだった本も、エヴァルドからの贈り物も全て、彼女に掻っ攫われていった。
我が家には定期的にエヴァルドがやって来る。
五歳から続く付き合いももう十年が経ったというのに、彼は一度も我が家への訪問を欠かすことはなかった。
今日は晴れているから外でお茶を、と私達は揃って庭園のガゼボで過ごす事になった。
エヴァルドはお茶を飲みながら私を見て、髪と同じ銀色の睫毛を伏せる。
「君は本当に着飾らないな」
その言葉の意味を私は理解している。
最近、私は彼から髪飾りを貰った。
エヴァルドの瞳と同じ青色の宝石があしらわれたそれは、貰ったその日に侍女の告げ口で見つかってしまい、スザンナに取り上げられてしまった。
「ごめんなさい」
「気にするな。私が勝手に渡しているだけなのだから」
好みでないものを無理に付ける必要もあるまいと涼しい顔で言うエヴァルド。
彼は本当に気にしていないのだろう。
けれど私の胸は酷く傷んだ。
――違うの。
本当は貴方がくれる贈り物の全てが嬉しいの。
貴方が選んでくれた物でお洒落をして、貴方に似合っているって褒めてもらいたいの。
そんな言葉が喉まで出かかっては呑み込む。
唇を強く噛んで、滲む涙を堪えた。
「……ロレッタ」
エヴァルドが私を呼ぶ。
「もし、何か悩んでいる事があるなら――」
その時だった。
「エヴァルド!」
黄色い声と共に、スザンナが走り寄って来る。
彼女は私に目もくれず、笑顔でエヴァルドに手を伸ばす。
しかしエヴァルドはそれを半身で避けた。
「婚約者を持つ異性に触れるのはご法度だと、学ばなかったのか。スザンナ嬢」
「ふふっ、ごめんなさーい! エヴァルドが綺麗でつい見惚れてしまって」
エヴァルドは思っている事が顔に出にくい性格だ。
彼は普段と変わらない表情と口調で淡々とスザンナの相手をした。
「私は貴女に名を呼ぶ許可は出していないが」
「でも、お義姉様が良いのなら、私もいいでしょう?」
スザンナのこの自信は、長年両親に甘やかされ、何でも許されてきたが故のものだった。
尤も弱者である私が許されるのならば、自分も当然許されるだろうという価値観が彼女の中で確立されているのだ。
「ねぇ、エヴァルド。このあと暇? だったら私と一緒に――」
妙な胸騒ぎを覚えながら二人の会話を見守っていると、エヴァルドは長い溜息と共に席を離れる。
それから私の前までやって来ると手を差し出した。
「ロレッタ、行こう」
「え……一体どちらへ?」
「どこでもいい。落ち着ける場所なら」
「ちょ、ちょっと、エヴァルド!」
自分を引き留める声にエヴァルドは振り返る。
パッと見は普段と変わらない表情。
けれどその瞳に冷たさが宿っている事に私は気付いた。
「余計な来客のせいで茶が不味くなってしまったからな」
「な……っ」
スザンナが顔を赤くし、震え上がり、私を鋭く睨んでいた。
一方のエヴァルドはそれから目を逸らし、私を連れてその場を離れるのだった。
私達は庭の大樹の下に腰を下ろす。
エヴァルドは何故か私の膝に頭を預ける形で仰向けになっていた。
「あ、あの、エヴァルド」
「何だ」
「何故私の膝に?」
「君を近くに感じられるだろう。それに」
エヴァルドが私の頬に触れる。
大きな手が私の顔を優しく撫でた。
「俯きがちの君の顔が良く見えるからな」
「そ……っ」
恥ずかしくなってしまった私は慌てて顔を逸らす。
すると僅かに怪訝そうな色を孕んだ声が下から聞こえた。
「おい。何故顔を逸らす」
「ご、ごめんなさい、その……恥ずかしくて」
「私の話を聞いていたのか? これでは意味がないだろう」
「ごめんなさい、少しそっとしておいて」
「頷けるか、そんな言葉」
「ひゃっ」
エヴァルドが突然体を起こし、顔を近づける。
それに驚いた私はうっかり体勢を崩してしまい……今度は私が芝生の上に仰向けになってしまった。
逃がさないと言わんばかりに顔の傍に両手が付けられる。
囲い込むようにして私の顔を覗き込むエヴァルドは、そこで漸く満足そうに笑みを浮かべた。
「観念したか」
「……もう」
彼は自分の顔が如何に美しいのかを分かっているのだろうか。
そう心の中で呟きながらも、私は小さく吹き出した。
くすくすと小さな笑い声が二つ重なる。
「……ロレッタ」
エヴァルドは私の額に口づけを落としてから、再び頬に触れる。
彼は未だ優しい微笑みを浮かべているが、一方で憂いるような影が見えたような気がした。
「先程の続きだが。何か困っている事はないか?」
私は言葉に詰まる。
過るのは父や義母、そしてスザンナの姿。
ここで彼に家の実状を告げればきっと彼は怒りを顕わにし、家族に忠告をしてくれるだろう。
けれど、きっと義家族達は彼がいない場所で告げ口をした私を詰るし、きっとただでは済まない。
……理屈ではなく感情と衝動で動く人たちだから。
そして私の身に何かがあればきっと、エヴァルドは悲しむし自分を責めるだろうと思った。
そんな彼の姿は見たくない。
……彼に迷惑もかけたくはない。
私を気に掛けてくれるエヴァルドの優しさに目頭が熱くなるのを感じながら、私はゆっくり首を横に振った。
「……いいえ、何もないわ」
「ロレッタ……」
何かに勘付かれたのだろうか。
内心でそう焦りながらも私は微笑みを浮かび続ける。
エヴァルドは私の頬や髪を暫く撫でてから溜息を吐いた。
「……わかった、君がそう言うのであれば。けれど約束してくれ」
真剣な眼差しが私だけを真っ直ぐと見つめている。
「どれだけ些細な事でもいい。君が苦しむような事があれば、必ず私を呼んでくれ。そうでなければ私は……君の傍から離れられなくなるからな」
「……はい」
大袈裟な物言いだけれど、彼の気遣いや愛情が嬉しい。
私は笑みを深めて頷くのだった。
「酷いわ、お義姉様、エヴァルドに私の悪口を言っているに決まってる!」
その日の晩、スザンナは大粒の涙を溢れさせてそう言った。
エヴァルドが自分に向ける態度が信じられなかったのだろう。
涙は彼女の十八番。これを見せて声を上げれば私が何かを言い返す暇もなく父と義母が激昂するのだ。
「何だと! 公爵家に対し、我が家の心象を下げるつもりか! この出来損ないが!」
父は激昂し、私を打った。
「ああ、可哀想なスザンナ。ねぇ貴方。コレには仕置きが必要でしょう?」
私の事をアレコレと呼ぶ義母はそう提案し、私は数日間食事抜きで閉じ込められた。
***
私とエヴァルド、そしてスザンナは王立魔法学園へ通っている。
スザンナはエヴァルドを見つける度に愛嬌を振りまいてアプローチをしようとした。
けれどその度にエヴァルドはスザンナを冷たくあしらうか、特に機嫌が悪い時はあからさまな気付かないフリをする事もあった。
そんな事が続けば、スザンナに対する周囲の評価も変わって来る。
スザンナは姉の婚約者を奪おうとしている、卑しい女だという噂が流れ始めていた。
ある日の事。
エヴァルドは教室が違う私の元まで訪れ、他の生徒達の前で堂々と指輪を差し出した。
「誕生日おめでとう、ロレッタ」
そこで私は漸く、今日が自分の生まれた日だという事を思い出す。
もう何年も繰り返されている。
家では息を潜める事に必死だったし、エヴァルド本人もプレゼントを用意する素振り一つ見せないから、私には誕生日を意識する機会が毎度訪れないのだ。
「あ、ありがとう……」
「君は着飾らないからな。派手なものよりこのくらいのものの方が良いと思ったんだ」
彼が用意した指輪は光を反射して虹色の輝きに代わる銀の指輪だ。
エヴァルドはそれを私の右手の薬指に嵌めた。
「こちらの分は、いずれ改めて贈ることになるだろうからな」
彼はそう言って私の左手に触れた。
嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。
誰よりも昔から、毎年誕生日を祝ってくれるのは彼だけ。
生まれて来てくれてありがとうと、そう言って貰えている気がしてとても嬉しかった。
「ずるいわ、お義姉様」
――けれど。
その晩、私は父達に呼び出された先でスザンナにそう言われる。
指輪も奪われるのだろうか、と私は思う。
けれどこの日はそれでは済まなかった。
「私の方がずっとずっと、エヴァルドを愛しているのに!」
「――な」
「お義姉様はエヴァルドを騙して、悪い噂を沢山流して、私を貶めようとしてるじゃない! そんな風に騙されるエヴァルドが可哀想だわ!」
「何を言っているの!?」
嫌な予感がして、私は珍しく声を上げた。
するとスザンナがびくりと肩を震わせて泣き始める。
「お、お義姉様、怖いわ……っ、真実を突き付けられたからって……!」
「ロレッタ! 身の程を弁えろ!」
父が怒鳴る。
「ルベルティ公爵家の者を欺くだと……? よもやそんな恐ろしいことを考えるとは! これが明らかとなれば我が家の信頼が失墜するではないか!」
「こんな女に公爵家の嫁入りなんて務まるものですか! 今すぐに婚約を取り消すべきだわ!」
義母がヒステリックに叫ぶ。
「エヴァルド殿だって、スザンナの事を知ればお前よりこの子を選んでくれるに決まっている。今すぐに婚約者を変更しよう」
「ま、待ってくださ」
「それがいいわ! さっさとルベルティ公爵家の承諾を頂きましょう」
「ありがとう、お父様、お母様! 私もエヴァルドを説得してみせるわ」
「ッ、お待ちください! そんな勝手な事……ッ、第一、エヴァルドや彼のご両親がいない場でこんな」
「でもぉ、結局エヴァルドが私の方が好きって言ってくれれば何も問題はないでしょう?」
エヴァルドに限ってそんなことはあり得ない。わかっている。
けれど、例え彼が拒絶しようとも何とか出来るという狂気染みた空気を、私はスザンナから感じた。
「い、嫌です! 私は――」
「いつまでも子供のように! 煩いぞ!」
大きな音と共に頬を殴られる。
けれど抵抗はやめなかった。
激しい言い合いをして、時々殴られて、部屋に閉じ込められるまで私は足掻いた。
「ああ、そうだ。この指輪もくれるわよね、お義姉様。だってこんな素敵なものをもらうなんて――ずるいもの」
父に引きずられて部屋に突き飛ばされ、それについて来たスザンナは目敏く部屋の隅にあった指輪を見つけた。
彼女は私の同意なくそれを奪い、父と共に去っていく。
閉じ込められた私は静かに涙を流すしかなかった。
翌日。ドレッサーの前に立った私は腫れた頬を撫でて溜息を吐いた。
昨晩のスザンナの様子に妙な胸騒ぎを覚える。
けれどこんなボロボロな姿では、例え閉じ込められていなかったとしても学園へは行けなかっただろう。
時刻は既に朝の授業が始まった頃。
私は何も起きない事を願って大人しくしているしかないと考えた。
……しかし。
「なぁ、今日のスザンナ様、一層綺麗じゃなかったか?」
部屋の外――恐らくは父が用意した見張りだろう――の声が聞こえる。
「ああ。俺もそう思って声を掛けたら得意げに香水の瓶を見せてくれたよ。何でも惚れ薬だってさ」
「惚れ薬かぁ。なら仕方ないな~なんつってな」
「ハハハ! スザンナ様も冗談がお上手だよなぁ」
――惚れ薬。
その言葉を聞いた私は血の気が引いていくのを感じる。
それは一昔前に実在した、周囲の者の好意を自身に集める薬。
他者の感情を操るという点に於いて倫理的問題が問われた事、またこれを悪用する犯罪者が増えた事から流通も製造も全面的に禁止とされ、現在では製造者や使用者は厳格に裁かれる事となっている。
……しかし、社会の裏では未だに高値で売られているとか。
勿論、入手の難易度は高く、また莫大な金銭が必要となるとされているが……スザンナの場合、入手ルートさえ掴めれば金銭はどうとでもなるだろう。
父も義母も、彼女にはいくらでも貢ぐだろうから。
私はこの惚れ薬の話が、ただの冗談や嘘には聞こえなかった。
昨日感じたスザンナの狂気的な一面――それが私の本能に訴えかける。
彼女は本当に惚れ薬を手に入れたのだろう、と。
見張りの発言から鑑みるに、きっと彼らは既に惚れ薬を身に纏ったスザンナと出会い、薬の影響を受けている。
だから彼らは何も疑問に思わないのだろう。
同様の事がきっと家中で――延いては、彼女が向かった学園内でも起きているはずだ。
彼女が惚れ薬を使った理由……それを私は知っている。
「ッ、エヴァルド……!」
彼のあの優しい微笑みが私ではなくスザンナに向けられる姿。
そんな姿が過った瞬間、私は弾かれたように立ち上がる。
――嫌だ。
そう思った。
物を奪われる事も酷く悲しかったけれど、私は堪えることが出来た。
母の形見を失った時でさえそうだった。
何故なら――最も大切で、愛する人が傍に居続けてくれたから。
スザンナも、父も義母もエヴァルドを譲れと言う。
けれどそれだけは……どうしたって出来ないのだと私の心が叫んでいた。
「……こんな事になるなら、もっと早く動いておけばよかった」
きっとスザンナはもう学園にいる。休憩時間にでもエヴァルドと接触をするはずだ。
もっと早く動いていれば……エヴァルドに相談できていれば、スザンナが惚れ薬を使う前に何か対策が出来ていただろうか。
そんな考えが過る中、私は窓を開け放つ。
後悔から涙が溢れるが、だからと言って足を止めている暇はない。
少しでもスザンナを止められる可能性があるのなら、動かなければと思った。
――エヴァルドを諦めたくはなかったから。
私は窓から外へ飛び出し、馬車に乗る。
御者は驚き、まず父達に出発の許可を得ようとしたが、私は魔法で彼を脅して無理矢理馬車を走らせた。
自分にこんな行動力があった事に、この時初めて気付いた。
やがて私は学園へ辿り着く。廊下には多くの生徒が行き交っていたので、今は丁度休憩時間なのだろうと察することが出来た。
廊下を走る私を見てすれ違う人々はギョッとする。
私の髪はボロボロで、服は乱れていて、おまけに怪我だらけ。
そんな状態で必死に走る女子生徒がいれば、驚くのは当然だった。
廊下を走っていた私はふと、窓の外……中庭に立つエヴァルドと彼へ近づくスザンナの姿を見つける。
「……ッ」
スザンナとすれ違った者達の様子は明らかにおかしい。
皆頬を染めてぼうっとした様子でスザンナを見ている。
やはり彼女は惚れ薬を使っているのだろう。
私はすぐさま中庭へと向かった。
――お願い、間に合って。
そう願いながら辿り着いた先――
「エヴァルド!」
――甘い香りがした。
私の目の前ではエヴァルドと腕を組むスザンナの姿がある。
私は呆然と立ち尽くす。
私は、間に合わなかったのだ。
「ねぇ、エヴァルド。私ね、昨日家族で相談したの。エヴァルドには私の方がふさわしいんじゃないかって」
エヴァルドは驚いたようにスザンナを見ている。
しかしその青い瞳は彼女の話の途中に――私へ向けられた。
彼が双眸を見開く。
そして次の瞬間。
エヴァルドはスザンナの腕を掴んで捻り上げると、その場に組み伏した。
「へ……ッ、へ!?」
困惑の声を上げるスザンナへ、低く冷たい声が向けられる。
「ロレッタに何をした」
「何、って、一体……いたいいたいいたい!!」
泣きながら悲鳴を上げるスザンナ。
彼女はエヴァルドの方を向こうと顔を上げ――そこで漸く、スザンナは私の存在に気付いた。
「な……お、おねえさま……ッ、どうして……!」
「私が先に聞いている。何故彼女はあんなにも傷だらけなんだ」
「し、しらな――キャァァッ」
スザンナがしらを切ろうとした瞬間、彼女は突如悲鳴を上げる。
エヴァルドが何かをしたわけではない。
彼女は泣きながら言った。
「ゆ、指、ゆびがっ」
指、そう聞こえた私はスザンナの手を見る。
――彼女は、昨日私から奪った指輪を付けていた。
「ああ、すまない。それは付けた者が嘘を吐く度に圧縮する指輪だ。人情深く義理堅いロレッタが何度贈り物を与えても身に着けようとしないから、もしやと思ってな……まさか本当にこんな事になろうとは」
エヴァルドはスザンナを睨みつける。
「いいか、言葉は良く選ぶ事だ。でなければ……貴女の指は千切れてしまうだろうからな」
「ひ、ヒィ……ッ」
「言え。何故彼女が怪我をしているのかを」
その後。
スザンナは泣きじゃくりながら家での私の立場について、そして自分や両親が行ったことについて赤裸々に語った。
エヴァルドが問い詰める過程で、スザンナは惚れ薬についても自白した。
香水をつけ続ける限り効果は持続するが、香りが消えた上である程度時間が経てば効果が切れるという話に従い、エヴァルドは研究棟に保管された強烈な臭いを伴う薬物(その他に実害はない)を頭から彼女に掛けた。
お陰で惚れ薬による影響も解け、生徒達は正気を取り戻した。
それからエヴァルドは一台の馬車にスザンナだけを乗せ、もう一台に私と共に乗って我が家まで直行する。
そして悪臭漂わせる愛娘を父と義母の前に突き出した上で事の顛末を説明、更に彼は……
「ロレッタと今すぐに婚姻を結ばせろ。でなければ貴様らの愛娘は指を一本失うことになる」
と脅し、私との婚姻に関する契約書をぶんどった。
更にスザンナが白状した、これまで私から奪ったものを回収してから、彼女の指輪を外してさっさとその場を立ち去ろうとする。
……私の手を握って。
「ロレッタはこれよりルベルティ公爵家の者とする。以降彼女に狼藉を働いた場合、我が家を敵に回したものとして判断する……まあ、尤も」
冷たく光る瞳が、父と義家族を射抜いた。
「――今後、貴様らの家と命が残っているかは、定かではないがな」
虐待に、惚れ薬の入手と使用――それに伴って学園の生徒を大勢巻き込み、公爵家嫡男のエヴァルドを洗脳しようとした罪。
我が家の罪は既に、あまりにも大きく積み重なっていた。
スザンナはきっと極刑を免れないし、父と義母もまた、彼女の犯罪に加担したと見られるだろう。
例え死刑を免れても家は潰れ、路頭に迷う事になるはずだ。
そして、残念ながら地位も金も失った貴族が生きられるほどこの世界は甘くない。
己の未来を悟ってか、震えるスザンナと父、義母。
エヴァルドは三人を放って、私の腕を引く。
私は彼の後に続き――公爵家の馬車に乗って、生家を後にしたのだった。
***
エヴァルドが独断で進めてしまった婚姻だというのに、ルベルティ公爵夫妻は私を温かく迎えてくれた。
ただ、スザンナに被せた薬品が残っていた為に……主に彼女を連行していたエヴァルドの服に臭いが付いていて、公爵夫妻は彼に臭いだの近づかないでだの文句を零し、入浴を促した。
その後夕食の場で改めて事情を説明し、公爵夫妻からの承諾も得られたことで晴れて私はルベルティ公爵家の者となった。
そして、その晩。
同じ寝室をというエヴァルドの希望から、私達は急ごしらえの寝室を使うことになった。
先に寝支度を済ませ、ベッドに腰を下ろした私は、部屋の隅で自身の腕の臭いを嗅いでいるエヴァルドを見て吹き出してしまう。
「もう大丈夫だと言っているのに」
「いや、こういうのは自分ではわからないものだというし、それに……」
青い瞳が不服そうに細められる。
そこに浮かぶのは疑念だ。
「――君は、嘘を吐くからな」
「……う」
彼が何を言いたいのかは理解している。
家の事を話さなかった事、何もないと偽った事。
エヴァルドはそれを気にしているのだ。
「……ごめんなさい」
私が申し訳なさから項垂れると、エヴァルドはやれやれと肩を竦めて苦笑する。
それから私の前までやって来て……とん、と優しく肩を押した。
「君は約束を破った。そしてあの時、私はこう言ったはずだ。そうでなければ私は……」
不意を衝かれた私はそのままベッドへ倒れ込む。
気付いた時には、目と鼻の先にエヴァルドの顔があった。
「――『君の傍から離れられなくなるからな』、と」
耳元にエヴァルドの顔が寄せられ、心地良い低さの声が響く。
彼の息遣いがくすぐったくて、身じろぎをすればくつくつと喉の奥で笑う気配がある。
それからエヴァルドは不敵な笑みを私に向けながら頬を……それから私の唇を指でなぞる。
「約束通り、私は君の傍に居続けるし――君を離すつもりもない。覚悟してくれよ」
妖しく細められる瞳に呑まれそうになる。
心臓が飛び出てしまいそうな程に鼓動が跳ね、顔は熱を帯びる。
私は緊張から唾を呑み、それから……小さく頷いた。
エヴァルドが満足そうに笑みを深める。
それから彼は顔を寄せ――私たちは深い口づけに溺れた。
深く長いキスが何度も繰り返されていく内、私は嫌でもわからされる。
エヴァルドの抱く愛が、想像以上に大きいものであった事を。
アプローチにも、涙にも――そして惚れ薬を使われてすらスザンナになびかなかった彼の事だ。
きっとこの先、私はこの溢れんばかりの愛から逃げる事など出来ないのだろう。
……勿論、逃げるつもりもないのだけれど。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、またご縁がありましたらどこかで!




