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保健室のぐだぐだぐだ

 保健室の中は相変わらず、物音は少なく静かだった。



 カチコチと、掛け時計の秒針を刻み続ける音がやけに大きく聞こえる室内。


 

 今の正確な時刻は解らないが窓の外はすでに夜のとばりが下りていて暗くなってしまっている。


 消毒液の少しつんとしたような匂いに混じって彼女の舐めている飴の甘い匂いが微かに漂い、鼻につくように感じられる。


 

 彼女の口の中からは時折、カラコロと飴玉が歯にぶつかる音が聞こえる。



「俺が雷に……」


 

 彼がかなり険しい顔になり呟くように言う。



 

 

 口は一文字に閉じられ、眉間には皺が寄っている。




「そうそう」


 

 すこし考えこむように呟く彼に対して彼女が彼の表情を見つめながら相づちを打つ。


 

 相変わらずニコニコとした笑顔だ。


「嘘だろ」




 呆れたような、彼女を馬鹿にしたような口調で彼が返す。



「いやいや、私はちゃんとこの目で見てましたよ。」



 馬鹿にした感じの彼に彼女がきっぱりと答えた。





 そして、構わず言葉を続ける。



「君、あの道を左に行こうとしてたよね。」



 思わず彼の心臓がドキリとなり少し驚いた表情へと変わる、ガードミラーを挟んで二股に分かれている道。


 

 彼が左側に行こうとした道だ。


 



「ああ……まあ、な」





 自分の行動をズバリ当てた彼女に対し、彼は少しばかり困惑しながら額に手を当て答える。



 図星か、と感じ取った彼女は少し得意げになり、少しだけ口の端を吊り上げ追撃するように立て続けに口を開く。


「なんと、その頃私が逆側の道からちょうど君の反対方向に路地を抜けてくる所だったんだ。」




「ふぅん……」




 彼女の言葉を聞き、相槌を打つ彼。


「で、何気なし右側を見たら…」


「見たら?」




 それに対し適当に相変わらず彼女の言葉に合わせるように相槌を打つ彼、思わずあくびが出そうになるが噛み殺すようにしている彼。



「ちょうど人間に向かって空から大きな光がこう」





 彼女が手のひらを開き腕を上に上げる。


 


「ドーンって…」





 下ろした。




 しかし、あまり緊迫感が伝わってこない状況説明のためか、彼にはその凄さがあまり伝わっていないようだ。






「へぇ、それで俺がちょうどその下にいた、と…」



 


 そして、相変わらずどうでもよさそうに相槌を打つ彼、彼女のことをまるで信用していな様子の彼である。





「あまりにも凄い音と光だったから耳を塞ぎながらしゃがみ込んでどうなったかは実際には見てないけどね」





「結局見てないのかよ」




「で、私的に推測したところ、君に向かって雷が落ちたと思ったのさ」





 彼女が、変わらず暢気な口調のまま彼の言葉をスルーしつつ話を締める。




「確かに俺も一瞬だけ視界が真っ白にはなりはしたが……」


 


 少しうつ向き気味に顔を伏せ後頭部をぼりぼりと掻きつつ発言する彼。


「ところでその手に持っているのはなんだい ?」






 彼女が握りしめた彼の右手を指差した。





「ああ、これだよ、これ」






 彼が手を開き彼女に見せた。




 彼が先ほどポケットから取り出した携帯電話だ。




 彼女の登場から存在を忘れていたため彼女に指摘されるまで彼にずっと握りしめられていたのだ。




「さっき時間見ようとして取り出したはいいが電池が切れてんのか動かなかったんだよ」


「へぇ……」



 説明する彼に少しだけ目を細めて答える彼女。




「ちょっとまっててね……」




 彼女は彼の座っているベッドの脚元にしゃがみ込んだ、置いてある鞄を取ったのだ。




 鞄を開き中を漁っている彼女を見つつ、彼は動かない携帯電話を指でもてあそびながら見ていた。


 

 

「はい、これ」





 彼女は鞄から手を出し彼に向って手を伸ばした。


 

 

「なんだこれ」




「充電器だよ、じゅーでんき」


 彼女が取り出したのは手のひらに収まりそうな長方形のプラスチックでできた携帯電話の充電器であった。




 単三電池二本を入れて、先に付いたプラグを接続して充電するタイプのものであり、全体が白色で表面の中心部に座った黒猫の全体像がプリントされている。



「特別に使わせてあげよう」




「まあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」





 得意げな顔で充電器を差し出す彼女から彼は素直にそれを受け取った。




「……」




 無言で携帯電話の差し込み口にプラグを差し込む彼、かすかにカチリと音がする。




 しかし、携帯電話から充電中に点灯するはずのライトが付かない。





 彼は携帯電話を開き電源ボタンを長く押すが、相変わらず画面は真っ黒のままだった。





 その後、無言の空間で彼は電池パックを抜き差しや再度充電器の接続などの試行錯誤を繰り返したが相変わらず携帯電話は何も反応を示さなかった。





「……ご愁傷様です」




「……」






 彼女の憐れみの混じった小声を聞き、がくりとうなだれる彼。







「でもさ、ちょっと変じゃないかな ?」





 彼に気にせずに明るい声で彼女が言う。



「何がだよ」


 彼はまだショックが抜けていないのか暗い声だ。


「いやさ、その携帯が何の外傷も見当たらないのに壊れたっていうのがね」


 彼を気にもせず明るい声でつづける彼女。



「……」


 彼はそんな彼女に何も言わずに黙る。


「いくら何でも放って置いただけで壊れるってことはないだろうし」


「何か、ものすごい電圧でもかかったんじゃないのかな ?」


 探るように彼の顔を少しにや付いた表情で見つめ、続けざまに言う彼女。


「…さっきの与太話を信じろ、と ?」


「あらら、遠まわしに言ったつもりだったのに」


 表情を歪め、彼女へと視線をやり不満そうな声で言う彼に相変わらずの口調で言う彼女。


「でも、私は見たことをそのまま伝えただけだよ」


 眉間に皺を寄せて睨むように横目で彼女を捉える彼に相変わらず飄々とした感じの口調で返す彼女。



「じゃあ、何で俺自身は傷一つ無いんだよ」


 彼女が嘘をついている、と信じてかなわない彼は怒ったのか少し強い口調になる彼。


「そんなに怒らなくても……」


「起きぬけにそんな話されれば怒りもする」



 少し困った表情になる彼女と額に手を当てながら答える彼。







 それからしばらく二人は押し黙り何も言わない。


 そして、先に口を開いたのは彼女の方であった。


「このままじゃあ埒が明かないな…」


 ふぅ、と短い溜息をついて言う。





「私が病院を紹介してあげよう、だから病院へ行って君の身に何が起こったのか見てもらうのがいい、と私は思うんだけど」



「『雷にうたれたのに無傷だったんですがどうすればいいのですか?』とでも言うのか ? 」


 彼女の提案に皮肉めいた返答をする彼。




「その辺は大丈夫さ、そういうところに理解のある医者を知ってるんだ」




「あんたの知り合いに医者がいるのか」


 あまりにも女子高生の知り合いからはかけ離れたイメージであったのか少し驚いた様子で答える彼。



「君が言ったように雷にうたれたって無傷で行っても見てくれるようなお医者さんさ…」


 彼女は彼の方へと向き変え少し目を細めて言った、どこか自身のありげな表情である。



「それに雷の件は私にもひょっとしたらっていうのがあって、ね…」



「その医者なら俺に何があったのかハッキリとわかると ?」


「うーん……」



 彼の質問にしばらく考え込む彼女。




「それはわからないけどさ、私個人としてはその人はそこらへんの医者よりもずっと信頼できるとも思っているよ」




「それに急に倒れたっていうのは事実なんだからさ、検査の意味も込めて見てもらったほうがいいんじゃないかな ?」



 そして、口元に人差し指を当てながら言った。


「それに観てもらうなら早くしたほうがいいかもね…」


 付け足すように言う彼女。


 また、腕を伸ばし伸びをする彼女。


「今は何とも無くとも明日あたりにコロっといっちゃうかもよ ?」


「不吉なことを言うんじゃない」


 かすかににや付きながら言う彼女をあしらう彼。



 それからしばらく考え込む彼とそれを眺める彼女。




「正直な話あんたの言うことは全く信用できない」


 しばらくしてひそやかに話し始める彼。


「だが、あんたの言うとおり検査は必要だと思うし、俺自身に何が起こったのか知りたいというのが本音だ」



「だから、とりあえずのところあんたのその案に乗らせてもらう」


 搾り出すように言い切る彼に彼女はにや付きながらふっ、と息をするように笑う。


「私も君がその気になってくれてうれしく思うよ、もしも『助けた相手が数日後に死んでしまいました』なんてことになったら気分が悪くなっていたからね」


「まだそのネタをひっぱるか」


 彼が文句を言う。



「だが、少しでも怪しい医者だったりあんたが俺を嵌めようとしてることがわかったらすぐに俺は引かせてもらうぞ」


「図体と態度の割には案外臆病なんだねぇ君は」


「やかましいな……俺は面倒ごとは嫌いなんだよ」


 カラカラと笑う彼女に口を尖らせる彼。


「さて、話もまとまったところで」




 笑い終えた彼女が息をつき言葉を切り出す。



「玲子」


「ん ?」


「私の名前、山音玲子やまねれいこ


 彼女は握手を求めるように手のひらを差し出し名前を名乗る。






 しかし、彼は手のひらでパチリと軽く彼女の手のひらを払う。


 少し驚いたような表情になる彼女。



加賀見かがみ……」



加賀見甲太郎かがみこうたろうだ」


 そして、彼が少し照れくさそうに顔を伏せ、口早に名乗った。


 それを見て表情に再度笑みを戻す山音玲子と名乗った少女。


「ああ、よろしく甲太郎君」


 そして、また先ほどの落ち着きと余裕のある凛とした声色で彼の名前を呼ぶ。



「ま、とりあえず私に付いて来てよ、案内するから」



「ああ、わかったよ……」




 そして、軽く伸びをする玲子と少し不安の募る甲太郎は二人は保健室を後にしたのであった。

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