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記憶の外部ストレージ

作者: ぽてとりお
掲載日:2025/12/31

 カナは、重度の「顔覚えの悪さ」をテクノロジーで克服していた。  愛用のスマートグラス『アイ・メモリー』。彼女が街で誰かに視線を固定し、フレームを軽くタップすれば、AIが過去の記録を照合して教えてくれる。 「三週間前、駅前のカフェで会った、仕事仲間の佐藤さんです」  記録容量を節約するため、記録は数秒おきのタイムラプス。それでもカナには十分だった。世界はタグ付けされ、整理され、安全な場所になったはずだった。


 あの日、雨の降る夜道で。  背後に衝撃を感じたとき、最初は「ぶつかった」のだと思った。だが、熱い感覚が脇腹から広がり、カナは崩れ落ちた。  覆面の男が、震える手でカナの顔からスマートグラスを剥ぎ取ろうとする。カナは死に物狂いでデバイスを死守し、人差し指が反射的に――いつもの癖で、フレームのセンサーを叩いた。


 視界の端、ARディスプレイに、男の顔を囲むバウンディングボックスが真っ赤に染まって表示された。  同時に、ログが猛烈な勢いで流れ出す。


【照合完了:タグ『不明な人物A』】 【過去の接触:1,248回】 【会話履歴:なし】


 カナは、血の気が引くのを感じた。刺された痛みよりも、その数字の異常さに。  AIが、男の顔が写り込んだ過去のタイムラプス画像を高速で呼び出し、網膜に投射する。


 一ヶ月前。通勤電車、カナの背後の窓に映る男。  二週間前。お気に入りのパン屋、隣の棚でトングを持つ男。  三日前。自宅の窓の向かい側、電柱の陰に立つ男。


 会話は一度もない。だが、彼はカナの日常のあらゆるコマに、幽霊のように「記録」されていた。  カナが「今日もいい天気だな」と空を見上げたその瞬間の、視界の端に。


「あ……」  男がグラスをもぎ取った。カナの視界からARの補助線が消え、ただの暗い雨の夜が残った。  男の本当の顔すら、もうカナには思い出せなかった。

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