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怒りの旅路と甲太郎の丸焼き

 両端の緩やかな坂に挟まれた狭い道、草の青々と茂っている坂のような土手、その土手のふもとはやはり草の生い茂った。



 夏も入り口の少し蒸し暑い空気の乾いた気候、空は薄い雲に覆われており薄い白と灰色の混ざる曇り空、雲の薄い部分からは微かに空高くとど意まっている太陽の光が雲を貫こうと光を差し、まるで雲が発光しているかのような錯覚を覚えるほどだ。



 その土手の狭まれた道、黄土色の土で塗り固められ大小さまざまな大きさの冷たい色合いの石ころが不規則に土にまみれて転がっている。



 そんな道を怒り肩で歩いている人物が一人。



 まるでヤマアラシのようにバサバサと跳ねた真っ黒い耳にかかりそうな長さの髪、後ろ首を完全に隠しているとげとげとした後ろ毛に眉の下辺りまで伸ばされた前髪、精悍な顔立ちを今は機嫌の悪そうに歪めている。


 

 高めの背丈に中々に筋肉質ながっしりとした体つき、真っ黒な前のボタンの全て外れた学ランから下に着ている紺色のシャツがちらりと見える、下には黒い学校指定の制服のズボンを穿いている。



 

 土手の道を歩くのは加賀見甲太郎かがみこうたろうであった。



 彼は自分の学校から下校するため自らの下駄箱を空けると大量の琥珀こはく色の謎の粘液に塗れた自分のスニーカーとともに白いビニール袋に入った白い便箋に包まれた手紙が入っていたのだ。



 

 

 その便箋の中には白い紙に所々に茶色い点々とした染みとともにかろうじて読める字で『かがみこうたろ よ くろがね 用水橋の下 にてまつ』と簡単な地図とともにそう、所々がにじんだ文字で書かれた手紙が入っていたのだ。


 

 黒金くろがね用水橋、甲太郎が住んでいるS県A郡の黒金町の駅前から北へ100メートル程の離れたぽつぽつと見える家や木々や送電線の鉄塔、辺りの大半を占める空き地、そして彼が今歩いている土手の小さな丘に沿うように穏やかに流れている生活排水の混じる余り綺麗とは言いがたい広い川幅の川、いかにも町の外れといった何もない場所である。



 地図にもほとんど目立った建物が無く、解体途中の鉄塔と小さな古い養鶏場が書いてある位である。



 甲太郎がこのような寂れた場所へと出向く理由はただ一つ、謎の粘液まみれにされたスニーカーの件に対し一言文句をのたまおうと、そして相手の出方次第では復讐するつもりである。



 甲太郎がえん々と続いている土手の道を歩き続けていると一つの大きな看板が目に入った。



 『辰見養鶏場たつみようけいじょうこの先100メートル インセクト鳥骨鶏うこっけいはじめました』と、書かれたわりと目新しい濃い緑の文字で書かれた看板である。




 『インセクト鳥骨鶏』、時は2110年、文明は今現在この小説の書かれている時代とは特に変わりは無いが世界各地で突然変異により変容した生き物が現れていたのだ。



 この『インセクト鳥骨鶏』もその一匹である。



 鳥骨鶏、にわとりの品種の一つであり、少し長めの足に白くふさふさとした毛に覆われたにわとりであり、鳥骨というのはからすの骨という意味合いがあり、皮膚や内臓が真っ黒な鶏である。



 真っ黒、と聞くと聞こえは悪いがその鶏肉は大変美味であり栄養価が高く、一般的な鶏肉よりも高値で取引されている。



 また烏骨鶏の白い毛並みは手入れによっては鶏と思わしき美しい毛並みになるので、コンテストが行われているのである。



 『インセクト烏骨鶏』はそれまでの普通の品種と違い、側面の羽のすぐ下から両面に3本づつまるで蜘蛛くものような真っ黒な節足の足が計6本生えているのである。



 その節足の足は普段は折りたたまれて体の真横へ収まっているが、外敵などに襲われ逃げるときにそれを広げ、大地を物凄いスピードでって逃げるのだ。



 その節足を広げると、実に本体の三倍ほどの長さになる、肉ももちろん美味であるがその節足は蟹の様に身をほじり出して食べることができ、かなり美味である、また煮て出汁だしに使ってもかなり美味である。



 

 2110年の高級食材の一つ『インセクト烏骨鶏』である。



 そして、相も変わらず怒り肩でずんずんと歩いていく甲太郎、しばらくすると前方にコンクリートで固められ、ガードレールで量端を囲まれている太い支柱で支えられ、向こう側のアスファルトの道路の道と繋がった短い橋が見えてきた。



 「下っ手クソな地図だがあの橋のしかないはずだからあそこの橋のたもとだな」



 立ち止まりつつ静かに言う甲太郎。 


 

 能面のような無表情で獲物を見つめるように少し目を細める甲太郎、視線は遠くの橋をじっと見つめている。


 

 

 再びまた歩み始め、橋へと近づいて行く甲太郎。



 初夏の空気は少しだけ蒸し暑く、空は相変わらず薄い灰色に覆われていた。




 












 「……」





 甲太郎が立っているのは土手の頂上に続く道、少し歩けば橋の入り口が見えるその少し手前で土手の短い草の生い茂る坂の下を見つめていた。




 橋を支えるコンクリートの支柱に広く、甲太郎の膝辺りまでの深さの浅い川が橋のほうへと流れている、土がむき出しになった岸のような広けた場所、向こう側はコンクリートの坂になっていてそこから巨大な土管が突き刺さるように飛び出している。


 


 川の水は汚染されており、その浅く流れている川かに転がる大きな石に黒いがへばり付いている、時折土管の大口から洗剤の混じった真っ白い泡の混じった液体が勢い良く飛び出すように流れ出てきている。



 

 怪訝けげんな表情で甲太郎は橋のコンクリートの支柱の先を眺めている、なんと、そこにはまるでもたれかかる様に細長く巨大な白い箱が立っていたのだ。



 

 箱の底から人間の裸足の足、すねの下部から足全体が飛び出しており、まさに『そこに立っている』といった感じである。 

 

 

 恐らく、飛び出した足から推測するに中に人間が入っているのだろう。



 甲太郎は再び手に持った手紙へと目をやり描かれた簡素な地図に視線を移す、彼の背後、遠目に位置する養鶏場に彼の目の前にある背の高い解体途中の送電鉄塔。



 間違いなく呼び出された場所は甲太郎のすぐそばにある橋のたもとであり、信じたくないことに甲太郎を呼び出したのは橋の支柱にもたれかかっている箱であろう。



 

 「あれか」



 明らかに怪しい相手であるが、怪しむことよりも怒りに燃えているためか迷わずに土手の坂を下り、箱へと近づいていく甲太郎。



 

 「あんただろ ?この手紙を俺の靴箱に入れたの」



 ざくざく、と緩やかな坂の草を踏みしめながら箱へと近づいていく甲太郎。



 しかし、足の生えた箱はぴくりとも動かない。



 「ついでに、俺の靴もべとべとにしてくれたよな ?」



 感情のこもらない声で箱へ向かい告げる甲太郎。



 どんどんと箱へと歩み寄っていき、ついに箱と同じ高さの地面へと降り立った甲太郎。



 

 「うーふーふー……」


 「ん ?」



 突如、間延びした男か女かわかりづらいかすれた声が聞こえる、言うまでもなく甲太郎の前方でたたずむ箱の中からである。



 「かーがーみーこーうーたーろー ?」



 またも箱から気力のこもらない声が響く。



 「ああ、恐らくあんたに俺の靴をベッタベタにされた加賀見甲太郎だよ」


 

 怒気のこもるはっきりとした声で目の前に立つ、人が一人入りそうな程の箱へと言葉を放つ。


 「ばーれーたー 」


 

 「まさか自ら罪を認めてくれるとはな、と言う訳であのスニーカー代をきっちり弁償してもらおうか」



 緊張感のない間延びした声で自白する箱、それに対し甲太郎は手を開き、腕を箱へと伸ばして被害にあった靴の代金を請求する。



 「むーりぃー」


 甲太郎の請求に対し間延びした声で答える箱、それを聞いた瞬間、甲太郎の眉間がぴくりと動いた。




 「……なんでよ ?」



 再び冷静を装った表情で聞く甲太郎。



 「おーまーえーはーここでしぬー」



 もたれかかっていた箱が壁から離れるようにすっ、と動き少しだけ急いだ口調で言う。



 「そうか」



 目を細め、少しだけ声のトーンを落とし言う甲太郎。

 

 

 「そういう態度で来るなら」 


 



 

 


 「少し痛い目に合ってもらう !」



 ダンっ !



 と、地面を蹴り上げ、まさに猪突猛進といった勢いで右腕の拳を振り上げ、腰を捻りつつも箱へと飛びかかっていく甲太郎。



 「……」



 反応できないのか全く動じていないのか、壁から立ち上がったままの姿勢で止まっている箱。


 


 その箱に対し、腕が一直線に伸ばされ力の込められた拳を繰り出す甲太郎。


 

 バチリッ !

 

 


 と、その瞬間に伸ばされたひじから拳までにかけて青白い電流が走る。



  

 ガコン !


 

 と大きな衝撃音とともに箱のど真ん中に直撃する甲太郎の鉄拳。



 みしり、と悲鳴を上げ箱の中心に楕円形の小さなひびが入る。




 「 !」





 しかし、甲太郎の攻撃が決まった次の瞬間、箱が四方へと四つの板になりばらばらに倒れ始める、それに驚き体の前で、腕でバツの字作り咄嗟とっさに背後へ飛び下がる甲太郎。


 

 中身を包んでいた箱が壊れてしまったのだ。




 そして、ベチャッ !と大きな不快で粘着質な水音があたりに響いた。


 


 「……こいつは」



 甲太郎が箱の中から出てきた人間に対し小声でつぶやき、戦慄の表情を浮かべる。




 箱から出てきた中身、それは先ほど甲太郎が下駄箱の自分の靴箱で見た琥珀色の透き通った粘液の大きな塊だった。




 その粘液の塊はまるで山のように盛り上げられ、甲太郎の背の高さと同じほどの大きさであり、山の真正面の左右からハの字に広がる二本の太い肌色の棒が飛び出ている。




 その棒はよく見ると先に何か付いている、垂れ下がった紅葉もみじの葉のようなそれは人間の手のひらだ。


 


 「中に、人が入っているのか」



 甲太郎が驚いたような声色で呟く。



 よく見ると、半透明の液体の塊の中にまるでゼリーに包まれた人間のようにうっすらと黒く人影が見える、そのまわりを時折どろどろの琥珀色の粘液が地面へべちゃり、と音を立ててしたたり落ちる。




 

 「はーんーげーきー」




 粘液人間が塊の中心、ちょうど腹の辺りだろうかそこへ唯一粘液の付いていない手をずぼっ、と突っ込む。



 



 ずぼっ




 と再び引き抜いた手に何かを持っている、手のひらにすっぽりと収まる紙製の四角い箱、側面の一面が濃い赤茶に染まっている。




 「うーふーふー」




 「あれは、『マッチ』か ?」




 粘液人間の取り出した小さな箱、『マッチ』を取り出すのを身構えながら観察する甲太郎、箱を壊し、反撃を宣言した瞬間から相手の雰囲気が変わるのを察知した甲太郎は何が来るのかわからない以上、相手の行動の対処に専念することにしたのだ。 





 シュッ !




 マッチが擦られ、粘液男の右手に小さいがらん々と燃える小さな火種ができた、そして左手で素早く自らの脇腹辺りをつかみどろどろとした粘液を掴み取り、『マッチ』をその上へと真っ直ぐに突き刺す。


 

 「こいつ、何をするつもりだ…… ?」



 怪しんだ表情で粘液人間の方を向き、身構えている。





 「えいー」




 しゅっ !



 と『マッチ』の刺さった粘液をやる気のなさそうな掛け声とともに甲太郎へと投げつける。



 








 ゴォォッ !




 大きな風鳴かざなりのような音が鳴り響く、気が付くと、投げられた粘液はそこにはなくごうごうと燃え盛る火の塊が甲太郎へと襲い掛かるべく飛び掛るように宙を飛んでいたのだ。





 「なんだとっ !」



 一直線に飛んでくる上に、身構えていたことが幸いし横へ飛び火炎の塊を回避する甲太郎。



 飛んできた炎の塊は避けた甲太郎の背後の用水路へボチャン、と水音を上げて落ち、ジュウ…… と断末魔の音を上げる。





 

 




 「いまのはーデモンストレーションー」





 再び、間の抜けた声で甲太郎へと告げる粘液人間。




 「……お前のそれ、『油』か ?」



 


 真剣みのある表情で身構えなおし、粘液人間へと問う甲太郎。




 「あーたーりー」





 粘液人間が間延びした声で言うと。




 シュッ ! シュッ !




 右手でマッチを二本同時に擦ると、火のついたマッチ棒を左右へ一本づつ投げ捨てる。




 ゴォォオオオオオオオッ !



 「 熱っ !」


 



 今度は先ほどの炎の塊とは比べ物にならない炎が地面からあがる、バチバチ、と火の粉があがりあまりの温度に思わず、手で顔をかばう甲太郎。




 甲太郎の首ほどまでに炎が燃え上がり、道を歩くように一直線に甲太郎だけを囲む壁のようにように燃え上がり辺りを焼き尽くしている。



 「すでにここはーぼくのテリトリー」



 甲太郎がここへ来る間、粘液人間はこの河原の土の地面一体に自らの粘液、『油』を染み込ませておいたのだろう。



 「ぐぅっ ! くそっ ! まんまとめられたわけか !」



 降りかかってくる火の粉を必死に手で払う甲太郎、辺りの高温さゆえか顔から大量の汗が出ている。


 


 甲太郎の近く一体が高く熱く長時間において燃えているのだ、まるでナパーム弾のような燃焼である。



 「このままではー焼殺か一酸化炭素中毒でぼくのかちー、うーふーふー」




 嬉しそうに間延びした声で言い、笑う粘液人間。

  



 その間も甲太郎は炎の壁に包まれ苦しんでいるのだった。 

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