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バットとバッドガール

 そこは黒い絵の具のチューブをすべてぶちまけたかのような真っ暗闇。


 冷ややかな空気が右に左に流れているのがわかる程の透明感のある暗闇に包まれたその場所。


 前すら見えない真っ暗闇の中、唯一眩しいほどの光を放つ場所があった。



そこにはまるで窓から差し込む光のように長方形にまばゆく光るものがある、その光源は辺りの暗闇を歪ませその周囲を白く照らしている。



光源のお陰か、辺りに置かれているであろうものが輪郭がうっすらと浮かび上がっている。



光源の中心が細長い影に遮られ、横に寝た長方形が隠れてしまう、その光源を遮った影、その輪郭は人、まるで髪の長い女性のシルエットのようにも見えた。


遮られてもなお周囲を照らす力の衰えぬ長方形の光源の中身、そこには水色の背景の中央に灰色の小さな枠の映った液晶の画面であった。


その液晶の画面の周囲、光源の周りには液晶の画面を乗せている机、その液晶のモニターにつながっているごちゃごちゃとした配線や空気を吐き出す音を響かせる背の高い機械、それにつながれた薄いたくさんの細々とアルファベットやかな文字の印刷されたキーボードに剥かれた枝豆のような形の手のひらにすっぽりと収まりそうなマウス。



女性のシルエットの前に置かれた液晶画面の光源の正体はデスクトップ型のパソコンであった、色は光源のお陰でかろうじて白か灰色かといった事がわかる。


光源が狭まったのはそのシルエットがパソコンの置かれた机に備え付けられているそうに対になっている椅子に座ったためである。


女性のシルエットが近くにあるマウスへと手を伸ばす、細木に見間違うほどの腕が伸ばされ西洋人形のように滑らかな手のひらが覆いかぶさるようにマウスの上へと乗せられている。


薄水色の画面の中心を陣取る灰色の枠、真っ青な見出しのウインドウ、インターネットブラウザである。


そして、そのインターネットブラウザに表示された真っ黒い背景に上部には血のように暗い真っ赤な文字で『なりきりチャット』と表示されている。


その下には白い文字で『チャットルーム1』

『チャットルーム2』『チャットルーム3』……、と横三列ほどにそういった見出しがずらりとウインドウ内の真っ黒な背景の中心を綺麗に整列するように下まで延々と続いている。


 画面の前、マウスにかけられた手のひらがかすかに摩擦する音を鳴らしつつ動く、それと同時に画面の中の白い矢印のポインタが迷いなく動き、『チャットルーム59』の見出しの前へ止まり、かちりと軽快な軽い音を鳴らし見出しの文字が一瞬だけ文字が薄い紫に変わる。


すると、次は画面の中心に薄い灰色の小さなウィンドウに『パスワードを入力してください』とのメッセージ、その下には真っ白い細長いラベルの様な入力場所がその場所を守るかのようにそこへ張り付いている。


それが表示されるや否やの速さで再び軽やかなキーボードを叩く音が聞こえ、真っ白なラベルに文字列が並び、その守りもすぐに破られてしまう。


そして、細やかな規則正しい文字の整列の後に映されたのは再び真っ黒い画面に下方には真っ白な箱のような長方形、そして小さな文字で『B・S さんが入室しました』と機械的な白い文字がその深い黒の背景へ走る様にぱっと表示される。



天鼠てんそさんの発言 来てくれたのか』



 すかさずその文字を追うように新たな短い灰色の文字がその下へ姿を現す。



突如、画面の前からかちゃかちゃと軽い小気味のよい連続的な音が鳴り響く、マウスに置かれていたほっそりとした繊細そうな腕はいつの間にかキーボードの上へ置かれ、細い指が踊るように鍵盤を叩いている。



『B・Sさんの発言 何か面白そうな感じがしたから、ね』





点滅するような速さで、まるで会話しているかのような横書きに伸びた文字が一行づつ増えていく、パソコンを用いた『チャットルーム』の文字での会話である。


『それで、メールにこんな鍵付きのチャットルームまで用意してまで私に持ちかけたい『取引』って言うのは何かしらね ?』


B・Sとニックネームのついた方が文字を打ち込み発言する、事前にメールによってこの場所を指定され来るように誘われていたようだ。


『では、着て早々で悪いのだが本題に入らせてもらおう』


その発言の文字を読んだ天鼠の方がすかさず追いかける。



『ルール上で一番手になった及川油吉おいかわゆきち加賀見甲太郎かがみこうたろうによって倒され、病院送りにされたのは知っているよな ?』


『ええ、勿論よ、全くもって刺激的だわ惚れちゃいそうなくらい、きっと加賀見甲太郎はとっても素敵な人なのでしょうね』


まるでその場で二人の人間が会話しているかのような速さの文字でのやり取り。


『確か順番で言うと次は君が加賀見甲太郎と戦う約束だったな』


『その順番、譲ってはもらえんか ?』


それは文字によるその場に当人の居ないコミュニュケーションであるはずだった。



しかし、天鼠により書き込まれたその一行ごとに途切れた文字列からはまるで様子を窺うような雰囲気さえ漂っている。




『なにそれ』




そんな天鼠に対しB・Sの方が言い放つように一言だけ書き込んだ。


『貴方が言い始めたことなのに真っ先に自分から規約を破るのかしら ? しかも対戦予定は明日なのにお預けしろと ? 折角さっきまでドキドキしてたのが萎えちゃったじゃない』



まるでまくし立てるかのような文面の機械的な文字が続けざまに表示される。


『あまりにもバッドな気分すぎて、甲太郎ちゃんよりも真っ先にあんたを殺したくなってきちゃったわ』


更に追撃するような文字は続く、まるで怒りを孕んだような雰囲気さえ感じ取れる文字の塊を打ち込んでいくB・S。



『まあ、落ちつけ誰もタダで代れとは言わんよ』


『この町にいる大人数の『超人』に関与するデータを入手した、それと交換でどうだ ?』



そう文字で制するように発言しつつ『取引』を持ちかける天鼠であった。





「……ちっ」


そこは薄暗い部屋の中、白く清潔感にあふれる壁に部屋の隅に置かれた細長い幹の観葉植物の植木鉢、壁に寄り添った鉄製の足の長椅子といったシンプルな部屋。


その長椅子に猫背に座った人間が舌打ちをしたのだ。


電気は全く付いておらず、部屋の明かりは壁沿いに設置された赤い自動販売機と非常用ベルによって生み出された光でその部屋の明るさがまかなわれている。


その光のおかげで長椅子に座った人物の姿がはっきりと見える。


ぼさぼさと寝癖のように跳ねた耳にかかりそうなほどの真っ黒い髪、後ろ髪はまるで針鼠のように鋭く、後ろ首を覆い隠している。


細い眉にどこか眠気を帯びたかのような目つきの精悍な顔立ちを今はどこかいらついたかのように歪ませている。


座っていてもわかるほどにそこそこに高くがっしりとした体格を真っ黒な前のボタンの全て外された学ランを青いシャツの上から羽織るように着ており、下には学ランと同様に深い黒のズボンを穿いている。


加賀見甲太郎が長椅子の上に猫背で腰掛けていた。



「霧崎、さん……」


 長椅子の隣、部屋の壁際から搾り出したような覇気のない小さな女性の呟き声が聞こえた。


右手で壁に右手をついて、壁に向かい俯いているいる少し小柄な少女。


ショートカットの赤みがかった黒い髪に、顔の左側を覆うように伸ばされた前髪、片方だけ見えている大きな猫のような瞳の釣り目にすっと通った鼻筋の鼻の整った顔立ちをしている。


薄暗い空間に浮き上がるようなすらっとしたスレンダーな体型に真っ黒と言ってもよい位の黒を基調とした首元に赤いタイの付いたセーラー服を着ている。


壁に向かって呆然としたように立っている山音玲子やまねれいこである。


部屋にいる二人は黙りこくり、一言も発さない。


そのためか、冷たい空気の中で自動販売機の駆動音がやけに大きく聞こえる。



「まさか霧崎さんの所へ強盗が入るとは、な」


 甲太郎が大股で椅子に座りながらゆっくりと口を開き独り言のように小声で言い、二人の間の沈黙を破った。


しかし、玲子は相変わらず壁に張り付くように対面したままうつむき、黙りこくっている。


 ここは、彼らの住むS県A郡の黒金くろがね町に点在するS県立病院、その患者や職員の休憩所として利用される待機室である。



二人がここにいる理由。



 彼らの学校の日程の終わった放課後、『霧崎クリニック』の院長である霧崎李沙紀きりさきりさきから甲太郎の携帯電話に甲太郎と玲子の二人に用事があると連絡が入ったのだ。



二人が商店街にある『霧崎クリニック』の扉を開きその目に飛び込んできたのは、薄暗い部屋に無数のコードのう冷たそうな固い床に後頭部から血を流し仰向あおむけに倒れた霧崎であった。


甲太郎と玲子はすぐさま救急車へ連絡を入れた。


そして霧崎は県立病院へ運ばれた後、緊急の治療がほどこされたのだった。


「後頭部を鈍器でガツン、金品の類は取られていなかったようだし、誰かの私怨しおんか」


 再び、甲太郎が独り言のように呟く、相変わらず顔を伏せているために表情はわからない。


「……に、ゆ……い」


先ほどまで押し黙っていた玲子が壁に手を着いたままの体勢で深くうつむいている、彼女の長い前髪と髪の毛は重力にしたがい床へ向かって垂れ下がっている。


そんな彼女がかすれた声でぼそぼそと呟いている、言葉がぶつ切りにされて聞き取りづらいほどの小声だ。



「……極めつけはこいつ、か」


 甲太郎がポケットへ手を突っ込み、四つ折にされた真っ白な紙を取り出し、ゆっくりとその紙を開いていく。


まっすぐに開かれたその紙の中心、そこへパソコンで書き込まれた機械的な文字で一行だけ、『加賀見甲太郎、今夜九時に旧黒金市民病院へ来られたし』と書かれている。


「一体こいつが何の意図を持って霧崎さんを襲ってこんな物を置いていったのかは知らないが」


「これを書いた奴は『超人』の可能性が高い」


 顔を伏せたままに言葉を発し続ける甲太郎、先ほどよりも少しだけ声のボリュームが大きい。


「市民病院は火事で廃墟になっている、わざわざそんな場所へ呼び出すってことは、その廃病院がそいつの『超人機能』がそこでしか発揮できないか、そこで戦うことによって無敵と言っていいほどに機能を最大限に発揮できるかのどちらか」


 

「いいか、山音、こいつの誘いは恐らく『罠』に近いものだ、だからこいつの誘いには乗らずに、できるだけ二人で霧崎さんから目を離さずにしばらく様子見し続けるんだ、また襲撃される可能性も考えられるからな」



 甲太郎が顔を伏せたままに壁際の玲子へ向かって自らの考えをぶつける。



「うん、そ、だね……私もそう思う、よ」


 生気の感じられない、抜け殻のような声で玲子が途切れ途切れに答える、彼女は霧崎をかなり好いて慕っていた、そのため、今回の出来事が相当に許せない上に衝撃的だったのだろう。


「何か、ちょっとしたことでもいい、何かあったら絶対に俺へ連絡してくれ……」


 そんな玲子の様子を見ていられないのか少しだけ疲れたような声でできる限り元気付けるように言う甲太郎。



 突如、玲子が壁から離れ、ゆっくりと前へと歩み出す。


少し俯いているために目は完全に見えず少しだけ開かれた小さな唇の口、両手を体の真横で真っ直ぐにだらんと伸ばし、伸びた背筋で足音も立てずにゆっくりと歩き続ける。


「おいっ、どこいくん……」


「……トイレ」


 思わず、座っていた長椅子からぱっと立ち上がり少しあせったような口調で玲子へと言い放つが、玲子の機械的で無感情な何故か迫力の感じられる小さな一言にさえぎられてしまった。



まるで空気が流れるような、存在を感じさせないような静かで冷たい足取りで歩いていき、待機室の出入り口のドアの前で立ち止まる。


そして、ガラス張りの黒く塗装された金属枠のドアのドアノブを掴むと、音も立てずにその部屋から消えるように出て行った。




日が沈み切り、交代するかのように薄闇色の空へ明るく小さな円形といっても過言ではないほどの満月が空へ張り付いている初夏に差し掛かった季節の夜。


赤茶けた、二十階ほどの高さにこれほどかと言うように窓の付いた赤茶の横に広い立派な建物。


建物の周りを取り囲むように背の低い刈り込まれた植木にその間を縫って電気の常夜灯が配備され、建物全体を薄暗く照らしている。


その建物の玄関口、立派なコンクリートの屋根の付いた玄関口を丁度出たところに小さな人影がいる。


山音玲子だ。


待機室を出た玲子はトイレには行かず県立病院から丁度外に出たばかりであった。



「ごめん、甲太郎君……」


 玲子が玄関口を出たアスファルトの地面で立ち止まりぽつりと呟く。



「私、我慢できそうにない」


 そう呟きつつ、玲子がセーラー服のスカートのポケットへ手を入れ、何かを取り出す。


玲子の小さな手が掴んだそれは銀のシートに赤と白の均等な対比のカプセルが規則正しく並んだもの。


薬のシートである。


玲子がその中の一つを親指で押し出し、カプセルを取り出すと、口元へ持っていく。


「ん……」


 手のひらに乗せたカプセルを口の中へ入れると、その細い首の喉をごくりと鳴らして飲み込んだ。



 「この日、加賀見甲太郎が霧崎クリニックに来る、と言う情報が確かならば手紙は奴の手に渡っているはず」


かろうじて物の輪郭の識別できるほどの黒く透き通った闇の中、どこか気取ったような大人の男性のような小声が聞こえた。


黒い空間の中手のひらで肩を掴み腕をバツの字に交差させている細長い、まるで腕を交差させられ埋没されたミイラを掘り出したかのような人間のシルエットがそこにはいた。



「ここに来る前に『霧崎クリニック』で奪った『超人資料』をブラッドサッカーの手にも渡してしまったのは手痛いが、この暗闇の中で加賀見甲太郎を始末できるのなら」


その細長いシルエットがその声の主であった。


「私の『蝙蝠こうもり人間』の『超人機能』反響定位はんきょうていいを使えば敵はない、加賀見甲太郎はこの暗闇の中、何も見ることができずに死んでいく……」


 反響定位はんきょうていい、動物などが自分が発した超音波を自分に反射させて近くにある物や道などの周囲の情報を調べる機能である、特に蝙蝠のそれは精度が高いと言われている。



「これぞ緻密に計算されつくされたプランだ」


にやけたような嬉しそうな声を抑えきれないような気味の悪い声色で言う蝙蝠人間。




「へぇ、甲太郎君の言ったとおりってわけか」


 突如、蝙蝠人間の背後から底冷えするようなよく通る声が聞こえる。


「……っ !」


細長いシルエットがびくりと震える。

いつの間にか、細長いシルエットの後ろ、背中に密着するように小さなシルエットが近づいていた。


「動くな、動いたら刺すよ」




再び辺りの温度が下がりそうな透き通った迫力のある声、恐らく『刺す』という単語から刃物でも突きつけているのだろうか。



「君の『機能』、反響定位だっけ ?」


 今度はよく透き通る迫力のある声を少し抑え気味にして言う。



「確かにさ、それと、この暗闇があれば甲太郎君には勝てたかも知れないね」


「でも、それでは『私』には勝てない」


 少し嘲笑ちょうしょう気味に蝙蝠人間に言い放つ、小さなシルエット。


「君のは『音波』を飛ばして跳ね返ってくるのを待った後に情報を読み取らなきゃいけない」


「それに比べ私のは『夜目』だ、見ればその時点で情報が入ってくる」


 淡々と背後を取ったまま説明していく、小さな影。


「つまり、君のは遅いんだよ」


 そして、最後にそう言い放った。


「……ぐ、その『夜目』に今突きつけている『爪』、いくら早く走っても鳴らず気配を消し去れる『足音』」



「貴様、『猫の超人』か !」


 苦し紛れの声色で今わかる情報を整頓するように言い、最後に大声で言い放つ蝙蝠人間。


暗闇にはらん々と燃えるように輝いている大きな瞳の目が一つだけ映っていた。

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