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第17話

ステラはエヴァンと共に7セクターの師匠夫婦を訪ね、そこで初めてラスィと二人きりで語り合う。ラスィは「探偵とは何か」という真実を伝える前に、11年前にエヴァンを預かった日の出来事を語り出す。幼いエヴァンはヨハンの死を否定して激しく抵抗するが、ラスィは冷徹に現実を突きつけ、ブリヴンは温かく抱きしめて真実を受け入れさせる。ヨハンの遺書とコート、そしてラスィの叱責によって明らかになるエヴァンの過去は、彼がなぜ今の姿へと成長したのかを示し、ステラだけでなく読者にもこれから始まる訓練と裁判の重みを予感させる。


エヴァンは事件を一段落させた後、早い時間にステラと共に13セクターにあるバーへ入った。


バーテンダーはエヴァンの表情を見ると席を片付け、バーの出入口を閉めた後、自分もバーの奥にある部屋へ入っていった。


エヴァンは誰もいないことを確認した後、受信妨害装置を起動させてステラに言った。

「今回の事件の背後には、逆十字教のディックルがいた。」


ステラはビクッとして唾を飲み込んだ。

「はい…」


「直接現れたわけではなく、ホログラム装置を使って俺の前に姿を現したんだ。あいつは今回の件に政府も加担していると言ったが、それをそのまま信用することはできないだろう。ただ、政府が逆十字教の行う生体実験を黙認していることは確かだ。」


ステラが不安そうに尋ねた。

「それで、政府が無視できないように公開裁判をするとおっしゃったんですよね? でも…政府を攻撃する形になってしまえば…」


エヴァンは淡々と続けた。

「そうだ。反逆者として烙印を押される危険がある。だからこそ、この件をもっと大きな盤にしなければならない。」


「…え?」


「政府は多くの権力者たちと複雑な利害関係を持っている。政府がその気になれば、そんな権力者など全て排除することもできるだろうが、その後に訪れる社会の混乱を耐えられるリスクは大きいはずだ。」


ステラが目を見開いて言った。

「権力者たちを懐柔するつもりですか!?」


「懐柔するには俺たちの持つカードがない。だから、彼らが自発的に俺たちを支持するように仕向けなければならない。」


「そんなこと、可能なんですか??」


「すべての権力は頂点で一つに集まる。つまり、その一番下には最も多くの人々が集まっているということだ。彼らを動かす影響力の小さい多数の権力者がいて、その上にはより大きな影響力を持ち、より少数の権力者がいるはずだ。」


「つまり、利害関係で結ばれている以上、一番下にいる最も多くの人々の支持を得れば、その人々なしには権力を維持できない権力者は動かざるを得ない、ということだ。」


ステラはためらうように言った。

「難しいことを簡単に言いますね…つまり大多数の一般市民を説得しなきゃいけないってことですよね? それも政府の目を避けて準備をしなきゃならない…」


エヴァンはステラの言葉に同意するようにうなずき、断固として言った。

「俺たちがやろうとしているのは、反乱行為じゃない。正す行為だ。だからこそ、なおさら大義を忘れてはならない。権力者を武力で制圧し捕えるのは簡単だ。だが、それでは正すことにはならない。」


エヴァンはウイスキーを一口飲んで続けた。

「武力で築いたものには、決して正義は立たない。正義は血に染まった者を決して許さない。」


ステラはエヴァンの言葉と表情に妙な不安を感じながらも、その言葉にうなずくしかなかった。

「探偵さんのこういうところ、見習いたいです。」


エヴァンは珍しく少しだけ当惑した表情を浮かべて言った。

「どこを見習いたいって言うんだ。」


ステラは微笑みながら言った。

「そういうのがあるんです。」


ステラは笑っていたが、その瞳はなぜか悲しげに見えた。まるで「見習いたい」という言葉の中に「そうならないでほしい」という思いも込められているかのように。


エヴァンはそんなステラに指示を出した。

「さあ、それじゃあ任務を与える。おまえは行方不明の子供を調査するという名目で、スラム地域の人々に子供や隣人の中で失踪した者がいないかを調べてくれ。政府の目をごまかしながら探さなきゃならないから、行き過ぎた行動は控えろ。」


「俺は人を怪物に変える狂った奴らを調べる。逆十字教が水面下で何を企んでいるのか、政府とどれだけ関わっているのかを突き止める必要がある。」


ステラが「はいっ!」と答えると、エヴァンが続けた。

「その前に、やることがある。」


「え?」


ステラが首をかしげると、エヴァンが答えた。

「おまえは弱すぎる。特訓だ。ついて来い。」


バーを出ていくエヴァンをステラが小走りで追いながら言った。

「急にですか!? ちょっと!…せめてどこへ行くのか教えてくださいよ…!」


エヴァンはそのままバーを出るとバイクにエンジンをかけ、ステラにヘルメットを手渡した。こうしてステラはエヴァンに連れられて7セクターへ向かった。


7セクターに入ると広大な草原地帯が広がっていた。

所々で農作業をする人々や、木陰でのんびり横になって休む人々の姿が見える、穏やかで平和そうなセクターだった。


エヴァンは右に曲がる道路に沿って速度を落としながら言った。

「ここは退役した軍人や探偵、一般市民が食糧を生産するセクターとして使われている。だからのんびりした雰囲気が特徴なんだ。」


ステラは目を輝かせた。

「まるで絵みたいな場所ですね! 空も広く見えるし、高い建物がないのがすごくいいです!」


右に曲がった道路の先に見える、あまり大きくない二階建ての住宅がステラの目に入った。

「もしかして、あの家が目的地ですか?」


「そうだ。あそこに、俺に戦闘術や探偵として身につけるべきことを教えてくれた人たちがいる。」


エヴァンは住宅から少し離れた場所にバイクを止めて降りた。

するとステラが不思議そうに尋ねた。

「まだちょっと距離があるんじゃないですか?」


エヴァンはため息をついて言った。

「昔から俺がバイクに乗るのを嫌っていてな。ひとつ警告しておくが、絶対にあそこに住むおばさんの意に逆らうな。」


ステラは唾を飲み込んだ。

「は、はいっ!」


住宅には小さく「カフェ」と書かれた看板があった。一階はカフェ、二階は住居スペースに分かれているように見えた。


エヴァンがカフェのドアを開けて入ると、風を切る音と共にナイフがエヴァンの首をかすめ、後ろの鉄製のドアに突き刺さった。

ステラが悲鳴を上げながらナイフが飛んできた方を見ると、長い黒髪に白いシャツ、明るいジーンズの上に緑のエプロンをかけた大人びた女性が立っていた。


濃い目元と鋭い眉、赤い唇にメリハリのある体つきは、女性であるステラの目にも魅力的に見えるほどの美貌だった。


彼女はエヴァンにハスキーな声で言った。

「これは誰かと思えば…どこかで野垂れ死にしたんじゃないかと思ったよ。何年ぶりだったっけ?」


エヴァンは視線を逸らして言った。

「3年…くらいですね。」


彼女は今度はフォークを手に取り、エヴァンに向けて言った。

「3年と136日13時間35分10秒だ。」


ステラはエヴァンとその女性を交互に見て混乱しながら尋ねた。

「探偵さん、彼女がいたんですか…!?」


ラスィは豪快に笑って言った。

「そうさ! この男は年上に弱いタイプなんだ。愛する恋人を3年と136日13時間15分10秒も放っておくなんて、ひどいと思わない?」


ステラが口をあんぐりと開けて驚いていると、エヴァンがステラの顎を押し上げながら言った。

「急にジャンルを変えないでくださいよ。旦那さんまでいるくせに。お腹の子が聞いたらショックですよ。」


「心配しないで。まだ豆粒みたいだから人の言葉はわからないわ。ブリヴンも、あなたならオーケーじゃないかしら?」


ステラは理解できない状況に、助けを求めるような視線をエヴァンに送った。

エヴァンはため息をついて言った。

「この人は元探偵で、今はカフェの店主ラスィ。俺が15歳の頃から育ててくれて、探偵に必要な技術を教えてくれた人だ。決して恋人なんかじゃない。」


「それから、あそこで皿洗いしている大男がブリヴン。あの気難しい女の旦那さんだ。」


ステラは視線を向け、皿洗いをしていたブリヴンを見た。頼もしいという言葉では足りないほどの肩幅に、鉄筋で殴っても鉄筋のほうが折れそうなほど頑丈な体、そして濃いひげをたくわえたマッチョな男だった。


ただ、そのマッチョな男がピンク色のエプロンに赤いゴム手袋をして、水が跳ねないように気をつけながら皿洗いをしている姿はまったく似合わず、思わず笑いそうになった。


ブリヴンはゴム手袋を外し、小さなパンやケーキを花柄の皿に丁寧に盛り付けて持ってきた。

「エヴァン、久しぶりだな。まずは少し話そうじゃないか。お嬢さんは初めて見る顔だな。とりあえず座りなさい。」


顔に似合うしゃがれ声と、そうは見えない柔らかな口調と仕草に、ステラは混乱しながらもブリヴンの案内に従い、窓際のテーブルに座った。


ステラとブリヴンが向かい合って座り、やがてエヴァンとラスィもテーブルに腰を下ろした。


ラスィは頬杖をつき、エヴァンをちらりと見上げて言った。

「それで、我らが親不孝者がわざわざ顔を出した理由は何かな? ただ来たとは思えないし、隣のお嬢さんはあんたの好みでもないから結婚報告でもないだろうし。」


すでに口いっぱいにケーキを頬張っていたステラは驚いて首を横に振り、「そんな関係じゃありません!」と否定したが、口の中がいっぱいのせいでうめいたような声しか出なかった。


エヴァンはため息をつき、口を開いた。

「食べるか話すか、どっちかにしてくれ。ラスィ、あなたの助けが必要です。ステラを訓練していただけますか?」


「この子を? わざわざ私みたいな人間に任せることなの?」


エヴァンはうなずいて言った。

「わざわざあなたのような実力者に任せる必要があるんです。」


ラスィは長く息を吐いて言った。

「子には勝てないって言うけど、その目を見たら断れないじゃない。」


エヴァンが感謝の言葉を口にしようとした瞬間、ラスィが続けた。

「その前に、この子とガールズトークをしなきゃならないから、あんたはブリヴンと手合わせしてなさい。」


エヴァンとブリヴンが同時に声を上げた。

「え?」

「なに?」


二人はしばし目を合わせた後、首を振って席を立ち、裏庭へ通じるドアを開けて出て行った。


ステラはその様子に目を輝かせて尋ねた。

「ラスィさん!? あの冷徹な探偵さんをどうしてあんなに簡単に扱えるんですか…!?」


ラスィは笑って言った。

「言ったでしょ? 年上に弱いタイプだって。」


ラスィは表情を引き締め、続けた。

「まあ、腹を痛めて産んだ子じゃないけど、子どものように思ってるのかもしれないね。」


ラスィは再び朗らかに笑って言った。

「さて、とにかくあんたもこれから私に訓練を受けるんだから、もう私の子も同然よ。子どもを知らない親なんているはずがない。…あんたの話を少し聞かせてほしい。」


ステラは首をかしげた。

「わ、私の…話ですか?」


「そうよ。探偵って仕事をただ始める人なんて少ないし、探偵学校をただ卒業する人なんてもっと少ないんだから。」


ステラはしばし言葉を探すように沈黙し、やがて静かに口を開いた。

幼い頃に父を失ったこと、そしてその傷が癒える前に母までもが亡くなったこと。

そしてその後、自分の中に芽生えた、彼女なりの正義。

「罪なき人が幸せに生きる世界」を作りたいという夢を、ラスィに正直に打ち明けた。


ラスィはうなずき、静かに言った。

「お父さんは軍人だったのね。お母さんは…隣人に毒殺だなんて。つらい過去を持ちながらも笑顔を失わなかったのは、本当に幸いだわ。いいわ、その望む世界、私も一緒に願ってあげる。」


ステラはなぜかラスィの姿にエヴァンが重なって見えた。

だからだろうか。口元にうっすらと微笑みが浮かんだ。

「ありがとうございます。ようやく、なぜ探偵さんが今の探偵さんになったのか、少し分かった気がします。」


ラスィは背筋を伸ばし、表情を引き締めた。

「気恥ずかしい話はここまでにして――肉体的な訓練に入る前に、『探偵』というものの真実を話さなければならない。そしてあんたは、その真実を聞く必要がある。」


ステラは息をのむように静かにうなずいた。

ラスィは断固として言った。

「そうしてこそ、あんたがこの道を進み続けるのか、それとも止まるのかを決められるんだ。」


ラスィは警告するように言った。

「これは私がエヴァンに犯した罪の告白でもあるし、エヴァンが歩んできた道が決して崇高でも、正義だけでもなかったという事実の列挙よ。」


「この話を聞いた後に、私とエヴァンをどう判断するかはあんた次第。理解を強要するのも親の役割じゃないからね。」


ステラの瞳を確かめたラスィがうなずき、続けた。

「これは今から11年前、私が初めてエヴァンを引き受けた日から始まる。」


.

.

.

―11年前、12月のある夕暮れ―

ヨハンが姿を消してからおよそ1年が経った頃、16歳になったエヴァンがひとりでヨハンの小屋で夜を明かしていたとき、小屋の扉が開いた。


エヴァンは笑顔で扉の向こうに視線を向けたが、そこにいたのは黒髪の女と、並外れた体格の男だった。


エヴァンの視線に二番目に入ってきたのは女の手だった。その手には、ヨハンのコートが血に染まったまま握られていた。


それを見たエヴァンはすぐに拳を握りしめ、女に飛びかかった。

「おじさんはどこにいるんだ!!」


エヴァンの拳が女の顔を打ち抜こうとしたその瞬間、女は体をわずかに引いて拳を避け、エヴァンの頭に拳を叩き込んだ。


殴られたエヴァンは厚く積もった雪に埋もれた。

起き上がろうとするエヴァンの頭を女が踏みつけ、雪の中にさらに押し込みながら言った。

「私の名前はラスィ。死んだヨハンの同僚であり後輩だ。これからあんたを引き受ける女で、これからあんたの母親の代わりになる人間だ。」


隣でブリヴンがラスィを止めながら言った。

「まだ子どもなのに、ちょっとやりすぎじゃないか?」


ラスィは踏みつけていた足をどけて言った。

「少しは頭が冷えたか? ヨハンに訓練を受けておいて、この程度とは失望だね。」


エヴァンは体を起こし、距離を取りながら言った。

「死んだヨハン!? ふざけるな! おじさんは…おじさんは生きてる!!」


「まだ冷えてないみたいだね。」


エヴァンはラスィに一気に飛びかかり、拳を突き出した。

「おじさんを傷つけたのはあんたか!? おじさんはどこにいるんだ!!」


ラスィはその拳を避け、右膝を上げてエヴァンを強く蹴った。

その時、エヴァンは素早く姿勢を低くしてラスィの左足を蹴り崩し、倒れさせた。

同時にポケットからボールペンを取り出し、倒れたラスィの目に向かって投げつけた。


ラスィは飛んできたボールペンをつかみ取りながら言った。

「さすがヨハンの弟子ってところか? 私を倒すなんて。いいだろう、実力は認めるよ。だが、少し頭に来たから手加減はここまで。ゆっくり頭を冷やしな。」


ラスィが構えを取ると、瞬く間にエヴァンの視界から姿が消えた。

「どこに…!? 足跡さえ見え…」


エヴァンは急速に意識が遠のいていくのを感じた。


「おいラスィ、いつも言ってるけどやりすぎだぞ、あんたは…」


「相手はあのヨハンの子どもだよ。血はつながってないけど、本人の口で『自分の子どもを頼む』って言われたんだ。なら遠慮はいらないだろう。」


ブリヴンはため息をつき、意識を失いかけるエヴァンを抱き上げながら言った。

「すまんな坊主。この人はいつも張り切りすぎるんだ。後でちゃんと謝らせるからな。」


そう言ったところで、エヴァンは意識を失った。


どれほど時間が経ったのだろうか、エヴァンは目を覚ました。

「ここはどこだ…」


見慣れない天井と香り、そして温度。エヴァンは全身の感覚を研ぎ澄ませて警戒し、起き上がろうとした。だが、全身を縄で縛られていて立ち上がることができなかった。

「なんだこれは! すぐに解け!!」


ふかふかのベッドに暖かい毛布をかけられたエヴァンの前に座っていたラスィが笑いながら言った。

「頭を冷やせって言ったのに、ますます熱くなってるじゃない。」


エヴァンはラスィを睨みつけて言った。

「これを解けって言ってるんだ!!」


「じゃあ、また飛びかかるでしょ? そうしたらまた気絶させなきゃならないじゃない。もしかして、Sとかそういうタイプ?」


エヴァンは芋虫のように体を揺らして暴れた。

「ふざけんな! さっさと解けよ、ババア!!」


ラスィが拳を振り上げた瞬間、ブリヴンがその拳を止めた。

「おいおい、ラスィ、落ち着け。まだ子どもだろ…まずは飯を食わせよう。パンとお茶を用意したんだ、あんたも食え。」


暴れるエヴァンの横で、ラスィは平然とパンとお茶を口にしながら言った。

「よく聞きな坊や。ヨハンは死んだ。生きていたとしても、一日と持たないほど体はボロボロだった。」


エヴァンの暴れ方はさらに激しくなった。まるでサンタが嘘だと認めたくない子どものように。

それでもラスィは言葉を続けた。

「よく聞け。そして真実を受け入れろ。そうしてこそ、これから進む道を見つけられるんだ。」


ブリヴンは心配そうにエヴァンを見つめながらも、ラスィの言葉が間違っていないことを分かっていたので止めることができなかった。

「坊や、この人は口ではこう言ってるけど、お前と同じくらい心を痛めてるんだ。まだ受け入れるのは難しいだろうが、これはどうしても必要な過程なんだ。この過程を経てこそ、その先に進めるんだ。」


エヴァンはそんなブリヴンの瞳を見た。

その瞳には憐れみや苦しみ、不安や責任感など、一つひとつ言葉で表すには多すぎるものが宿っていた。

そして、言葉では茶化すラスィの瞳と、ブリヴンの瞳が大きく違わないことに気づいたエヴァンは、もがくのをやめ、震える声で尋ねた。

「本当に…おじさんは死んだのか…?」


ラスィはきれいに洗っておいたヨハンのコートをエヴァンに投げ渡しながら言った。

「腹に穴が開いた状態で見つかったヨハンの遺体には、彼の筆跡で遺書があった。『伝えることはすでに手紙に書いたから、もう残す言葉はない。このコートをお前に渡してくれ』ってな。お前が子どもの頃からヨハンのコートをこっそり着て鏡の前に立っていたことまで書かれていたよ。」


ラスィは涙をこらえるエヴァンを見て言葉を続けた。

「もう少し大きくなれば、コートが地面に擦れない立派な男になるだろうってさ。」


ラスィはエヴァンを縛っていた縄を解き、ヨハンの遺書を渡した。


エヴァンは慎重に遺書を読み進めた。


————————————

俺はこの事件に関わった時点で死を覚悟していた。

たぶんこのメモはラスィとブリヴンが最初に読むだろう。

すまないが、頼みを聞いてほしい。

残す言葉はすでにエヴァンに手紙で残したから、最後の挨拶はあっさりとにしておく。


エヴァンはまだ背が伸びきっていないのか、俺のコートをこっそり着て鏡の前に立つと、裾が床に擦れていた姿が今も目に浮かぶ。

あいつが俺の古びたコートの何を気に入ったのか分からないが、もし俺が死んだらエヴァンに渡してやってほしい。


数年もすれば、コートがよく似合う男に成長するだろう。その姿を見届けてくれ、俺の分まで。


ラスィ、ブリヴン。お前たちを含めて、エヴァンは俺がこの世界を守る理由であり、希望の種なんだ。

無理なお願いだと分かっているが、あいつを頼む。

どうせ二人は結婚するんだろ? 育児体験だと思ってくれ。


どうかお前たちは俺と同じ道を歩まないでくれ。

今までありがとう。

————————————


エヴァンは一滴一滴、涙をこぼした。言葉にしなくても、ラスィとブリヴンにはその涙にどんな感情やどんな記憶、どんな言葉が込められているのか分かった。


エヴァンはヨハンのコートを抱きしめ、声を震わせた。

「淡々とだなんて…このおしゃべりじいさんが…淡々としたいなら感情を削れよ…こんなに全部書いちまったら…全部書いちまったら俺は…」


エヴァンは感情を押し殺すように、込み上げてくるものを必死に抑え込んだ。


その時、ラスィが手のひらでエヴァンの背中を「パシン」と叩きながら言った。

「どこで大人ぶってるんだい?」


驚いたようにラスィを見上げるエヴァン。

ブリヴンが止めようとするのを片手で制し、ラスィは続けた。

「大人ってのは感情を抑えて、整えて、律することができるもんだ。逆に子どもは感情を膨らませて、感じて、表現するもんだ。その過程がなければ、人を理解できない奴に育つだけだよ。」


ラスィはエヴァンの頭を撫でながら言った。

「だから似合いもしない大人の真似なんかやめて、思いっきり泣きな。泣きたくても泣けない日なんて、すぐにやって来るんだから。」


エヴァンは抑えていた感情を爆発させた。

涙で、声で、表情で、身振りで、あらゆる方法でエヴァンの感情が部屋いっぱいに広がっていった。


恋しさと悲しみ、愛と怒り。ひとつひとつ切り分けられないほど、すべてが混ざり合い、溢れ出した。


エヴァンの泣き声が次第に静まっていくと、ブリヴンが焼き立ての温かいパンを差し出しながら言った。

「テーブルにあったのは冷めちまったから作り直したよ。冷めたパンも悪くないが、ふわふわで温かいほうがずっと旨い。」


エヴァンは何も言わずにパンを受け取り、少し照れくさそうに慎重にひとかじりした。


温かいパンの上には大きめの塩の粒がいくつか乗っていた。


エヴァンの口の中でふんわりと噛みしめられるパンは心地よい温もりを広げ、その温もりに乗ってほんのり柔らかな甘みが口いっぱいに広がった。

やわらかな食感と甘さの合間に、カリッとした食感と直感的な塩気を与える塩の粒が単調になりがちな味に新しい刺激を与え、次から次へと手を伸ばしたくさせた。


まるで誰かが「美味しく食べてもらいたい」と願いを込めて丁寧に作った味だと知らせるかのように、パンから感じられるすべてが利他的で温かかった。


腹に食べ物が入って、ようやく空腹を自覚したエヴァンは夢中でパンを食べ始めた。

それを見てブリヴンが笑いながら言った。

「腹が減ってたんだろうな。一日中ヨハンのことを案じて悶々として、ラスィとひと勝負もして、こうして感情もぶつけたんだからな。思いっきり食え。お茶も飲め。」


パンをがつがつ食べたエヴァンは満腹になり、やがて眠気が襲ってきた。

「パンに何か入れたな…いや、魔法でもかけたのか…?」


ラスィが豪快に笑って言った。

「誰に似たんだか、最後まで意地っ張りなやつだね。『ごちそうさま』『おやすみなさい』の一言で済むことだろうに。…おやすみ、坊や。明日からは訓練を始めるんだから覚悟しな。」


エヴァンは暖かい毛布の中で、ヨハンのコートをしっかり抱きしめたまま、自然と眠りに落ちた。


エヴァンが眠ったのを確認したラスィがエヴァンを見つめながら言った。

「あの子が一年もひとりでいたなんて…もっと早く気づけなくてごめんよ。」


ブリヴンがラスィの肩を抱き、首を横に振った。

「そんなふうに思うな。あの子、エヴァンは孤独や寂しさ、そして想いに負けずに戦ってきた立派な奴だ。ヨハンさんの空いた席を、俺たちでしっかり埋めてやろう。」


先週に訓練が終わったけど なんか コメントがなくって嫌気がなくなった感じですね。 でも 少しずつ上げるので、完全に忘れないでください。 そろそろ書いておいた回もあまり残っていないので、少しアップロードする周期が長くなりそうです。 みんな この小説を読んでありがとございます!

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