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甲太郎歩く、そして頼み込む

 小さな建築物が真っ直ぐに所狭しと並び、壁と通路を作り出している。


通路の左右を塞ぐその仕切りに使われている建築物、それらの殆どが店で構成されていた。


肉屋に八百屋などの時代を感じさせる店舗からハンバーガーやドーナツなどジャンクフードを扱っている目新しい食品関係の店舗、床屋に電気屋、ペットショップに金物屋と数々の面積の小さな店の建築物が寄り添うように並んでいる。


かすれた赤茶で染め上げられた正方形の石のタイルが敷き詰められ、通路の地面を成している。


密集した建造物に民家と思わしき物は一つも見当たらない店の群集。


この小さな店の密集地帯、時は2110年の日本の某県の北寄りに点在する黒金くろがね町、その町に在る唯一の商店街であった。


空は濃かったり薄かったりと不安定な濃度の灰色の実体の無い厚い層の霧状、深い曇天の空模様であり、遥か上空から地上を見下ろしていたであろう太陽もその向こうへと隠されてしまっている。


隠れている太陽の為か、時間帯は曖昧に成りがちであるが、丁度昼の過ぎた頃、季節は夏に差し掛かりそうな時期であり、太陽こそ遮られて入るがその季節に相応しい湿気の混じった蒸し暑い空気が町全体を流れている。


そんな空気に包まれた商店街、この商店街の人の集まるピークである夕刻には及ばないがそれなりに人の集まる場所となっていた。


買い物に来た来客に店の前を掃除する店員や鮨屋と思わしき店の前では若い男性が桶と柄杓を持ち打ち水をしていたりと老若男女の各々が違う行動を取り、その商店街に生活感と活気を生み出している。


そんな場所の通路のド真ん中と言える位置取りで一人の背の高い青年がゆっくりと闊歩している。


ぼさぼさと太さも長さもばらばらな真っ黒な髪の毛が束になりあちらこちらへ飛沫しぶきが飛ぶように跳ねた髪型、額を隠し、彼の細めの眉の見える程の隙間を作り出している前髪に後ろ首を覆う長めの後ろ毛、こちらも毛先が四方八方に飛び跳ねている。


ほんの少し落ちた瞼、中の黒い瞳は爛々と輝いてどこか意志の強さを感じ取れる。


ほんの少しだけ長めの輪郭にすらりとした顎、特に変わった形のしていない鼻に静かに閉じられた口、顔に表情は無く、ただ視線をまっすぐに伸ばしている。


上半身を覆いつくすように羽織られた厚手の真っ黒な上着、いわゆる学生と呼ばれる年齢の青年達が羽織っている学ランと呼ばれる上着である。


中々にしなやかさのある筋肉質な体つきに高い背丈の体格に上着に合わせられた同じ真っ黒な色合いのくるぶしの辺りまでの丈の薄手のズボン、履きつぶされる寸前に近いほど長期に渡って使用されたことが一目瞭然なスニーカー、といった格好をしている。


更に黒い上着を留めるボタンは全て外され、胸元の肌色に腹部にきつく巻かれた真新しい包帯がその隙間からちらりと見える、それらを見ての通りに青年は学ランの上着の下には何も着ていない。


そんな彼がゆっくりと歩くたびに、商店街に先に点在していた殆どの人々の視線が彼に向いていく。


普段通りの時間帯であれば学校に居るであろう時間帯に学生服の青年、それも上着の下には何も着ていない格好、これらの要素が言わば『撒き餌』の役割を果たし、それに集まる小鳥のように視線を彼へと集めているのである。


青年は特に気にかける様子も無く、一定の歩調で通路の中心を進んでいる、目線は一直線、足の向かう先も同等に前方を向いている、ゆっくりでは有るが何か決意に駆り立てられているような気迫を漂わせている。


元より商店街に居た人々はその気迫に満ちた雰囲気に圧されているためか、向けた視線を直ぐに彼から外している。


数々の視線を受けた学ランの青年、加賀見甲太郎かがみこうたろうが相変わらずの様子でその視線に目もくれず商店街を闊歩している。




死に至るほどの深手を負い、命からがらにも生き延び、霧崎クリニックで治療を受けていた甲太郎、死の淵から目覚めた彼は霧崎クリニックのあるじである霧崎李沙紀きりさきりさきと何故かその場所に居た過去の敵であり現クラスメイトのくれない 真白ましろを交えてある話をしていた。


甲太郎に起こった出来事、その場所に呼び出され、集まった彼の過去の親友達との会話、そして、その親友達が目指す『超人』達が統治する世界を作る為の世直しの話。


その話が気に食わず、超人の機能を使い、自らの拳に電流を流す彼の十八番で先手を取ろうとするも隠れていた仲間の一人に不意打ちを喰らい致命傷を受けてしまったこと。


その友人達が更に自身を強化し、その目的を確固たるものにするためのとある『石』を手に入れようとしていること。


これらが霧崎クリニックで彼が語った話の全貌である。


甲太郎の話の中に出てきたその『石』こそが彼と親友との埋められない程に差の開いた戦力差の要になっている。


その『石』は特殊なウィルスに感染し、人類の範疇はんちゅうを超えた新しい特殊機能を得た人間、『超人』に作用する物であった。


体内にその『石』を取り込んだ『超人』の身体能力や特殊機能を大幅に強化し、感情や思考に大きな影響を与える代物である。


甲太郎の親友たちは既にその石の一部である『欠片』を体内に取り込んでいたのだ。


普通の人間がウィルスに感染され『超人』として『進化』する、その更に先の『進化』を遂げていたのだ。


更に『欠片』を取り込めば次の『進化』が起こり、更なる強化をも可能にしてしまう。


その『石』を手に入れ、募った同胞たちや自分自身を強化し、『超人』の軍団を作り上げての世直し、これが甲太郎の親友達の狙いである。


彼らがその『石』を手に入れる前に何としてでも阻止する、その決意を固め、傷が完治しないままに霧崎クリニックを後にしたのである。


そして、彼は今この商店街を強い歩調で歩いている。


更なる『進化』を遂げた『超人』との戦力の差、それを埋める為の『アテ』が彼にはあった。


一体、何処まで敵の戦闘能力まで歩み寄れるのか、本当に戦力の差を埋めることが可能であるのか、それすらも解らないほど不確定な『アテ』である。


そんな針の先で突いた穴ような物ではあるが、彼にとっての唯一のチャンスであることに変わりは無いのである。


それを掴み取る為に彼の足は商店街の通路を真っ直ぐに歩み、ある場所へと進路を進めていた。


商店街を突き進んでいた甲太郎、突然にその足がふと止まり、首だけを左へ向ける。


決意の固まった表情の向いた先は商店街の古臭い店同士に作られた少し大きめの隙間である。


隙間、というよりも狭い通路と呼んだほうが相応しいのかもしれない人一人がぎりぎり肩を窄めずに通ることのできそうな一本道、ひび割れた鈍色のコンクリートで作られた両壁、窓のように張り付き、煙を噴出して稼動している正方形の換気口、所々に砂利に似た小石や得体の知れないゴミが散らばったアスファルトの地面の通り道である。


何か余程の事でも無い限り通り抜けようとは思われないであろう薄暗く薄汚い道、通路の向こう側では光の柱のような開けた場所へ繋がる出口が薄い明りを放ちながら口を開いている。


「ここだな」


 ぽつり低い声で呟く甲太郎、余程の事もある甲太郎は迷わずにそちらの方向へ体を向けると躊躇いも無く足を踏み出した。


こつこつとした靴音と共に甲太郎の体が裏道の通路へ差し掛かる、薄暗い外光に照らされた彼の体に更に濃い影が差し、薄闇に包み込まれた。




埃やカビの気配に深い雲が差した外界よりも深い湿気の裏路地、だが彼は表情一つ変わらずにゆっくりと進んでいく。


靴底で地面に散らばった得体の知れないゴミを踏み潰し、換気扇からの煙を浴びつつも彼の進む道は変わらずに真っ直ぐ、路地の終わりへ向けられている。


彼の全身に再び湿気った薄暗い光が差し、衣服や顔つき、髪の毛の一本に至るまで把握が可能なほどの光が舞い戻る。


薄汚れた裏路地を抜け切ったのだ。


薄闇を超えた甲太郎が辿り着いた場所は四方を雑居ビルの壁で包囲され、偶然形成されたかのようないびつな空間、ビルの影に覆われている為に昼間にもかかわらず気味の悪い薄暗さに包まれている。


先程の裏路地から明かりを感じ取れることの出来る明るさとはいえ空の曇りと合わさり、表通りでは感じ取れない涼しさの混じった薄暗さが辺りを支配している。



少しだけ広けた地へ到達した甲太郎の眼前、その広場ともいえる空間の中心に陣取った大きな物体が彼の前方に現れる。


木製の長方形の積み木を寝かせたかのような簡素な不思議と真新しい大き目の小屋が彼の眼前に現れた物の正体である。


『中華料理 新次元』と真っ黒な達筆で書かれた力強い鉄看板が木の板で組まれたその小屋の額に数少ない、と言うよりも唯一の特徴として掲げられていた。


甲太郎の足が再びすかさず動きを見せる。


まるで意図的に人を拒むかのような場所に建築された小屋、看板から察するに大衆向けに作られた中華料理店である事の解るその建築物、その場所へ吸い寄せられるように甲太郎は歩いていく。


裏路地の地面とは違い、どこかの学校の校庭に敷き詰められたさらりとした砂の地面と同じそれを踏み締めて早々と進んで行き、中華料理店『超次元』の木枠のガラスの大きな引き戸へ手を掛けると力を込めてその戸を横へ除けた。


がらがらとガラスの揺れる音と共に戸は摩擦を生じさせながらもゆっくりと建築物の内装を映し出していく。



「へい !らっしゃーせぇ !」


 息の詰まりそうな程に覇気の感じる歓迎の声が引き戸を全て開けた甲太郎へ放射された。


薄いネズミ色の土壁に手入れの行き届いた銀色の厨房、そして小豆色のカウンターの向こう側に仁王立ちしている紺色の作務衣に真っ白なエプロンのがたいの良い中年男性が一人、恐らくはこの店の店主なのであろう。


「お一人様で ?」


 後ろ首で纏められた黒い髪に額を露出させた店主がごつごつとした顔に笑顔を作り甲太郎へ問いかける。


甲太郎はその店主の言葉に対して何も言わず、ゆっくりと近づいていく。


「ここの店にじいさんが一人居るでしょう ?」


 店主の腹から下を隠したカウンターへ近づき、すかさずに的はずれな返答をする甲太郎、その言葉に店主も眉を潜めて不思議そうな表情になってしまう。


「彼に合わせて欲しいのです」


 店主の反応にも構わず真剣な表情と声で甲太郎が身を乗り出しながら店主へ訴えかける。


 そんな甲太郎の少し身じろぎしつつ頬を人差し指で掻き始める店主。


「えぇと、老人て言いましても……」


 目線を左へ泳がせつつ、店主が濁った声色で言葉を絞り出していく。


「痩せてて、髭の長い、こう……ザ・キング・オブ・ファイターズの鎮元斎ちんげんさいの髪の毛を無くした感じの人なんですっ !」


 甲太郎が店主の顔をじっと凝視しつつ、しどろもどろになりながらも力強くその人物像を伝えていく。


「ああ」


 ぱっと店主の困惑した表情は消え、彼のデフォルトであろう怖面の顔へと戻り、全てを理解した反応を短い声で表現する。


「そりゃうちの親父ですわ」


 

次に店主は甲太郎の言葉へ短く返答する。


「親父さんは今どこに ?」

 

店主の言葉に間髪入れずに甲太郎が質問を投げかける、感情を押し殺した声に口早な口調、店主に密着しそうなほどに距離を詰めながらの問いかけである。


「どこに……っても、お客さんうちの親父なんかに一体」


 店主は甲太郎から視線を逸らし、彼の癖である頬を掻く動作をしつつ、困惑した表情と口調で独り言のように言葉を連ねている。


「急ぎの、とても重要な用事なんです」


 そんな彼に対し、更に身を乗り出し店主の眼前へ自分の顔を位置取り、目に力を込め、奥歯を噛み締めている事がわかる歪みのある一文字に閉じられた口の気迫のこめられた表情で訴えかける甲太郎。


 その声は唸るように低く、力強く、真っ直ぐに店主へ突きつけられている。


 店主が気圧されたのか二、三歩後ずさる。


「親父でしたら、今の時間だと商店街の南側の出口から左に曲がってずっと真っ直ぐに進んだところの神社にいますよ」


 困惑の消えた店主の声が甲太郎の求めている人物、店主の父親の現在地を示す。


「……急かすようで申し訳ない」


 甲太郎が少しだけ気迫の抜けた声で軽くお辞儀をしながら謝罪し、踵を返す。


「お客さんの眼は……」


 腕を組み、きっとした面持ちですでに店から出ようとしている甲太郎をしっかりと見据えながら言葉を切り出す店主。


「俺を見ているようで……本当は遠くにある何か、別の巨大なものを見ているようでした……」


「まるで迷いの無い、尋常じゃない『執念』、何が起ころうともそこへ突き進み、辿り着こうとしている『執念』を感じさせる眼をしています」


 甲太郎へ語りかける店主に、歩を進めつつ背中でそれを受け止める甲太郎。



「もし、全部終わったら……うちでラーメン、喰ってって下さいよ !」


 爽やかな笑顔に来店したときに発した息の詰まりそうな大声を甲太郎に放つ店主。


それを背中で受けた甲太郎は振り向かずに唯、左腕を伸ばし、握り拳に親指を立てて何も言わずに返答した。












「ここ……だな」


 甲太郎が立っているのは、店主に言われた通りの黒金町の商店街から少し離れた雑木林の前である。

 

高さや太さ、種類もまばらな雑木林の前には、訳のわからぬ場所から入り迷わないようにと、赤茶けた錆の付いた背の低い金網で壁を形成されている。


そして、甲太郎の眼前はここが正規の入り口である、と年季の入った石の鳥居が古びた街灯と共にぽかりと口を開いて来客を招いている。


「行き違いになってサマルトリアの王子状態はごめんだぞ」


 

甲太郎が独り言を呟きながら、今立っているアスファルトの地面から神社へ続く石の混じった焦げ茶色の土の道へ向けて歩き始める。


鳥居を潜る甲太郎、狭い道幅の左右には乱雑に生えた木々の壁、そこら中に石が転がってはいるものの道としての機能を果たしている土の地面、そしてその先に見える鼠色の急斜面で狭い道幅の石階段。


彼は以前この場所に訪れたことがあった。


脅威の握力を持った『アイアンクロー人間』との戦闘、霧崎姉妹の良くわからない戦いに無理矢理付き合わされたときに、姉の霧崎李沙希きりさきりさきに無理矢理呼び出され、戦わされた挙句、敗北し、怪我を負い、その後、霧崎に殺しに行くかのような改造と洗脳を施され、再び戦闘に駆り出されたと、彼にとっては碌な思い出の無い場所である。


しかし、そんな事には構った様子も無く階段を登り続ける甲太郎。


唯、自分の目的の一つを遂行するために。


 


長い階段も後二段で登りきる所まで行き着いた甲太郎、目の前には雑木林を円形に切り出した相変わらずに石の転がった地面の広場、そして奥にはやけに真新しい賽銭箱の備え付けられた、どっしりと構えている古臭い木造の社殿、特徴の見当たらないほどのシンプルさを感じさせる猫の額程の広さの神社の境内が現れた。


「とりあえず……ここから林のほうに向かって探し……」


 ギギギィ……と悲鳴のような木の軋む音が境内に響く。


それにつられて甲太郎の表情が強張り、足早く残りの階段を踏みしめると境内へ足を踏み入れた。


ドォン、と。


甲太郎の足の動きと同時に響き渡る残留を残す地響き。


驚愕の表情と共に見開かれる彼の目。


左側の雑木林から、彼から少し離れた場所で土煙を上げながらひぐま程の太さの丸太が境内を遮断するかのように横たわっている。


根元は雑木林の向こうに隠れ、丸太の頂点には先ほどまで立っていた事が分かるほどに青々とした無数の葉が繁っている。


丸太の近くに散った葉に地面と接して半分折れてしまった分岐された枝、それらがその丸太が少し前まで雑木林の中の木の一つとして存在していたことを物語っている。


「やっべぇ、やっべぇ、張り切り過ぎちまったわい」


 しわがれた焦りの感じさせる老人の大きな声が雑木林の向こうから発せられる。


それからすぐに雑木林から小さな人影が飛び出す。


皺の寄った丸っこい輪郭の顔につるりと禿げ上がった頭、滝のように顎から胸の辺りまで流れた白く長い髭、焦りの見える細い目つきの眼。


小柄な体に曲がった腰、黒い半袖のシャツに灰色の短パンの老爺が雑木林から飛び出してきたのである。


「いかんいかん、人とか潰しちゃったりしとらんだろか」


 心配そうに老人が倒れた丸太へ近づき、辺りを見渡す。


「って、お前さんはこの前店に来ていた学生さん……」


 見渡している時に視野に入った甲太郎へ朗らかに声を掛ける老人、甲太郎は表情を戻し、老人へ三歩ほど踏み出す。


「お願いします……」


 背筋を伸ばし、少し震えた声を発する甲太郎。


「俺に戦う方法を教えてくださいっ !」


 そして、すかさず大きく、深く頭を落とし、お辞儀をしながら声を張り上げたのであった。



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