表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/45

蒼天下の真実

そこは薄暗く、そして狭苦しい正方形の空間だった。


闇に慣れていなくてもそこに何があるのか解るほどの薄暗さに四方を囲む真っ白に塗装された剥げや傷一つ見当たらない美しい無機質なコンクリートの壁に濃い緑色のゴム質の床といった空間である。


前方には真新しい感じのする鉄色の錆一つ無い、その先の場所へと続く扉、後方には上り階段の終わりを告げる途切れた大理石の床で出来た段差が見える。


建物の終わりを告げる小さな空間である。


その空間の重苦しい鉄色の扉へ手をかける少女がいた。



ふわりとした少しウェーブのかかった肩まで伸ばされた薄茶色の髪に同じくふわりとした横髪は掻き分けられ、耳の後ろで止められている、前髪は細い眉にかかっておりその下には大きめの栗色をした目じりの少しだけ下がった優しそうな目をしている。


小さな輪郭の顔に中心には小さな鼻、薄い桃色の唇の閉じられた小さな口の少しだけ色素の薄い肌の色の愛らしい顔つきをしている。


歳は10代後半程であろうかそれに見合った少しだけ低めの背丈に華奢な肉付きの少ない体型、そしてすらりと伸びた脚をしている。


そんな体格に紺色の長袖のブレザー、その下の白いカッターシャツ、そして下に穿いたふとももまでの丈のブレザーと同じ深い紺色のスカートといった服装を皺一つ作らずにきっちりと着ている少女である。


そんな少女が空間の白い壁に備え付けられた扉の銀色の小奇麗な棒状の取っ手を小さな白い手で握っているのだった。


「それじゃ、こーちゃん空けるね」


 少女が首を微かに横へ回し、後ろへ目を配るようにしながら、トーンを落とした聞き心地の良い声で自分の背後へ声をかける。


声は彼女の後ろに立っているもう一人の青年へと向けられていたのだ。


彼女の真後ろ、その階段から2,3歩進んだ場所に立っていたのは全体的に黒を基調としたような青年であった。


寝癖のようにぼさぼさとした真っ黒な長めの髪にハリネズミのような鋭利さを感じさせる後ろ髪、どこか眠気を帯びたような目つきの黒い瞳の目ではあるが細い鼻に一文字に結ばれた口のどこか精悍さを感じさせる顔つきをしている。


そこそこにがたいの良い体格に高めの背丈の少しだけ猫背気味といった体型に真っ黒な所々に皺の見られる学ラン、その学ランの金色のまん丸なボタンは全て外され中に着ている真っ赤なシャツが体の正面からちらりと見えている。


下には学ランに合わせられたこれまた皺の多い真っ黒な制服のズボンといった格好の先ほどの少女と同じ程の年頃の青年である。


その青年は紛れも無く加賀見甲太郎かがみこうたろうであった。


「くるみ」


 甲太郎が取っ手へ手を掛けている少女へ向かって少し真剣みの感じられる声を出す。


「本当にこの先に勇城がいるのか ?」


 続けざまに声をかけ、少女へ質問をぶつける甲太郎。


くるみと呼ばれた少女、緋辻ひつじくるみがそれを聞いたせいか、取っ手へ手を掛けたまま少しだけ顔を落として俯く。


「そう、この先の屋上で待ってる」


 くるみが俯いたままにぽつりと小さな声で呟く。


「それで勇城がその屋上へ俺を連れて来い、と」


 甲太郎がくるみの呟きへ反応するように小さくはっきりとした声で問いかけるように言う。


「そういうこと、後の詳しいことは私も聞いてるけれども……」


 勤めて明るい声でドアへ対面したままに甲太郎へ声を放ち続け、途中で途切る。



「あとは勇城の口から直接聞いてね」


 そして、最後の一言を真剣な声色で甲太郎へ向ける。


その一言を聞いた甲太郎が目を閉じて微かに俯く。


辺りはしんと静まり返る。


辺りの薄闇が更に濃くなるような沈黙に重い空気がその狭い空間を覆いつくす。


部屋の左側の壁には小さな銀枠のガラスの窓が備え付けられており、外には澄み切った一色の空色に手で無差別に千切られた綿菓子のような巨大な雲が太陽の前へ立ちはだかるように重なりその光を遮っている。


「ああ、行こうか」


 ついに甲太郎が目を開き決意を固めた表情で撃ち放たれた矢のように力強い一言を言い放った。


それを聞いたくるみが力強く頷くと再び取っ手を掴んだ手のひらに力を込める。


少し間を置いてかちゃりと小気味の良い金属音が鳴り響く、閉鎖された小さな空間のせいかその小さな音がやけに大きく響いて聞こえた。


その後にぎいぎいと重苦しい音が鳴り響いていく、それと共にくるみの前に立ちはだかる扉が形を変えてその隙間から真っ直ぐと伸びた光が差し込んでいく、その空間から続く屋上へ続く扉がゆっくりと開かれ始めた。


光が扉開かれると共に長方形の形へ変化していく。


そして、その金属の音が止むとくみるの目の前に先ほどとは違う開け放たれたドアが現れる。


そこには今まで見えなかったその先の光景が広がっていた。


窓から見えた雲の多い空に四方を囲む行く手を阻むように背の高い落下防止の金網、そして先ほどの空間と同じ濃い緑のゴム質の綺麗な床、先程の二人の話に出ていた屋上の光景が広がっていた。


そしてついにくるみがゆっくりとした一歩を踏み出す。


その真後ろ、階段の終わりから2,3歩進んだ程度の場所で立っていた甲太郎もそれに続き歩を進めていく。


こつこつと足音を響かせる二人の姿が光に照らされ、先程の薄暗い闇に包まれている二人の姿が明確に映し出された、二人がその扉を潜り抜けて屋上へたどり着いたからである。



扉の枠から映し出されていた光景があらわになりそこには存在していた。


床も金網も空も、そして彼らの背後にあるこの建物の塗装色である赤茶色の壁にその真上に立っている真っ白な新しさを感じさせる貯水タンクに金網の向こうに広がる色とりどりの建物にぽつぽつと点在する木々、そしてはるか遠くにそびえたつ青い山といった隠れていた光景も見受けられる。



「くるみ、か」


 屋上へたどり着いた二人の前方から少し低めの自信の混じった声が飛び込んできた。


金網から少しだけ離れたその場所にいつの間にか一人の青年が腕を組み立っていた。


深い青みがかった黒い肩まで伸ばされた後ろ髪に耳に少しだけ掛かるほどの横髪、細い釣りあがった眉に冷淡さを含んだ赤みがかった黒い瞳の細い目、すっとした鼻筋に自信を含んだように歪んだ口元の整った端麗たんれいささえ感じさせられる顔立ちをしている。


線の細さと筋肉質な締まった体つきをかね合わせたような体格、背の高さは甲太郎と同じ程であるそれらを深い紺色のブレザーに白いカッターシャツ、小豆色のネクタイに紺色の制服のズボンといった服に身を包んでいる。


ぴんとした背筋に威圧感さえ感じられる青年がいつの間にか二人の前に立っていた。


「予定通り、来てくれたねくるみ」


 先程の声色に優しさの混じった声で再び話し始める。


「それと……」


「随分と久しぶりだ、甲太郎」


 優しさとどこか懐かしさの混じった声でくるみの後ろに立っている甲太郎へ声を掛ける。


それを聞いた甲太郎が何も言わずに少しだけ目を細める。


「懐かしいな」


 続けざまに静かに言葉を紡ぐ青年、それを聞いた甲太郎がこつんと一歩だけ足を進める。


「本当に懐かしいよ」


 気にせずに言葉を続ける青年、そしてゆっくりと一歩を踏み出す甲太郎。


「変わっていないようで安心したよ」


 話を続ける青年に前へ進む甲太郎。


「いや、少しは変わったみたいだね」


腕を組んだままに目をつぶり先ほどの口調で言葉を続ける青年に更に足を踏み出していく甲太郎。


歩を進めていた甲太郎がくるみの前へと出てくるとそこで立ち止まる。


「勇城」


 甲太郎が真っ直ぐと青年を射抜くような視線で見つめて静かに呟く。



「お前もまるで変わっていないな」


「5年前、お前が変わり始めたと感じた時のままだよ」


 真剣な面持ちに焼き切るような視線で喋り続ける甲太郎。


今、彼らの目の前に立っている背の高い細身の威圧感のある青年こそが甲太郎とくるみの幼馴染である武尊勇城ほたかゆうきである。


甲太郎の言葉が終わると勇城がゆっくりと閉じていた目を開く。


「5年前、か」


 そして、腕を組んだままに言葉をぽつりと呟く勇城。


「懐かしいな」


 やさしい口調でしんみりと言う勇城。


「そうだな」


 それに答えるように短く真剣な声色で言う甲太郎。


「あの頃はお前がいつも俺たちのよりも先に進んで俺がそれを追いかけようとして、吹雪がそれをフォローして」



「後ろでくるみがコケてたな」


 甲太郎がぽつりぽつりと語り続けていく。


「はは、そうだったね」


 短く笑いながら腕を組んだままに甲太郎へ言う勇城。



「そんで俺は何でもかんでもお前と同じことに挑戦して、躍起やっきになって追い越そうとしても無理だった……」


 甲太郎が静かに言葉を紡いでいく。


「スポーツも趣味もお前と比べると自分がやった物事が見劣って見えて仕方なかったよ」


「勉強の方は言うまでもなかったしな」


 甲太郎が言葉を終えると勇城が静かに目を閉じる。


「そうか」


 そして短く呟いた。


「しかし、なんだ」


「皆で一緒にいる事のほうが楽しかったからな、あの時は」


 甲太郎が少しだけ口調を弱めて呟く。



「確かにな」


 勇城がすかさず甲太郎の言葉に反応するように言う。


「俺もあの頃のかけがえの無い時間は覚えているさ」


 続けざまに言葉を口から出していく勇城。


「甲太郎……」



「俺たちと一緒にまたその時間を取り戻さないか ?」


 最後に甲太郎をしっかりと見据えて勇城が言い放つ。



「それは……一体」


 甲太郎が少し困惑したような表情と声色で勇城へ問う。



「甲太郎、5年前のあの時の事を覚えているだろう ?」



「5年前の夕麻が俺たちの前から消えることとなった事件……」


 今度は勇城が甲太郎へ問いかける。


「……覚えているさ」


 少し間を置き、眉間に微かに皺を寄せた甲太郎が重々しい声で言う。


「空から急に降って来たあれのお陰で皆バラバラになっちまった」


 先ほどの表情と口調で続ける甲太郎。


「そう」


 次は勇城が甲太郎の後に続いて言う。



「あの時に突然、空から物凄い勢いで降って来たあの青く光る物体が夕麻へ直撃して以来、夕麻は何故か外傷は見当たらないが意識が戻らずに今も病院で意識が戻るのを待っている……」


 説明をするように話を続ける勇城、屋上の上に広がる青い空を泳ぐ雲が動き、その隙間から陽光が差し込む。


「その話は俺も聞いている」


 甲太郎が勇城の言葉へ答える。


「ああ、だが、それはあくまで表向きの話だ」


 再び目を瞑りながら話していく勇城。


「表……向き ?」


 甲太郎が吐き出すような声で復唱するように問う。


「ああ、俺も当時子供ながら死に物狂いで調べてね」


「どうやら、夕麻の体に直撃した物体が体の中に残っていて、それに興味がある連中がいるという事」


「そして、両親はその連中に大金と引き換えに夕麻を引き渡したという事がわかったよ」


 無感情な声で言葉を続ける勇城。


「それじゃあ……」


 甲太郎が驚いた表情と少し跳ね上がった声で勇城へ言う。


「そう、俺の妹……武尊夕麻ほたかゆうまは売られたのさ、俺の両親にな」


 少し俯き、口元を歪ませてはっきりとした声で言い放つ勇城。


「そんな事が……」


 甲太郎が唸るような声で言う。


「だが、何故だ」


「ん ?」


 甲太郎が顎に手をやりつつ呟くとそれに続き勇城が短く声を出す。


「夕麻の体内の物体が欲しいならば夕麻から摘出するだけで良いはずだ」


 甲太郎が疑問を勇城へとぶつける。


雲が再び太陽をカーテンのように遮り、光を弱める。


「そうだな、普通、その物体に興味があるのならば物体を除去すればそれで用済み……」


「だが、そうもいかなかったのさ」


 勇城がその問いに答えるべく語り始める。


「甲太郎、最近の君のことも少しだけ調べさせて貰ったよ」


 甲太郎へそう言葉を向ける勇城。


「随分と沢山の人たちと取っ組み合いの喧嘩をしたみたいだね」


 更に甲太郎へ聞く勇城。


「俺からじゃなくて向こうから襲ってきたりだの、色々あって巻き込まれたりだののケースがほとんどだがな」


 甲太郎が簡単に説明するように少し呆れた口調で言う。



「ならば、もう知っているだろう ?」


「『超人』の事を、さ」


 静かに、呟くように言う勇城。


「っ !知っているのか……」


 それに対し、先ほどとはうって変わって、驚きを隠せない様子で言い放つ甲太郎。



「ああ、ある特殊なウィルスで遺伝子を変えられてしまって自らの強く望む事に関連した新しい機能を手に入れた人間……」


「そう、いわば『進化』を遂げた人間」


「だろ ?」


 口元をにやりと歪ませて落ち着いた様子で語る勇城。


「それも、調べたって言うのか」


「ああ、勿論甲太郎が『超人』であることもね」


 未だに驚いた様子の甲太郎に余裕のある口調でぽつりと言う勇城。



「ここで、甲太郎も知らないような事を教えようか」



 勇城が驚いた甲太郎に構わずに言葉を続ける。


「なんだよ、それ」


 勇城に対し、口を挟むように言う甲太郎。


「とりあえず聞いてくれよ、本来の所、人間から『超人』へ『進化』するにはウィルスが必要不可欠だ」



「いくら強く願おうともそのウィスルが無ければ無意味……」



「そのウィルスさ、どこから来たかわかるかな ?」


 突然の勇城の問いかけに甲太郎が真剣な表情のまま無言で首を小さく左右へ振る。


「答えは……」



「ここさ」


 勇城がゆっくりと言葉を口から紡ぐと腕を組んでいた手を解き腕を曲げ人差し指を真上に伸ばす。


甲太郎が何も言わず、目だけを真上に向けられた人差し指の方向へ向ける。


そこにはその日の天気である雲の多い透き通った青空が移るばかりであった。


「そう、空だ」


 空を見つめる甲太郎へ言葉を向ける勇城。



「5年前、俺たちが小学校から下校する途中に夕麻の体内へ入り込んだ物体こそがウィルスを発生させる、母体のような物だったのさ」


 そして、勇城は真上を向いた甲太郎へ向けてそう言い放った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ