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幼馴染とウサギちゃん

「あなた…『進化』、していますわ」


「へっ ?」


薄暗い部屋の中で二人の人間の声が聞こえた。


何に使うのか全くわからない機器の数々、SF映画に出てきそうなガラスの培養カプセルのようなものがやけに目立つ部屋の中。


応接用の黒い4つの一人座りの小さなソファが4つ、机を挟むように二つずつ並んでいた。


その2つのソファの左側に二人の人物が向き合うように座っている。


一人は女性であり、青みがかった黒い真っ直ぐな長髪、整った顔立ちに細い切れ目とそれに合わせたような細いフレームの無い知的な眼鏡、口元を覆い隠すような大きな白いマスク。


女性としては長身なほうで、水色の清楚感のあるカッターシャツに黒いネクタイ、短い黒いスカートを穿いていて、上から大きなまっ白い白衣を覆うように羽織っている女性だ。


年の頃は20歳後半から30辺りといったところであろうか。


もう一人は男性である。


耳のあたりまで切りそろえられた長すぎないほどのごく普通の長さの黒い髪に少しだけ幼く見える顔つき、銀縁の真面目さを漂わせるような眼鏡。


中肉中背というにふさわしいがどこか線の細そうな体つきをしている。


深い紺色のスーツに白いカッターシャツ、首元には茶色のネクタイを締めているいでたちの真面目そうであるがどこか線の細そうな雰囲気の男性だ。


年齢は20歳前半から後半に見受けられる。


「えーっと、つまり…どういうことなんですか ?」


男性の方がよくわからないといった様子の不安そうな声を出す、ごく普通の成人男性の声、特徴の無い声である。


「あなたはいつの間にか…自分の知らない間に新たな機能を得たってことね」


その男性の問いにどこか冷静さを感じさせる声で返す白衣の女性。



「『超人』、貴方のように人間ではあるのだけれど『進化』して新たな機能を得て、代償に何か失ったり何も失わなかったりした人たちを私はこう呼んでいるわ…」














先ほどの男性が地下に作られた階段を登っていた。



「『兎人間』ねぇ…」


男性が階段を登りながら呟く。


先ほどの医者が彼に下した診察結果が『兎人間』になったということらしい。



「まぁ、心当たりがないわけじゃないんだけど…」


彼は、いつの頃からかとても耳の聞こえが良かった、物凄く離れた場所や壁越しや障害物越しであっても耳を澄まし、集中すればある程度の声や物音を拾える特技があった。


さらに、彼は足の速さにも自信があったのだ。


学生時代はその足の速さを生かし、部活で活躍したこともあったしクラスの不良からのカツアゲから逃れられたりもできた。



彼が地下からの階段を登り切る、階段を抜けたちょうど真横に『霧崎クリニック』と青い文字で書かれたスタンド看板が立っていた。


彼は、仕事帰りに風邪気味であったため行きつけの病院に行こうと思ったが、定休日なのを忘れていたのであった。


他に候補になる病院も無く、仕方なく怪しげな上に初診であるがこの『霧崎クリニック』へ診察を受けることにしたがとんでもない事実を突きつけられたようだ。








黒金町の某アパートの一室、茶色のフローリングに清潔感のある白い壁紙、小奇麗な感じの部屋に先ほどの彼が小さなテーブルの前に座っていた。


彼の目の前には黒い小さなノートパソコンが置いてある、どうやら仕事の途中のようであったがどこか上の空だ。


部屋からは掛け時計のカチカチという秒針の進む音、時折鳴るばきりという家鳴りの音、ノートパソコンから発せられる微かな音以外は何も部屋から聞こえない。


先ほどの医者、霧崎李沙紀が言った『進化』と『超人』の話が頭から離れなかった。



「…あ」


しかし、突如別の重要事項が脳裏をかすめ思い出す。


「そういえば、明日転校生が来るんだったな…」



黒金第二高校。


そこが彼にとっての職場、彼は高校の教師であった。


初めて英語の教師として黒金第二高校へ迎え入れられはや数年、今ではクラスの担任もしているほどだ。


その彼の担当しているクラスへ転校生がくるというのだ。



「転校生…かぁ」


呟くように独り言を言う彼、いったいどんな人だろうとか早くクラスに馴染めるように自分が頑張らねば、などという考えがどんどんと頭の中に思い浮かぶ。



それに、教師になって始めての転校生である、期待と不安で胸の中が膨らんで行き、次第に医者の診察結果が薄れいていく。



彼はとまっていた仕事をする手を再び動かし始めた。












そして、次の日。


彼はいつもより早くに職員室へ来ていた、件の転入生と職員室で合流した後で少し話をしてから自分の受け持っているクラスの教室へと移動する予定なのだ。


転校生が来るまで職員室の自分の机に座り今日の準備をしていると職員室の戸が開く。



「失礼します、鵜野花うのはな先生は居られますか ?」


そして、少し愛らしさの含まれた女性の声が聞こえた。


眉の辺りで切りそろえられたように整った前髪に肩の辺りまで伸びた亜麻色の髪、頭の左上あたりで赤いビー玉のような装飾のついた髪留めで一つにしている、いわゆるサイドテールと呼ばれる髪型だろうか。


細い眉に少しだけ釣り目がちな茶色の瞳、すっとした小さな鼻ににこりとした口元、小さめの顔の輪郭のすこしだけあどけなさを残したような顔つきだ。


彼よりも頭一つほど小さい背の高さで女性的にめりはりのある体つきをこの学校の制服で包んでいる。


そんな女生徒が彼、鵜野花恭介うのはなきょうすけの名前を呼んだのだ。



「ああ、ここにいるよ」


そんな女生徒に恭介は答える、恭介の見たことの無い生徒であるからして、この可愛らしい女生徒が転校生なのだろう。


「君がうちのクラスの転校生…だね ?」


恭介が自分の机から立ち上がり彼女に近づく、内心緊張はしているもののできる限りにこやかな表情、優しい声色で問う。


「はい、転校生の秋山優衣あきやまゆいです、久しぶりだね恭介お兄ちゃんっ !」


「はい ?」


彼女、秋山優衣が嬉しそうに恭介を知っているような口調で話し始め、恭介がつい不思議そうな口調で問い返してしまう。


「あれ…もしかして、覚えてないのかな ?」


少し不安そうな表情で恭介を覗き込むように顔を近づける優衣、思わず少し後ずさる恭介。


「…えーっと」


思わず腕を組み、考え込んでしまう恭介、彼のほうは全く記憶に無いようだ。




「でもね、お兄ちゃんが覚えてるとか覚えてないとかはこの際どうでもいいんだぁ…」



「私はただ、恭介お兄ちゃんのお嫁さんになるだけだからっ !」



再びにこやかな顔に戻り、少しだけ顔を赤らめはっきりとした声で言う優衣。



職員室中の教師たちの視線がそこに立っている恭介と優衣へ集まる。


心なしか彼女の発言を聞いた瞬間に教師たちのの頭の上に一瞬だけ!マークが浮かんだ気がしないでもない。



驚愕し、開いた口が塞がらない恭介、体中をいやな汗が覆っているような気がしてならない。



「…っ、ちょっと来なさい !」



「えっ ?」



たまらずに優衣の手を引き職員室のドアから飛び出すように出て行く恭介であった。










ここは黒金第二高校の家庭科室準備室。


裁縫などの授業で使うミシンの予備や布やはさみ等が置かれた殺風景で少し狭い教室である。


そして、逃げ出した恭介とそれに引かれる優衣が逃げ込んだ教室がここである。


その部屋で二人は向き合うように立っていた。


「君は、俺の事を知っているようだけど…いったいどういうことなんだい ?」


ただでさえ疑問だらけの恭介だ、質問しなければ訳が解らない状況である。



「…本当に覚えていないみたいだね」


少し、顔を引き締めた優衣がどこか暗さを込めた声で言う。



「小さいころに隣に住んでいた女の子覚えてない ?」


そう恭介に問いかける優衣。


それを聞きはっとする恭介。



「もしかして、僕が小学生のときによく一緒に遊んであげた…確か体が弱い女の子が隣の家に住んでいた気が…」


何とか思い出した記憶を引き出すように、呟くように喋る恭介。



「…やっと…思い出してくれたんだね…」



搾り出すように嬉しさと安堵の混じった声を出す優衣。



「それで…なんでお嫁さん…」


そんな優衣へもう一つの質問をぶつける。



「お兄ちゃんは昔私と約束をしたんだよ…」


くるりと恭介へ背を向ける優衣、後ろで手を組んでいる。



「昔、お兄ちゃんは体が弱くて外に遊びに行けない私にさ、よく…動物図鑑を読んでくれたよね」


「…あぁ」



また思い出す恭介、彼は子供のころ動物の図鑑が好きだったのだ。





「特にお兄ちゃんが好きなページは、虎のページだった…」


ぽつぽつと語る優衣。


「そのときにお兄ちゃんは私と約束してくれた…」





「『優衣が大きくなって虎みたいに強くなったらお嫁さんにしてあげる』って…」



こちらに向き直りそう言い放つ優衣、目が少し据わっている。



得体の知れない迫力に何も言うことができない恭介。




「…私は強くなった」



いつの間にかリンゴを手に掴んでいる優衣。




「『虎』、みたいに…ね」





ぐしゃり






と、リンゴがダイナマイトで爆破されたように粉々に砕け散る、リンゴの破片と果汁が辺りに飛び散る。


優衣の手の平が握られている、おそらく握り潰したのだろう。


まるで花山薫だ。










一方そのころ、彼の担当している2年E組では。




「鵜野花先生おせぇなぁ…」


「どーしたんだろ、てか何か煙たくねぇか ?」


「心なしか香ばしい匂いもするし…」




「うおっ、この煙やべぇだろ !なんだよこれ !」


「いったい何の仕業なのだッ !」



「あれを見てッ !山音やまねさんが焼きうるめをライターの火であぶっているんだわッ !」



「ゴホッ !目にしみる…」


「前が見えんッ !」


「ゲホッ !ゲホッ !」


「まったくもって スモーキーって奴だぜ…」


「誰でもいいッ !早く奴を止めるんだぁーッ !」



こちらはこちらで大変だった。







先ほどのリンゴの惨劇を見た恭介は口をぽかりと開けて驚いていた。



「…私、お兄ちゃんが引っ越しちゃうときにこういったんだぁ」




「『私、絶対虎さんみたいに強くなって、お兄ちゃんを迎えに行くから』って」



恭介へ顔を近づけ、にこりとした表情で言う優衣。



「迎えに来たよ、恭介お兄ちゃんっ」


にこやかな顔で言い切る優衣、表情とは相反し物凄い迫力を感じる。



「…でね、後はここにお兄ちゃんが名前とか色々書けばいいだけなの」


少し大きさを抑えた猫なで声で優衣がそういいつつ、一枚の紙を取り出した。




婚姻届。



恭介が実物を見るのは初めてだが、おそらくこれがそうなのであろう紙だ。


すでに優衣の書くべきところは埋められている。



「ぼ、僕と君は教師と生徒…なんだぞ、無理に決まって、るじゃないか」


後ろに後ずさりながらおびえた表情と声で、恐る恐る優衣に告げる恭介。






「ふーん…」


顔を伏せながら婚姻届を握り締めつつ感情のこもらない小声で言う優衣。



「そっかぁ…そーだね…じゃあ仕方ないよね…」


顔を伏せている為表情が解らないが、その迫力だけはひしひしと伝わってくる。




「仕方ないから…」








「…ちょっと力ずくでいっちゃおうかな」





そして、能面のような無表情で恭介を見据えそう言う優衣であった。

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