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次への階段

 山のように巨大な入道雲が所狭しと群れを成し、青い空を泳ぐようにゆっくりと泳ぐように動いている。


午後に入り、昼間と夕刻の中間ほどのやわらかい太陽の光が雲間から差している夏の午後。


まるで鳥居のような真っ赤な太い二本の柱に真っ白な横長の細い長方形の看板の付いた門、日本のS県A郡のどこかにある町、黒金くろがね町のたった一つの商店街へ続く入り口を主張している門。


一直線に、ただ曲がりもせずに一直線の通路のような少し広めの道に様々な店が並んだ商店街の出口兼入り口に立っているそこが商店街であるということを教えている門の柱に寄りかかる背の高い人影が一つ。


ぼさぼさとした耳にかかった黒い髪に後ろ首を覆い隠す真っ黒な後ろ毛、どこか精悍さを感じる顔のつくりに眠気の篭った黒い瞳の目、中々に高い背丈に少しだけがっしりとした体つきの青年である。


学生であるのだろうか、真っ黒な学ランに制服の真っ黒なズボン、学ランの金色の小さなボタンは外され中の赤いシャツが覗いて見える。


赤いシャツは『北京原人』と白い文字でプリントされたものである。


加賀見甲太郎かがみこうたろうが顔を上げ、空を仰ぎながら門柱に背もたれてそこにいた。


眠たげな瞳をその青い空に向け、口を少しだけ開き、ぼけっとした様子で空を見上げている。


空は相変わらず夏模様の晴天であり、時折雲間から覗く太陽が甲太郎や辺りの建物、そして数少ない通行人たちを照らす。


「はぁ……」


 甲太郎が少しだけ開いた口から息を吐き出す。


それとともに生暖かい緩やかな風が一陣吹き抜ける。


夏の僅かな熱気を帯びた風である。


「空、か」


 甲太郎がかろうじて聞こえる程度の声で空を仰いだままに呟く。



「あーあ、思い出したくも無いことを」


 甲太郎が目をつぶり、後頭部を掻きながら空へ向かって呟くようにぼやいた。


 再び空を浮かぶ雲が動き、日の光が甲太郎の周りを照らす、暑さを持った熱の光の照射である。


「あっつ……」


 その光に思わず甲太郎が閉じた両目の中心、眉間へ皺を寄せ眩しそうに鬱陶しそうな様子で暑がる。



「ゴメンね、ちょっと待たせちゃったかな」


 

ふわりとした、聞いたものの耳に心地よささえ残る浮遊感のある柔らかい声が甲太郎の左側から彼に向かって掛けられる。


甲太郎が門柱にもたれたままに声の聞こえたほうへ瞳だけを動かし、そちらへ目を向ける。


栗色がかった全体的に少し癖のあるふわりとしたウェーブのかかった肩にかかるほどの長さの髪に眉毛にかかるほどの前髪、黒い瞳の大きめな少しだけ目じりの下がった目に愛らしさの感じられる顔つきの小さな顔。


17,8歳ほどに見受けられる外見にその年頃の少女に見合った平均的な身長、すらりとした華奢な体格を紺色のブレザーに白いカッターシャツ、首元に巻かれた黒いネクタイ、そして、少し丈の長めの制服の紺色のスカートを穿いている。


前日に甲太郎と再会の約束を交わした相手、緋辻ひつじくるみである。


「あー待った、超待った」


 甲太郎が顔の位置を元に戻し、目を瞑りながらだるそうにくるみへ言葉を投げかける。


「ご、ごめんね、ちょっとホームルームが長引いちゃって」


 少し焦ったように慌てながら小さめのボリュームの声で甲太郎の方を向きながら説明するくるみ。


 すると、甲太郎がそのままの体制で、口からふっと微かに息を漏らし笑う。


「嘘だよ……俺もさっき来たところだ」


 少し穏やかな口調で安心させるように言う甲太郎。


「もう、意地悪」


 それを聞いたくるみが少し安心したように少し困ったような笑顔を甲太郎へ向けて呟くように言う。


「はぁ」


 その様子を感じ取った甲太郎が前髪を掻き揚げて息を吐く。


「変わらんな、お前は」


「ちょっとした嘘でもすぐ信じてテンパっちまうところなんか昔のままだ」


 髪を掻き揚げたまま目だけをくるみへ向けてぽつぽつと喋る甲太郎。


「ほんっと、変わらんな」


 最後にため息とともに息を吹くように呟く甲太郎。


「変わらないよ」


 そんな甲太郎の言葉を聞いたくるみが少しうつむき加減に暗い小さな声で呟く。


「変わろうと思ったこともないし、変わらないよ」


「これからも、ずっと、ね」


 うつむきながら途切れ途切れに言葉を吐き出していくくるみ。


俯いているくるみに甲太郎が目を向ける。


「でもさ、甲太郎もそこまで変わった感じはしないよね」


 くるみが顔を上げて柔和な笑みを浮かべて言う。


「俺が ?」


 くるみに目を向けた甲太郎が彼女へ短く問う。


「うん、背も高くなったし、顔つきもちょっと大人っぽくなったけど」


「ちゃんと面影も残ってるし、それにちょっと意地悪な所も変わってないなって」


 にこりとした笑顔で甲太郎へ向かい喋り続けるくるみ。


「俺も変わってない、か」


 甲太郎がくるみから目を外し前を向いて呟く。


「少しは変わったところもあるけどな」


 腕を上げ、それを眼前に持って行き眺めながら呟く甲太郎。


彼らの周りを歩く人間の数が更にまばらになり、まるでそこは一つの空間になっており、二人だけがそこにいる錯覚さえ覚える場所である。


「それで」


「俺に話がある、と言っていたが」


 甲太郎が顔をくるみへ向け、本題の話を切り出す。



勇城ゆうき


 くるみが甲太郎の言葉の後にすかさず言う。


「覚えてるよね ?」


 くるみが少し真剣みの混じった顔で甲太郎へ問いかける。


「ああ」


 それに対し、甲太郎は短く感情の篭らない表情と声で答える。


「同じ幼稚園の武尊勇城ほたかゆうきだったな」


甲太郎が真剣な表情でくるみの問いかけに答える。


「うん」


「その勇城のこと、って言えば分かるよね」


 くるみが少しだけトーンを落とした声で甲太郎へ更に問いかける。


「察しは付いた」


 甲太郎がくるみから顔を外し前へと向き直り言う。


「それと、どうやら話って言うのがお前じゃなくて勇城の方から何かあるってのもな」


 甲太郎がそのまま言葉を続ける。


そして、言い終えた甲太郎が目を開き、それを動かし、くるみへ視線を送る。


するとくるみが何も言わずに頷く。


「やっぱ、か」


 それを見た甲太郎がため息混じりの声で息を吐き出すように言う。


「ごめんね……」


「私は甲太郎を連れてくるように頼まれただけなの」


 ぽつりと消え入りそうな声で言うくるみ。


「お前は」


 甲太郎がくるみへ問いかける。


「その勇城の話の内容を知ってて、それに関与しているのか ?」


 甲太郎がくるみへの質問を続ける。


「うん、それに私だけじゃなくて吹雪もだよ」


 くるみが頷きながらゆっくりとした口調でその問いに答える。


「吹雪、また懐かしい名前を」


 くるみの言葉に甲太郎が静かに言い放つ。


 そして、しばらくの間二人が黙りこくる。


大きな雲はまた移動を続け、太陽を隠し二人の間に大きな影を作り出す。


自然な涼しさの感じられる影、それに二人が包まれ姿が暗く薄い闇に覆われる中、全く動きを見せない甲太郎とくるみ。


「あの時から」


 甲太郎がぽつりと言葉を漏らし、静寂を破る。


「あの時から、あいつは随分変わっちまったよ」


 顔を落とし、甲太郎が言葉を続ける、影と傾いた顔のせいで表情はわからない。


「このままで良い訳があるか」


 そして、くるみに聞こえるか否か程のボリュームの小声で呟く。



「わかった、勇城に会えるように話を付けといてくれ」


 甲太郎がくるみへ向けてはっきりした声で言い放つ。


「それなら、大丈夫だよ」


 そんな甲太郎へ向けてくるみが答え返す。


「勇城がね、甲太郎なら勇城の話を出せばきっと来るって言ってうちの学校の屋上で待ってるんだ」


 くるみが柔和な口調へ戻し、甲太郎へ事情を話した。


「読みが利くのも相変わらずってわけな」


 ため息を付いた後に甲太郎がどこか呆れたような口調で独り言を呟くように言う。


「わかったよ、勇城のいる所まで案内してくれ」


 続けざまにくるみへ頼むように言う甲太郎。


「うんっ」


 それに対し少し跳ね上がった声で嬉しさを隠さずに言うくるみ。


「これで久しぶりに皆集まるね、こっちだよ」


 ぱっと後ろへ振り向き、相当嬉しいのだろうか駆け出すくるみ。


「皆、ね……」


「一人足りないっての」


 柱にもたれたままに小声で独り言を口にする甲太郎。


「こーちゃーん、早くっ、こっち」


 少し離れたところでくるみが甲太郎の方を向いて手を大きく振り大きな声で呼び寄せようとする。


「はいはい」


 甲太郎が面倒そうにゆっくりと柱から体を離してだるそうな口調でくるみへと答える。


 そして、甲太郎がゆっくりと足を踏み出す。


それと同時に雲間からの陽光が辺りを再び照らし始め、甲太郎がそれへ目を細めながら顔を上げつつ見上げる。



「やっぱ、空はいかんな」


 空を見上げた甲太郎が小さく呟いた。



「早くってば」


とうに甲太郎から離れた場所にいるくるみが急かすように甲太郎へ向かって跳ね上がった声を投げかける。


「はいはいはい」


 そして、それを聞いた甲太郎が面倒そうな声で答え、急ぐ気配の無いゆっくりとした歩調でくるみへと近づいていく。


そして、二人は武尊勇城の待つ彼の学校の屋上へ向かったのであった。






「でけぇ学校だな」


 延々と道路の続いていそうな道の途中で立ち止まった甲太郎が目を見開いて呟く。


「そうかな ?見慣れてるから正直良くわからないけど」


 となりにぴったりとくっつく様に立っているくるみがにこりとした笑顔で甲太郎の呟きに答えるように言う。


彼らの目の前に立っているのは赤茶色の小奇麗な感じの大きな建物であった。


見上げられるほどに高く窓の数の多く感じられる建造物に一定間隔で常緑樹の植えられている建物の正面の中心にある大きく口を開けたような広い入り口まで延びた黒いアスファルトの一本道、そしてそれらを取り囲むように立ちはだかっている背の高いレンガの壁。


建物の横幅も長く、巨大な壁が立っているような感じさえする建物、その大きさから敷地の広さも相当の物であろう。


入り口へ繋がる道に男女様々な人間が談笑したり行き来したりとまばらに存在している。


「ここが勇城に吹雪、そして私の通っている学校」


鳴央めいおう高校」


 笑顔を横にいる甲太郎へ向けて、その建物を紹介するように言うくるみ。


「洒落た学校だな」


 甲太郎がその校舎をまじまじと眺めながら少し感心したような声色で言う。


「鳴央高校ね、話には聞いたことがあるよ、学力的な問題で俺の学校とは天と地ほどの差がある学校って」


「見た目も完全にそれっぽいとはな」


 甲太郎がくるみへ目を配り言葉をかける。



 私立鳴央高校、甲太郎の住んでいるS県に点在する数ある高校の中でも五本の指に入るほどの学業優秀、品行方正ひんこうほうせいを地で行く名門校である。


狭き門であるが入学出来れば後の人生は安泰とも言われている高校である。


「それじゃ、行こっか」


 くるみが校舎を眺めている甲太郎へ話を切り出す、そしてそれを聞いた甲太郎が無言で頷いた。




 

ひそひそと無数の生徒の囁く声の聞こえる汚れや古びた感じの全く感じられないただ真っ黒なアスファルトの道。


きっちりと、一定の間隔で植えられた太い幹に青々と茂る葉の常緑樹に道の脇にどいているまばらなくるみと同じブレザーをきっちりと着た男女の生徒たち、その生徒たちの視線が一点に集まっている。


その視線の集まる先には俯きながら道の中心をゆっくりと歩く甲太郎にその隣を笑顔で歩いているくるみの二人がいた。


「他校生だ」


「他校生だわ」


 ひそひそとした囁き声がその道の脇にどいた生徒たちから聞こえてくる。


「真っ黒でカラスみたい」


「なんでボタンをしてないんだろう」


「あの髪の毛、生け花が出来そうです」


「ママー、あのシャツ欲しい」


「しっ !見ちゃいけません」


 他の学校の生徒である甲太郎が珍しいのか甲太郎についての話をひそひそとした声で話している。


そんな声を浴びせながらも黙々と歩いていく二人が開け放たれた玄関の扉を潜り、校舎へと入っていった。



次に二人を迎え入れたのは薄い灰色のコンクリートの玄関の床に金属製のロッカー式の下駄箱の群れ、埃やゴミは全く見当たらない清潔感の漂う玄関口である。


その先には左右に分かれた硬そうな大理石の床の廊下に次の階へ向かうための階段が見える。


「なぁ」


 玄関口で立ち止まった甲太郎が口を開き短い言葉を発する。


「うん ?」


 くるみがその2,3歩先に進んだところで立ち止まり、甲太郎の方へ振り返り、不思議そうな顔で首をかしげる。


「俺って、そんな珍しいのか ?」


 甲太郎が自らを指差し、怪訝そうな声でくるみへ問いかける。


「ああ、さっきの」


 くるみが柔和な表情に戻り納得したように言う。


「うちの学校は基本的に他校生の出入りも自由なんだけど、あんまり来ないし一度来た人も次からは来なくなっちゃうから」


「あんな素敵な歓迎されたらそりゃ来ないわ」


 説明するくるみに少し呆れた様子の甲太郎。


そして、自分の下駄箱のロッカーへきっちりと自分の革靴をしまうくるみに廊下と玄関口の境目に不揃いに脱ぎ捨てるように靴を置く甲太郎、そして二人は上の階へ上がるための階段を二人で並びながら歩いていた。


延々と続いていそうな大理石の床の階段、落下防止の背の低い壁に鉄製の手すりの付いている階段を無言で上る二人。


「ねえ、こーちゃん」


 くるみが突如言葉を発する。


「ん ?」


 それに隣を向きながら短く反応する甲太郎。


「もしかして、ちょっと不安 ?」


 くるみが階段を上りながら覗き込むようにして甲太郎へ問いかける。


 しかし、甲太郎は何も言わずに前を向き黙々と階段を上り続ける。


くるみもそれに従い、隣に並ぶようにして歩いていく。


無言の二人の前に次々と現れる段差、そして廊下へ続く大理石の分岐路、彼らのほかには誰も階段を上り下りする者は居ない。


そして、ついに階段の終わりを告げる奥に鉄の小奇麗な扉の付いた狭い空間が現れる。


恐らく、屋上へ向かう為の扉である。


「そうだな」


 今度は甲太郎がその静寂の中、甲太郎が言葉を切り出す。


「俺はあの時以来、勇城には会って居ないからな」


「不安、というのもあるのかもしれない」


 遅れて、くるみの問いに答え返す甲太郎。


そして、彼らは階段を上りきり、その狭い空間へとたどり着いた。


「そっか」


 くるみが前を向き、どこか落ち着いた様子でその扉の取っ手に手をかけながら呟く。



「でも、これからは一緒に居られるよ」


 そして、明るい声で言うとその扉を開け放ったのだった。








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