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契約勇者は自由を求める〜勝手に認定された勇者なんて国王様に全てお返しいたします〜

作者: 夢幻の翼

 豊かな森の恵みを受けた緑の王国と呼ばれるゼクシオ王国王城の謁見の間では王国騎士団長による報告が行われていた。


「報告いたします。六代目勇者、ガードラ・ギルスの死亡が確認されました」


 騎士団長の報告に眉をピクリと上げた国王が不機嫌な表情のままため息をつく。


「またか、今回の勇者は本当に使えない奴だったな、魔神王どころか手下の魔物にあっさりと殺されてしまうとは……。まあ、別に良い。死んでしまったならば次の勇者を認定してやれば良いだけの事だ。明日、勇者選定の義を執り行なうので準備をしておくように」


「はっ!」


 国王の命令に深々と頭を下げ部屋を退室する騎士団長をふてぶてしい表情で眺めながら国王がつぶやいた。


「次は少しはマシな奴が選ばれれば良いが……」


 ――翌日、王城では選定の儀式が行われていた。


「魔神王の脅威がある限り我が国の発展は無い! 六代目勇者は敵の罠にかかり命を落としたが尊い犠牲の元で我が国が成り立っている事に祈りを捧げる」


 国王は儀式の前文を読み上げて大きな水晶球の前で呪文を唱え始める。


「我が国に害する悪魔を倒すべく、我が国の剣となり、その身の全てを国の為に捧げる忠実な下僕となる第七代目勇者を選抜したまえ!」


勇者強制契約(ギアス)!」


 王の力ある言葉に反応した魔力が水晶体に吸い込まれていき、やがてひとりの人物を映し出していた。


 ◇◇◇


 数日後、ゼクシオ王国王都本部冒険者ギルド。


 ――からんからん。


 ギルドのドア鐘がいつもの調子で室内に鳴り響く。


「ガザルク王都支部の冒険者ギルドへようこそ第七代目勇者マーカス・レッジ様」


 ギルドの受付嬢がそう言って丁寧なお辞儀をする。


「アリサさん。その話し方はやめていつも通りにして欲しいんだけどな」


 アリサと呼ばれた受付嬢は俺がいち冒険者であった時にいつも世話を焼いてくれた顔なじみで気を使わなくてもいい関係が心地よかったのだが先日の勇者選定の儀式で俺が勇者認定されたことにより、まるで腫れ物に触るかのような扱いになってしまった。


「それは無理なお話です、マーカス様は第七代目勇者に認定されましたので私どもが気軽に話しかけることは失礼にあたりますからご容赦ください」


 再度深くお辞儀をしたアリサは困った顔をしながら俺にそう告げた。その表情を見た俺は何も言えなくなり「行ってくる」とだけ言い残してギルドを出た。


(それもこれも国王が俺を勇者認定なんかしたせいだ。今は従っているふりをしているがいつか見てろよ)


 俺は平穏な日々を奪われた恨みを聞こえないように吐きながら指定された場所を目指して駆けて行った。


 ――魔神王討伐の旅は苦難を極め何度も命を落としそうになったが運と努力と勇者の能力で成長を続け、ついには魔神王の城へと辿り着いていた。


(魔神王を倒せば勇者から開放されると聞いているが本当なのだろうか?)


 勇者認定の際に説明された内容を頭の中で整理しながら城の内部へと歩を進めるが城の最深部の魔神王の間へと乗り込んだ俺は愕然とする。


「何だ? 魔神王なんてどこにも居ないじゃないか!」


 その部屋は四方を壁に囲まれた場所で麗美な飾りも無い簡素な部屋に玉座だけがポツンと鎮座してあった。


(情報が間違っていたのか?)


 俺は焦りながらも集めた情報の整理をしてこの部屋で間違いない事を確信する。


(魔神王は既に討伐されたか若しくは別の場所に移動したのか?)


 俺がそう結論づけようとした時、突然目の前に立派な二本の角を有した魔神王が姿を現した。


「そこの者、我を探していたようだが何用だ?」


 魔神王はいきなりこちらを襲ってくるといった事もなく冷静な態度でそう尋ねてくる。


「お前が魔神王か?」


「だとしたらどうする?」


「国王の命によりお前を討伐させてもらう」


「ふむ、なるほど。そなたが人間の勇者とやらか。なぜにお前たちは我に剣を向ける? 我がお前たち人間に何かしたとでもいうのか?」


「何をしたか……だと?」


「そうだ。我ら魔神族は自らの領地から出て他を侵略する事はしない。特にお前たち人間のように脆弱な者をいたぶる趣味は無い」


 確かに魔神族が住んでいる地域から魔素にあてられた獣が魔獣となり、人の住む地域へと入り込んで多少の被害はあるものの魔神族が直接攻め込んで来て村や町を襲った事実はない。


「人間の王が我らを恐れ勝手に我が領地に侵攻していているだけではないのか」


 魔神王はつまらないものでも見るかのように俺を見下ろしてそう告げる。


(言われてみればそうかもしれないな。あの傲慢な国王のことだ、勇者の強制契約の儀式を悪用して魔神族の領地を奪わんと考えていても違和感はない)


「だがそういう俺もその契約に縛られていてお前と戦わなければならないんだ」


 俺はそう言って首にはめられている契約の首輪を見せる。


「ふん。まったく人間というものは欲深いものだ。自らの意思で戦いに来た者ならば相手をしてやるのもまた一興だが他人に強制されて来た者など戦う気にもならぬ。ほれ、これで良かろう?」


 魔神王がそう言って指をパチンと鳴らすと俺の首から『コトン』と音をたてて契約の首輪が床に落ちた。


「は?」


「その首輪が邪魔をしていたのだろう? それがなければお前が我と戦う必要もないと思うが違うか?」


「いや……違わないな。俺はたった今、あんたと戦う必要は無くなったわけだ」


「そうか、ならば城の外でまで魔法で送ってやろう。我も度々お前のような者の相手をしてやるほど暇ではないのだ」


 俺は魔神王の言葉の意図を汲んですぐさま返事を返す。


「わかった。暫く王都には近寄らず俺の勇者契約が解除されたことは国王に知られないようにしよう。そうすれば俺の死亡認定がされるまでは次の勇者は現れることはないからあんたに迷惑をかける事も無いだろう」


「ほう、なかなか頭の切れる人間のようだ。名はなんと申す?」


「マーカス・レッジ」


「憶えておこう。出来ることならばこのつまらん争いに終止符を打てる手段を期待しておるぞ」


「何が出来るかは分からないが、いざという時には諸悪の根源をあんたの目の前に連れてくる方法を考えておくからそっちで好きにしてくれ」


 俺が魔神王にそう告げると彼は口角を上げてニヤリと笑い転送の魔法を俺にかけたのだった。


 魔神王の転送魔法により気がつけば俺の身体は魔神王城の入口に立っていた。


 国境を越えると情報がばれる可能性が高いので俺は北の端にある町に行く事を決め、地図を取り出し最短ルートを模索する。


(普通ならばマリエイトの町を経由して乗り合い馬車でノスルバムタへ向かうのが現実的だが今は出来るだけ人に会わずに向かった方が正解だろう)


 ノスルバムタは王国の最北端に位置しており周りを険しい山に囲まれているため冬季は雪と氷に覆われ周囲の町との交易が止まる極寒の町として有名で春まで身を隠すには最適な場所だった。


(あとひと月もすれば本格的な冬が来る。今はまだ冬ごもりの準備のために他の町との交易が多いがすぐにそれも途絶えるだろう。そうなれば三ヶ月は王家の追跡を免れるだろうし運が良ければ探すのを諦めてくれるかもしれない)


 俺はそんな希望的観測(つごうのいいこと)を想像しながらノスルバムタの町へ急ぎ向かった。


 ◇◇◇


「ここはノスルバムタの町だ。見たところ冒険者のようだが何の用事で来た? この時期に来てもあとひと月もすれば雪と氷に覆われて他の町への移動が制限されてしまうぞ」


 全体を高い壁で囲まれた町の門で人々の出入りを確認している門兵が聞いてきた。


「仕事を探しにきたんだ。この町にもギルドはあるんだろう?」


 この町を非難場所に選んだ理由のひとつにはいままで訪れたことが無かったことがあげられる。


 そうすることによって自分の事を知っている可能性が低いからだ。


 いくらそれぞれの町に長期滞在しなかったとはいえ、勇者であった時に多くの人に顔を見られているので勇者の首輪が無くなったとはいえ用心するにこした事はない。


 ギルドにて新人冒険者として登録して何か仕事の斡旋(あっせん)をして貰うつもりで聞いてみた。


「ああ、もちろんギルドはあるがこの時期の依頼は獣の狩りの護衛か冬ごもり用の(まき)作りくらいのものだぞ。まあ、運がよければ他の街までの商隊護衛があるかもしれんが……まあいいだろう行ってみるといい」


「ああ、ありがとう」


 俺は門兵に礼を言い街のギルドに向かった。


 ギルドは街の中心部にあり、地方のギルドにしては大きめの建物だったことに驚きながらドアを開けた。


 ――からんからん。


 ギルドのドア鐘の音が室内に響くと中にいるギルド職員や冒険者、依頼に訪れているのであろう人々が一斉にこちらを見たが、特徴のない男の事などすぐに興味を失い、各々自分の事を再開する。


「当ギルドへようこそ。初めてのご利用でしょうか? 宜しければ利用内容をお教え願います」


 いつの間にか若い女性が側に来ていた。ギルドの受付嬢なのだろう笑顔で質問しながら手に持った書類に何か記載していた。


「ああ、べつの町から来たばかりなのだが何か仕事がないかなと思ってな」


 俺は素直に来た理由を話すと受付嬢は「冒険者登録証はありますでしょうか? 持っているなら提示をお願いします」と微笑みながら言った。


「いや、今までフリーで仕事をしてきたのでギルドへの登録はした事はないんだ」


 俺の返答に受付嬢は少し困った顔をして「そうですか。では新規の登録となりますが、今の時期このギルドでは実績のない新規の方へ斡旋できる仕事はほとんどありませんがそれでも宜しいですか?」と残念そうに答えた。


「実績がないと仕事が受けられないのか?」


「申し訳ありません。ギルドの規定にありますので……それに冬ごもり前ですから仕事も少ないんです。そうだ、何か特殊な技能スキルでもお持ちならばもしかしたら募集があるかもしれません」


 そう言いながら対応してくれた受付嬢は俺を案内すると依頼の記載してあるファイルを数冊持ってきてくれた。


「では、あなたが出来る事をここに書いてください。それを元に仕事が斡旋出来るかを調べますので」


 俺は考えた。


(勇者であったから大抵の事は出来るけれど、出来れば戦闘系の事はやめておこう。強い冒険者が居ると噂になれば王家が情報を掴んで出張ってくるかもしれないし、それに魔神王討伐の旅でもう戦闘はやりたくない)


 そう決めた俺は用紙にある職業を書いて渡した。


 そこには『付与魔法士(ふよまほうし)』と書かれていた。


「『付与魔法士(ふよまほうし)』ですか? これはまたマイナーな職業を書かれましたね。具体的にはどのような事が出来るのでしょうか?」


 受付嬢は『付与魔法士(ふよまほうし)』はこの街ではあまり馴染みのない職業であると言い、実際にどういったことが出来るのかの確認をすることになった。


「そうですね。では何か手触りの良い石か布がありませんか? あったらひとつで良いので提供して貰えると助かりますが」


「石か布ですか? ならばこのハンカチをどうぞ使ってください」


 受付嬢はそう言うと懐から布のハンカチを取り出して渡した。


「ありがとうございます」


 俺は彼女に礼を言い左手にハンカチを持ち、右手でその上に魔法陣を描きながら魔法を唱えた。


温熱定着(カイロ)


 俺の言葉に反応して魔法陣がハンカチに溶け込んでいった。


 その様子を目を丸くして見つめる受付嬢だった。


「これで完成です。それではお返ししますね」


 俺はそう言うとハンカチを受付嬢に返した。それを受け取った彼女は「えっ!?」と小さく声をあげながら渡されたハンカチを握りしめた。


「そんな? 温かい……」


「これがカイロと言う付与魔法です。対象の物を温かく保つ事が出来ます。これはハンカチだけでなく、それこそその辺の石でも何でもかける事が出来ます。効果は大体一週間くらいは持続しますよ」


「凄いです……これから冬を迎えるノスルバムタでは暖房費がかさむのですがこれがあれば少しでも安く済むかもしれません」


 そう言いながら少し考えた受付嬢は個室の応接室へ俺を案内して「少しお待ちください」と言い、部屋を出ていった。


(それだけ凄い付与魔法じゃないと思うんだけどな)


 俺はそう呟いて急に不安になる。


 ――かちゃり。


 そこに現れたのは先ほどの受付嬢と立派な髭を蓄えた良く鍛え抜かれた体をしている壮年の男性だった。


「このギルドを任されているギルドマスターのガザルだ。サザリーから聞いたが君はかなり面白いスキルを持っているそうだね」


 どうやらギルドマスターに報告をしたようで彼も付与魔法に興味を持ったようだった。


「それほどではないと思いますが」


 俺の言葉に苦笑いをしながらガザルは俺に「君は仕事を探しているんだろ?」と聞いてきたので俺は「はい。出来ればそれなりの賃金が出て安定した所が良いですね」と返した。


「ふむ。ならばギルドで働いて見る気はないか? 所属は『魔道具の開発部門』になるがどうだ?」


「もう少し具体的に説明を頼む」


「そうだな、君も聞いているとは思うがこの街は冬は外部との交流が希薄になるために街で独自に生活に利用出来る魔道具の開発をしているのだが、あまりの寒波に毎年幾人かの死者が出るほどで街をあげての対策が最優先課題となっている。そこに先ほどの君の付与魔法だ」


「なるほど」


(ギルドなら報酬も安定しているだろうし、マイナスがあるとしたら目立つと王家に悟られるかもしれない事くらいか。念の為にも偽名を使うか)


「どうだ? とりあえずこの冬が明けるまでの臨時でも良いぞ。その時点で仕事が自分に合うようなら正規の職員になれば良い」


 その条件の良さに僕は首を縦に振るしか無かった。


「良し決まった! では臨時職員として登録をしてくれ。その後で部門長に引き合わせるから処理を頼む。そうだ泊まる所も必要だな、確かギルド職員用の宿舎がひとつ空いていただろう。そこを使ってもいいぞ」


「では手続きが終わりましたらご案内するようにします」


「――では、こちらの書類に記入をお願いします。使えるスキル関係は表向きに提示出来るものだけで良いですが多いほど報酬も増えますのでその辺はお任せしますね」


「分かりました。少し時間を貰えるか?」


 僕はそう言うとひとつずつ記入をしていった。


(名前はさすがに勇者と同じ『マーカス・レッジ』だとすぐにバレそうだから偽名にしたいがあまりかけ離れていても呼ばれて気づかないのも困るから『レイジ』にしておくか。


 職業は『付与魔法士(ふよまほうし)』で、出来ることは……道具への魔法付与で)


 他にもいくつか質問事項があったが、当たり障りのない回答をして書類を書き上げた。


「こんなところでいいか?」


 書類を確認してもらうも問題は無かったようで無事に受け付けてもらった。


「はい、お疲れ様でした。

 それでは先に宿舎へ案内しますね。荷物はそれで全部ですか?」


「はい。今の手持ちはこれだけですね」


 能力を公開したくなかったので言わなかったが実際は『異空間収納』なる魔法を習得していたので他の荷物は全てその中に仕舞っていた。


「――この部屋になります。独身用ですのであまり広くはありませんが最低限のものは全て揃っていますからすぐにでも利用出来ますよ。荷物を置かれたら職場にも顔を出しておきます実際の仕事は明日からになると思いますが部門の責任者には挨拶して置くべきですからね」


 ――コンコン。


「サザリーです。明日からこちらに勤務してもらう方をお連れしました」


「どうぞ、入ってもらって構わないわよ」


 部屋の中から女性の声が聞こえたので「失礼します」と言って部屋に入る。


「よく来たわね。私がこの部屋の責任者であるマリアナよ。部下も居るけど使いに出ていて不在なのよ」


「マリアナさんですね。僕はレイジ。明日より臨時職員として働かせてもらうことになる」


「女が上司だとやりにくいかもしれないけれど協力していい仕事をしましょうね」


「宜しくお願いします」


「では、明日よりお願いします。仕事の内容はマリアナさんに聞いてくださいね。他の生活に関することやギルド職員規定に関する事で不明点があれば私に聞いてください」


 サザリーはそう言うと会釈をしてから受け付けの仕事に戻って行った。


 次の日からレイジは職場にて同僚と共に魔道具の開発にあたった。


「ところであなたの職業は『付与魔法士(ふよまほうし)』だそうね」


 マリアナがサザリーから渡された書類を見ながら僕にそう話をする。


「聞いたことはあるけど実際に会うのは初めてなの。ちょっと見せてもらえるかな?」


「そうね。その方がわかりやすいわね」


 サザリーの言葉に同僚のカリンがそれに同調し、次いでターナも興味深そうに話に入ってくる。


「そうですね。簡単に説明させてもらうと『《《道具に魔法で効果を追加する》》』事ですね。言葉では分かりにくいと思いますので、昨日サザリーさんに説明する際に作ったものをこの場で作ってみましょう」


 僕はそう言うとポケットからハンカチを取り出して『温熱定着(カイロ)』の付与を施した。


「どうぞ、このハンカチを手にとってみてください」


 マリアナは何が起きているのか理解出来ていないまま、ハンカチを受け取った。


「温かい……。何コレ? どうしてただのハンカチがこんなに温かいの?」


「何ですって? ちょっと貸してみて」


 横で見ていたターナがマリアナからハンカチを受け取るとギュッと握りしめた。


「わわっ!? 本当に温かいわ! 一体何をしたの?」


 ターナも驚いて質問をしてくる。


「先ほど説明したように『道具(ハンカチ)付与魔法(あたたかくなる効果)を付けた』んですよ。結構温かくて寒い時には便利だと思いますよ」


 なんでもないように笑いながら答える僕に3人で声を併せて叫んだ。


「「「便利どころの話じゃないわよ!」」」


 興奮した3人の勢いに飲まれながらも僕はなんとかこの場を切り抜けようと話題を変えた。


「ああ、そうだ。実はこんなものも考えてみたんですよ。温度調整とオン・オフの切り替えが出来る魔法石ストーブとか……」


 僕はすぐに首にならないように実績を出しておこうと考えて昨夜のうちに作っておいた魔道具を見せて説明をする。


「なにそれ? それって私たちが必死になって考えていたやつじゃないの。なんでそんな簡単に……」


 呆れる3人の目に内心やばいと思いながらも愛想笑いで誤魔化しておいた。


 ◇◇◇


 ――その頃。


 マーカスに魔神王討伐を押し付けていた王家では騒ぎになっていた。


「あやつが出てからかなり経つがまだ何も手がかりは無いのか?」


「最後に確認出来たのは魔神王の城に入る前になります」


「ふむ。魔神王を倒したのであれば既に城を出て戻って来てもおかしくない頃だが、戻らないとなると死んだか?」


「残念ですが、そう考えるのが妥当かと存じ上げます」


「今回の奴はなかなかの素質を持っていたから手駒としては惜しかったな。戻って来たら適当な役を付けて便利に使い潰してやろうと思っておったのだが仕方ない次の勇者(こま)を決めるとするか」


「はっ! 了解しました」


 指示を受けた騎士は深く礼をすると足早に部屋を後にする。


 王都のギルドから一番遠いノスルバムタには実際の捜索の手は延びずギルドにはマーカス・レッジと名乗る男は来ていないかとの確認する手紙が届いただけだった。


「――それで決めたの?」


 この3ヶ月ですっかり打ち解けたマリアナが僕の雇用について聞いてきた。


「もう十分な実績はあるんだからこのまま正規の職員になればいいじゃないの」


「そうだな」


「じゃあ!」


「うん。だけど一つやり残した事を思いだしたんだ」


 マリアナの言う事は嬉しかったし、僕も出来ることならそうしたかった。


 だが、あの日ギルドの掲示板に貼られていた勇者の捜索指示の依頼書を見た時から僕は決めていた。


 こんな北の端の街まで国の重鎮は来ないだろうが万が一の時は温かく迎え入れてくれたギルドの人達に多大な迷惑をかける事になるだろう。それこそ人の迷惑など微塵も考えない国王は下手をすると僕をかくまっていたと因縁をつけて処罰するかもしれない。


 それだけは何があっても許されることでは無かった。


 そして僕はひとつの結論を出した。


(さあ、始めるとするか)


 その夜、僕は城に忍び込みいくつかの道具に仕込みをすませる。


 ――翌日。


 王家では上級貴族など国の主だった者達を集めて儀式が行われていた。


「皆の者! 勇者マーカス・レッジは魔神王の城にて消息不明となった! 追跡調査も行ったが所在は掴めなかったため第七代目勇者マーカス・レッジは死亡したものと認定する!」


 室内からザワザワとざわめきが広がっていった。


「静まれ!」


「だが、我が国は勇者のひとりが死んだとて大きな問題ではない! 勇者が居なければ勇者を認定して育てれば良いのだ!」


 国王の言葉にその場に居る者達に緊張が走る。


 王家の勇者認定は神の名において絶対の契約として与えられる使命で、その人の家柄や人格、男女や年齢さえも全く考慮されずに指名され、逃げる事は不可能であった。


 指名の方法は、儀式の間に置かれている巨大な水晶体に王家の契約が封印された勇者の首輪を捧げて王が勅命を出すだけで契約が施行される事になる。


 そしてこの場には国の主だった者達が集まって儀式を見ているので、誰が次の勇者に選抜されたかすぐに国中へ広がるのであった。


「では儀式を行う。今度の勇者には魔神王の討伐に加えて前勇者の生死確認をしてもらうとするか。なに、失敗したならばまた次の勇者を指名すれば良いだけよ」


 王の発言に参戦恐々の貴族達だったが、王は涼しい顔で言い放った。


「なに、この勇者選抜は王家の者は選ばれないようになっておるから心配するな。もし、お前達の誰かが選ばれたならすぐに子供に家督を譲ることだな。でないと家長を失った家は取り潰しになるからな」


 部屋の空気が一気に重くなり皆が一斉に祈りだした。


 自分が選ばれませんにように――と。


「よし! 勇者選抜儀式を始める!」


 王が魔力を伴った杖を振りかざして王家の制約文を読み上げた。


「我が国に害する悪魔を倒すべく、我が国の剣となり、その身の全てを国の為に捧げる忠実な下僕となる勇者を選抜したまえ!」


勇者強制契約(ギアス)!」


 王の力ある言葉に反応した魔力が水晶体に吸い込まれていき、やがてひとりの人物を映し出した。


 ――そこに映っていたのは……。


 ザワザワ……そこにいる者達全員が息を飲んだ。


「な、なぜだ!? なぜ我の顔が映し出されているんだ!!」


 王は目の前で起こった事にわなわなと両の手を頬に充てて叫ぶしか出来なかった。


「王家の秘術は王家には適用されないはず! たとえ我が選ばれようとも我に契約は無効になるはずだ!」


 そう叫ぶ王の首には契約の首輪がはめられていた。


「こんなもの解除してくれるわ!」


 王は契約の解除しようと叫ぶが何も反応しない。


 それどころか、輝きを増して王の体を拘束した。


 その時、声も出ない周りの貴族達の後ろからひとりの男の声が聞こえた。


「これはこれは、勇者認定おめでとうございます。国王様……いえ、もう勇者様とお呼びした方が宜しいですかね」


 そこには先ほど死亡認定されたはずの元勇者マーカス・レッジが立っていた。


「マーカス・レッジ!? これは貴様の仕業か!」


 国王が叫ぶ。


「はて、なんの証拠があってそのような事をおっしゃられるのか分かりかねますが元・勇者としてアドバイスをひとつ差し上げようと思いましてね」


「な、なにを……」


 体の自由が効かない国王がうめく。


「以前魔神王に会った時に言われたのですが、貴方のやり方には大層不満を持っていました。魔神王が邪魔と言われるのならば貴方自身が直接対峙されてはいかがでしょうか?」


「ま、魔神王と話したのか!? まさか、奴の下にくだったのではないな!?」


「魔神王とは和解しただけですよ。お互いが不干渉でいるようにしたいと言ってましたよ」


「そのような戯言を真に受けたのか! この人類の敵めが!」


「何を言っても無駄ですよ」


 叫ぶ元国王を見下ろしながら僕は宰相に告げる。


「魔神王はこちらが攻めぬ限り不干渉とする旨を言っていた。今の国政を守りたいならそれを忘れてはならない」


 その言葉に宰相は静かに頷くとその場に居た貴族達に宣言する。


「この場に居る元国王はこれから魔神王の元へと向かわれる。次代の王は若き王子となるゆえ私を含め皆で支えてやるように」


 その言葉に貴族達は頷き若き王子へ忠誠を誓った。


 元国王はその日のうちに魔神王の元へ送り出されその後、姿を見た者は居なかった。


「――マーカスさん。やっぱり行ってしまわれるのですか?」

 

 勇者を辞めた僕が所属ギルドの変更をするために顔を出すとアリサが残念そうにそう言う。


「あんなことがなければこの街でもっと活躍出来たでしょうに」


「すまない、約束をしてしまったからな」


「残念ですが冒険者の方は自由にギルドの所属を変える権利があります。新しい所でも頑張ってくださいね」


「ああ、これまでありがとう」


 僕は書類をアリサから受け取ると彼女にお礼を言ってギルドを出る。


 空は青く澄んでおり暖かくなってきた風を受けながら僕は北へと足を向けた。


ー 完 ー

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