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曇天に虎吼ゆる

 夏の入り口にやって来た遅い梅雨入り、連日高い降水確率を誇り、通り雨や日中雨などの日が多くなった時期。



 この物語の舞台であるS県A郡の黒金くろがね町もこの梅雨の影響を受け、日々が雨にじめじめとした湿気に包まれ不快な日々が続いていた。


 

 そんな中、早朝に雨が通り過ぎ、珍しく雨の降っていない不揃いな大きさや形の雲が浮かび太陽が雲に隠れながら顔を出している青空の朝の終わりがけ。



 黒金町の地元にある学校『黒金第二高校』、ここも梅雨の雨の影響を受け砂で固められたグラウンドの地面はぬかり、不安定になりそこら中に水溜りができていてしまっている。



 そんなグラウンドに規則正しく列を成し並ぶ真っ黒い学ランに薄黒いセーラー服の不規則な背の高さの男女たち、この学校の生徒たちだ。




「あれがこの学校の校長なの ?」



 そんな列の中の一部から、少し抑えられた驚きの混じる愛らしい声が聞こえる。



 亜麻色のさらりとしたまっすぐな綺麗な肩にかかる程の長さの髪、頭の頂点よりも少し右側で赤いビー玉のような装飾のついた髪留めを使い尻尾のように細く縛っている、いわゆるサイドテールという髪型である。



 少しだけ釣りがちな琥珀のように透き通った瞳の目にすっとした鼻筋の小さな鼻、薄桃色の唇に小さな輪郭の顔、同じ年代の女生徒達よりも高めの背丈に女性的にめりはりのあるグラマラスな体格をこの学校の制服である黒を基調としたセーラー服に身を包んでいる。



 列の後方に規則正しく並び、楽な姿勢でそこへ立っている秋山優衣あきやまゆいである。




「そうだよ」



 優衣の前に立っていた女生徒が顔だけを向けて振り返り、凛とした声で答える。



 赤みがかった黒髪のショートカットに顔の左半分を隠すように伸ばされた前髪、 団栗どんぐりのように大きな瞳の猫のように釣りがちな目、綺麗な鼻筋に小さな口、血色のよい肌。



 後ろに立っている優衣よりも頭一つ分ほど低い背丈であり優衣の顎の辺りにちょうど頭の頂点が来ている、優衣とは正反対にすらっとした引っ掛かりの少ないプロポーションを同じくこの学校の制服であろう黒を基調とし、赤いタイが胸元にあるセーラー服に身を包んでいる。



 秋山優衣と同じクラスでちょうど前の席に座っているクラスメイトの山音玲子やまねれいこである。



 そんな彼女たちの視線の先には、真っ白い骨組みの部分の露出した背の高い朝礼台に乗った人物、スキンヘッドの頭に脂肪でつぶれた様に小さく垂れ下がってしまっている目になまずのように上唇の上にちょろりと生えている髭、たらこ唇にでっぷりと太っり脂肪で首が隠れてしまっている肥満体系に茶色いスーツの初老の男性。


 

 どぎつい悪役のような容姿である。




「完全にキラー・ザ・ブッチャーね、秘かに地球を狙っちゃったりしてるんじゃないの ?」



 

 目を細めつつ、朝礼台を凝視しつつ優衣が怪しむように失礼なことを呟く、前に立っている校長と称されている男が悪役面あくやくづらなのが気になっているようだ。



「いや、あんな見た目だけど物凄い善人なんだよ、よく公園とかでゴミ拾いやらのボランティア活動に参加したりしてるし、教育支援ボランティアの活動とかも積極的にやっているみたいだよ」



「それによく石につまづいて転ばないように校庭を掃き掃除してたり、門の前に立って挨拶してたりと、生徒思いな所もあるみたいだね、見た目はプレジデント神羅とかそういうタイプの悪役っぽいけど」



 しれっとした声で前に向き直り優衣へと言葉を放つ玲子、褒めているのかけなしているかわからない言動である。




「一度、その功績を称えられて表彰されることになったんだけどね、『ただ、自分で自分なりに世の中を良くできるかもしれないと思って勝手にやった事だから』って辞退したそうだよ」



「なにそれ、かっこいい」



 玲子が校長へ視線を向け続け、立て続けに優衣へと続けざまに校長について話し続け、それに対し相槌を打つ優衣。



 『人は見た目によらず』といったところであろうか、この小説の主人公としてやっていけるかもしれない正義感である。




「……それに、今日から『中間試験』が始まりますねぇ、是非とも日ごろの勉学の力試しと思って頑張っていただきたいです、ホォーッホッホッホッホーッ !」




 二人が話をしている間に校長の話は終わりに入ったようだ、その外見に違わないねちっこい中年男性の声で言い切り、最後に快活に笑う。




 



「『中間試験』、だと……」




 それを聞き、ぎょっとした驚いた表情と声色で呟く優衣。


 


 夏に入り始めたこの時期、早速行われる『中間試験』、校長が言ったように日ごろの勉学の腕試しや単位の確立の一端を担う行事、学生たちにとっては憂鬱な人もいるであろう行事である。



 校長の朝礼での話も終わり、生徒たちはざわつきながらも連日の雨で濡れてしまい水気の抜けない運動場を後にする。



 談笑しつつも団子のように固まりながら自分たちの教室へと歩いていく真っ黒い学生たち、時折、水気の多く含まれた地面を踏みしめ、ぐちゃぐちゃと靴底から不快な音が鳴る。



 優衣と玲子もその集団に習い、自らの教室のある校舎へと歩いていった。




 

 それから5日後、行われた行事『中間試験』が終わり、その日の授業はテストが返され、テストの採点ミスの申告や問題の解説が授業内容となる。


 

 そんな昼放課の2年A組の教室、教室内はまばらであるがグループになり談笑する者や携帯電話をいじっている者、雑誌を読んでいるものに寝ているものなど心地よい喧騒の中で平和な空間が展開されていた。






「逃れられぬ運命さだめってやつね」



 そんな中でふっ、と小さく息を吹き出し目を細め自嘲気味に笑う優衣。



 クラスの教室の窓際の一番後ろの席が彼女の座席であり、そこで椅子に座り机に両肘をついたまま、組まれて垂れ下がった手のひらの上におでこを乗せている優衣。




 彼女の前には、印刷の文字にシャープペンシルの筆跡、それらの上を真っ赤なサインペンでなぞられている長方形の縦長い紙が重ねられて置かれている、これまでの時間に返却されたテスト用紙である。 

 

 


 

「どれどれ ?」



 いつの間にか机を挟み対面している玲子が椅子をこちらに向けて座り優衣の机の上を見ている。




「これは……」






 優衣の机に置いてある広げられたテスト用紙を目にした玲子が少し目を見開き、驚いたような小声で呟く。




「秋山さんって実はかなりのおう゛ぁ……に゛ゃああああああああああっ !」



「おおっとぉ、喋り過ぎは命に関わるわ」




 テスト用紙に書かれた真実を告げようとした玲子が突如、苦痛の悲鳴を上げる、いつの間にか優衣により頭部を手のひらでがっちりと覆われるように掴まれていた。

 

 

 優衣は『超人』と呼ばれたある特殊な『ウィルス』によって自らの強く望んだ新たな『特殊な機能』を手に入れた、いわば『進化』した人間である。



 それにより彼女は『虎のように強くなりたい』と望んだ彼女は『獲物を押さえつける事に適した力強い手足』を手に入れたのだ。



 そんな馬鹿力で頭を掴まれ脳天を掴むように締め上げられる玲子、いわゆるブレーン・クローと呼ばれるプロレスの技である、玲子の頭部からみしみしと音が鳴り始める。





「いいかしら ?愚かな玲子ちゃん ?私はおにいちゃんを追いかけるのに忙しくて忙しくて勉強している暇が無かったの、これは台風や地震と同じいわば『防ぎようの無い自然の摂理』みたいな必然的なことでしょ ?簡単に言えばガード貫通攻撃ね、そうよね ?それを奇襲攻撃のような狙ったタイミングでやってくるんだからこの学校はタチが悪いわね、つまりこの結果はコンディションが悪かった訳であって、決してこの私がおう゛ぁかさんって訳では無いのよ、理解したかしら ?理解できたわよね ?なら『秋山優衣さんがこんな結果になってしまったのは仕方の無いことです』はい、復唱」



「あ、秋やま優衣さん、がぁ、こんな結果になったのはっ……仕方のないことですぅっ !」



 手のひらの力を緩めずにぎりぎり、と力をこめたままににっこりとした笑顔で玲子の頭を掴んだまま顔を近づけ玲子へ感情のこもらない声で一気にまくし立てるように言う優衣に従い苦しそうに途切れ途切れに切羽詰ったような声色で言葉を放つ玲子。


 

 悲惨な点数になってしまったのは彼女がお熱である英語教師の鵜野花恭介うのはなきょうすけ教諭への絶え間ないストーキング行為のためであるようだ。




「あら、そう ?物分りのいい子は好きよ」




 その言葉を聞き、満足したかのような表情でまるで悪役のような台詞を吐いた後に空気のように静かに玲子の頭を解放する優衣。


 

 椅子に座ったままの体勢で玲子が優衣の机の上にばたり、と倒れこむように伏せる。



「はぁ……はぁ……、まだ頭がズキズキする」




 机の上で伏せた玲子が両手で自らの頭を押さえながら目を見開き、息を荒くしつつ、未だに多少痛みは残るものの優衣の締め上げの苦痛からの開放感を味わっていた。



 

「まあ、終わったことは仕方が無いのでこれはスルーしましょう、期末があるわ」



 テストの用紙をまとめ、とんとん、と机の表面で端をそろえながらため息をつきながら言う、早くもこの件については忘れるつもりの優衣。


 

 

「所がどっこい、『規定の点数』に達していなかったら『補習』になっちゃうんだな」



 しかし、現実を忘れようとする優衣へ未だに右手で頭をさすっている玲子が現実を突きつけるように言い放つ、それを聞いた優衣のテスト用紙をそろえる動きがぴたりと止まる、表情は変わらずまるで録画映像を停止したかのようである。



「へ ?」



 固まったままに驚いた声色で一言発する優衣。



「今朝のホームルームで言ってたじゃない、規定の点に満たない教科は放課後に今日からかわりがわりに補習って、秋山さんの答案用紙を見る限りでは可哀想だけど今もってるやつは全滅かと」



 不思議そうな表情で固まる優衣へ人差し指を立てながら説明する玲子、頭部の痛みはもう消えたようだ。



「ちなみにサボったら ?」



「恐らく『留年』のなる可能性が非常に高いかと」



「放課後の『恥ずかしくて憧れのあの人に近づくこともままならないっ !お兄ちゃん観察大作戦』はどうなるの ?」



「恐らくその『恥ずかしくて憧れのあの人に近づくこともままならないっ !お兄ちゃん観察大作戦』を実行してしまうと『留年』になる可能性が非常に高いかと」



 変わらず固まった表情で少し震えたような声色になり淡々と質問をぶつける優衣、それに対し玲子は淡々とした声色で返答していく。



 ガタンッ !



 と、大きな音を上げ、突如優衣が椅子を押しのけ顔を伏せるようにしてその場へ立ち上がる、手に持っていたプリントがはらはらと舞い、机の上へ散らばる。



 優衣が黙ったまま自らの席の真横にある小さな窓の施錠せじょうをはずし、窓をがらりと横へ開く、銀色の鉄枠でできた真四角の透明なガラス窓だ。



 雲混じりであった青空はいつの間にか真っ白い雲に覆われ再び青空を隠していた、開け放たれた窓からは梅雨特有の生暖かく湿った空気の気流が教室内へゆっくりと流れ込んでくる。




 優衣は少しだけ身を屈めて窓枠へ手をかけ、肩までを窓の外へ乗り出す。









「神よ !私が一体何をしたぁっ !」





 そして、天高くへ向かい吼える優衣。




「いや、その『何も勉強しなかった』てのが問題なんだけどさ」




 そんな優衣を見据えた玲子がいたって冷静な声色でつっこんだのだった。




 優衣の咆哮が響き渡る空から彼女をあざ笑うかのようにぽつりぽつり、と小さな水滴が天から降りてくる。



 それは後から後から押し寄せるように続き、ついにはせきを切ったかのように大きな粒となって向こう側の校舎とそこへつながる裏庭へと降り注いだ。


 いつの間にか白かった雲は黒い雨雲となって雨を降らせていたのだ。






「何よ !放課後くらいしかお兄ちゃんの動きをじっくりと観察できないから一分一秒たりとも目が離せないって言うのに !一体私はどうすればいいってのよ !」




「そんな、要人暗殺の狙撃手じゃないんだから……そっちのほうはしばらくお休みにしてさ、素直に補習を受ければいいと思うよ」




 雨が降ってきたため窓から離れた優衣が玲子へ向かってものすごい剣幕でまくし立て、後ずさりながらそれを少し困ったように答え返す玲子。




「まあ、そういう制度が始まったのは最近だけどね、生徒会が考案してそれが可決されたって言ういきさつで」



 再び話を戻し、補習についての情報を優衣へと伝える玲子。




「何よ、ここの学校もどこぞの学園ジュブナイル的に生徒会が学校を牛耳ぎゅうじっちゃってる系だというの ?」




「いやいや、生徒会は考案しただけで可決したのは校長……」




「くっそぉ !あのハート様もグルだったのかぁ !」




「駄目だこりゃ……」




 玲子の言葉に食いつき、相変わらず物凄い剣幕で噛み付くように言う優衣、最早全てが敵に見えてしまっている。



 そんな優衣に額に手を当てながら今度は精神的に頭が痛そうなしぐさをしながら呟く玲子。




「でもわかったわ !」



 今度は決意の固まった表情に変わり力強く言い放つ優衣。



「え ?」



 突然の優衣の言葉にきょとんとしながら驚いたように声を出す玲子。




「要は生徒会を何とかすれば良いってことじゃない !ちょっと行ってくる !」



「あ、ちょっと !」




 そういうや否やのタイミングで窓際に立っていた優衣が力強く床を蹴りだし、教室から廊下へと続く開け放たれた扉を飛び出しその廊下の向こうへと消えていった優衣。



 右手を前に出して固まる玲子、止めようとした言葉も遅かったのか聞こえなかったのか、すでにそこには優衣の姿はない。





「秋山さん、生徒会の場所わかんないんじゃ……」



 優衣が走り、飛び出していった扉を見つめながらぽかんとした表情で呟く玲子。






「いや、それ以前に」





「補習受ければいいじゃない……」




 今はその言葉も受け取る人物はそこにおらず、虚しく消えていくばかりであった。



 

 

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