吸血阻止と落下星
少し浅黒さの差した肌色に喰い込もうとする白く歪みの無い杭。
杭の先端が肌色に触れ、肌色が押され先端の突起がそれへ窪みを作る。
その光景からも肌色のそれは柔らかいということがわかる、あと一押し、僅かな力でも込めれば杭がそれへ穴を開けることが出来る、か解らないが後を付ける事は可能であろうほどに柔らかい。
押し付けられていた尖りが微振動を起こす、突きつけた先端でそこを突破しようと柔らかな肌色へ力を込めて厚いゴムへ針を刺すように作られたクレーターを深くする。
じわじわと、ゆっくりと、穴を開けないような強さでいたぶる様にスローモーションの映像のように先端は食い込んでいく。
その行為を楽しんでいるかのように見える白い杭。
ぷつり、と。
前触れなく先端が柔らかな壁を突き破り、突き刺さるように先をそこへ埋める。
もう一度ぷつり、と聞こえる突き破る音。
突き刺さる白い尖りから少し離れた左側から聞こえた小さな音である。
音の鳴ったその場所、そこにある光景は先程とまるで同じものであった。
肌色に突き刺さる真白な杭に似た鋭く突き刺す事に特化した尖り、前回の光景と寸分も違わぬ大きさと形の尖りである。
その光景は四方で繰り広げられている。
微妙に浅黒い肌色の下地に突き刺さる全く同じ形状の鋭利な杭。
突き刺さったそれのすぐ傍に水の激流に似た真っ黒で鋭利さの感じられる、繊維の長い束のような物が見える。
まっすぐに伸びた黒いそれは人間の髪の毛であることがわかる。
髪の毛は肌色の一部を縦に染めるようにかかり重力に従い真下へ伸びた後ろ毛であり、肌色は人間の肌、後ろ毛から察するに首筋辺りの皮膚であった。
その首筋に突き立った鋭利な釘のような白いもの、それは紛れも無く『牙』である。
一人の青年が青みがかった僅かな光に染め上げられた空間の中、無駄の無いシンプルなパイプベッドの上で組み敷かれていた。
青い薄暗さの中でもくっきりと見える耳と両目を隠した長く黒い髪の毛、広めの肩幅にそこそこに筋肉質な引き締まっている高めの背の全体像、露出した上半身に組み敷かれた人物の影で一部しか見えないが、腹部にきつく巻きつけられた真っ白い包帯が影の差していない腰元から見える。
下半身は真っ黒な長いズボンに覆われ真っ直ぐに伸ばされており、脚の先端には何も包まれていない素足が天井を向いてベッドの上へ置かれていた。
歳は17,8歳程に見られる若い青年は強張った表情で一人の人間に組み敷かれている。
そんな彼を組み敷いているのは一人の女性である。
押し倒している青年と同じ深い黒の髪色、曲がりなく流れた川のような濡れ羽色の艶やかな黒が背中まで流れている。
彼女とほど密着状態にある彼ほどの身長ではないが女性の中では高めの部類に入るであろう身長、女性らしい繊細さを感じ取れる全体的な体つき、そんな彼女が身を包んでいるのは病院の女性の看護師が着ている清潔感の感じられる薄いピンク色のいわゆるナース服と呼ばれているのものであり、少しきつめなのか彼女の体にぴったりとくっ付き、体のラインをはっきりと浮き上がらせている。
体の正面を押し倒した青年の方へ向けているがナース服に圧迫されたシルエットの引き締まった腰元や短いスカートのから伸びた白いハイソックスに包まれた少しだけ肉付きの良い太腿や脚から非常に悩ましい体つきをしていることが察せられる。
女性は細い腕で青年の両手首を掴み、彼の腰の左右で膝を付き、胸元を青年の胸板にぴったりと密着させて首元へ顔を埋めて、まるで身を預けるよう真正面から寄りかかるように押し倒している。
彼の首元、彼女は口を開き唇をその首筋へ密着させていた、そこでは開かれた口の端、上下の左右に一本ずつ伸びている彼女の長い犬歯の先端が首筋の皮膚へ突き刺さっている。
ベッドの上で押し倒され、なすがままの青年、加賀見甲太郎と彼を押し倒し、首筋へ己の牙を突き立てて状況的に上位へ立っている様に見える女性、紅 真白の二人がその光景を作り出していた。
「んっ……」
首筋へ齧り付いた真白が小さな呻き声を上げる。
この状況を作り出した物、それはある出来事により腹部に大怪我を負った今まさに首筋に牙を突き立てられている青年、加賀見甲太郎に対し彼をつきっきりで看病していた女性、真白の看護の見返りにの要求による物である。
この光景を生み出した大まかな原因は三つある。
甲太郎の『血』が欲しい、そんな要求がこのベッドの上の光景を描いた原因の一つ。
そして、それに対する甲太郎の返答に有無も言わずそれを決定し、混乱する彼の血液を奪い取るが如く、強制的に牙を突き立てたということがもう一つの原因である。
そして、最後の一つが故意とはいえ甲太郎が真白の『大切な物』を壊してしまったということである。
今でこそ彼の髪型は真っ直ぐに伸びているストレートな物であるが、少し前までの彼の髪の毛は四方八方に跳ねた無造作に伸ばされた草のような髪型であった。
その彼の髪の毛こそが大切な物を破壊してしまったのである。
甲太郎の雑草郡の様なぼさぼさの髪型、遠目から見れば一見シンプルな形をしているそれは髪の毛一本一本が迷宮のような複雑さで巧妙に絡み合ったり捩じれ合ったりと複雑怪奇な形状により成された物であった。
破壊された大切な物、それは彼女の『櫛』だった。
黒い墨汁を溶かした水のような、向こう側を微かに透き通らせることの出来そうな透明感、ほっそりとした定規のような小さな長方形に手で持つ部分、いわゆる『柄』の部分に真っ白な茎の伸びた薔薇の紋章が慎ましく柄の中心でワンポイントを飾っている『櫛』だった。
派手な装飾こそ付いていないが、どこか気品の感じられる高級感漂う櫛である。
一見しただけで相当に値の張る品であるだろうという櫛、その櫛で真白が甲太郎の髪を看病ついでに整えようと思ったのが要因の一つの始まりであった。
難解な推理小説の謎解きや絡まったゲーム機のコードよりも複雑に絡まったそれに勇敢に立ち向かった櫛は己の使命である『髪を梳く』という任務を果たせずにその綺麗に生えそろった歯のような細長い棘の羅列をボロボロにされてしまったのだ。
しかし、彼女は諦めなかった。
彼の髪の毛を整えようと姿形のまるで同じ櫛を手に賀見甲太郎の髪の毛という名の戦場へ立ち向かっていく。
しかし結果は惨敗、櫛は真っ黒な繊維の海原に飲まれ、ボロボロになってしまった。
だが、散っていった櫛の犠牲も全くの無駄ということではなく何度か甲太郎の髪を行き来することが出来ていた。
またもや、真白は諦めない。
同じ櫛を再び取り出して使い、そして甲太郎の髪の毛が数回梳かれるごとにその櫛を破壊していく。
次々と櫛を取り出し、立ち向かう真白。
その不屈の心かヤケクソになっているのかは知らないが5本目の櫛が息絶えたとき、ついにやり遂げたのだ。
尊い5本の櫛の元、ついに甲太郎の髪の毛を全て真っ直ぐに梳かす事が出来たのだ。
故意とはいえ甲太郎に破壊された櫛の『代金』代わりというのが恐らく最後の理由である。
甲太郎も自らの血を吸われるというその要求に対しては否定的であったが、自分が望んでいないにもかかわらず看病をしてくれたことや櫛を破壊してしまったことにどこか自責の念もあり、それらのせめぎ合いのせいかあまり強くは抵抗できずに今の状況に至っているのであった。
バタン、と大きな音が部屋中に鳴り響く。
その音とともに甲太郎と真白のいるベッドやそれ以外の横に並べられたベッドが薄い光に照らされた。
そのベッドの並べられた空間、部屋に通じるただ一つの扉が開かれたのだ。
全開になった扉の向こう側の空間からの後光に差された人物がそこには立っていた。
急なその人物の登場に真白も首元から牙を抜き取り、甲太郎を押し倒したままに上半身をねじりそちらへ顔を向ける。
振り向いたことにより真白の顔がはっきりとわかる。
端の釣り上がった釣り目、紫水晶のように透き通った透明感のある紫色の瞳、刃物の切っ先のように通った鼻に小さな桃色の唇、白い肌色に細い輪郭の整った顔立ち。
少しだけ大人びた、甲太郎と同じ年頃に見受けられる顔立ちである。
甲太郎は相変わらず上半身だけを起こし、足を伸ばしたまま開いた扉へ顔を向ける。
二人は目を見開いて視線を一点に集中させていた、視線の行き先は言うまでもなく先ほど開いた扉の方向である。
「あら、起きたの甲太郎君」
後光を差したその人物から声が発せられる、どこか少し篭ってはいるが凛とした大人の女性の声である。
声の発せられたそこにはやはり一人の背の高めな女性が立っていた。
青みがかった腰元まではありそうな、真っ直ぐに流れた長髪、細く通った眉に薄めの肌の色、歳は20代の半ばから後半ほどであろうか。
そして、顔の鼻から下を隠してしまうような大きなマスクをつけているため口元は白で占められている。
真白に負けず劣らずの女性的な凹凸に富んだスタイルの良い体型、水色のカッターシャツに真っ黒な膝の辺りまでの長さのタイトスカート、彼女の長めの足全体を包んでいる薄い褐色のストッキングに深緑のゴムの上履き、そして全身を包み込むかのように裾の長い真白な白衣、着ている物はどれも清潔感が漂っている。
全体的に知的な雰囲気を感じる、甲太郎や真白よりも年上の女性である。
その女性がつかつかと足音を立てながらゆっくり二人の居るベッドの方へ前進していき、未だ固まった二人の居るベッドの前で足を止める。
「で、気分はどうかしら ?」
「いや、まずこの状況に対してコメントするなり、止めるなりしてくださいよ」
「あーん」
「お前も何も無かったように再開するなっ !」
近づいてきた女性に対しての一言と再び口を開き吸血行為をしようとする真白への一喝を浴びせる甲太郎。
先ほどの青みがかった薄暗さとはまた違う、微かではあるが先ほどの空間夜は照明の効いている空間。
床には太さのばらばらなコードが絡まりあいつつも這っている。
事務用の鉄色の机に二つの黒く円形の腰掛に銀色の支柱一本で支えられた回転椅子が向かい合うように二つ、壁際には医療用の診療台やまるでSF映画の研究所で登場しそうな得体の知れない機械の数々がもたれる様に配置されている。
その空間の中、黒い皮製の背もたれの付いているソファが二つ、引っ付くように並び長方形を作り出している。
その間には木製の脚の短い長テーブルが挟まれるように配置された、来客用の応接スペースのような場所に先ほどの三人は居た。
壁際の椅子に甲太郎、その甲太郎の隣に座る真白、そして甲太郎の向かいに座る霧崎、各自の目の前、テーブルの上には湯呑みが置かれ、中に薄緑の液体が入っている。
「それで、甲太郎君に聞きたいんだけれど」
向かいに座った甲太郎へ脚を組みながら問いかける霧崎、隠された唇がマスク越しに動くのが解る。
「何を聞きたいのか、想像は付きますけど」
真白がにこりとした顔で甲太郎の方へ少しだけ詰める。
お互いの腰掛けた太腿が密着し、甲太郎が離れるように腰を動かし移動させながらそれとは反対側へ動きながら答える。
「そうね」
少しだけ瞼を落とし、短く声を発する霧崎。
「腹部を串刺しにされるなんてね、焼き鳥屋の新メニューにでも採用された ?」
短い声の後、落とした瞼を戻しつつ、淡々と言葉を作り出していく霧崎。
「違いますよ、ちょっと呼び出された旧友と意見の相違で喧嘩っただけです」
再び詰める真白から離れながら、霧崎の言葉へ答える甲太郎。
「それで串刺しにされたのね……随分と焼き鳥屋らしい攻撃方法だわ」
腕を組みながら霧崎がやけに納得したような声で甲太郎の答えに対して発言する。
「串刺しにされたのは確かですが、旧友は焼き鳥屋じゃあ無いですよ」
霧崎の言葉に目元を隠している前髪を右手でかき上げながら溜息混じりに呟く甲太郎、じりじりと迫りくる真白の接近もちゃっかりとかわしている。
「貫かれた腹部の傷口から樹脂や石膏に似た物を合成した、セメントみたいな物質が付着してる所から察するに相手はコンクリートミキサー車かしら ?」
霧崎が甲太郎の言葉を聞き、考察し回答を示す。
「『超人』ですよ超人、焼き鳥屋でもミキサー車でもなく」
真白のしつこい進撃から逃げるべく更に真横へ腰を動かし場所を詰めながら少し余裕の無い声で答える甲太郎。
「冗談よ、ジョーク、それにしても」
「数々の『超人』を痛めつけてる事が知れ渡ってるのに貴方に挑むなんて、その事実を知らなかったのか、もしくはとても血気盛んな旧友だったのか、両方かのどれかかしら ?」
霧崎が甲太郎の目を真っ直ぐ見据えるように眉一つ動かさずにマスク越しから声を発する。
「両方な上に相手が複数居てその中の隠れてた一人に不意打ち喰らってこのザマですよ」
甲太郎が霧崎の問いかけへ自らの包帯の巻かれた腹部を目にやりながら答える。
「そんなに計画的とは、余程の恨みでも買ってたのかしらね」
霧崎が眼前に置かれた湯飲みを弄りながら他人事のように言う。
「向こうで会って、ちょっとした話からの意見の相違の上での喧嘩って奴ですよ」
甲太郎が霧崎の言葉を事細かく、説明するように否定する。
「なるほどね……」
短い声で受け答える霧崎、緑茶の入った湯飲みをテーブルの上でくるくると回している。
「で、その口論の相手は貴方を運んできた女の子でいいのかしら ?」
指の動きを逆にして今度は逆回転の動きで湯飲みを弄りながら霧崎が立て続けに問いかける。
「誰かがここまで運んでくれたとは話には聞いてましたが」
甲太郎が後頭部をぼりぼりと掻きながら真横にいる真白へ目をやる。
真白もそれへ答えるように甲太郎の顔へ目を向ける。
視線がぶつかり、次第に甲太郎の顔が微かに紅潮する。
「ちなみにその『女の子』って言うのは」
視線を霧崎へと戻し、気を取り直して質問をぶつける甲太郎、心なしかまだ少しだけ頬が赤く染まっているようにも見える。
「茶髪で癖っ毛のほっそりした可愛い子、ね」
すかさず甲太郎の質問へと答える霧崎。
「くるみ、か」
甲太郎はそれを聞き、顎を手で押さえ考えるように呟く。
「貴方を肩に抱いて商店街を歩いて居る所を私が保護したのよ」
脚を組みなおしながら霧崎が少しだけ声のトーンを落として言葉にする。
「その事と治療してくれた事に関しては、その……ありがとう、ございます」
甲太郎が照れくさそうに礼を霧崎へ向けて言葉にする。
「いえ……あの子、くるみ……ちゃんだったかしら、あの子にも今度会った時にお礼を言っておく事ね、彼女、自分のブレザーで貴方の腹部の止血までしてくれてたんだから」
「次はもう会えないかもしれませんが」
甲太郎が少しだけ顔を落として呟く、腕に絡まっている真白も気にしていない様子である。
「……それはさっきの話に出ていた口論とやらが原因 ?」
霧崎が溜息混じりの声で甲太郎へ声を投げかける。
甲太郎は霧崎の言葉に何も言わず少し俯いたままの状態で静止している。
櫛で梳かれた前髪が目元を覆い隠している為、今、彼がどんな表情なのかまるで解らない。
そんな甲太郎を顔を少し上げながら見下ろすような姿勢で甲太郎へ視線を集中させている。
「貴方とその旧友とやらの口論とやらで起こった事、教えてほしいわね、気になるから」
霧崎が見下ろすような顔の位置のままで甲太郎へ言い放つ。
彼の腕に巻きついている真白も何も言わずじっとその俯いた顔を凝視している。
「超人は人間の上に立つべき存在だ、だから俺たちがこの世の中を支配する」
甲太郎が霧崎の要望へ答えるようにぽつりとした声で語り始める。
「その旧友が言った言葉を要約したものです」
霧崎が眉間へ手を寄せ、指で眼鏡のレンズ同士を繋ぐフレームを動かす。
「テロでも起こすつもりかしらね ?」
「どうもそのつもりだそうで」
霧崎が放った言葉に肯定する甲太郎。
「たったの3人でテロとはね、百姓一揆なのに一人で戦うレトロゲームを思い出させてくれるわ」
霧崎が少し呆れた様に肯定された言葉へ反応する。
「同士を募っているそうですが」
「『超人』の全体数なんて微々たる物よ、集まった所で十数人、とんだ自殺行為ね」
甲太郎の口から出てくる言葉にすかさず口を挟む甲太郎。
「それと、なんか『無限に進化』することの出来る青っぽい欠片みたいな……」
「ちょっとストップ」
霧崎が甲太郎の言葉を途中で制止する。
思わず甲太郎が顔を上げ、霧崎の方へ顔を向ける。
「その欠片というのは青くて透明の ?」
霧崎が少しだけ張り詰めた声で言い放つ。
「ええ、そうですが……」
突然の霧崎の言葉に少し呆けたような声で答え返す甲太郎。
霧崎は目線を真横へ動かしたまま、何か考え込むように黙り込む。
それに習うように甲太郎も真横へ移す、そして甲太郎に抱きつくように張り付いた真白と目が合った。
思い出したかのように再び赤くなり力強く腕を引いてくっついた真白を甲太郎が引き剥がす。
「何か、知ってるんですか ?」
ごほん、と一つ咳払いをし、気を取り直した甲太郎が考え込んでいる霧崎へ声を掛ける。
一瞬だけ、霧崎が甲太郎へ視線を戻すがまた目をそらし、何もいわずに黙り込んでしまう。
「空から降ってきた物体の欠片、なんですよね ?」
甲太郎が少し身を乗り出して霧崎へ問い詰めるように少し押した声で問いかける。
「それも、旧友とやらに聞いたのかしら」
トーンの落ちた声で搾り出すような声で霧崎が答え返す。
「欠片の詳細は聞きましたが、空から降ってくる物体は実際に見ました」
甲太郎も押し殺したような声で霧崎へ言葉をぶつける。
「ちらっと、ですが」
続けざまに短く呟く甲太郎。
「……どういうことかしら」
霧崎も彼同様に押した声で呟く、横を向いていた目線はしっかりと眼前の甲太郎へ向けられている。
「5年前、その旧友の妹に落下物が激突するその場に居合わせていたんですよ」
霧崎の疑問の一言へ説明を付ける甲太郎。
それを聞いた霧崎がゆっくりと目を閉じる。
「激突した少女に外傷は全く見当たらなかった」
目を瞑ったままの霧崎がマスク越しに小声を発し、呟く。
「代わりに、激突した部位と思われる場所、その体内に臓器を押し寄せるようにしてそれは埋まっていた」
「押し寄せられた臓器は何も問題なくいつも道理に動いていた」
「体内に埋まっていたのは、いわば『隕石』のような物だった、らしいわね」
霧崎から語られていく空からの飛行物体の更なる正体。
彼女曰くそれは『隕石』、に似たような物らしい。
「『隕石』ですか」
甲太郎が少し驚いた表情で声を発する。
「初耳、だったかしら ?正確に言うならば『金属』と『生物』を会わせた様な物体よ」
目を閉じたまま語る霧崎に静かにそれへ耳を傾ける甲太郎。
「青く透明感のある物質なのに成分は金属、高いとは言えないけれども一定の動作だけを起こす事の出来る知能、まさに謎の物体、いえ生物よ」
「生きてるん、ですか ?」
甲太郎がぽかんとした顔つきで区切りのある言葉を霧崎へ投げかける。
「ええ、本当に限られた行動しかしないけれど」
目を開きつつ質問へ答える霧崎。
「『ウィルス』を吐き出すこと」
「そして、既に『超人』である人間が更に『進化』することの出来る遺伝子を持っていた場合、更に強力な超人に変える事」
霧崎が矢を放つように甲太郎へ真っ直ぐと言葉を投げかける。
「ウィルスが出来るのは『進化』に適応した人間の遺伝子と肉体の機能のほんの一部を追加させる事だけ」
「適応者が欠片を取り込めばその隕石の一部は活動し、更なる進化をするための作業を始めるわ」
「勿論、それで終わりじゃない、適応者が隕石を取り込むことが出来れば、その隕石の量に応じて『進化』の為の作業が隕石によって体内で行われる」
霧崎の口から淡々と隕石についての詳細が飛び出てくる。
「あれが、ね」
一つ息を噴出した後、動揺を隠せない表情で、自分に言い聞かせるように冷静さを装うような声で言う。
「勇城……旧友はその『隕石』のある場所を知っていた、そして一ヵ月後にそこへ『隕石』の回収に向かうと」
甲太郎が霧崎へ向けて説明するように言う。
「っ !場所は ?」
霧崎が少し焦り混じりの声で甲太郎へ急かす様に言葉を発する。
「……確か、県内の北にある山……『星椎岳』の中腹辺りの研究施設、だと」
「直ぐに何とかするべき……だけれども」
霧崎が眉間に皺を寄せ、更に焦った仕草を見せる。
「あいつらが更に『進化』すると ?」
推測をぶつける甲太郎。
「いえ」
それに対し短い否定の声で答える甲太郎。
「心配なのは5年前『隕石』に激突して、未だ体内に『隕石』を抱えた少女の方」
「え」
霧崎の口から発せられた不安要素に甲太郎が困惑した一言を発する。
「彼女は未だ進化を続けている」
「間違いな今現在いる『超人』の中で誰よりも先に」
「間違いなくこの世で一番凶悪で一番強い『超人』に成ってしまっている」
「今も辛うじて閉じ込めているに過ぎない状態よ」
霧崎の口から発せられた彼女を焦らせる要因。
それは未だ帰らぬ少女、武尊夕麻の方であった。
「このままでは死人が出ることになる」
霧崎が最後にぽつりと、そう呟いた。