第11話
エヴァンは久しぶりに孤児院を訪れ、子どもたちと温かな一日を過ごす。
しかしその同じ頃、政府と逆十字教は「余剰資源」を実験体として
利用するという、恐ろしい計画を話し合っていた。
第11話
壁にかけられた時計が9時ちょうどを指すと、授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。
すぐに様々な年齢の子供たちが一人、また一人と教室に入ってきた。
小さな子供たちは教壇の前に立つエヴァンを見るとすぐに喜び、跳ねながら席に着いた。
10代後半の子供たちは、はしゃいだ様子を無理に隠すかのように、ぎこちない落ち着きを保ちながら席に着いた。
その様子を見つめていたエヴァンの表情には、嘘のない笑みが浮かんだ。
だがそれも束の間、エヴァンはいつもの癖で少し表情を引き締めた。
子供たちの中で最年長の、19歳の班長が手を挙げて質問した。
「エヴァン先生!今日はどんな授業ですか?」
彼女は何事にも几帳面で、常に大人びた姿を目指していたため、班長という役割がとても似合っていた。
だが教室の班長という立場のせいか、まだ子供のようにも見えた。
エヴァンは黒板に「なりたいもの」と大きく、はっきりと楷書で書き、答えた。
「前に出した宿題、ちゃんとやってきたか?」
子供たちは待ってましたとばかりに手を挙げ、それぞれがなりたいものについて語り始めた。
ヨアンナのような先生になりたいとか、国家を守る軍人になりたいとか、
いろいろな事件を解決する探偵になりたいという子も多かった。
たぶん、探偵の役割が何かも知らずに言っているのだろうが……。
その他にも、国家の発展のために科学者になりたいという子もいた。
そんな賑やかな雰囲気の中で、最後に班長が手を挙げて言った。
「私は、エヴァン先生のような大人になりたいです。
まっすぐで優しく、いつも落ち着いていて国の役に立つ人になりたいです。」
エヴァンは顔をそむけて話を続けた。
それは単に気恥ずかしい言葉だったからだけではなかった。
なぜか、自分を純粋に憧れる班長の目を正面から見るのが気まずかったからだ。
「そのまま育ってくれ。そういえば班長はもう労働してるんだったな?」
ニュー・ワールドでは、すべての人に15歳の誕生日から労働の義務が課される。
15歳から19歳までは週に3回、単純な生産職や、特別な才能がある者は専門職で労働を学び、一人前の市民としての義務を果たすのだ。
班長は「はい、そうです」と、なぜか得意げな態度で話を続けた。
「私はもう4年も服を作る仕事をしています。
大量の服を作る工場で、国民全員に支給される服の仕上げを任されるほど有能なんですよ。
このままいけば生産ラインの監督まで行くかもしれません!」
自分より幼い子供たちの前だからか、
憧れる大人の前だったからか、班長は普段から時々子供っぽい一面を見せるが、
このときは特に子供らしい無邪気さで自分の能力を誇っていた。
エヴァンはそんな班長を称えて言った。
「さすが最年長らしいな。みんな、班長を見て学ぶんだ。」
そうして授業の一時間、この教室は子供たちが思い描く未来の話で賑わった。
やや抑制されたエヴァンの顔にも、どうしても薄い笑みがこぼれたが、
そのたびにエヴァンはわざと表情を引き締めた。
しばらく子供たちの笑顔を見ていたエヴァンは、自分の手を見つめながら考えた。
『この笑顔と未来を守れるのなら……俺は何だってできる……』
こうして授業が終わり、エヴァンは教室を出て園長室に戻った。
園長ウェルターとステラは、その狭い部屋でエヴァンが入ってきたことにも気づかないほど、笑いながらエヴァンの話をしていた。
それも、エヴァンが5年前のクリスマスイブに太ったサンタ服を着て、ぎこちなく子供たちを抱いている滑稽な写真を見ながら。
エヴァンは右手でステラの頭を掴んで問いかけた。
「おいステラ、今何を見てる?」
ステラは手をバタバタさせながら園長に助けを求める視線を送った。
しかし園長はにやりと笑い、わざとらしい口調で言い訳するように言った。
「いやあ……ステラ君がどうしてもエヴァン君の黒歴史を知りたいと言うから、仕方なかったんだよ。」
エヴァンはステラの頭を離し、首を振った。
「園長は新しい人が来るたびに俺の黒歴史を見せるのが趣味でしょう。ヨアンナが初めて来た時もそうでしたよね?」
園長はアルバムをめくりながら答えた。
「それだけ君を誇りに思ってるってことじゃないか。年寄りの戯言だと思って許してくれ。」
エヴァンは眉間を指でつまみながら言った。
「何が誇りだか……とにかく、ステラはもう子どもたちのご飯を作りに行かなきゃいけないから、忙しいはずだ。」
ステラは顔を向けてエヴァンを見た。
「私、初耳ですけど探偵さん……?」
エヴァンはステラの頭頂部を手刀で軽く叩いて言った。
「罰を受けてもらおう。さあ行け。調理室はこの建物の裏だ、勝手に行け。」
ステラは頬を膨らませながら園長室を出ていった。
大事そうにアルバムを1ページ1ページめくる園長の前に、エヴァンが向かい合って座って尋ねた。
「そんなにお気に入りなんですか、その写真たち?」
「当たり前だろうエヴァン君。君がいたからこそ、子供たちは笑えたんだ。初めて君が来たときのことは、昨日のことみたいに鮮明だ。あの見た目でピンクの半袖Tシャツだなんて、正気かと思ったよ、ははは。」
エヴァンは頭をかきながら言った。
「教えられた通りにしただけです……中途半端に学んだから、方法が少しずれたんでしょうけど。」
「いや、十分だった。君の努力で、感情表現が乏しかったこの保育園の子供たちがすぐに笑うようになったんだから。君みたいな突拍子もない人間を見て、感情を出さない子供なんていないだろうが、それだけ真っ直ぐだってことだ。あのピンクのTシャツのことも含めて、自信を持てばいい。」
「園長、からかわないでください。今月の運営費は大丈夫ですか? もし必要なら私が支援でも……」
園長はアルバムを閉じて言った。
「補助金がいくら出てるか君は分かってるんだろう? だから嘘をつく意味はない。だがな、この歳まで一生懸命働いて、それなりに貯めてきたんだ。君からはもう十分すぎるほどもらった。これ以上は俺の良心が許さない。」
エヴァンは園長の笑顔に、苦い笑みを浮かべるしかなかった。
そうして時間が過ぎて昼食の時間になった。
エヴァンとステラは保育園の先生たちを手伝って子どもたちにご飯を配った。
あっという間に食事の時間が過ぎ、
エヴァンとステラは子どもたちが遊ぶ運動場が一望できる教室の前のベンチに座った。
「ふう、探偵さん、これ、思ったより大変ですね。」
エヴァンはそんなステラに園長室の横に停めておいたバイクを指差しながら合図を送った。
ステラは少し首をかしげたあと、「あっ!」と嬉しそうに子どものように小走りでバイクへ向かった。
ステラはバイクの横に付いている革のかばんをまるごと持ってエヴァンの元へ戻ってきた。
「一番大事なものを忘れてました、えへへ。」
エヴァンは遠くで遊んでいる子どもたちを見ながら言った。
「渡しておいで。」
「探偵さんが買ったんですよ?探偵さんが渡してくださいよ!」
「君が選んだんだろう。それに、よく来るって言ってたじゃないか? こうやってでも顔を覚えてもらっておいたほうがいいだろ?」
「確かに、それもそうですね… じゃあ、行ってきます!」
ステラが離れたのを確認した園長は、静かにエヴァンの隣に座って言った。
「エヴァン君、まだその悪い癖が治っていないのかね?」
エヴァンは自分の手をしばらく見つめてから答えた。
「この手で子どもたちにプレゼントなんて、どうやって渡せばいいんですか。
そんなことしたら、“悪い大人”なんてものが移ったらどうするんです。」
「エヴァン君、君は真っ直ぐすぎる。それが君の一番の長所であり、私が尊敬しているところでもあるんだよ。
でも、たまには自分に甘くしてもいいんだ。」
エヴァンは答える代わりに、少し顔をそらして沈黙を飲み込んだ。
その様子を見た園長は、エヴァンの肩をぽんぽんと叩いて言った。
「君以外はみんな知っているはずだよ。君が優しくて、いい人間だってことを。
それでも自分自身が信じられないなら、私が証人を嫌というほど連れてきてやるさ。
だから、そんな顔はしないでくれ。」
園長は、エヴァンの複雑な視線の先に、プレゼントを受け取って嬉しそうに跳ね回りながら
互いに自慢している子どもたちがいるのを見て、うっすらと微笑みを浮かべて園長室へ戻っていった。
そうしてしばらくの間、プレゼントをもらったことを自慢しながら
遊び回る子どもたちを見つめていたエヴァンは、ゆっくりと席を立った。
「そろそろ戻るか。この日常に溶け込みすぎるのも、任務に支障が出るだろうしな。」
エヴァンはステラと共に、保育園の子どもたちと園長、そしてヨアンナを含む数人の教師たちに挨拶をし、バイクにまたがった。
エヴァンはエンジンをかけながら、ステラに小さく言った。
「ステラ、こういう日常は本当に大切だ。だからこそ、あまり浸りすぎてはいけない。
鈍った剣では何も斬れないし、それ以上に、何も守れなくなるからな。」
ステラの重い沈黙に、エヴァンはバイクの速度を上げながら続けた。
「それでも、常にそばで見守らないとな。あの子たちは、いつだって真っ直ぐで正しい道を示してくれる。」
するとようやく、ステラが決意を込めたように答えた。
「はい..! 心に刻みます!」
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同じ頃、ニューワールドの中心にして、最も静寂な政府の心臓部——
ニューワールドの中央行政区画「アルファセクター」。
直径が159kmにも及ぶ広大な土地に、灰色の建物がびっしりと立ち並び、
その中心にはニューワールドの居住区域のどこからでも見える
「黒い槍」と呼ばれる高く巨大な世界政府の官邸がそびえていた。
その官邸のどこかで、世界政府の閣下と、
華麗で贅沢な逆十字教の教皇、
そして政府の幹部数名と逆十字教の十二使徒の一部が、
黒く重厚な会議室で互いに向かい合って座っていた。
教皇が「フンフン」と咳払いをすると、十二使徒の一人が口を開いた。
「本日、私たちが集まった理由は、神の導きにおいて余剰資源を活用すべきだからです。」
閣下は黒く重いガスマスクの奥から、無表情な顔で言った。
「続けたまえ。」
彼はしばし沈黙を飲み込み、口を開いた。
「余剰資源、つまり基準未満の、選ばれなかった哀れな子どもたちのことは、
ご存じでしょう。彼らには生まれ持った才能がないため、この国の役にも立たず、
資源だけを浪費しているのです。さらに、彼らは蔑まれ、差別的な人生を生きています。」
続けて彼は席を立ち、やや大げさな身振りで語り出した。
「彼らを救うためにも、彼らに一人の人間として、
市民としての誇りを植え付けるためにも、使い道を見出すべきなのです。」
閣下は一息吸い、ガスマスクのフィルターを通して重く息を吐いて言った。
「その『使い道』とは何だ?」
「閣下もご存知でしょう。政府と我ら逆十字教の生涯の悲願にして使命。
神の意志に従い、真の神の器『ノア』を創り出すことです。
そのために必要な実験体が、政府にも我ら逆十字教にも圧倒的に足りていません。
この余剰資源を崇高な目的に使えば、きっと彼らも誇りを持ち、
人間らしく生きることができるでしょう。」
閣下は頬杖をついて言った。
「ノアか?改造人間のことを言っているのか?良い提案だ。
どうせ使うなら、スラム街で奴隷として使っても問題が出ないよう処理しておけ。できるだろう?」
十二使徒の一人が、ちらりと教皇の顔色をうかがってから答えた。
「はい。神の導きを信じておりますので、何の問題もないでしょう。」
閣下は冷たく重い声で言った。
「君たちはやり方が簡単でいいな。以上で会議は終わりだ。
ラビ、お前は余剰資源がどれだけあるかを正確に把握し、逆十字教と連携を取るように。」
政府の六名の幹部の一人であり、ニューワールドのすべての行政情報を管理するラビ。
彼は有能で、人類という種の存続のためなら何でもする、まさに政府にふさわしい人間だ。
常に左腰にある長い黒刀は、彼の武力と権力の象徴でもある。
ラビは軽く頷いて言った。
「新教会など、もはや政府の犬も同然ですから、
円滑に進むでしょう。お任せください。」
教皇は一瞬眉をひそめたが、すぐに席を立ち、
十二使徒の一部とともに会議室を後にしながら言った。
「ラビ、神の意志を貫く者たちを甘く見ないことだ。すぐに連絡を取るように。」
ラビは会議室を出る教皇を見て、微笑みながら軽く頭を下げた。
「失礼。」
その時、黒く重厚な会議室を出ようとする教皇の背を、閣下が冷たく粘っこい声で呼び止めた。
「おい、インノチェンシオ。正教会が好き勝手やっているのを、いつまで黙認していればいい?」
教皇は振り返らずに頷き、言った。
「我々の方で、きちんと処理いたします……閣下。」
久しぶりです! 今日めっちゃ眠いですね
最近めっちゃ暑いだから みんな 気おつけてください!




