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月刊甲太郎大百科!

 夕方の曇り空が嘘のように晴れた夜空。


 真っ黒な一面には雲ひとつなく、砂粒のような星が点々と見える。



 そんなすかっりと闇に包まれた時間の繁華街、チェーン店のラーメン屋とカラオケの間の空間に一組の男女が平行に並んでいた。


 「なあ、山音やまね さんよぉ……」


 男の方が言葉を発した。


 肩まで付きそうなぼさぼさの髪にだるそうな顔つき、眠そうな目を細め女の方へ、向けている。


 背は高く、少し筋肉質な体つきを黒い学ランの制服に身を包んでいた学ランのボタンは全てはずされ中の黄色いシャツが見えるだらしない格好だ。


 加賀見甲太郎かがみこうたろう それが彼の名前だ。


 「何かな、甲太郎君 ?」


 山音と呼ばれた女の方が凛としているがどこか余裕のある声を発する。


 赤みがかった黒髪に左半分の顔を隠すような前髪のショートカットに釣りがちな大きな目にすっとした鼻筋、不敵に歪んだ口元に整った小さな顔立ち。


 

 引っかかりの少ないしなやかな体系で、学校の制服できっちりと身を包んでいる。


 山音玲子やまねれいこ その人だ。


 「病院に行くんじゃなかったのか ?」


 「私たちの目の前にあるのがそれなんだけど」


 保健室での一件の後、甲太郎は玲子の後について行き玲子の言っていた医者に会うことになった。


 だが二人の前にあるのは『霧崎クリニック』と書かれたスタンド看板に薄汚れたコンクリート作りの地下へ向かう階段、まるで作られてから十数年ほどたった歩行者トンネルの入り口の様であった。


 地下に向かう壁には銀色の鉄製の手すりが付いていて、地下の突き当たりにあるにドアまで続いている。


 ドアの少し上に今にも切れそうなライトがチカチカと点滅しいる。


 「これ、病院には無理があるだろ」


 「でも、これ、書いてあるじゃない」


 眉間に皺を寄せて尋ねる甲太郎に玲子がスタンド看板を指差してあっさりと言う。


 「俺を騙したんじゃないだろうな、あのドアの中に入ったらどこぞの賭博破戒録よろしく黒服のお兄さんに拉致られて、気づけば俺は地下強制労働施設にいた、なんてのは御免だぞ」


 「もう、心配性だなぁ、本当にここが私の言った医者のいる『霧崎クリニック』だよ」


 怪訝そうな顔をしながら今度は甲太郎が看板を指差しながら言うが、玲子はクスリと笑いながら答えた。


 「どうみても、ヤクザとかが武器の取引に使ったりするパブとかの入り口にしか見ねぇんだが……」


 顎に手を当てながら疑るような様子の甲太郎。


 「仁侠映画じゃあるまいし、ここがちゃんとした病院っていうのは保障するよ」


 甲太郎の問いに凛とした声で答える玲子、そしてさらに言葉を紡ぎだす。


 「それとさっき電話で霧崎医師に話は付けといたよ、そしたら『見てあげるから彼一人で来るように伝えておいて』だってさ、もうセッティングは完了って訳だね」


 「あんたはどうするんだ ?」


 「ここで待ってるよ、甲太郎君に何が起こったか気になるから、戻ってきたら検査結果教えてね」


 ひらひらと手のひらを左右に振りながら言う玲子。



 二人の後ろを乗用車が通り過ぎ、ライトで少しだけ照らされる。


 それは街路灯だけの商店街には少しだけ眩しい光だった。


 「で、後は甲太郎君があのドアを開ければ良いだけだよ」


 「それはそうだがな…」


 遠まわしに早く行けと言わんばかりの彼女の言葉に躊躇う甲太郎。


 「ああ……」


 玲子は右手の握った拳を広げた左手のひらの上をぽんと軽く叩き、わかったと言う様なしぐさをする。


 「甲太郎君怖いのかぁ」


 その後、にやついた上目遣いで甲太郎を見つつ、そう言い放つ。


 「なぁにぃ」


 眉間に皺を寄せ、険しい顔でいかにも怒っている顔をする甲太郎。


 口調など北斗四兄弟の三男のようになっている、元が強面なので相当な迫力だ。


 「甲太郎君怖いのかぁ」


 しかし、物怖じもせずに先ほどと全く同じ口調と表情で言い放つ玲子。


 「……」


 それに対し甲太郎は何も言わずにどかどかと力強い足取りで先の階段を降りて行き、その先にある古びたドアを乱暴に開け、中に入り乱暴に閉めた。





 「…まったく、こんな古典的な手に引っかかってくれるとは」


 玲子は少し呆れた様子で甲太郎の入っていったドアを見つめ一人呟く。


 「ま、展開を早めてくれるキャラとして売り込めば出番も増えるってね……」


 ふふ、と小さく笑い呟く彼女であった。







 一方、一時の感情に任せドアの向こうに向かった甲太郎は…



 「何だこれ…」


 そこは、病院というにはあまりにも異様な光景であった。


 うす暗くぼんやりとした広い部屋の中に床を這う謎のコード、SF映画などで登場しそうなガラスの培養ケースのようなもの、人間ドッグなどの検査に使うような機械などとにかく大きな機械が目立つ部屋であった。


 よく見れば来客用の長テーブルにはさむ様に2つ黒い皮製のソファ、謎の書類の散らばった業務用の机なども見える。


 思わずごくりと息をのむ甲太郎。


 「あら、いらっしゃい」


 「うおっ !」


  突如背後から声を掛けられ驚く甲太郎、驚きあわてふためきつつ振り返る。



 そこには腕を組んだ女性が一人立っていた。


 背中の中心ほどまで伸びている後ろ髪の青色がかった黒い髪に細長い切れ目の知的な整った顔立ち、フレームの無い細長い眼鏡をかけており口元はなぜか白い大きなマスクで隠されている。


 背丈は甲太郎よりも頭一つほど小さいくらいで黒いネクタイを付けた薄水色のカッターシャツに膝までの黒いスカートそして、それらを覆ってしまいそうなくらい長い白衣をそれらのうえから来ている。


 年の頃は、20歳後半から30歳前半あたりといったところだろうか。


 そんな女性であった。


 「あなたが、加賀見…甲太郎君で、いいのかしら ?」


 腕を組んだまま、尋ねるように少しだけ首をかしげて言う。


 どこか影の混じったような落着きのある声だ。


 「あ、あー、はい、加賀見甲太郎です、はい」


 まだ先ほどの驚愕が抜けきっていないのかどこか混乱したように答える甲太郎。


 「あらあら、やっときてくれたのね」


 「私がここの院長の霧崎李沙紀きりさきりさき よ、よろしくね」


 目を細めてにこやかに名乗る霧崎医師、マスクのせいで口元が見えないので本当ににこやなのかどうかは解りづらいが。




 「まあ、立ち話もあれだからそこのソファに架けていて」


 「あ、はい」


 先ほど甲太郎の視界に入った来客用のものと思われるソファとテーブルだ、甲太郎は素直に答え2つある奥のソファに座る。



 「はい、どうぞ」


 ソファに座った甲太郎の前のテーブルの上に湯飲みが置かれた。


 薄緑の液体から湯気が立っている、緑茶だ。


 「あ、どうも…」


 相手が美人であるためか気おされている甲太郎。


 霧崎は自分のすぐそばのテーブルの上に湯飲みを置き甲太郎の対面のソファに腰掛けた。



 「で、雷に直撃したんですってね」


「……!」


 緑茶を飲んでいた甲太郎が噴きだしそうになる。


 「それにしては体の方は随分と綺麗ねぇ」


 「……多分あいつが嘘言ったんですよ、俺は目の前が真っ白になって倒れただけです」


 緑茶を必死に飲み込みそして、湯飲みから口を離しすかさず霧崎の言葉に対し返答する甲太郎。


 「でも、玲子ちゃんはその目でちゃんと見たと、電話で話したときに言っていたけど…」


 「それにその場には玲子ちゃんとあなたしか居なかったらしいじゃない」


 落ち着いた様子で話し続ける霧崎。


 「でも、それにしては突っ込みどころ満載な所が多すぎるんすよ……」


 「それで、ここに来ればなにかわかるかもしれない、と思ったわけね」



 「まあ、そんな所なんですが」


 緑茶をすすりながら話し合う二人。


 玲子が電話で伝えておいたからであろうか、はたまた玲子が言った他の医者とは少し違うせいか霧崎は甲太郎の話を疑わずに聞いてゆく。


 「わかったわ、一度甲太郎君の体を検査してみましょうか」


 残りの緑茶をすすりながら甲太郎に言う霧崎。


 「ちなみに、検査は今から始めるんすか ?」


 緑茶を飲み終え、とん、と机の上に湯飲みを置きつつ問う甲太郎。


 それを聞くと霧崎は白衣の右袖をまくった。


 「ううん、と、あと十数秒くらいね」


 自らの右腕に付けた腕時計を見ながら答える霧崎。


 「は ?」


 予想外の答えが返ってきたために、訳がわからないというような様子で言う甲太郎。


 「もう、そろそろなんだけどな」


 「何がっすか ?」


 「甲太郎君のそれに入れといた薬が効き始める時間」


 相変わらず解らない甲太郎に緑茶の入っていた湯飲みを指差しきわめて冷静に答える霧崎。


 「げっ……」


 咄嗟に立ち上がろうとする甲太郎だが視界がぐにゃりと渦巻き、中腰の状態でフラフラよろめく。


 「それじゃ、甲太郎君…また後でね」


 クスリと微かに笑いながら言う霧崎の声とともに甲太郎の意識は途切れていった。


 「それじゃ、検査開始…」


 倒れた甲太郎を見下ろし、ひそやかに呟く霧崎。










 「……っは !」


 意識が戻った甲太郎は思わず飛び起きる、ソファの上で座り込んで眠っていたようだ。


 「あら、おはよう甲太郎君」


 霧崎も先ほどと同じ、甲太郎と机を挟んだ対面にいた。


 一見すれば甲太郎が倒れる前までと全く同じ光景である。


 「……何か頭が痛ぇんだが」


 「少し寝すぎじゃないかしら」


 額を抑えながら少し苦しげに言う甲太郎にクスクスと笑いながら答える霧崎。


 そんな様子の霧崎に少しむっとした表情をする甲太郎。


 「で、一体俺に何をしたんすか ?」


 「検査よ、検査、そのためにここに来たんでしょう ?」


 「そのために薬を盛って眠らせたと」


 「そうね」


 甲太郎の質問にさも当然のような口調で答え続ける霧崎。


「で、俺を眠らせる必要はあったんですか ?」


 「悪いけれど、検査の内容は秘密なの、どうしても見せるわけにはいかないからちょっと眠ってもらったって訳ね」


 納得行かないといった表情の甲太郎に霧崎は特に気にした様子も無く答える。



 「まあ、いいですよ」


 この人には何を言っても言いくるめられるんだろうと思った甲太郎は、はぁとため息を一つ付いた。


 「それで、俺の身体検査の結果はどうだったんですか ?」


 「ええ、体の方は全くの傷や病気も無くて健康そのもの、脳の方に異常も見られなかったわ」


 「結局は何も無かったと…」


 少しだけ安堵した表情で呟くような小声の甲太郎


 「まあ、体内にあったものが物凄い異常だったけどね」


 「え ?」


 霧崎の一言で甲太郎の安堵は打ち壊された。



 「単刀直入に言うわ」


 ごくりと息を飲む甲太郎。






 「甲太郎君、あなたの体内から計測できないくらいの電気量、電圧の電力が発見されたの…」






 「は ?」


 「あなたの体内の細胞、筋肉の細胞の一つ一つに凝縮された物凄い電気が蓄電されてるってこと」


 「なんすかそれ !大丈夫なんですか俺 !死ぬんですか俺 !」


 「まあ、落ち着いて聞いて頂戴」


 慌ててまくし立てる甲太郎に対し至って冷静な霧崎。


 「一つずつ答えていくと、甲太郎君に蓄電された電気ですぐに死んだりはしない…」


 「このまま養生していけば80代まで難無く長生きできるわ、よかったわね」

 

 「……」


 ぽつぽつと語り続ける霧崎に食い入るように聞き入る甲太郎。


 「甲太郎君、これから私が言うことを信じなくてもいい」


 「けれど口を挟まずに最後まで聞いて欲しいの」


 先ほどとは違う真剣な声色と口調になる霧崎。


 部屋の中も凍りついたように静かだ。



 「実は貴方のようなケースの人は初めてじゃないの、私はこれまで色々な不思議な人間を見てきた…」


 おそらく玲子の言っていた”普通の医者ではない”とはこういったことなのだろう、甲太郎は何も言わず心の中でそう呟く。



 「その人たちはあなたのように『体内に雷を蓄電している』というのではなくて『体の一部が刃物のように鋭く』できたり『飲み込んだものを酸化させる事無く胃袋の中に保管』できたりと皆が皆違う症状だったわ」


 「でも、そんな患者たちにも一つだけ、たった一つだけ共通点があったわ」



 何も言わず次の言葉を待つ甲太郎。



 「それは、全員がこの町の人間、ってところ」



 「この、町の……」


思わず小声でそう呟く甲太郎だった。

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