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変革少女 ユイ

  挿絵(By みてみん)

 焚き火の煙のように灰色に染まる煙のような雲が包む空から雨がざあざあと地面へと振りつける。


 大きく力強く、まるで雹のように降り注ぐ雨粒は土で固められた地面や草の葉や木の枝、そしてそれらに取り囲まれるように細長く真っ白い建物がそこにそびえ立っている。


 長方形の縦に長く白い、中心の背の高い建物の左右に一棟ずつそれよりも背の低い建物が挟むように建てられている。


 その建物はS県A郡の黒金くろがね町にある黒金第二高校、その校舎である。


 三つの校舎の中の中心から見て左側の校舎、建物は四階まであり、その3階の廊下のちょうど中心に点在する『生徒会室』。


「……ほう、『補習』のシステムを今すぐ取りやめて頂きたい、と」


 その『生徒会室』の白い引き戸の扉から少し高めの威圧感の感じられる冷静な男性の声が聞こえた、扉越しからでも聞こえる静かな声である。

「随分と愉快なことを言いますね」


男性の声が言葉を発した後にふ、と息を吹くように小さい嘲笑の音が聞こえる。


「大変愉快な案だとは思いますが、君のいう『鵜野花うのはな教諭を観察する時間が無くなるので補習制度の廃止をして欲しい』という件」


「却下することによって『鵜野花教諭の保護と低成績者の保護に繋がる』と、判断したので今回は却下と、いう形で決断を下します」


 生徒会室から再び聞こえる冷静な青年の男性の声が丁寧に内容と理由を告げ、最後に考案を否決するような言葉を発する。 


「なんで……」


 その後、生徒会室から今度は信じられない、といったような驚きのこもった愛らしい少女の声が聞こえた。


「『低成績者』に発案する権利など無い……」


 その言葉を聞いた男性の声のほうがその少女の声に対する答えを示すように言い放つ、それと同時に廊下に面する窓ガラスがばちばち、と大きな音を立てる。


 空から降り注いでくる雨の勢いが強まったようだ。 



 がやがやと密集した大勢の人が騒ぐ声の聞こえる四角形の部屋の中。


 小さな机とそれに合わせられた椅子がセットになり、黒い学ランに黒いズボンの青年に黒を基調とした真っ赤なタイの付いたセーラー服に身を包んだ少女やらがそれぞれ談笑したり本を読んだりと過ごしている部屋だ。


 黒金第二高校の中心から見て右側の校舎の一階の教室のひとつである。


「もう、全くなんだってのよ……」


 そんな教室の机の羅列の廊下側の前から三番目の席から先ほどの生徒会室から聞こえた愛らしさの混じる声がぶつぶつ、と文句を言うように不機嫌そうにつぶやいている。


 亜麻色のさらりとした肩にかかりそうなほどの長さの髪、それを頭の右側で赤いビー玉のような装飾のついた髪留めで細長い尻尾のようにくくって縛っているサイドテールといった髪型にしている。


 釣りがちな透き通った茶色の瞳の目にすっと通った鼻筋の小さな鼻、薄桃色の唇の小さな口に白に近いきれいな肌の顔を今は不機嫌そうな表情にしている。


 今は机に座っているためにわかりづらいが、教室内の同年代の女生徒よりも高い部類に入る背丈に出るところは出て引っ込むところは引っ込んだと形容するにふさわしい女性的な体格を周りの生徒たちと同じ薄黒く胸元の赤いタイの目立つセーラー服に身を包んでいる。



先ほど生徒会室で生徒会長を相手に交渉を行っていた、秋山優衣あきやまゆいが席に座り、右手で頬杖を突いてむすっとした不機嫌そうな表情でそこにいたのだ。


「どう考えても秋山さんの言い分にはかなり無理があったと思うんだけど」


席に座る優衣の隣、正座しているもう一人の女学生が凛としたよく通る冷静さの含まれた氷のような声で不機嫌そうな彼女をさとす。



少しだけ赤毛のように見える黒い髪のショートカットにまるで顔の左半分を覆い隠してしまうように伸ばされた前髪、猫のように大きな瞳の釣りがちな黒い瞳の目に細くすっきりとした鼻筋、横一文字に通る小さな口に血色のよい少し色の濃い肌の色。



周りにいる女学生たちと比べても平均的な、高くも無く低くも無い背丈に優衣とは違い、引っかかりの余り見られない、いわゆるスレンダーな体格である。


何故か、席に座る優衣の隣の床に正座している彼女よく見ると優衣の左手により後ろ首を掴まれている、まるで乱雑に首根っこを掴まれて捕らえている子猫のようにそこへ軽く拘束された状態の山音玲子やまねれいこである。


「ついでに言うと、そろそろ私を解放して欲しいな」


 正座したまま優衣へ上目遣いに視線を向け懇願するような表情で問う玲子。


「『打倒生徒会メンバー』の隊長として隊員のあなたのその案を却下するわ」


 しかし、哀れにも風のごとく速さで玲子の希望は経たれた、しかも玲子にとっては絶望的な台詞で。


「『打倒生徒会メンバー』なんて初耳なんだけれども」


 それに対し玲子も負けじと正座で上目遣いのままに優衣へ少しだけ睨んだような目つきで視線を送りながら文句を言う。


「『打倒生徒会メンバー』はあいつに『低成績者』と言われた瞬間から誕生したわ」


「そんなものの隊員になった覚えは無いよ」


「何を言ってるのよ、ちゃんと隊員らしく『生徒会』の情報を私へ教えてくれたじゃないの ?見事な働きであったぞ」



「私、補習一個もないからここにいるのはおかしいと思うんだけど」


「まあ、そういわずにゆっくりしていきなさい、きっとあなたも気に入ると思うわこの『補習教室』を」


 床と椅子、何としても巻き込まれまいとする玲子と玲子を巻き込んで戦力にしようとする優衣とで交互にどちらも引かぬ譲らぬ攻めぎあいが繰り広げられている。


優衣が生徒会室にて生徒会長に対し彼女の想い人であり、この学校の英語教師でもある鵜野花恭介うのはなきょうすけをストーキングする時間が無くなるので生徒会が提案し可決された強制参加の試験の規定点に満たない者の補習を廃止して欲しいという旨をストレートに伝えたところ却下されてしまった。


その後、彼女は自らの教室に戻り席に座り今まさに家へと帰宅せんばかりの山音玲子の首根っこを引っつかみ、補習教室へと運搬、拉致したのである。



「つまりは秋山さんは『補習』が嫌で、生徒会にそれを廃止する案を伝えたところ却下された腹いせに生徒会をツブすつもりなんだよね ?」


「全然違うわ、ちゃんと『低成績者』達の尊厳を守るためという大義の上で生徒会をツブすのよ !」


 生徒会長に言われた事が相当頭に来たらしい優衣、だが本心のほうは玲子の言ったとおりであろう。




「でも、秋山さん一人じゃあキツくないかい ?そもそも何で生徒会と競うかは知らないのだけれど」

 玲子が相変わらず正座したままにこれからどうするのかを優衣へと問う、さりげなく自分を計算から外している。


「確かにそこよねぇ、実質的に生徒会と戦うメンバーは今現在私と玲子の二人だけだしねぇ」


 と、玲子の質問に対し答える優衣、さり気なく玲子が計算に入れられている。


実際のところ『生徒会』へ対抗し、成り代わるにはそれなりの人数と圧力、それに応じた戦力が必要である、今現在の二人といったささやかな人数ではどうともならない。



「なんとかしなくちゃねぇ……」


 優衣が頬杖をつくのをやめて人差し指で机をとんとん、と叩きながら困ったように考えながら呟く。


 そんな優衣達の前にさっと影が差し込む。


「色々と突っ込みどころが満載なんだが一言いいか ?」


 そして、聞こえる鎮静的な低めの女性の声。


正座した玲子の前に立ちはだかる人物、襟元から二つに別れた黒いジャケットに黒いスーツ用のズボンに身を包んだ背の高い女性。



 耳が出るほどの短い茶髪の髪にまるで美男子に見間違うほどのきりりと整った顔立ち、

この学校の数学教師の剣岳つるぎだけ教諭である。


「もう補習の講義は始まっているんだ、静かにしないか」


 両手を腰に当て、ため息をつきつつ先ほどの凛々しい声で席に座った優衣へと視線を向け言い放つ。


「只でさえ、貴重な時間を君達『低成績者』達の講習で削られているんだから」


 剣岳教諭がそう言葉を発すると、優衣が静かに椅子を下げ、玲子から手を離し立ち上がる、顔を伏せているため表情はわからない。


「どうした ?あきや……はうっ !」



 突如、剣岳教諭が前のめりになり苦しそうな表情をする、いつの間にか彼女の腹部へ優衣の右拳が突き刺さっていたのだ。


「大丈夫よ、死にはしないから」


 顔を伏せたままに、腹部に拳をめり込ませながら呟く優衣、そして次第に剣岳教諭は前へと倒れこむ。


「うわぁっ !」


 解放されはしたが、突然のことなのでまだそこへ座り込んでいた玲子の上へと倒れこんでしまう剣岳教諭にそれに下敷きにされる玲子。


 相変わらず静まり返っている教室ではあるが、席に座っている生徒達の視線は優衣の方へと向けられている。



「あなた達は悔しくないの ?」


 顔を伏せたままいかり肩になりわなわな、と体を震わせる優衣が小さな声で言う。


「まるで、自分は関係ないような顔をしている日和見主義のあなた達よっ !」


優衣が席と椅子の間に立ったままに教室全体を指差すように前方に腕を突き出し指をさしながら叫ぶ。


「ええっ !」


「私達なの ?」


「つまり……どういうことだってばよ !」



教室中から聞こえる戸惑いのざわつき、無理もない突如わけのわからない人物に無茶振りされたのだから。


「シャラーップ !」


 腰に両手を当て、仁王立ちの姿勢で再び優衣が叫ぶ。


そして、ぴたりと押し黙る教室中の生徒達。


「私は、ここに来る前生徒会室で『生徒達の大切な放課後の時間を奪うのはよくない』と補習の廃止を訴えかけたわ……」


 ぽつりぽつり、語るように言う優衣。


「あの生徒会に、そんなことを……」



「なんという勇気、彼女こそ、この学校のジャンヌ・ダルクだ」


「いや、ナイチンゲールだ」


「織田信長だ」


「ハウルの動く城っ… !」


 再びざわつく教室。


「コホンっ !しかし、生徒会の答えは『低成績者』に発案権などない、というとても非道なものだったわ……」


 ひとつ咳払いをし、周囲を黙らせた後、再び言葉を紡ぎだす優衣。


「なんだよ、それ」


「そんなのってないわ……」


「ミンチよりひでぇや」


「それを聴いた瞬間、私ははらわたが煮えくり返ったわ、煮えすぎてスープになりそうなくらい」


 ざわつきの後に怒りを我慢できず震えた声で語り続ける優衣。


「あなた達っ !私に生徒会を倒す協力をしなさいっ !」


優衣がしんと静まり返った教室内へ力強く声を張り上げ生徒達へ告げる。



おおお !とまるで崩壊し、激流の漏れ出したダムの様に激しい雄たけびが教室内を埋め尽くす、生徒達一人一人が叫びを上げている、全員が同じ気持ちであり肯定の合図と取れる雄たけびである。


「えっ ?ええっ ?」


 ようやく、倒れこんできた教師を必死にどかしていたため、状況を知らない玲子にとっては目の前には何が起こったのかまるでわからない光景が広がるばかりであった。


そして、外では雨は上がり、雲は消え去りまるで戦いの決意をした彼らを祝福するかのような澄み切った青空が広がっていた。




場所は変わり、黒金第二高校のグラウンド。


 雨が上がったものの大小さまざまな水溜りがちらほらと見え、砂の地面はぬかるみ、泥といってもいいほどに緩んでしまっている。



そんなグラウンドで先ほどの教室にいた顔ぶれの生徒たちが列になってぐるぐるとグラウンドの外周を走りこんだり、腕立て伏せや腹筋をしたりと己を鍛えていた。


「秋山さん、生徒会を倒すってのはやっぱり」


 朝礼台を背後にした優衣にまたもや後ろ首を掴まれている玲子が優衣へと視線を向けて発言する、逃げ遅れたためにまた捕まってしまったようである。




「当たり前でしょ、学力で戦えば間違いなくハブ対マングース状態なんだから戦闘能力で勝負、力こそパワーよ」


 訓練を続ける生徒たちを目を細めて眺めたままに、言葉だけを玲子へ向け答える、まさにレベル上げて物理で殴ればいいといった理論である。


「そんな内政のできる武将が一人もいない信長の野望みたいな状態で大丈夫なんだろうか」


 掴まれながらも少し心配そうな様子で独り言のようにわかりづらい例えをつぶやく玲子。


「それにしてもこんな体を鍛えて素手で戦うなんてどこぞのグラップラーみたいなことをするとは、秋山さんらしいというか……」



必死に訓練に励む生徒たちを見つめながら玲子がしみじみと言う。



「何を言うか、ちゃんと武器もあるぞ」


 突然、優衣の左側から幼さの残った高い女性の声が聞こえた。


黒い短い髪を左右で縛り左右に筆のように飛び出たツインテールの髪型に黒い瞳の大きな釣り目の小さな鼻に小さな口の幼い顔立ちにそれに見合うような女子小学生のような体格と背丈それらをこの学校の制服である赤いタイのついた全体的に黒いセーラー服に身を包んでおり、その上から裾を引きずってしまいそうな背丈に不相応な大きさの白衣を羽織っている。



そんな女生徒が突如優衣たちの前に現れる。


「確か君は神社で一回会った……」


 その記憶のある姿を見た玲子が横目でその女生徒へ目を配ると思い出そうとするように呟く。



霧崎知恵きりさきちえ、未来の超・科学者だ !」


 得意げな表情で小さい体で腕を組みふんぞり返る知恵


「そうそう、あ、私のこと覚えてる ?」


「ああ、確か神社で姉様ねえさまとコータローと一緒にいた……」



「そういや私の名前は教えてなかったね、玲子だよ、山音玲子」



「わかった、レーコな」


 互いに自己紹介が行われ、フレンドリーな感じになっている知恵と首根っこを掴まれた玲子。


「で、武器の『アテ』があるって聞いて頼んだのだけれど、どうなのかしら ?」


 そんな空気の中優衣が話を切るように真剣な声色で切り出す。



「おお、そうそう、これなんだけれど」



 知恵が腰の辺りの白衣の中へ手を突っ込みごそごそと漁り、何かを取り出す。



彼女の手に握られ差し出されたものは四十五口径ほどの真っ白い拳銃のような形をした機械であった。


 優衣がそれへと近づき、知恵の手から受け取るといろんな所を触ったり、見たりしていじくっている。


 ところどころ、透明な青いプラスチックのような部分があり引き金のような小さな爪状に曲がった部品や直角に曲がった先端には銃口と思わしき小さな穴も見える、まるで玩具の拳銃のような物である。




「使い方は簡単、その引き金を引くだけで約五メートル先まで一瞬だけ電流が走る、電圧はまったく高くないから死ぬことはないけど撃たれたら小一時間は動けない代物だ、私を苦しめたある『超人』をもとにして作ってみた」



「そのある『超人』の存在価値が薄れそうな武器だね」


 にやり、と不敵な笑みを浮かべながら眼鏡の端を指でくい、と上げつつも説明する知恵に対し述べる玲子。



「それと、そこのつがいみたいになっている部分の反対側に開け口があるから開いてみてくれ」




 知恵が優衣の持った銃のグリップの部分を指差しながら言う、確かにそこには何か収納されているような扉上の番が見える。


 優衣が、真剣な顔つきでグリップの開け口を開ける。


すると、まるでグリップが真っ二つに割れるように開き、中には何かコードのようなものが入っていた。


「電源プラグ ?」


 ご存知、電化製品などについているコンセントに挿して電気を送り込む物である。


「それで中の電力をコンセントから充電するんだ」


「なんか掃除機みたいね」


 自慢げに説明する知恵に少し微妙な面持ちで銃を見つめながら呟く優衣。


「まあいいわ、これと同じものを五十丁ほど用意して頂戴」


「了解」


 優衣が銃を手渡して返しながらいうと嬉しそうに返事をする知恵。


「時に、何でこんな科学の知識と技術を持った知恵さんまでも補習に ?」


 嬉しそうな知恵を見据えつつ、玲子は疑問を率直に知恵へとぶつける。




「理数系は満点だったんだけど、英語と国語と古典が0点だったんだ」


 玲子の疑問に対し、知恵が遠い目をしながら答える。


「しかも、その答案用紙を見た姉様がいかにも馬鹿にしたかのように鼻で『ふっ』って笑いやがった……っきゃあああ !」


 ぽつぽつと語り続けていた知恵だったが次第に声が強くなっていき最終的にはだんだんと地面を足で強くたたきつけて地団太じだんだを踏み悔しそうに顔を歪めながら叫んでいる。



「これで完璧ね生徒会どもめ、リベルタリア気取りも今日までよ」



 全ての手はずが整った優衣が不敵ににやりと顔に笑みを浮かべる、生徒会は約十五人に対しこちらは付け焼刃ではあるが優衣の考案した戦闘訓練を受けた電圧兵器を持った約五十人、生徒会は明らかに不利であった。



 そして二日後、梅雨は続き、今日もまたすぐにでも雨の降りそうな薄暗い曇り空。


 2年生のある教室では。





「号外……」


 と、感情の篭らない棒読みのような小さな声。


 黒いさらりとした肩までつきそうな長い髪に頭の頂点で髪留めを使い、筆のように縛っている無表情な小柄な女生徒が席に着いた生徒へA4の用紙ほどの紙を机へ置くとさっさと残りの紙の束を持ってほかの席へ行ってしまう。


「号外ならもっとそれらしく渡せよ……」


席に座っているぼさぼさの黒い髪にハリネズミのような後ろ毛の眠たそうな目つきに体格のよい男子生徒が後頭部を手でぼりぼりと掻きながらあきれたように呟き、それを見つめる。


 学校の新聞部が気まぐれに発行する校内に関する新聞だ、平和な学校なので大体は発行されないか書くまでも無くどうでもいいことが書かれているかのどちらかだ。


 だが、今回は学校始まって以来、前代未聞の号外である。


「何々 ?『生徒会役員襲われる、補習の廃止を訴える謎の集団の影』」


 記事の見出しを小声で呟く男子生徒、内容は生徒会役員の一人が何者かの手によって全治二週間の怪我を負わされたと言うものであり、犯行現場には『虎の子供達』を名乗る集団と思わしき一員から『次の期日までに補習を廃止せねば次の被害者が出ることになる』と簡潔にパソコンで打ち込まれ他文字が印刷された紙が落ちていたという。



「虎、ねぇ」


 学校新聞を両手でぐしゃりと団子のように丸めた男子生徒が目線を上にやりぼんやりと呟く。


「まさか、な」


 そう苦笑しつつ言うと、丸めた紙くずをごみ箱へ捨てるべく席からゆっくりと立ち上がった。



 そして、その号外新聞が発行され、ばら撒かれた日の昼放課、『虎の子供達』の補習制度の廃止の件を否決したと生徒会長直々に校内放送で発表したのだ。



「せっかくの警告を無視とはね」


 補習教室で放送を聴いていた優衣が呟く。


教室内には『低成績者』メンバー達も待機して静かにその放送を聴いていた。


 その放送から十分後、『虎の子供達』が動き出し、生徒会役員たちが一人、また一人とどんどんと病院送りにされていく。


 外の雲が微妙に動いているのがわかるほど厚くなっており、その雲から一滴、また一滴と水滴が落ちていく。


「はぁい、生徒会長さぁん、お久しぶりねぇ ?ご機嫌いかがかしら ?」



 中央に大きなホワイトボードが置かれ、左右対称に置かれた木の長机の目立つほこりひとつ無い清潔感のある教室、壁には表彰状がちらほらと掛けられている、生徒会室で人を小馬鹿にしたような少女の声が響く。



そんな生徒会室の壁際で白髪の短い髪に切れ目の整った顔立ち、まるで細木に黒い学ランを着せたようなほっそりとした長身の男子生徒が表情を歪ませて壁に中腰で背をもたれ手をついていた。


壁にもたれているのはこの学校の生徒会長である、彼の眼前、優衣の顔や体が密着しそうなほどに近くにあり胸元にはくだんの電流を発射する銃が突きつけられている、壁際に追い詰められ、壁に縫い付けられるように押さえつけられている状況である。


「くっ、何故君はここまでする ?」


胸元に突きつけられた銃が痛いのか、少し苦しげな小声で言葉を発する生徒会長。



「私の『放課後』を取り返す」


 生徒会長の顔の眼前、互いの額が付きそうなほどに顔が近づいた優衣が呟く。


「それだけよ」


 無表情な顔で言い放つような小声で言葉を発する優衣。


「大丈夫よ、撃たれても死にはしないし、あなたの仕事は私がきっちりと引き継がせてもらうから安心して寝ていて」



 そして、引き金に指をかけ、ためらわずに引く優衣。




生徒会室内を炸裂音が支配する、外は相変わらず薄暗くコックを全開にしたシャワーのような雨が地面をたたきつけていた。



その後、生徒会長も病院へ運ばれ『本日より生徒会長の役職を秋山優衣へ譲渡する』といった文書を偽造した優衣、『低成績者』による黒金第二高校の支配の幕開けである。


それからというもの優衣は補習の廃止はもちろんのことテストの廃止、図書室の文庫本をすべて漫画に変え週間漫画雑誌の毎号の取り寄せ、学食のコーヒーお代わり自由などまるで小学生の考えたような暴政をしいていた。


 極めつけは『高成績者狩り』と呼ばれるものである。



 ホワイトボードに机だけであった生徒会室も今や部屋の中心の最奥には大きな赤い玉座、に床敷かれた大きな虎の毛皮と、見る影もなくなっている。


「ボス、『高成績者』と思わしき男を捕らえました」


 生徒会室内に野太い男の声が響く。


 そこにはスキンヘッドの岩石のような厳つい顔に天井に頭が着きそうなほど体格のよい男子生徒が二人、そしてその二人に腕を掴まれ、真ん中でだらんとしている七三分けに瓶底のような眼鏡のをかけた小柄な男子生徒が捕らえられている。


「全教科九十五点越え、これはもう完全にアウト、かと」


 右側の男子生徒が表情を変えず厳つい声で言う。


 その言葉を向けられた先、部屋の奥にある玉座には優衣が無表情で腕と脚を組んで座っていた。


優衣は表情を変えず組んでいた腕を解き親指を立てる。


そして、何も言わずに自らの首元へ親指を向け真横に一文字に素早く走らせる、俗に言う首を掻っ切るジェスチャーである。


「……おい、別室送りだ」


 それを見た左側の大柄な男子生徒が静かに捕らえられた男子生徒へ告げる。



「やめろー !死にたくなーい !」


 捕らえられた男子生徒が、か細い声で叫び抵抗するが屈強な男子生徒二人にはかなわず、その抵抗も虚しく生徒会室の出入り口の扉へと引きずられていく。


 これがテストで規定の高得点に達するもの優衣の私兵団と化した『虎の子供達』が捕らえ処罰する『高成績者狩り』である。


 『虎の子供達』も訓練を重ね、今や味方の生き血を啜ってでも、地獄から這い出してでも任務を遂行する戦闘集団へと変貌、逃げることはまず不可能である。


外では相変わらず強い豪雨に見舞われ、親の敵のように激しく雨粒が叩きつけられている。

 今、まさに学校は暗黒時代が到来していた。




しかし、この暗黒時代も一人の英雄によって打ち破られるのだった。


校舎を続くリノリウムの廊下を一人の少女が走っている。


「彼ならば、この暗黒の時代を何とかしてくれるはず」


 走っている少女が真剣みのある凛とした声で呟く、廊下を走っていたのはいつの間にか優衣の近くから姿を消した玲子であった。


「ここだっ」


 走っていた玲子が急ブレーキをかけて、数ある教室の扉の前で止まり、その扉を開ける、扉の上には『職員室』と白い文字で書かれたの黒いプラスチックのプレートがかかっていた。



今日も今日とて玉座に座り、新しい暴政を発表し美女をはべらせ『高成績者』に制裁を加えとやりたい放題の優衣。


「次は名にやろうかなぁ」


 優衣が天井を仰ぎながら脚を組んで玉座に座りそんなことを呟いていると、突然生徒会室の扉が力強く開け放たれる。


「優衣っ !」


 開け放たれた扉の向こう側から少し高めの青年男性の声大きな声が飛び込んできた。


「あ……」


 玉座に座った優衣がぽかんと呆けたように驚いた表情になる。


 扉の向こうに立っていたのは一人の男性だった、耳のあたりまで切りそろえられた長すぎないほどのごく普通の長さの黒い髪に少しだけ幼く見える顔つき、銀縁の真面目さを漂わせるような眼鏡。


中肉中背というにふさわしいがどこか線の細そうな体つきをしていて深い紺色のスーツに白いカッターシャツ、首元には茶色のネクタイを締めているいでたちの真面目そうであるがどこか線の細そうな雰囲気の男性だ。


年齢は二十歳前半から後半に見受けられる。


「お兄ちゃんっ !」



 優衣がぱっと明るい表情になり、玉座から立ち上がり叫ぶ。


 扉の向こうに立っていたのは彼女の想い人であり、この学校の教師でもある鵜野花恭介うのはなきょうすけであった。


玲子が最後の希望を託し、優衣を止めるように頼んだ人物が彼である。


 恭介が真剣な面持ちで扉の向こうから口を開き。


「優衣、もうこんな馬鹿な真似は止めなさい」


 と、真剣な声色で優衣へと言い放った。





「うん、わかったぁ、やめるぅ」


 それに対し、優衣は玉座から立ち上がりもじもじ、としながら頬を赤く染めて甘えるような声色でそう言ったのであった。


暗黒時代は終わった。


 それを祝福するように雨は上がり、厚い雲には隙間ができて中から太陽の光が大地へと手を伸ばしたのだ。



 後日、生徒会長の役職権を返すので今回のことは不問とするとの条件で全ては元に戻ったのだった。

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