ソメーン(激闘編)
春も終わりに近づき、時たまに暑い日のある夏の入り口が見えてきたような季節。
そんな季節のその丁度蒸し暑さのある日の黒金第二高校の二階、男子トイレ。
そのトイレに備え付けられた手洗いの蛇口の前で苦しんでいる人間がいた。
真っ黒い耳の隠れそうな程の長さのばさばさとした髪、後ろ髪は首を完全に隠していて針鼠のように鋭い、どこか精悍な顔立ちだが眠そうな瞳をしている顔を今は苦痛そうに歪めている。
高い背丈にそこそこに筋肉質な体格をボタンが全て外れ、中のシャツが見えている真っ黒い学ランに制服の黒いズボンといういでたちだ、ここの学校の生徒である加賀見甲太郎だ。
目の前の白い陶磁の流し台の上の蛇口からまるで巨漢の腕の様な太さの白い縄の様なものが飛び出して甲太郎の首へと巻きつき締めあげている。
真っ白いそれは良く見ると細い裁縫の糸の様な太さの物が密集し、螺旋を描くように巻きつきあって出来上がったものである。
なんと、その細かな一本一本は素麺であった。
「ぐ…っ… ! 」
素麺に首を絞められ、苦しむ甲太郎。
その素麺の塊はまるで綱引きの綱のように固く、ちょっとやそっとでは切れそうにない。
しかし、このままでは『素麺に絞殺された男子高校生』として明日の朝刊の一面に載ってしまいそうだ。
ビリッと微かに電流の流れる音がほんの一瞬だけ聞こえた。
そして、甲太郎が力を振り絞り自らの首を絞めている素麺を掴む。
ブチブチッ
と、大量の糸が切れたような音が辺りに響く、甲太郎が素麺の真横を掴み、毟り取る様に引きちぎった。
巨漢の腕の様な太さの白い綱の真横がまるで虫食いの跡のようにえぐられている、そして、立て続けに聞こえるブチブチという音。
甲太郎が更に素麺を引きちぎったのだ、それにより綱が切れたかのように二つにちぎれる素麺の綱。
「ピギィッ ! 」
完全に素麺がちぎれる瞬間に素麺が激痛を訴えるような甲高い悲鳴を上げ、しゅるしゅると蛇口の中へ高速で引っ込んでいく。
そして、素麺の締め上げから解放される甲太郎、首に手を当て、その場に立ち膝でへたり込む。
「っ… ! はぁ…はぁ…、なんだってんだ」
大きく息を吸い込み、呼吸を整えようとしながらまるで見てはいけないものを見てしまったかのような表情で蛇口を見つめる甲太郎であった。
ここは、黒金第二高校2年A組の教室。
時間は丁度昼放課真っ盛りで教室中ががやがやと騒ぎ、それぞれの昼放課を満喫していた。
その教室の窓際の一番後ろの席の一角。
「遅いのぉ、加賀見甲太郎」
一番後ろの席のひとつ前の席で少しイライラと貧乏ゆすりをしている男子生徒。
「…そうねぇ」
その一つ右隣の席で椅子に座りつつ机の上に両手を伸ばし本を読んでいる女生徒がいた。
すると、教室の扉がガラリ、と少しだけ乱暴に開かれ、外から加賀見甲太郎が入ってくる。
「大変だ ! 素麺が蛇口から飛び出て襲ってきたぞ !」
つかつかとその一角に歩みながら大きな声でそういいつつも歩み寄る甲太郎。
「おいおい、加賀見甲太郎よ、負けそうだからってそれはないだろう」
一番後ろより一つだけ前の席の男子生徒が呆れたようにな低い声で言う。
甲太郎よりも少しだけ背が高く、中々に筋肉質な体格、黒い長ランに学校指定の制服のズボンといった格好。
精悍な顔立ちに太い眉、そして何よりも目立つ黒く、ミサイルのように巨大なリーゼント。
鬼瓦巌である。
そして、机の上には携帯ゲーム機が乗っていた。
画面の中では巌と甲太郎の繰るキャラクターが向き合って止まっている、対戦の途中で甲太郎がトイレに立ったのでストップさせてあるのだ。
「それより加賀見君、これの続きないの ? 」
右腕の肘を机に付けて腕を上げ、手に持った漫画をぶらぶらと揺らす女生徒、ちなみに『食キング』である。
麻色の肩につくくらいの長さの綺麗な髪、眉の辺りで切りそろえられているような前髪、頭の右上の辺りで赤いビー玉のような装飾の付いた髪留めで尻尾のように細く縛っている。
少しだけ釣りがちの目に琥珀のような透き通った瞳、すっとした鼻筋に小さな口、小さな輪郭の可愛らしい顔。
少しだけ高めの背丈に女性的にめりはりのあるスタイルのよい体格をこの学校の制服に身を包んでいる。
秋山優衣だ。
「…いや、それより素麺がさ…」
「今はそんなことより、続きだ加賀見甲太郎 ! 」
「ちょっと、ソーメンなんかよりもこの人生終了気味なうどん屋の人はこれからどうなんのよ ! 気になるじゃない ! 」
まるで甲太郎の話をまるで信じておらず、まくし立てる巌と優衣。
「きゃあっ ! 」
「うおおっ !」
突如、廊下から叫び声が聞こえた。
「…今のは ?」
優衣が何事かと思い席から立ち上がる。
そして、三人は廊下へと様子を見に行くことにした。
甲太郎が、教室の扉を開け放ち廊下へと飛び出る三人。
「おいっ ! 何だあれ ! 」
廊下から飛び出て甲太郎と優衣は右側を巌は左側へと体を向けたが、その左側の様子を見た巌が大きな声で言う、そしてそれを聞きき反対側へと振り返る甲太郎と優衣。
「なによ…あれ」
優衣が表情を歪ませてそう言った。
視線の先、隣の教室ほどの距離の先には廊下の壁から天井まで埋め尽くすほどの白い塊が蠢いていた。
所々に白い塊に埋もれてしまった生徒や教師の腕や脚などの体の一部や定規に教科書なども突き刺さる様に混ざっていた。
それらを取り込んだ白い塊は遠目でも解るほどに細い裁縫糸ほどの太さの物が密集して形成された巨大な塊である。
まぎれもなくそれは『素麺』である。
「ほら ! いたじゃん ! 素麺、人間を襲ってんじゃん ! 」
「…」
「…」
二人の方を向きながら得意げに興奮しながら素麺を指さす甲太郎と素麺を見て思考が一瞬止まり固まったように立ちつくす二人。
「何であれ、あれを放って置くわけにはいかないわね…」
「そのようだな…」
「ほら ! 俺の言ってたことは本当だったろ !? 」
ぐっ、と地面を踏みしめ構える二人と未だに興奮気味の甲太郎。
「…速攻で終わらせるっ ! 」
ばっ、と風のように駆け出す優衣、矢の様な速さで素麺の塊へと近づいていく。
そして、素麺の眼の前で踏みとどまり腰を回し、手の平で拳を作り振りかぶる。
「肘打ちっ ! 裏拳 ! 正拳 ! たりゃああああああっ !」
気合の雄叫びとともに物凄い速さで拳や腕を振い、まるで風を切るような連続攻撃の嵐が優衣から繰り出される、まるで牡牛座のアルデバランが如く拳速である。
「…なんだあの拳速は ! 」
その様子を見て驚く巌。
「巌は知らないんだったな、秋山も『超人』なんだよ」
それを見た甲太郎が説明するように言う。
綱の様な強靭さを持つ素麺がまるで、凧糸を鋏で切る様に簡単に切れていく、どちらにせよ普通の女子高生が出来る芸当ではない。
優衣がここまでできるのは彼女が普通の人間ではないからだ。
特殊な『ウィルス』により遺伝子をいじられ、その本人の望む新たな機能を持った姿へと『進化』した人間をある医者は『超人』と呼んでいた。
彼女もその『超人』であり、彼女が望んだ『虎の様な強さが欲しい』という願望により、虎が獲物を押さえつけるのに適し、飛び掛るのに適した強靭な腕と脚を手に入れ、虎人間へと進化したのだ。
甲太郎や巌もその『超人』の中の一人であり、先ほど甲太郎が素麺の締め上げから脱出できたのもその機能のお陰である。
ぶちぶち、と連続攻撃により素麺の壁を引き裂くように攻撃し続ける優衣。
だが、一向に素麺が減っているようには見えない。
「… ! 」
突然、素麺の壁からしゅるりと縄の様な太さの素麺が2本伸び攻撃していた優衣の腕に絡みつく。
「…くっ ! 」
巻きついた素麺は優衣を引きずり込もうと物凄い力で壁の方へと引き込もうとする、それに対し床を踏みしめとどまっている優衣。
だが、徐々にずるずる、と引っ張れていっている、取り込まれるのは時間の問題だ。
「…ぬりゃあ ! 」
気合いとともに腕に力を込め、引く。
すると、ぶちぶちという音とともに優衣の腕に絡みついた素麺が千切れ、それとともに優衣が背後へと飛び下がり一時的に撤退する。
「全くと言っていいほどダメージが無い、だと…」
絶望的な声色で構えつつも言う巌。
「…正確的にはダメージが無いんじゃなくて、あの物量で無理矢理に傷口を塞いで再生してるのよ」
そんな巌に困ったような声色で答える優衣、近くで見ていたので気付いたのだろう。
「あの素麺もゆっくりだがこっちに近付いてきている、このままでは取り込まれるぞ…」
焦ったような表情と声色で言う甲太郎。
廊下を埋め尽くすほどの素麺は確かにゆっくりだが確実に甲太郎達の方へとずるずる、と這って向かってくる。
「…どうすればいいんだっ ! 」
額から汗を流し、焦ったように声を上げる巌。
「実は、あの素麺を攻撃してて、気付いたことがあるんだけれど、丁度あの麺の中心部くらいの所の深さに『赤い麺』が見えたの…」
「そこの周辺部位の再生スピードが他の部分よりも圧倒的に早かったわ…」
真剣な顔つきと声色で二人に伝える優衣。
「攻略のヒントがまるで無い状況だ…攻撃してみる価値はありそうだな」
考え込むように言う甲太郎。
「ちなみにその『赤い麺』が見えたのはどのあたりだ ?」
「丁度、あの定規の10センチほど右ね、深さは1メートル50センチって所ね、10キロ先のお兄ちゃんを識別できる私に間違いは無いわ」
質問する甲太郎と得意げに答える優衣。
「でも、さっきの攻撃で素麺も警戒している…」
「そこまで掘り進めるかどうかって事か…」
困ったような表情の優衣と考え込む巌。
「その辺は俺たちの『超人』機能を使えば、一か八かだがやれるはずだ」
真剣な表情で言う甲太郎、一か八かの策があるようだ。
「本当に一か八かね…」
少し呆れたようにしゃがみながら両手のひらを組んで腕を伸ばしている優衣。
「今のこの状況で一発で『赤い麺』の場所まで到達するにはこの方法しかない…」
優衣と同じように手のひらを組み、しゃがんで腕を伸ばし優衣と対面して組んだ手のひらをくっつけている。
丁度廊下を横切るような形で二人がしゃがみ、腕を伸ばし、組んだ手のひらを付け合せている形だ。
そして、素麺の壁が近づいてくる反対側の廊下の先、巌が今にも走り出さん限りの格好で構えている。
「角度はこれくらいか…」
甲太郎と優衣が組んだ手のひらを素麺のほうへ向くように角度を変える。
「よしっ !巌、いいぞ ! 」
甲太郎が廊下の向こうへいる巌へ伝わるような声で言う。
「ぬおおおおおおぉ ! 」
それを聞いた巌はまるで突進するが如く廊下の素麺の塊へ向かい一直線に走り出す。
そして、甲太郎と優衣の組んだ手のひらの場所まで到達すると手のひらへと足を掛け、甲太郎と優衣は巌を押し出すように腕に力を込め、素麺の塊へ向かって巌をジャンプさせる。
優衣と甲太郎でジャンプ台を作り、それにより巌を素麺へ向けてジャンプさせたのである。
優衣の腕力、そして甲太郎の充電器人間の超人機能を使い、医療法にある微弱な電流を流すことにより筋力を強化するという方法を応用したもので巌の足の筋力を強化し、ジャンプ力に一役買っているのだ。
「はぁあああああ ! 」
まるでロケットのように体をぴん、と垂直にし飛んでいく巌、二人のジャンプ台が相当効いたようだ。
そして、素麺の壁へとずぶりと矢のように突き刺さり、上半身から膝の辺りまで埋まった巌。
「…場所は完璧だわ」
「後は…巌次第だな」
どうやら目的の場所には無事突き刺さったようだ、そして、緊張したような面持ちの甲太郎と優衣が言った。
そして、巌は素麺の壁の中にいた。
中は白く蠢きぬめっている、巌の体の入った場所がその形に合わせて変形していた。
「…少し足りなかったか」
巌はそう言うと、素麺を手でぶちぶちと引きちぎりながら少しずつ奥へと這っていく。
そして、少し堀り進むと巌の目の前に狭い空洞になっている空間が現れた。
その空間の丁度中心辺りに素麺が絡まり綺麗な球体になっている物体があった。
野球の硬球程度大きさのそれは周りの素麺の綱のような糸状のものに繋がれ心臓のようにどくどく、と脈打っている。
「…あからさまなコア的なものだな」
どこからどう見ても弱点的な物体である。
巌はその球体に手を伸ばし少しだけぶちぶちと毟ってみる。
すると、しゅるしゅる、と数秒も経たないうちに元の形へ再生する。
「…これだな」
優衣の話に効いた通り、攻撃してもすぐに元の形へ戻る。
「じゃあ、始めるか」
巌がその球体へと自らのリーゼントの先端を押し当てる。
「発射っ !」
巌が叫ぶ。
すると、リーゼントの先端から大量の鉛筆やシャープペンシル、ボールペンや箸など先のとがった物を束ねたものが一気に飛び出す。
巌の超人機能、大砲人間である彼はリーゼントへ入れたものを弾丸にし、先端から発射できるのだ。
リーゼントから発射された突起物の束がまるで杭打ち機から放たれた杭のように球体に突き刺さる。
球体よりも大きなそれは球体の内部のほとんどまで突き刺さり、中にあった、『赤い麺』ごと破壊することに成功したのだ。
ぐにゃにゃにゃにゃ
そんな音が巌の辺りから響く、周りの素麺がぐにゃぐにゃ、と苦しそうに暴れるように大きく揺れている。
「うおおっ !」
巌の体もその力に揺らされ、まるで落ちるような感覚を感じる彼であった。
「素麺が…」
「揺れている…」
素麺の壁から少し離れた場所で身構えて様子を見ている優衣と甲太郎。
素麺の壁がこちらでもまるで苦しがっているようにぐにゃぐにゃ、と揺れている、そしてしばらく揺れると力をなくした様に萎びて、倒れこむように小さくなる素麺。
それを見た甲太郎が力を失ったように倒れこんだ素麺へと近づく。
「…死んだのか ? 」
足で素麺をつんつん、と突く甲太郎、すると素麺の山からすぼっ、と何かが飛び出てくる。
「うおっ ! 」
思わず驚く甲太郎、素麺から飛び出てきたのは巌だった、巌は腰の辺りまである萎びた素麺の山を掻き分け廊下の床のある所まで出てくる。
「やはり、こいつには核のような物があった…」
「それはつまり…」
「ああ、加賀見甲太郎の作戦は成功だ、おそらくこいつはもう起き上がっては来ないはずだ…」
倒れた素麺についての情報を伝える巌と答える甲太郎、そして戦いが終わったことに安堵する二人。
ゴゴゴゴゴゴ…
突如、安堵する三人の耳にそんな轟音が入る。
「何、この音は…」
不安そうな声で言う優衣。
「向こう側の校舎からだ…」
耳を澄ませ、音の方向から推測する甲太郎、そして三人はもうひとつの校舎へ向かって走り出した。
もうひとつのの校舎の全貌が見えるグラウンド、その中心に三人が駆けつけた、そして今は立ち尽くしている。
校舎の窓や隙間、扉などから素麺が飛び出している、下駄箱の並ぶ出入り口から巨大な素麺の塊が飛び出ているところからほぼ完全に隙間なく学校が素麺に支配されていることがわかる。
まるで素麺が校舎全体を取り込むように所々から素麺の塊が飛び出している、先ほどの廊下を覆いつくしていた塊の比にならないほどの大きさだ。
「まさかの第二形態だと…」
絶望に打ちひしがれたような、搾り出すような声で呟くように言う甲太郎であった。
「一体何なんだねこれは…」
ここは黒金第二高校の食堂、ここにも素麺の魔の手は迫っていた。
周りの学生たちはほとんど素麺に取り込まれ、残った生徒は先ほどのどこか凛とした声を出した女生徒が一人残されているだけである。
綺麗な輪郭の顔に少し赤みがかった黒いショートカットの髪、左側の前髪が長く、顔の左半分を覆うほどの長さの前髪、猫のように大きな瞳に釣りがちな目、すっきりとした鼻筋に今は閉じられた小さな口、血色の良い肌の色の顔を今は困ったような表情で歪ませている。
背丈は優衣よりも少し低いくらいの背丈、いわゆるスレンダーというのだろうか引っかかりの少ない体系の女生徒、山音玲子だ。
彼女が食堂で食事をしていると突如、食堂のドアや窓から大量の素麺が津波のように押し寄せ、生徒や机、椅子などを取り込み、今は食堂の半分と厨房以外はすべて素麺で埋め尽くされてしまっている。
素麺の塊のなかに椅子や机、人の手や足が混ざっているのがわかる。
玲子は丁度一番奥の机と椅子のの並んだ列の真ん中の席から立ったまま身構えている。
突然、びゅっ 、と風を切るような音とともに少し太めの素麺の縄が素麺の塊から玲子に向かい高速で伸びていく。
「うわぁっ ! 」
それを見てから驚いた玲子はとっさに自分の席の机に乗っていたものを投げる、彼女が先ほどまで食べていたラーメンの入った器だ。
その器が飛んでいき、素麺の触手に命中し、中の醤油のスープとメンマとナルト、そして麺が素麺にかかった。
その瞬間、どろどろ、と素麺の触手がまるで溶岩のように溶け、崩れ落ちていく。
「… ! 」
それを見て驚く玲子。
「熱… ? いや、あのラーメンは冷めていたはず…」
玲子はかなりの猫舌だった、出来たばかりの熱いものは食べるのに時間がかかり冷めてしまうほどだ。
「あれは素麺、もしかすると…」
もしやと思い、厨房の方へと駆け出す玲子。
場所は変わりここは甲太郎達のいるグラウンド。
「加賀見君…何か策は無いの !? 」
「流石にここまで巨大な相手だと…核を探す前に取り込まれちまう…」
だいぶ焦った様子の優衣と悔しそうに言う甲太郎。
「打つ手無し…か」
ぎり、と歯軋りをしながら悔やむ巌。
「おぉーい ! 」
校舎裏の方からこちらへ走ってくる人影があった、玲子だ、脇にダンボールを抱えている。
「山音、無事だったのか ! 」
「玲子 ! 」
「玲子さん ! 」
「良かった、皆無事だったか…」
まさかの人物に驚く三人の下へたどり着く玲子、はぁはぁ、と息を切らしている、あの後玲子は厨房からの出口から脱出したのだ。
「巌君は居るね ? 」
「まさか、俺に会いに…」
「これをあの素麺に撃って欲しいんだけど」
泣いて喜ぶ巌を完全にスルーし、ダンボールを空け、中身を取り出す玲子。
「これは、ラーメンの麺 ? 」
玲子が取り出したものを見て不思議そうに顔をしかめる優衣。
「何でこんなもんを…」
「いいから早くっ ! 」
不思議そうにたずねる甲太郎と急かすように声を上げる玲子。
巌へ押し付けるようにラーメンの麺を渡す。
「もー、玲子さんが言うなら何でもいいわ ! 発射 ! 」
ドン、という音とともに素麺へ砲撃する巌、一直線に2階の窓から飛び出した素麺に向かってラーメンの麺が飛んでいく。
そして、素麺の中にずぶずぶ、と取り込まれるラーメンの麺、しかし取り込んだ部分がまるで胃液で消化でもされたかのようにどろどろ、と溶解し始める。
「…やっぱり、この素麺は素麺以外の麺類を取り込むと溶けるんだ」
予想が的中したのがうれしかったのか、にやり、とした笑みを浮かべる。
「…いや、何で ?」
「俺に聞くな…」
不思議そうな顔で甲太郎に聞く優衣と腕を組んで困った表情をする甲太郎、考えてはいけない、感じるんだ。
「巌君、この調子でどんどん頼む」
「イエス、マム !」
ダンボールを巌の近くへ寄せる玲子、ダンボールの中身は蕎麦やうどんの麺も入っている。
そして、敬礼した後どんどんとリーゼントへ麺を詰め、撃ち出していく巌。
ドン、ドン、ドン、ドドン
という音とともに校舎の窓から飛び出た素麺や壁にこびりつき、取り込んでいた素麺がどろどろに溶けていく。
そして、巌が玄関口の素麺の塊を砲撃したときである。
どろり、と表面の素麺が溶けると、下駄箱のあったその場所が空洞になっていた、素麺が絡みついた下駄箱から玄関口の面影が感じられる。
そして、その中心に素麺で出来た長方形の真っ白い台座と思わしきもの、その上に乗った球状の素麺の塊が姿を現した。
その球体こそが巌が先ほど目撃した素麺の核である。
「あれは…素麺の核だ ! 」
「あれが…」
玄関口を指差す巌と驚いたように目を見開く優衣。
「おい ! 入り口の素麺が再生するまでにあの核をやるぞ !」
「おう ! 」
「ええ ! 」
強い意志の篭った甲太郎の合図とともに気合の入った肯定の返事を返す二人、巌がリーゼントに麺を詰める。
そして、甲太郎を中心に右に巌、左に優衣と、一列に並び核のある台座をめがけ一直線に駆け出す三人、入り口の素麺の徐々に、ゆっくりだが再生を始めている。
疾風のように駆ける三人、そして台座の前で踏みとどまる、どうやら再生までに玄関口をくぐれたようだ。
「「「おおおおおおおおおおお !」」」
雄たけびを上げ殴りかかるように拳を固め、上半身を捻り振りかぶる甲太郎。
気合の声を上げ腕を組み、歯を食いしばり頭突きでもするかのように体を後ろに反らし振りかぶる巌。
叫ぶように吼えながら腰を回し、左足を前に踏み込み右足を後ろへさげ、今にも蹴りだしそうな体勢で振りかぶる優衣。
そして、甲太郎の拳が、巌のリーゼントが、優衣の脚が核へ同時に突き刺さる。
電流を流す甲太郎、リーゼントから麺を砲撃する巌、脚へ力を込める優衣、そして消滅するかのように消し飛ぶ核。
「…私たち勝ったのね」
夕焼けに染まるグラウンド、夕焼けを見ながら後ろで手を組んだ優衣が呟くように言う。
背後には力を失った素麺であふれかえった校舎がオレンジ色に染まっている。
「…ああ、辛い戦いだった」
腕を組んだ巌が夕日を見つめながらそう言う。
「思えば俺たち人間がもっと素麺のことを思いやっていればこんなことにはならなかったのかもな…」
甲太郎が夕日を見ながら切なげに言う。
「ええ、私…これからは素麺が出ても文句言わずに食べるわ ! 」
「俺だって食ってやるさ ! 」
「素麺だって麺類さ ! 」
夕日に向かって叫び誓う三人の少年少女。
何にせよ、長く苦しい戦いは終わったのだ。
「何だ、このオチ…」
夕日に向かったちょっと忘れられぎみの玲子が最後にそう呟いたのだった。