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昔ハッカの飴が嫌いだった

 男が一人道を歩いている。



 単調な色の民家を囲んだ垣根がずらりと真っ直ぐに並ぶ少しばかり狭い道、しばらく工事をしていない古ぼけて色あせたアスファルトの道の路地。


 曲がり角が多く、所々に事故防止のためのガードミラーが設置されていて一時停止線もしばしば見かける道だ。


 男は背丈は高めで、手入れの怠り気味の耳が隠れそうなくらいの長さのぼさぼさとした髪をしている男だ。


 体は中々に丈夫そうでがっしりとしている少しだけ筋肉質な体格に猫背気味という風体の男だ。


 学校指定のものであろう真っ黒い学生服の学ランをボタンを留めずに羽織っていて、学生服の黒いズボンを穿いている。


 その黒い学ランの下にはカッターシャツではなく黄色いシャツを着ている。


 学校の帰りなのだろうか手には黒い薄くひどく汚れた長方形の学生鞄を持っている。


 どこか精悍な顔つきだが、目は細く眠気のこもったような目つきに時折だらしなく首に手を当て、首を回しコキコキと鳴らしている。


 

 一言で言うならば、どうもぱっとしない青年といったところである。


 



「雨、振りそうだな……」


 

 青年は少し姿勢を正すと、空を仰ぎ目を細めて呟いた。


 

 空は曇っており遠くではゴロゴロ、と雷のなっている音までする。



 季節は初夏なのだろうか、空気が生暖かく、少し蒸しており弱い風が乾燥した匂いを運んでくる。


 

 ピカリ


 

 

 と、青年が前を向き歩みだそうと思った刹那目の前が少しまばゆい光に包まれる。



 少し驚いた様子で目を見開き、青年は首を上げると天をあおいだ。


 

 

 灰色の空に細かな濃い黒い雲が流れている。




 ゴロゴロ……、と近くの上空で大きな不吉な音がする。


 



 ずっと遠くの空で鳴っていたと思っていた雷はいつの間にかこの辺りまで近づいて来たようだ。



 

「こりゃあ、降るかな」


 

 そう呟くと青年は走り始めた。


 

 先ほどよりも雲が濃く、厚くなっている気がする。




 この様子では雨が降るのも時間の問題あろう雲行きだ。




 年が走っている間も背後の空では相も変わらずゴロゴロと雷鳴が響き続けている。


 青年は目的地に向かい一心不乱に走り続ける。




 彼の目的の場所へ向かう道の途中に少しオレンジの塗装が剥げていて、茶色い錆びの目立つ二股に分かれたガードミラーの立った分かれ道がある。


 その左側の道。


 彼の行きたい場所へは二手に分かれた道の彼から見て左側を通らなければならない。


 

 彼がしばらく走る続けると、古ぼけたガードミラーが見守るように立っている。


 

 左の道だ。


 二股に分かれた道が見え初めてきた。


 空で鳴っている雷が彼のすぐそばで大きな音で鳴っている。




 ガードミラーの左の鏡が彼の姿を捉えた瞬間だった。








 彼の視野が突然、明るく、真っ白に染まる。


 彼自身も自分に何が起こったのかわかるはずも無かった。


 ただわかるのは自分の視界がもやのような霧のような白に支配されたということだけだ。


 音すら聞こえない


 ただひたすら視界に広がる白。


 何か考えようと思っても何も思い浮かばず、思考すら真っ白になったような感覚。


 その霧のような白が徐々に晴れる。



 突然。


 ふと、気が遠くなるような感覚に襲われる。


 白い霧がどんどんと彼に道をあけるように晴れていく。





 次に彼を待っていたのは、彼の目に映ったのはあたり一面の真っ暗闇だった。







がばっ !




 と、彼は驚いたように飛び起きる、まるで悪夢から醒めた後のように、慌しく上半身を起こす。


 彼は仰向けに寝ている状態から素早く上体を起こす。


 幸い、体や頭に痛みなど無いが、状況がわからず混乱している。


 アレはなんだったんだろう、ここは一体何処なんだ


 そんな言葉が次々と沸いて彼の脳裏をぎる。




 彼は辺りを見回す。


 少し落ち着いてきたからなのだろうか,だいぶ夜目やめが利いてきた。



 どこか狭い部屋の中にいる事がわかった。


 部屋は薄暗く壁は白いものであることがかろうじてわかる。


 年季が入っているのか、所々の壁の白い塗装が剥がれていて黒い部分がむき出しになっているところもある。


 彼の体は簡易ベッドのようなものの上に寝かされていた。


 段々と目が暗闇に慣れて薄暗くてもある程度のものが見えるようになってきた。


 甘いような鼻をかすかに突くような匂い、コチコチという掛け時計の秒針の音。


 全て彼の記憶の中にあり覚えがある物ばかりだった。


「保健室……」


 彼は思い出したかのように上体を起こす。


 彼もあまり入ったことはないが、かに棚やベッドの位置などに見覚えがあった。


 ここは彼の通っている学校の保健室であった。



 彼にとっては一瞬の出来事のように思えたがどうやら長い間ベットの上で寝ていたらしい、


 すっかりと日が暮れてしまってあたりは真っ暗になってしまっている。


 そういえば今は何時なんだろう、と


 そんな考えが頭をよぎり、時間を確認しようと彼はポケットから携帯電話を取り出し中央のボタンを親指で押す。


 何の反応も無く画面は変わらず真っ黒だ。


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……


 と、激しく音を立て親指でボタンを連打するが何の反応も示さず電池が切れたか、はたまた故障か、彼は思わずチッと舌打ちしてしまう。






 すると突然、カチリ、と音が鳴り保健室が明かりに包まれる。


 暗闇に慣れていた彼の目には辛いくらいのまばゆく、突き刺さるように目にしみる光だった。


 彼は思わず腕で顔を庇ってしまう。


「ごめんごめん、ちょっと眩しかった?」



 部屋を包み込む明かりとともに凛とした若い女性の声が彼の耳に入る、彼と同年代ほどの女性の声だ。


 声はほんの少しだけ低くいが透き通ったようにはっきりと聞こえる声だった。


 彼が警戒を解き前を見ると、前には一人の女生徒が立っていた。


赤みがかったショートヘアで長い前髪で顔の左側が隠れるように覆われている。


 残った右側の目は釣り目がちで、すっと通った鼻筋であり、瞳は大きく猫を連想させるような目をしている。


 そして同年代の女生徒の中でも少し高めに思われる身長に引っかかりの少ない所謂スレンダーな体型だ。


 彼と同じ学校の制服をきちんと着ていて、彼の制服と違い皺があまり見当たらない。



 彼女は、突然自分の持っていた鞄を漁り始める。


 すると、中から色鮮やかなビニールの袋を取り出した。


 それは飴玉の袋だった、中から一つだけビニールの包みに包まれた黄色く透き通った飴玉を取り出す。


 そして、彼女は、包みを破り中身を細い指でつまんで飴玉を口の中へと押し込む。


「あ、君もいる?パイン味のとハッカ味のがあるんだけど」


「……」


 彼女はコロコロと口の中で飴玉を転がしながらもうひとつの飴玉の袋を取り出した。


 彼にも飴玉をすすめるが彼は無視しているのか何も答えない。


「ん~…とりあえずハッカの方を渡しとくよ、私ハッカ嫌いだし」


 彼女はにこやかに彼の手を取ると手のひらの上に飴玉を乗せ、握りこませた。


 彼の眉間に少し皺が寄り、険しい表情になる。


 ついでなのか、彼女が今舐めている飴が包まれていたであろう包み、つまりゴミも無理やり握らされていた。




 彼女の登場から十数分ほどの時間がたった。


 彼女はベッドの前で彼に背を向けてその視線の先にある窓を眺めているようだった。


 彼はそんな彼女の後姿、小さな背中を黙って見ている。




 その間、二人は黙りこくり何も言葉を発することはなかった。


 保健室全体に時計の秒針が奏でるカチカチ、という音だけが響き続ける。








「で、俺は……何で保健室にいるんだ ?」


 少しうつむきながら彼が唐突に口を開く、彼女に対しての問いなのか独り言なのかはわからない。


 それを聞いた彼女が急に振り返り、彼の方へと体を向けた。


「ああ、女の子の私には重くて参ったよ。」


 

 くすり、と小さく笑い、微笑みつつ彼の言葉に対して彼女が彼の寝ていたベッドの端に腰掛けながら答えた。


「それは……つまり……」


 彼は少し考えるように少し言いよどむ。


「あんたが……ここまで運んでくれたのか。」


 少し驚いたような表情で彼女を見据えて彼は言った。


 そんな彼に「ま、そんな所かな」とにこやかに答える彼女


 彼女は言葉を続けた。


「こう、私が肩を貸す形で背負ってね。」


 自らの肩をポンポンと手のひらで叩いたあと、だらんとした腕を水平に伸ばし背負うようなジェスチャーをしつつ彼女が言う。


 それを聞くと彼は「そうか……」とだけ答え再び彼女から視線をはずす。



 それからまた二人は黙ってしまう。





 再び訪れる沈黙の空間。


 窓の外、遠くからの犬の遠吠えが微かに聞こえる。


 そんな中で、時計の秒針の鼓動が相も変わらず快調なリズムを刻んでいた。









「それにしても、さ……」

 

 次の沈黙を破ったのは彼女のほうだった。


「君を背負ってるときからずっと思ってたんだけど」



 彼女はベッドに腰掛けたまま彼の肩に手を置き言葉を続ける。



「君は随分と頑丈となんだねえ…」


 彼女が大きな目を少し細めて彼をジロジロ、と眺めながら言う。


 まだ、口の中で飴玉を舐めているのか少し口元が崩れ、ときおり微かに動く。


 凝視されたのが気に障ったのか、彼は肩を撫でる彼女の手をなるべく力を入れずに払う。




「……やぶから棒に何なんだよ」


 手の中の飴玉とゴミをズボンのポケットに入れながら少し顔をしかめ「意味がわからない」と言いたげな口調と顔で彼は答える。


「ふぅん、まあ気が付かなくても無理は無い……のかな ?」


 

 と、彼女は手を組み、少し納得したような顔をする。


 

 彼には彼女が何を言いたいのかわかるはずも無く。


「結局あんたは何が言いたいんだよ…」


 

 と、額に手を当て、少し強めの口調で言い放つ。


 

 彼女の少し芝居がかった口調に合わせ、もったいぶった態度が少しカンに触ったのか少々イラついているようにも見える。



「いや、ね…」


 

 

 彼女は彼から視線をはずす。


 

 飴玉の袋から包みを取り出しつつ少し勿体つけるような感じで間を空けた。



 彼は彼女の姿を見つつ次の言葉を待つ。


 腕を組みやはりこの間にイラ着いているのか目をつぶり、二の腕辺りを人差し指でトントンと叩いている。



 そして彼女が口を開いた。




「君、雷が直撃したのに全くの無傷だったからビックリして、さ…」



 そして彼女は再び薄く透き通った黄色いパイン味の飴玉を取り出し再び口の中に放りこみながらそう言うのであった。



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