表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/45

初鰹と夢の跡地

黒金くろがね第二高校2年A組教室。


時は既に放課後、ほとんど誰もいない教室の中。


黒く艶のある腰につきそうな長い髪に死に装束の様な真っ白い着物、それを巻きつける腰の黒い帯にどこか憂いを含んだ美しい顔立ちの女がいた。


その近くに二人の男女がいる。


男の方は青年ほどの見た眼で、席に座って疲れたようにぐったり机に伏していて顔だけを先ほどの女へ向けている、座っているため解りづらいが中々に筋肉質な体格にそれなりに高い長身、全てのボタンの外れた学ランに中に青いシャツを着ていて下には学校指定の黒いズボンという格好だ。


耳にかかりそうなぼさぼさとした黒い髪にハリネズミのようにとがった後ろ髪、精悍な顔立ちではあるがどこか眠気を帯びたような瞳、加賀見甲太郎かがみこうたろうである。



もう一人は甲太郎と同年代程の少女だった。


赤みがかった黒髪のショートカットに顔を左半分覆ってしまうような前髪、少し大きめのどんぐりの様な目に猫の様な瞳、すっきりと通った鼻筋に小さな顔に血色の好さそうな肌の色だ。


甲太郎よりも頭二つ分ほど小さい背丈で、引っかかりの少ない、いわゆるスレンダーな体系である。


今は腰の後ろ辺りで手を組んで先ほどの女の近くに立っていた。



山音玲子やまねれいこだ。



「で、これからどうするよ…」


ぐったりとした甲太郎が言う。


「私に言われてもなぁ…」


玲子が困ったように頬を人差し指で掻きながら言う。


「やっぱり…無理なんですかね…アイドル…」


不安そうに言う、白い着物の女。


「はぁ…そーですよね…岩手の訳のわからない山奥から這い出してきただけのミジンコな私がアイドルなんてとーてい無理ですよねー…どーせ私なんか…」



そして、その場にしゃがみ込みうつむきながらぶつぶつと何やら小声で呟き始める白い着物の女。



すると、甲太郎と玲子の皮膚を突き刺すような寒気が教室中を包みだした。


気温が50度ほどは下がったような、まるで冷凍庫の中にいるかのような錯覚さえ覚えるほどの寒さだ。


教室に残っていた生徒たちにも影響が及び、甲太郎たちを含む教室内の人間たちがクシャミをしたり歯の根が合わないようにガタガタと震えだしたりした。


「だ…大丈…夫だか…ら、わ、私た…ちも…頑…張るか…ら」


「あ、ああ…俺…アイドルマスター…結…構やり…込ん…でたから…大丈夫…だって」



がたがたと震えつつ言う二人。


この白い着物の女は雪女を名乗っていた、事実彼女が一喜一憂するたびに気温や天候が寒い方向へ、つまり気温が下がったり、吹雪が巻き起こったりとはた迷惑なことが起こるのだ。


彼女は、岩手の山奥から何をどう思ったのか、アイドルになるべく人間界へ出てきたそうなのだ。


二人はわけあってその雪女をアイドルへ近づけるべく協力する約束をしてしまったのだ。



「…本当に本当ですね ?じゃあ私、まだ頑張ってみます…」


幸いなことに雪女は立ち直りが早く、教室の気候が徐々に回復し始める。



「…はぁ」


「…ふぅ」


なんとか雪女の機嫌が戻り、安堵のため息をつく二人であった。



「 で、アイドルってどうすればいいの ?」


とりあえずの解決策を考えるべく発言する玲子。


「…やっぱ歌唱力 ?」


とりあえず思いついた意見を出す甲太郎。


「じゃあ、ちょっとカラオケにでも行」




途中まで言いかけたところで、突如教室のドアがガラリと乱暴に開けられる。



「おい !加賀見甲太郎 !貴様が持ってきた『美味しんぼ』、20巻だけ抜けてたぞ !20巻がないと先の巻が読めんではないか !おかみを呼べっ !」



気合の入った男の声が聞こえた、廊下から長身の黒い長ランを着た、黒いズボンといういでたちの男が入ってくる、きりりとした精悍な顔立ちだが髪形はまさに新幹線といったほどの巨大なリーゼントが乗っているような髪形である。


まさにその姿は鬼瓦巌おにがわらいわおであった。







ここは黒金町商店街にある小さなカラオケ店、駅の方にある大きなカラオケとは違いこちらは寂れている。



そんな寂れたカラオケ店の一室。


その中で、『GO! GO! MANIAC』を歌っている玲子。


とてつもなくノリノリで歌っている上に本物に近いそれであった、いつもの凛とした声では無く、どうやって出しているのやらわからない、物凄い甘ったるい声である、表情すらまるでのアイドルのようだ、つまり無駄に上手いのだ。





「…」


「…」



目を輝かせて見ている巌、そして信じられないような物を見てしまったかのような表情をする甲太郎。





「…まあ、こんな感じだね」


また、いつもの調子に戻り、一息つくようにストローで頼んだジュースに口をつける玲子。


「…玲子さん !流石っす !ホレ直したっす !」


感激する巌。


「…何か、お前があれやるとか…ないわー」


「…とりあえず甲太郎君の『孫』にはいわれたくないかな」


まだどこか引きつった顔をしつつ言う甲太郎と、口をとがらせる玲子。


「…ていうかよ、何か巌がナチュラルにこの空間に居ることに今気付いたんだが…何でいるんだよ」


「よし !次は俺の番だな !」


「聞けや」


甲太郎の疑問にまるで耳を貸さない巌であった。


「ちょっと、今度は雪女さんに歌わせてあげて欲しいんだけど」


「…ああ、さっきから何やらそこにいる見知らぬ人か」


「ああ、実は…」


玲子は巌に雪女との経緯を簡潔に話した。



「…なるほど…アイドルになるために…大変だな」


腕を組み、しんみりとする巌。


「わかってくれますか !わかってくれるんですねっ !」


苦労を察した巌に嬉しそうに身を乗り出し必死に巌の顔をじっと見つめる雪女。



「お…おう、とりあえず…マイク」


近付く雪女にたじろぎながらマイクを手渡す巌、雪女はそれを受け取るとコホンと一つ咳払いをする。


「そ、それでは、ちょっと見られたままは恥ずかしいけれど、わたくし、雪女が歌わせていただきます」















響く歌声、揺れる体、舞い散る雪と荒れ果てる突風。



「やはり、こうなってしまうのか…」


見透かしていたかのように言う玲子。


「ああ、歌や踊り事態に問題は無いんだがな…」


さりげなく褒める甲太郎。


「…」


そして、凍りつく巌。


部屋中に轟音と吹雪が巻き起こり、めちゃくちゃになって行く部屋。


二人はここに来る前に先ほどのコートとホッカイロを持ってきていたので、なんとか無事で済んではいるが何も対策していなかった巌が犠牲になってしまった。


彼女が歌を歌うと感情が高ぶり、先ほどの気温低下とは違い、体から吹雪が巻き起こるのだ。


そして、轟音を聞きつけ、駆けつけてきた店員に4人はしかられ、外へ出たのであった。


その後、4人は商店街から出た道路の街並みををふらふらと歩いていたのであった。



「とりあえず、歌や踊りに問題は無かったから後は練習あるのみじゃないか ?」


思った感想を口にする甲太郎。


「本当ですかっ !ありがとうございます !」



「おわっ !」


抱きつこうとする雪女をなんとか避ける甲太郎、抱きつかれるのも危ない、凍りついてしまうのだ。


「どうしてよけるんですか…」


「と、とりあえずさ…君の練習場所を探そうよ !」


「あ、ああ…それがいいと思うぞ !」


テンションの変動が起こりそうな雪女へフォローする玲子と巌。


「で、今まではどんな場所で練習してたのかな ?」


玲子が雪女へ問う。



「最初は児童公園で歌っていたんですが、警察呼ばれて強制撤去させられちゃって…次は歩道橋の上で歌っていたんですが道路が凍りついて車が7台ほどスリップして大事故に…、そしてまた警察のお世話に…」


「もはや冷凍兵器の域だね…」


恥ずかしそうに語る雪女にどこかぞっとした様子の玲子。



「そんな、雪女さんでも練習できる場所か…」


腕を組み難しそうな顔で考え込む巌。



「歌っても迷惑にならない場所…かぁ…」


玲子も、悩むように右手で自らの抑えながら考え込む。



「…あるぜ」


甲太郎がにやりと含み笑いをしながら言う。



「本当ですかっ !」


驚く雪女。


「甲太郎君、本当にそんなところあるのかい ?」


甲太郎へ疑問をぶつける玲子。



「ああ、まあ、とりあえず行こうか」



そして、3人は無言で頷きながら甲太郎へついて行った。









時は2110年、文明は今現在とはそこまで変わりは起こってはいないが、生態系は微妙に変化しているところがあった。


最近発見された新種の魚類が世界各地の一部の沖や港の近くで大量に住み着いていた。



この町、黒金町の海に接する位置にある近海にもある魚が大量発生していたのだ。



『ユニコーンかつお



体はごく普通の青や銀のきらきらとした鱗の鰹であるが、どことなく光のこもっていない虚ろな目に、額から突き出た白い20センチほどの白い一角の角が特徴である。



味はアジとカツオを合わせたような癖のある味をしているが、地元の漁師や海辺に住む人たちは割と好んで食べるようである。


どこかの国ではその瞳は時の向こう側を見据え、その角は神の使いの証であるとされ、聖獣として食べる事を禁じている地域もあるそうだ。






4人は電車に乗り、海辺の船着き場、港の近くまで来たのであった。



そこから入り組んだ港の中を歩き続ける。



「ここだ」


甲太郎が大きな赤茶色の長方形の建物の前でとまる、前には巨大な錆びた金属製の引き戸の扉が構えていた。



「ここは、『ユニコーン鰹』用冷凍貯蔵庫…」


玲子が扉の横に張り付いたプラスチックの案内札を読み上げる。


「もしかしてここなら…」


「ああ、ここならまだ大丈夫のはずだ…」


まさかと思った巌が呟き、甲太郎がそれに答えた。



甲太郎が引き戸へ手を掛ける。


「…ふんっ !」


そして、彼は両腕に力を込め引き戸を開こうとする、扉はギリギリと鈍い音を上げながらじりじりと開いて行き、すぐに全開になる。


中から白い煙がさっと甲太郎の足元を通り、消えていく。


貯蔵庫の中には天井に備え付けられた鉄の棒、それに金針につるされた霜のかかった青白いずんぐりとした木の葉の様な形にどこか虚無さを秘めた光のこもらない瞳、たくましい一角、無数の『ユニコーン鰹』の氷漬けがぶら下がっていた。


「ちょっと、中に入ってみてくれ」


「あ、はい」


後ろで見ていた雪女に入る様に言う甲太郎、雪女は恐る恐る中へと入って行った。


「あ…ちょうどいい温度で気持ちいいです」


左右の手のひらを頬へ当て、心地よさそうに言う雪女。


甲太郎達にとっては寒すぎる位だが雪女にとっては快適な空間らしい。


「じゃ、扉、閉めるぞ」


錆ついた扉から再び鈍い音がし、扉が徐々に閉まって行く。


扉は閉まり切ったが中にもライトはついているので暗いわけではない。


「…あぁ、なんで清々しい気持ち…」


恍惚の声を上げる雪女、相当貯蔵庫の中が気に入ったそうだ。


「まあ、気に入ってくれて良かったよ」


一息ついたように溜息をつきながら貯蔵庫の中の雪女へ言う甲太郎。


「ああ…もう何とお礼を言えば良いのやら…」


「…気にするな、練習頑張ってくれ」


扉越しに会話する甲太郎と雪女。


「はいっ !」


「じゃ、俺たち帰るから」


「お気をつけて !」



甲太郎達が振り向き歩き出すと同時に貯蔵庫の中から歌声が聞こえ始めた。


日はすっかりと傾き始め、辺りは夕焼け色に染まっていた。



「…なあ、加賀見甲太郎よ」


「…ん ?」


「これは…封印というやつなのではないのか、おそらくあれは向こう側からは開けられないぞ…」


「…彼女の存在は、人類には危険すぎたんだ…」



こうして、雪女を封印、もとい安住の地を探してあげた甲太郎達であった。








そして、約1週間後。


甲太郎は小腹がすいたという玲子とともには商店街にある中華飯店『九龍』へ来ていた。


調理場を囲うようなカウンターテーブルに緑色の古臭いビニール椅子、まさに大衆の食堂である。


隠し味は『味の素』、安さのみが売りの店だ。



ちなみに甲太郎は味噌ラーメン、玲子はホイコーロー定食を食べている。




「…ぶふぉっ !」


突如、玲子が食べていたホイコーロを口から吐き出す、ヒロインにあるまじき所業である。


「何だよ、きたねぇな…」


それを見た甲太郎が玲子に言う。


「…げほっ、げっほ」


せき込みながら店の角に備え付けられたテレビを指さす。


丁度テレビから直線状にある席なのでテレビが良く見える。



何事かとテレビを見る甲太郎、見た瞬間あんぐりと大口を開けるほど驚いてしまう。



そこに写っているものが問題であった



立派な漁船の丁度の船の先の方に腰までありそうな美しい黒髪、玲子よりも少しだけ高い背丈、遠目から見ても美しい顔立ち、どう見てもあの雪女が腕を組み仁王立ちしていた。


格好はあの死に装束のような白い着物ではなく、紺のジャージのズボンに黒いシャツの上から『大漁』と書かれたはっぴを着ていて、足には長靴、頭にはねじり鉢巻きを巻いていた、画面の右下には番組名なのか『漁師達の戦い~ユニコーン鰹~』と文字が出ている。




「姐さん !前方に魚群発見 !」


「おう !まかしときな !」


同じような格好の屈強な角刈りの男、漁船を操縦している男が雪女に大声で伝え、雪女もそれに答える。


どうやら船の前方に魚の大群がいるそうだ。


雪女は沖に向かい人差し指をつきだし、腕を伸ばし、目を瞑り始めた。



「…見えたっ !」



かっ、と目を見開く雪女。



「堕ちろっ !」



そう叫ぶと指先から一筋の光が走り、沖へと飛んでいく。


そして前方の沖、光の当たった場所の海水が丸ごと凍りつきそこには巨大な氷の塊が浮かぶ、中には大量の魚影が見える。


彼女は海水を魚群ごと凍らせたのだ。


「姐さん !お見事です…」



先ほどの角刈りの屈強な男が親指をぐっと突き出し、眩しいほどの笑顔で雪女に言う。



「あーっはっはっは !あたしに獲れない魚なんざ存在しないのさ !」


腰に手を当て船の先端近くで豪快に大笑いする雪女。



元気そうで何よりだった。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ