黒金町 ブラッドサッカー(後編)
黒というよりも灰色といったほうが良いほどの塗り固められてから時間の経過しているアスファルトの地面。
そんなアスファルトの細長く敷き詰められた道を左右には住宅の門や垣根がその道に壁を作るように立ちはだかっている。
そんな中にぽつぽつと垣根の傍を一定感覚に灰色の細長い丸太のような電柱が立っている。
そんな住宅地に一組の男女が距離を置き、互いに見合っている。
一人は青年であった。
ぼさぼさとした長めの真っ黒な髪に後ろ首を隠している後ろ毛、普段は眠気の篭った目をしているが今は真剣そのものな目つきの精悍な顔立ち。
高めの背丈に中々にがたいの良い体つき、それらを真っ黒な全てボタンの外された学ランに制服の真っ黒なズボンで身を包んでいる、ボタンの外れた学ランの隙間から紫色のシャツが覗いて見える、そんないでたちの青年である。
加賀見 甲太郎が住宅地の道のど真ん中で身構えている。
そして、その甲太郎から少し離れた場所で、彼と同じ位の年頃に見ることのできる少女が彼の前に立ちはだかるように立っている。
真っ白な、何も書いていない画用紙のような肌色に癖のない絹のような真っ直ぐで真っ黒な腰ほどまでに伸ばされた綺麗な髪、釣りがちな薄紫の瞳の目に整った細い眉、すっきりとした鼻筋の鼻に薄紫の紅の引かれた唇の口の整った顔立ち。
女性としては少しだけ高めの、甲太郎よりも頭2つ分ほど小さい背丈に出ているところと引っ込むところのはっきりとしているグラマラスな体格、そんな体をひらひらとしたレースが至る所に散りばめられた、胸元と背中の大きく開き、肌の露出しているドレスがぴっちりと張り付くように着られている。
甲太郎の前に立ちはだかる紅 真白である。
「うふっ、いい表情……」
戦慄している甲太郎を見た真白がにこりと笑顔を浮かべ、唇に人差し指を当て、嬉しそうに呟く。
「何だ、今の『熱波』は」
再び、甲太郎が構えなおしながら独り言のように小さく呟く。
「まさかあんな『特殊機能』まで隠し持っていたとはな」
甲太郎が額に汗しながら、未だに驚きを隠せない様子で小さく口にする。
「あの『熱波』恐らく射程はそこまで長くは無いが、近づけないんじゃ俺の方も対処のしようが無いな」
「今、向かい合ったこの状況、少しでもスキを見つけて飛び込むしかないな」
息を吸い込み、気を入れるように更に腕を前に突き出す甲太郎、彼が出したのはいつも道理の結論、『相手のスキを突いての正面突破』であった。
甲太郎が真白を真剣な眼差しで捕らえ、じりじりとすり足で間合いを詰めて行く。
穴の開きそうな視線で真白を凝視し、僅かなスキすら逃すまいと様子を伺うようにじり、じりと詰め寄っていく。
「そんなに見つめられちゃうと……ちょっと照れちゃうわね」
そんな甲太郎を見ても、特に慌てた様子も見せず、頬に手のひらを当て、相変わらずににんまりとした嬉しそうな表情で少し小馬鹿にするように甲太郎へと言い放つ真白、余裕さえ感じられる態度である。
交差する二人の視線。
真剣な形相で、いつ攻撃に移ってもおかしくないような体制でじりじりと間合いを詰める甲太郎とまるで自分には関係ない、そんな別次元の雰囲気すら感じられる腕を組み、にんまりとした顔で甲太郎を見つめている真白。
「まだ来ないのかしら ?でも、この焦らすようなまだるっこしさも悪くないわね」
真白が、ふふ、と優しく息を吹きかけるように小さく笑いながら、相変わらずに甲太郎を小馬鹿にしたような口調で喋りかける。
甲太郎は相変わらず何も言わず、じりじりと詰め寄る。
ぴたり、と突如、甲太郎がその動きを止める、どうやら自分の攻撃できる射程距離にまでたどり着いたようである。
しかし、真白は相変わらずの様子で甲太郎を見据え、そこに棒立ちになるように余裕の表情で立っている、彼女が『爪』や『熱気』での攻撃の射程距離ではないからなのか、はたまた何かがあるのかは知らないが相変わらずの真白である。
両者とも見合い、その場から動かない。
いつの間にか日は傾き、濃い橙色の夕刻の入りを告げる陽光がアスファルトの地面や住宅、垣根、そして二人へと降りかかり、その表面を微かに染める。
そんな硬直の中、真白が突然、ふと動き出す。
思わず、構えていた甲太郎がびくりと動き、体を更に硬直させるかのように力を全身へと込める。
しかし、真白が硬直を破り、動きを始めたのは攻撃に移るためではなかった。
真白は突然に両腕を広げ、にやりとした笑みを浮かべた余裕の表情を浮かべ、口を開く。
「あなたが待ってるのって、『これ』でしょ ?」
嬉しそうな、相変わらず小馬鹿にしたような声色につり上がった口元の真白。
「ほら、明らかに付け入れる隙、しかもノーガードのおまけつきよ」
相変わらずの表情と声色で全身から力を抜いたような様子で両腕を左右へと大きく開き、迎え入れるようなポーズで甲太郎へと言い放つ真白、一見すれば隙だらけに見える。
「どうしたの ?今の甲太郎君と私くらいの距離だったらそのまま突っ込んで仕掛ければ私が攻撃に移る前に確実にヒット、避けるのも不可能な位、あなたが有利な状況よ ?」
真白が自分がいかに不利であり、甲太郎がいかに有利であるかを説明する。
それを聞いた甲太郎の表情がかすかに歪む。
突然訪れた相手から提供されたチャンス、甲太郎を軽んじているのか何か策があるのかは知らないが随分と余裕そうな真白である。
「ほらほらぁ、私の気の変わらないうちに攻撃した方がいいんじゃない ?」
にんまりとした笑みを浮かべ、相変わらずの姿勢で挑発するように言う真白。
そんな挑発的な態度が癇に障ったのか、甲太郎がその歪ませた口元から除く歯をぎりり、と噛み締める。
「そんなに、感電したいってならよ……」
甲太郎が力強い小声で言うと、がが、と地面を踏みしめる甲太郎の足が力強く摩れる。
「望みどおりにしてやるっ !」
甲太郎が大声で吼え、真白めがけて腕を振りかぶり一直線に突進して行く。
風のように駆け出し、距離を詰める甲太郎に対し、先ほどの体勢に表情のまま立ち尽くしノーガードで隙だらけな真白。
甲太郎の『特殊機能』体内に溜めた『電力』の放出で、脚に微弱な電流を流し脚力を強化しているので飛び込まれれば、並みの反射神経ではそこからの攻撃を回避するのは不可能である。
瞬きする間に真白へと接近、攻撃の届く程の近くまでたどり着く甲太郎。
だん、と地面へ右足を踏み込み、右腕を振りかぶった甲太郎、次にその右腕が青白く光り輝く。
脚に流した電流を腕へと切り替えたのだ。
そして、平手を作り、振りかぶった腕を真横へと薙ぎ払う甲太郎の電流を流したビンタによる攻撃である。
真白に向かい真横に稲妻が走る。
甲太郎の渾身の一撃による横薙ぎの一閃。
それに対し真白は至って冷静に一歩だけ後ずさる。
真白の胴を掠るか掠らないかのギリギリの所で甲太郎の平手が空を切る。
「ぐうっ !」
驚愕の表情の甲太郎がしまったといったような声で大きく呻く。
「まだだっ !」
しかし、甲太郎が左の腕を素早く横へ振りかぶり次の平手を繰り出す。
が、それもたったの『一歩』で制されかわされてしまう。
焦った様子の甲太郎が次々と追撃を繰り返していくが、それら全てを真白のたった『一歩』の後ずさりにより、全て回避されてしまっている。
再び甲太郎の顔が驚きと焦りに染まっていく、渾身の一撃をまるでタネを知っている手品を指摘するかのように、まるで甲太郎の動きを読みきっているかのようにいとも簡単にかわしているのだ。
「『わからない』、そう言いたげな表情ね」
甲太郎の攻撃をかわしつつにやりとした妖しげな笑みを浮かべつつ言う真白。
真白が攻撃をかわしながら今度は左手を甲太郎へと突き出す。
ごう !再びその左手から大きな風圧のような轟音が鳴り響く。
「寒っ !」
あまりの風圧のせいか、先ほどと同じように後ろへ吹き飛ばされ、どさり、と背中から地面へと倒れてしまう。
「……っくぅ」
地面に仰向けに寝転んでいた甲太郎であったがすかさずそのまま半身を起こす。
相当に吹き飛ばされたためか真白は半分体を起こした甲太郎の少し離れた場所の眼前で立ち尽くしている。
「まさか、『熱波』だけでなく『寒波』らしきものまで、扱えるなんてな」
地面に腕をつき、立ち上がりながら言う甲太郎、真白にはまだまだ隠された『特殊機能』があったのだ。
「もちろん、それだけじゃないわよ」
そんな甲太郎の台詞に対して、真白がよく通る鈴のような声で言う。
「さっきの甲太郎くんの攻撃をかわしたの、あれも『特殊機能』のおかげよ」
「『複眼超人』、その『超人』の機能よ」
起き上がり、再びその場で構えなおす甲太郎に対し、真白が言う。
「『複眼超人』だと ?」
甲太郎が聞き返すように真白へ言い放つ。
「そう、知ってる ?『複眼』、私の今のこの瞳の中には複数の眼細胞がびっしりと敷き詰まっているように並んでいるってわけ、つまりトンボやアリの目と同じってこと」
「この細胞が多ければ多いほどより鮮明に、正確に情報を得られるんだけれども、この『複眼』はそれだけではないわ」
真白が自らの機能である、『複眼』について説明して行く、甲太郎はそれを息を飲んだように聞き入るように構えている。
「この『複眼』は見たものを大体1秒間に300コマ位の映像として取り入れることができるの、つまり……」
真白がもったいぶるように言いよどむ。
「甲太郎くん、あなたの動きが『スローモーション』の映像として見えるわけ」
真白が結論付けて言う、つまり、甲太郎の動きは彼女の『複眼』によって見切られていたのだ。
「一つ、聞いてもいいか ?」
突然、甲太郎が真白へ向けて甲太郎がはっきりとした突き刺すような声で言い放つ。
「ん ?どうぞ」
真白がにんまりとした笑みのまま片目を瞑り、相変わらずの声色で答える。
「さっきの『複眼超人』について、あんたはその『超人』ってまるで他人呼ばわりみたいに言っていたが……」
「あぁ、何かと思えば重箱の隅をつつくみたいなこと聞くのね」
甲太郎の質問に横槍を入れ、遮る真白。
「まあ、そこは甲太郎くんの言ったとおり、『複眼超人』の『機能』が私の物では無いからよ」
「……どういうことだ」
甲太郎が真白へと向き直り、独り言のようにつぶやく。
真白が言うには『複眼』は自分の『超人機能』では無いという。
「『爪』『熱波』『寒波』『複眼』、まるでちぐはぐな『機能』でしょ ?」
「そりゃ、そうよどれもこれも私の『機能』では無いのだから」
更に、真白が語る自らの情報、それらを嬉しそうに喋っていく。
「だとしたら、私は一体何の『超人』 ?って聞きたそうな顔ね、まあ、そろそろ解答タイムと行きましょうか ?」
「『熱波』と『寒波』は『空調機人間』、『複眼』は『複眼人間』、『爪』は『猫人間』、私の『機能』では、無いわね」
「そんな私の『機能』はこれよ」
真白が小さく口を開きそこを人差し指で指差す。
「……随分と長い『犬歯』だな」
甲太郎が少し引きつったような顔で言う。
「褒めていただいて光栄だわ、私も中々気に入ってるの、でもねぇもっと気に入ってるところがあるの」
「実はね、この牙、『血を吸い上げる事』が出来るのよ」
「血を……」
甲太郎が復唱するように呟き、言い返す。
「そう、それでその血に含まれた『遺伝子』の情報を読み取って相手が『超人』ならその超人の使っている『特殊機能』を一時的に使える、つまりコピーできる、それが私の『特殊機能』、つまり私は」
「『吸血人間』よ」
真白が腕を組み、甲太郎を見下すように顔を上げてはっきりとした声で言い放った。
真白の『超人機能』は犬歯から相手の『超人』の血を吸い上げ、その『特殊機能』を自分も使えるようになるといったものであった。
「それで、あんなにも噛み合わない機能を……」
甲太郎がどこか納得したように呟く。
「今までのはデモンストレーションみたいなもの、今からがほんば……」
「もう一つだけいいか ?」
喋っている真白にかまわず、甲太郎が質問をぶつける。
「もう、なによっ」
言葉を取られたのが気に入らなかったのか、腰に手を当てて、少しだけ膨れっ面になり少し怒ったような口調で言葉を発する真白。
「さっき『猫人間』って言ったよな ?」
甲太郎が真白を指差して言う。
「ああ、この『爪』の機能を持ってた女の子がそうね、確か『山音玲子』って名前のコね、それがどうかしたの ?」
真白がその長い『爪』を出しながら甲太郎へと答える。
「その『猫人間』、ちょっとした知り合いでな、血を吸われてどうなったか聞きたいだけさ」
甲太郎が不思議そうに聞いた真白へと返す、どうやら玲子が無事かを聞きたかったようである。
「それだけ ?別に、どうもなっちゃいないわよ、ちょこっと血を分けてもらったってだけ、その玲子ちゃんも今はピンピンしてるんじゃない ?」
つまらなそうに玲子について答える真白、早く甲太郎との戦闘を再開したいようだ。
「それと、なぜ山音が『超人』だとわかった ?」
しかし、甲太郎は構わず質問を続ける。
「もぅ、一つって言ったのに……」
再び膨れる真白。
「貴方、『蝙蝠人間』と戦ったでしょ ?あいつから戦う順番と引き換えに、あいつがどっかから奪ってきた『超人リスト』と交換したのよ」
仕方ないといった風に説明をする真白。
「その中から、私が気に入った『機能』をコピーしてからここに来たってわけ」
「その中に山音が入っていた、と」
「そんなところね、ちょーっと道を聞くふりをして近づいて、ガブリとね」
少し、退屈そうに説明する真白。
「なるほど、もういいぜ」
甲太郎がきっ、と真白を力強く見据え、力強く構えなおす。
「えっ ?」
そんな甲太郎に目を大きく見開き、驚いたような声を出す真白。
「さっきのはデモンストレーションで今から本気を出すんだろ ?」
驚いた様子の真白に対し、甲太郎が強い口調で言葉を発する。
それを聞いた真白の口元が次第に釣りあがっていく。
「うふ、うふふ……あはは」
「ごめんなさいね、くすっ、突然、そんな嬉しいこと言うから、さっきの退屈とのギャップで嬉しさが、うふふ、凄いの……」
笑いながら途切れ途切れに喋る真白。
「そうよね、さっきまでのは私の自己紹介みたいなもの、今からが本番よ」
真白が一言甲太郎へと鈴のような声で言うと甲太郎を見据えた。
互いの視線がぶつかり合っている。
時はすでに夕刻、太陽が地平線へ半分ほど姿を隠している。
はるか高い上空は少しだけ紫に染まり、小さな光の粒のような星が見え始めている。
微かなオレンジの光に照らされた夕闇の街路地に二人の人影が向き合っている。
力強く構えた甲太郎に構えるそぶりは無いがいつでも戦えそうな雰囲気の真白。
どちらも今にも飛び掛りそうな、そんな緊張感に支配された空間がそこにある。
そんな緊張感の中、先に動いたのは真白であった。
真白が甲太郎へ向かい一直線に歩き始めた。
そんな真白の動きを見た瞬間に甲太郎も真白へ真っ直ぐと歩いていく。
互いに、探り合うように一歩、また一歩と歩いていく。
そして、互いの距離も次第に詰まっていき、甲太郎の腕が青白く光り輝く。
自らの腕の表面へ電流を流したのだ。
真白の方も、『猫人間』の『機能』である『爪』を伸ばし、ずんずんと甲太郎へと歩いていく。
そして、互いの腕が届くか否かの距離で甲太郎が電流の流れた腕を素早く振りかぶり、先ほどのように横なぎの平手を繰り出した。
先に仕掛けたのは甲太郎のほうである。
青白い光が残像を残しつつ真横へ一文字を切るように振るわれる。
しかし、その青白い光は虚しく空を切る。
その場所には甲太郎が攻撃するはずだった相手の姿が見当たらないのだ。
真白が消えた、それを認識した甲太郎の表情が困惑と驚愕に染まる。
突然、バリッと大きな布の裂ける大きな音が辺りへと響く。
甲太郎の真下から、真白が飛び出すようにその鋭い爪を伸ばした手を真上に振り上げたのだ。
「ぐうっ !」
少し遅れて甲太郎が苦痛のうめきを上げる。
甲太郎の腹から胸にかけて三本の真っ赤で真っ直ぐな線が引かれる、ぱっくりと開かれ赤い血の滴る真っ直ぐな傷が付けられた。
真白はそこから姿を消したのではなく、甲太郎の攻撃に合わせ、その場へとしゃがみこみ回避したのだ。
そこから素早く甲太郎の懐へ潜り込み、爪で切り上げる。
甲太郎の常人ではかわしきれない速度の攻撃を見切っての反撃、『猫人間』の反射神経と『複眼』の動体視力から成せる技である。
しかし、まだまだ真白の攻撃は終わらない、苦痛に悶えている甲太郎に更に追い討ちをかけていく。
右腕、左足、脇腹と次々といたぶる様に鋭い爪が甲太郎を切りつけていく。
「づぅ……」
甲太郎は痛みのあまりか、ガードをする間もなく苦痛に悶えている。
ぴたり、と甲太郎を攻撃する手がぴたりと止まる。
「はぁ……はぁ……」
学生服はぼろぼろに切り裂かれ、傷口から血を流しぐったりとした様子で今にも倒れそうな甲太郎。
「ふふ……、これだけ痛めつければいいかな ?」
攻撃の手を止めた真白が口元に人差し指を置き呟く。
「甲太郎くん、あなたの『機能』を見たとき、正直思ったわ」
「『美しい』ってね……」
真白が肩で息をし、ぼろぼろになっている甲太郎に素早く近づく。
「……っ、ぐぅっ !」
甲太郎が力を振り絞り、腕を上げると真白へと振り下ろす。
しかし、まるで力がこもっていないせいか、その腕を真白に簡単に受け止められてしまう。
甲太郎へまるで密着するように正面から寄り添う真白。
「その『機能』是非欲しいわ」
舌なめずりをしながら甲太郎の背中に手を回し、抱きしめるようにする真白。
抵抗できずにされるがままの甲太郎。
「それじゃあ、貴方の『血』、いただくわ」
真白が抱きついたまま、甲太郎の首元へ顔を近づける、口からは真っ白な刺々しい『犬歯』がちらりと覗く。
「失礼」
真白が甲太郎の横首まで伸びた後ろ毛をかき分け、その首筋へ『犬歯』をつき立てた。
ぶつり、とその歯先が首の肉へ突き刺さる。
そして、真白がついに甲太郎の首筋から血を吸い上げ始める。
「ぶっ !まっずっ !」
しかし、真白が血を吸い上げた瞬間に、手のひらで口元を覆い、体を甲太郎から離してしまう。
「うぇ、何よこの血……不味すぎる」
表情を歪めた真白が俯きながら呟く。
その瞬間、真白の両肩に手が置かれる。
「えっ ?」
甲太郎がにやりとした表情を浮かべて真白へ手を伸ばしていたのだ。
バチバチバチバチッ !
次の瞬間、大きな炸裂音とともに二人の体が青白く、輝く。
甲太郎が真白の肩から電流を流したのだ。
そして、青白い光が止み、真白が力を失ったようにぐったりと地面へ倒れこむ。
「はぁ……はぁ……」
腕をだらりと垂らし、今にも倒れそうな甲太郎がその向こう側に立っていた。
その勝敗を決したのは『不健康な血』であった。
甲太郎はすぐさま携帯電話で霧崎へと助けを求め、その場で応急処置を施してもらい、『霧崎クリニック』へ何とか移動し、治療を受けた。
彼女の診断によれば甲太郎の怪我は包帯を巻いておけば日常生活に支障は特に無いものであり、真白も電流により気絶しているだけとの事であった。
かくして、甲太郎は『血の気の多い超人』達を全て撃破したのだ。
A県S郡黒金町、その商店街の近くにある『黒金第二高校』、甲太郎の通っている学校である。
甲太郎の教室である2年A組では教室中がざわめき返っていた。
「転入生が来るらしいぜ……」
「どんな人かなぁ」
「女の子がいいなぁ」
そんな声でざわめき返っていた。
どうやらこの2年A組に転入生が来るそうであった。
「何故か嫌な予感がする」
窓側の席、後ろから三番目の席で加賀見甲太郎が椅子に座り、頬杖をつきながら呟く。
そして、がらりと教室の扉が開き、初老の黒いスーツを着た白髪の男性が入ってくる。
「はいはい、皆さん静かにしなさい、バラバラにしますよ……」
教師の登場により一気に静まり返る教室内。
「では、前日発表した通り、君達の新しい仲間が今日から増えます」
教師に集まる教室中の期待のまなざし。
「さ、入ってきてください」
開け放たれた扉から入ってきたのは、真っ黒い腰の辺りまで伸ばされた長い真っ直ぐで引っかかりの無い髪にスタイルのよい肉付きの体つきに高めの身長、薄紫の瞳の整った顔立ちに真っ白な傷一つ無い肌。
この学校の女子の制服である真っ黒いセーラー服、それを胸元から背中にかけて大きく開き、所々にフリルをつけて改造していた。
どこからどう見ても紅 真白であった。
甲太郎は何も言わず、両手で頭を抱え、机に突っ伏している。
「はい、じゃ、自己紹介して」
「紅 真白よ、この学校には加賀見甲太郎が居ると聞いて編入してきたわ」
その一言でクラス中の視線が甲太郎に突き刺さる。
「はい、そういうわけで、その加賀見の後ろの田中君が丁度良い具合に他の学校へ転入したから、紅さんの席はそこで」
教師が、甲太郎の後ろの席を指差すと、真白がそこへ向かい優雅に歩いていく。
クラス中の生徒の視線に見送られ、甲太郎の横を通り過ぎ、席に到達すると、優雅に席に座る。
「……何でこの学校に来たんだ」
自分の席に座ったまま真白を睨み付けるようにしながら呟く。
「あなたがいるからよ」
真白が特に悪びれもせず、呟き、答え返す真白。
かくして、真白が甲太郎のクラスへ転入して来たのであった。
「ふぅ」
「息を吹きかけるな !」
後ろの席から息を吹きかける真白に後ろ首を押さえた甲太郎の叫びが虚しく響いた。