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シープな再会

 古臭い黄土色のざらざらとした土壁のような壁に埃っぽい灰色のコンクリートの床、もくもくと薄い、空腹を誘うような匂いの混じった煙を吐き出す調理場に古ぼけた白いコックコートを着た歳を取った店主がせわしなく動いている。


それを囲む赤いカウンターに黒い回転椅子、その向こう側にコンクリートの床からせりあがった狭いのたたみの座敷。


その座敷の上、脚の短い机を挟み、対面するように座る二人の人物がいた。


二人の若い男性である。


真っ黒いぼさぼさとした耳を少しだけ隠してしまうほどの長さの髪に、後ろ首を覆い隠している後ろ毛、結構に整った精悍な顔立ちだが眠気の混じった黒い瞳の目。


高めの背丈にしなやかさの混じる体格の良い体つき、白地に真っ赤な巨大な唇が『クチビルおばけ』と黒い文字とともにプリントされている半そでのシャツの上から真っ黒な学ランを羽織はおり、学校指定の黒いズボンを履いている、歳は大体17歳ほどに見受けられる。


加賀見甲太郎かがみこうたろうが畳の座敷席の座布団の上で胡坐をかいて座っている。


そして、その甲太郎の向かいに座っている、彼と同じ位の歳の青年、それがもう一人の人物である。


血色の良い濃いめの色の肌に太めの眉に切れ目の精悍な顔立ち、そして何よりも目立つ彼の存在を主張しているといってもよいほどに立派な黒髪の軍艦のようなリーゼントの髪。


甲太郎よりもがっしりとした体格にピンと背筋の伸びた高い背丈、そしてきっちりと着こなされた真っ黒い長ランと甲太郎と同じ学校指定の黒いズボン。


鬼瓦巌であった。


二人は日本のS県A郡黒金町の商店街の外れにある古ぼけたラーメン屋の中の座敷席で注文したメニューを待っていた。


「まさかこんな所に店があるとはねぇ」


 甲太郎がぼそりとした声で独り言のように呟く。


この店、商店街の表通り、店のずらりと並んだ通りの出口付近の床屋と不動産屋の間の裏路地の間の狭い道を抜けた先の空間にあるという、怪しい場所に建っているラーメン屋であった。


「案外こういう場所が隠れた名店だったりするじゃないか、実際ここで食べたことないが」


 巌がそんな甲太郎の呟きへ回答する。


「だといいが」


 甲太郎が机の上に肘をつき、頬杖をついて目を動かし店内を見回している。


机の上に置かれたメニューに胡椒やラー油などの調味料、壁にかけられている短冊切りにされた紙に書かれたメニューの名前。


甲太郎の目線の動きからしてそれらを眺めているのがわかる。



「ていうかよ、よくこんな探してみろといわんばかりの場所にある店を発見したな」


 甲太郎がラー油の入った小瓶を手に取り指でいじりながら巌に問いかけた。



「この間玲子さんにばったりと出会ってな」


「ばったりか ?」


 話し始める巌を遮るように言う甲太郎。


「ああ、ばったりだ」


「後ろからつけてたんだな」


「いや、ばったりだ」



 突如始まる謎の問答。


「まあ、それはいいとしてだ」


 そして、巌が手のひらをぱちんと合わせて話を早々に切る。


「とにかく玲子さんに会って荷物が一杯で持つように頼まれたんだ」



「あいつも体よく扱うな、可哀想に」


 そんな巌の言葉にため息をつきながら言う甲太郎。


「確かにスイカとかキャベツとかが5玉位はキツかったが、恐らく服や下着の入った袋も持つことができたしそれはそれで……」


「あー、ああ……」


 少し照れくさそうな巌に甲太郎は多くは語るまいと言ったような感じで言葉に表しにくそうにしている。


「で、俺が玲子さんの後ろを付いて歩いているときにふと横を向いたら裏路地への通路があって覗いてみたら、そこは不思議なラーメン屋さんでした」


「で、その訳のわからん店に一人で入るのには気が引けるが気になるので、食ったこともないのにうまい店があると俺を騙して連れてきたわけね」


 続きの経緯を説明する巌に続き、言葉を遮り代弁するように話し始める甲太郎。


「もう……ちょっとぉ……かかるからまっててねぇ」


 突然そんな二人の座っている真横からしわがれた、生気の感じられない枯れ木のような震えた途切れ途切れな声が聞こえた。


そして、二人の前に、ことりと小さく机を鳴らし、小さなガラスのコップが置かれた。


ガラスの中にはすっきりと透き通り向こう側の覗ける水と端の溶けた下は角の尖った正方形であったろう氷が2つ。


二人が目線を真横へ向けるとそこには一人の老人男性が立っていた。


つるりとした髪の毛一本無い頭に口元と顎から伸ばされた長いまるでサンタクロースのような真っ白い髭、細い体つきの体格に古めの真っ白なコックコート、年相応に曲がった腰に目を細め柔和な笑みを浮かべている老人である。


「ああ、ども」


 巌がその存在に気づき、ぽつりとお礼を言い、甲太郎も頭を下げ会釈する。


甲太郎が水の入ったガラスのコップに口をつけ、水を少しだけ口に含んで飲み干す。



「あの……」


 コップから口を離した甲太郎がどこか気まずそうに言葉を紡ぐ。


「俺の顔に何か ?」


 甲太郎が前方に向かってどこか気まずそうな顔つきで言い放つ。


 そこには先ほどの老人が細めていた目を大きく見開き、甲太郎を真剣な顔つきでじっと見つめていた。


「ほほっ、いえいえ、お気にせず」


 甲太郎に問いかけられた老人は再び目を細め、しわがれた声で朗らかに短く笑うと振り向いて調理場の方へと引っ込むようにゆっくりと歩いていく。



「なんだ、ありゃ」


 巌がそんな老人を見て怪訝な表情でそう呟く。


「さあな……」


 甲太郎もぽかんとした表情で先ほどまで老人のいた場所を見つめていた。






「で、よぉこないだ大ババ様の所に古典の宿題忘れたって言いに行ったら、『お主に精霊の裁きのあらんことを』とか言われちまってよ」


 甲太郎が胡坐をかき、机を挟んだ向こう側の巌へ話しかける。


「あー、聞いた話によると大ババ様にそれを言われて瀕死レベルの大怪我を負った生徒がいるらしいな」


 巌もおひやの入ったコップを手に持ち、揺らしながら机を挟んだ向こう側の甲太郎へ言う。


お冷のコップが配膳されてから他愛の無い話をしながら注文した料理を待つ甲太郎に巌、

二人のコップの中の氷が見る影もなく小さくなった所から結構な時間がたっていることがわかる。


厨房からは相変わらずじゅうじゅうと鍋の中の食材が焼ける音とともにコンロの上で鍋を振う店主、そしてそこからもくもくと良い匂いのする煙が上がっている。



「じゃあ、なんだかんだで『写真部』はまだ存在するのか」


「いや、今は『カメラ部』らしいが」


「そこはもうちょっと頑張ってひねれよ」


 会話を続ける甲太郎と巌、店内には彼ら以外の客は一人もいない。



「はい、カニ玉……おまちどうさん」


 そんな二人の真横から先ほどのしわがれた声が聞こえた。


先ほどの老人が気配も足音もなくいつの間にか二人の座る座敷の席の横に立っていたのだ。


手には真っ白い更に盛られた、薄い黄色の円形に焼かれた卵に筍やキクラゲ、蟹肉の混じった物の上に茶色いとろみのある餡がかけられ、黄緑のグリーンピースの添えられたカニ玉を持っていた。


先ほど作られたばかりなのか、カニ玉からは湯気が立ち上っている。


「あ、それ俺のです」



 そんな老人に対し、巌がすかさず答える。


「悪いな加賀見甲太郎よ、俺の奴が先に来てしまったようだ」


その後、甲太郎の方へと向き直り自慢げな顔つきと声色で言い放つ。


「中々美味うまそうだな、おい」


 巌に運ばれてきたカニ玉を見た甲太郎が思わず羨ましそうに言う。


「やらんぞ」


 そんな甲太郎にすかさず答える巌、一口くれと言わんばかりの甲太郎に予防線を張るように短く言い放つ。


「髪形は無駄にダイナミックなくせにケチくせぇ男だ」


 断固として渡さないつもりの巌へ口を尖らせて言う甲太郎。



「俺のやつも早いとこお願いしますよ」


 巌を横目に見ながらカニ玉を運んできた老人へ言う甲太郎。


老人はカニ玉を手に持ったまま再び甲太郎の体全体を捉えるように目を大きく見開いてじっと見つめていた。


「あの……」


 またもや、穴の空かんばかりの視線を老人から感じた甲太郎が老人へ向かい、言いづらそうに言葉を紡ぐ。


「ああ、はいはい、すぐ持ってきますから、待っててね」


 甲太郎に言葉を掛けられた老人がびくりと微かに跳ねると見開いていた目を再び細め巌の前にカニ玉を静かに置き、早々と奥へと引っ込むようにして去っていく。



「なあ、あの老人、加賀見甲太郎の知り合いじゃあないのか ?」


 テーブルの端の筒に纏められた割り箸の束から一本だけを抜き取りながら巌が甲太郎へ不思議そうに顔を歪めて問う。


「あんな爺さん知らんぞ」


 甲太郎が机に肘をつき頬杖をつきながら巌にそう答え返す。


「生き別れた祖父そふとかかもしれんぞ !」


「俺の爺さんならY県の方で元気に農業やってるよ……」


 少し興奮気味に箸でカニ玉を突きながら言う巌に頬杖をついたまま少し呆れたように答える甲太郎。


「多分、俺を誰かと勘違いしてるんだろ」


 甲太郎が頬杖をついたままにやる気の感じられない声で結論付ける。



「はい、レバニラ炒めお待ち」


「……っ !」


 音もなく真横から聞こえた声に甲太郎が驚く。


そこには再び音もなく現れた先ほどの老人が手に料理の盛られた皿を持ち立っていた。



「あ、ああ、それ俺の……」


 先ほどの驚きが抜けないのか、動揺した様子で甲太郎が名乗り出る。



「はい、どうぞ」


 老人が静かに腕を伸ばし、甲太郎の前に静かに料理の盛られた皿を置く。



「どうも」


 甲太郎が老人へ横目で目を配りぼそりと呟く。


不意に、甲太郎と横目の視線が老人の瞑られた目を捉える。


先ほどとは違い、柔和な閉じられた糸目のままの老人に何故かほっとした様子の甲太郎。



「やはりな……」


 そんな甲太郎の真横からどこか真剣な響きの混じったしわがれた声が聞こえた。


「そっちの寝癖の兄さんや」


 今度は柔和な感じのしわがれた声が甲太郎へ向けて発せられる、声の主は甲太郎の真横、座敷の席の横に立っている老人である。



甲太郎が無言できょとんとした顔つきで老人を見ると自らを指差す。



「お前さんは実に多くの人間と喧嘩……戦ってきたようだの」


顎に手を当てながら甲太郎へ顔を向けしみじみと語る老人。


「調べたのか ?」


 甲太郎が顔から表情を消し、疑るような探るような無感情な口調で言う。


甲太郎は少し前に『超人』と呼ばれる『進化』することにより人知を超えた新たなる機能を得た人間たちからたち続けに襲撃を受けていた、恐らくこの老人もその類の人物ではないのかと疑っているのだろう。


「『手』だよ」


 静かに呟く老人。


「はぁ ?」


 あまりにも予想外の返答が返ってきたためか素っ頓狂な声を出してしまう甲太郎。


「お前さんにの『手』を見ればわかる、色々な戦いを繰り広げてきたことを物語っておる手だよ」


「んな、ナウシカみたいな事言われてもな」


 甲太郎の手を凝視しながら静かに呟く老人、そしてどのような反応をすればよいのかわからない様子の困惑した甲太郎。


前に座っている巌がぽかんとしている。


「なるほど、お前さんは既に『戦える力』を持っているようだ」


 困った様子の甲太郎に構わず老人が続ける。


「しかし、『戦う方法』を知らんようだ」


 その老人の言葉を聞いた甲太郎がわからないと言いたげに顔を歪ませる。


「まあ、簡単に言えば寝癖の兄さんは今現在で、目には見えない刀を持っている状態だ」


「しかし、その刀を思い切り振り回すしか戦う『方法』を知らない……効率的な戦い方を知らない状況」


 真剣な声色でどんどんと語り続けていく老人。


「そんなところかの」


 老人が柔和な雰囲気に戻し、話を締める。


「しかしっ !」


 突如、目を見開き、声を張り上げる老人。


「お前さんはまだ強くなれる」


「お前さんをこのままにしておくのは惜しい !目の前に国産和牛があるのに食べずに腐らせるようなものっ !」


「どうじゃ ?その『戦う方法』、わしから学んでみんか ?」


 老人の長々とした話が終わり、店内がしんと静まる。



「確かにさ」


 静まり返った中、甲太郎がぽつりと呟く。


「爺さんの言ったとおり、俺は色んなやつと命に関わるかもしれないほどの戦いをしてきたし、戦うことに使う事のできる力も持ってる」


「だが、もうこの間その襲ってくる敵を皆、倒しちまって、これからそんな戦いをすることも無い」


「だから俺に『戦う方法』は必要無い」


 甲太郎がすっかり冷めてしまったレバニラ炒めを見つめながら老人の誘いを断る。




人の声や足音、店から流れる音楽の入り混じった商店街、アスファルトの直線の広い道を歩く人々にその合間を縫うように走る自転車、それらを避けるように脇に並ぶ様々な店や背の低いビル。


男女や年齢も疎らな人々が夕刻のオレンジ色の陽光に照らされ、家路へ急いだり談笑したり買い物をしたりしているのであった。


そんな中、甲太郎と巌も商店街を抜けるべく夕日に照らされた商店街をまっすぐと歩いていた。



「変な爺さんが居たけど中々美味い店だったな値段も安めだし」


「ああ」


 満腹のせいか満足げな巌に少し俯いて呟くように答える甲太郎。



「おいおい、店出てきたときからリアクション薄いぞ加賀見甲太郎」



「んー、ああ……」


 口を尖らせていう巌にどこか上の空な甲太郎。


「なんだよ、そっけないな」


 つまらなそうに言う巌。



「さっきの爺さんにああ言われて、もう危険な目に合うことは無いんだなーっていうのを実感してな」


「そんなにもスリルを求めていたとは意外だな」


上の空な甲太郎がどこか気の抜けたように言い、巌が少し驚いたように答える。



「最初からそんなもん求めてねぇ……はずなんだがなぁ」


「何か空虚って言うか」


 甲太郎が上の空な感じで気の抜けた声で呟くようにぶつぶつと独り言のように言葉を発し続ける。



「あの……」


 そんな二人の背後から呼び止めるような柔らかい少女の声が聞こえた。


思わず二人が足を止め振り返る。


彼らの背後、少し離れた場所に一人の少女が立っていた。


ふわりとした栗色のウェーブのかかった肩の辺りまで伸ばされた髪に眉毛を隠すほどの長さの前髪、大きめの黒い瞳の少し目じりの下がった目、左目の目尻の下に泣き黒子のある整った柔らかそうな印象の顔立ち。


年の頃は17,8歳ほどに見受けられ、その年代の少女に見合った、いわゆる普通といえる身長に少し細身の体つき、それらを包んでいる長袖の紺色のブレザーに胸元の蝶結びにされた紺色のリボン、上のブレザーに合わせられた紺色のスカートに黒いハイソックス。



「やっぱりそうだ」


 振り返った二人を見た少女が驚いた顔つきで呟くように言う。


そんな少女に不思議そうな顔つきで見合う二人。


「久しぶりだねぇ、こーちゃん」


 そんな二人に構わず、にこりとした笑顔で嬉しそうにおっとりとした声色で言う少女。



「こーちゃん ?」


「こーちゃん……」


 甲太郎と巌、お互いがお互いを見合いながら言う。


「え、あの、そっちの貴方、加賀見……甲太郎、君だよね ?」


 少し驚いたような焦ったような様子で甲太郎を指差しあたふたと言う。


「あ、ああ、そうだけど」


 甲太郎が眉をひそめて肯定する。


「おい、加賀見甲太郎よ、誰だこの可愛らしくたおやかなお方は」


 巌が肘で甲太郎を突きながらぼそりと呟く。


「いや、俺もわからんよ」


 そんな巌を横目にぼそりと呟きながら答え返す。


「忘れちゃったかな ?それとも久しぶりでわかんないのかな ?」


 少し悲しそうな顔で言う少女。


「ほら、私、昔よく遊んだ緋辻ひつじくるみだよ、覚えてないかな ?」


 少し不安そうに胸元に手を当てながら甲太郎の方へ近づいて名乗る少女。



「まさか、くるみか ?」


 甲太郎がぎょっとしたような表情で少女を指差しながら少し震えた声で言った。








「するとくるみさんは加賀見甲太郎の幼馴染というわけですね」


 巌がにっこりとした嬉しそうな顔で言う。


夕焼けの商店街、甲太郎と巌、そして巌の隣に先ほど出会った甲太郎の幼馴染の少女である緋辻くるみが並んで歩いてた。


「ええ、こーちゃんとは幼稚園のえーっと……」


「年中からだよ」


「そう、年中クラスの頃から知り合ってよく一緒に遊んでたの」


 考え込んだくるみをフォローするように甲太郎が短く口を出し甲太郎との出会いの経緯を話していくくるみ。


「しかしまさか加賀見甲太郎のようなぶすっとした不機嫌そうな奴にこんなにも可愛らしい幼馴染がいるだなんて」


「可愛くなんかないですよう」


 嬉しそうにくるみをべた褒めし、甲太郎をさり気なくけなす巌に少しだけ身を縮め、頬を微かに染めて少しだけ恥ずかしそうにするくるみに呆れた様子の甲太郎が歩いていく。


そんな彼らの前に商店街の出口を告げる赤い円柱にそれを結ぶ板状の看板が掛かった門が見えてきた、看板には黒いペンキで『またおいでくださいませ』と太い文字が書かれている。


歩きながら談笑する巌とくるみ、そして、その会話に時たま茶々を入れる甲太郎。


三人が門をくぐった所で立ち止まる。


「あ、私こっちなの」


 門をくぐり、三歩ほど進んだところでくるみが左側を指差して言う。


「おお……まさかここでくるみさんとお別れとは、そして更に悲しいことに加賀見甲太郎と帰るルートが同じとは」


「うるせぇよ」


 巌が両手で自らの頭を掴み、オーバーアクションにくねりながら苦悩の声色で言い、甲太郎が呆れた声色で口を尖らせる。


「おい、加賀見甲太郎よ、くるみさんに変なことするんじゃないぞ !それじゃあチャオ !」


 最後にそう言い放つと巌は甲太郎とくるみとは逆の方向へ走り去っていった。





すっかりと商店街の門も見えなくなり、電柱と垣根に挟まれたアスファルトの街路地の道を甲太郎とくるみが並んで歩いていた。


夕日もしっかりと沈み、あたりは既に暗く、空には砂粒のように小さく、存在を主張するように光る星がちらほらと見えていた。


「巌さんって元気で面白い人だね」


 にこりとした笑顔でくるみが甲太郎へ問いかける。


「そうだな」


 それに対し短く無感情に答える甲太郎。


「こうやって歩くのも久しぶりだねぇ」


 またもやにこりとした笑顔で少し嬉しそうに言うくるみ。


「そうだな」


 しかし、甲太郎は先ほどと同じ様子で答える。


「ずっと会ってなかったからね」



「そうだな」



 夜道を話しながら歩いていく二人、時折電柱に備え付けられた街灯が二人を照らす。


吹雪ふぶき勇城ゆうきと私は同じ高校だったけど、こーちゃんは違うもんね」


「そうだな」


 民家の門に備え付けられたライトも時折彼らを照らす。



「で ?」


「え ?」


 甲太郎が突然短く声を出し、それに驚くくるみ。


「俺に何か用があるんじゃないのか ?」


 甲太郎が前を向いたまま無表情でくるみに言葉をぶつける。




「……どうして、そう思ったの ?」


 くるみも甲太郎のほうは見ず、ぽつりとした小さな声で甲太郎へ言葉を向ける。


「お前の家、確か方向は巌と同じ方だったよな」


 甲太郎が空を仰ぐように上を向きながら言う。


「それに、お前は隠し事とか後ろめたい事があると右手の指で左手の人差し指をいじくる癖があるからな」


 ゆっくりと歩きながら甲太郎が上を見たままに言葉を紡いでいく。


「そっか……」


 くるみが少し俯きながら甲太郎の速度に合わせるように横に並んで歩き、息をふきだすように短く言葉を発する。


「そんな事まで覚えててくれたんだね」


 にこりとした笑顔を甲太郎へ向けて少し嬉しそうに言うくるみ。



「実はね」


 再び顔を前に向きなおし話を始めるくるみ。


「こーちゃんに話があるんだ」


 ゆっくりと歩きながら話を進めるくるみ。


「と、思ったけどさ、今日はもう遅いから」


「明日、放課後に商店街の出口で」


 立ち止まる二人、甲太郎は黙ったまま、くるみだけが喋り続ける。



「待ってるから」


 そう言い放つと、くるみは今まで進んできた道の方へ振り返り、甲太郎とは逆の方へ歩き始めた。



それを見た甲太郎も、家路につくべく彼女とは逆の方向を歩き始めたのだった。


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