第10話
久しぶりに孤児院を訪れたエヴァン。
子どもたちのためにプレゼントを選び、長年の付き合いである院長と語らいながら、穏やかな一日が始まる。
ふざけ合う笑い声と暖かな日差しの中で、人と人との絆と、忘れかけていた感情が蘇っていく。
そんな日常の平和を守るために——
エヴァンは、ますますその手を汚していくのだった。
第10話
エヴァンはベッドから起き上がり、いつものように少しだけ幼い頃ヨハンと一緒に撮った写真を見た。
なぜか彼は、いつものように淡い微笑みではなく、不安げな表情が口元に浮かんだ。
『おじさん…おじさんは、昨日僕が何を見たのか知ったら、何でも言ってくれただろうな…』
エヴァンはしばらく額縁の前に置いてあった万年筆を見て、薄く微笑んだ。
『考えてみれば、昨日言ってくれてましたね。そのおかげで気も引き締まったし、進むべき道も見え始めた気がします。まだ…確信は持てないけど…まだはっきりしないからこそ、おじさんが歩いた道を信じてついて行きます。まだこの世界には強力で信頼できる統治者が必要だから…』
エヴァンは小さくつぶやいた。
「今日流す全ての血は…国民のために。」
その後、簡単に洗顔を済ませてから、エヴァンは端末で今日は任務がないことを確認し、トレーニングウェアに着替えてバイクにまたがった。
エヴァンはいつものように外壁を走るトレーニングを終え、バイクに乗って居住区域へ向かった。
エヴァンは居住区に入ると、少しバイクを止めてヘルメットを外した。そして端末を起動し、昨日自分を支えてくれた孤児院から届いた写真を見た。
なぜか淡い目つきでエヴァンが小さく言った。
「今日も行ってみようか?」
珍しく柔らかい朝日の光が、こぼれたエヴァンの微笑みを温かく照らした。
涼しいが心地よい風と、静かな都市の中の小さな雑音。感覚が鋭いエヴァンはその音をすべて聞き分けられた。
誰かの母親が慌ただしく朝食を作る音、誰かの子供の可愛いわがまま、誰かの父親の豪快な笑い声。徹底的に冷酷な世界の中で最も温かい雑音が広がる朝だった。
エヴァンはこぼれた微笑みを隠すように少し慌ててヘルメットをかぶり、バイクのエンジンをかけた。
「みんな忙しいな、そろそろ孤児院も開く時間か?」
エヴァンはバイクに乗り、13セクターの中央部へ向かった。居住地域である13セクターの中でも、商業ビルが少なく住宅がほとんどを占める場所であり、学校や孤児院が主に位置する地区。
ここは都市を設計する際、人口密度を上げて出産を奨励し、人材を育成する目的で作られた区域だ。
エヴァンは中央部に到着する前、ドーナツのように中央を囲む商業団地に入った。
「もうすぐ子供の日だったか?過去の遺産とはいえ、こんな遺産なら歓迎だ。」
彼はちょうど店を開け始めたばかりの商店を一軒一軒回り、子供たちへのプレゼントを選び始めた。
「うーん…何がいいかな。やっぱり実用的な文房具セット?いや、子供のプレゼントに実用性が必要か…?おもちゃの方がいいかな。」
濃い茶色の革コートに黒いニット、さらに黒いヘルメットまでかぶった屈強な男がバイクを背におもちゃや文房具を真剣に選ぶ姿は、かなり滑稽な光景だった。
遠くからその様子を見ていたステラが腹を抱えて笑いながら近づき、言った。
「探偵さん、くくく、ここで何してるんですか?せめてヘルメットくらいは脱いだらどうです?お店に子供が怖がって近寄れもしませんよ?」
エヴァンはヘルメットをかぶったまま首を向けて言った。
「ステラ、この時間にどうした?」
ステラは近づいて笑みを浮かべ、店の中で固まっていた子供に手を振った。
「まずそのヘルメット取ってくださいよ。あそこの子が怖がってるじゃないですか?」
ようやくエヴァンの視界に、店の中で彼をうかがう子供の姿が入った。
エヴァンは慌ててヘルメットを外し、気まずそうに咳払いをした。
「どうせプレゼントだけ買ってすぐ出発するから効率的に脱がなかっただけだ。子供が怯むとは思わなかったのは俺の落ち度だが…」
ステラは満足そうに続けた。
「分かってますよ分かってます。それより探偵さんも孤児院にプレゼント持って行くんですか?探偵さんのプロフィール見てたら、定期的に後援してる孤児院があるって知って、もしかしてと思って探しに来たんです!私も休みだし、もうすぐ子供の日だし、きっと来ると思ってました!」
エヴァンはステラをにらみつけて言った。
「つまり俺を調べたってことか。」
ステラは慌てて言った。
「調べたなんて…!ただ本人が話してくれないから気になっただけですよ、なにしろパートナーですから!それに極秘事項が多すぎて、孤児院のこと以外は何も分かりませんでしたし…」
「探偵のプロフィールが極秘なのは当然だ。それで俺を探してきた理由は?」
「そりゃあ私も孤児院で手伝いでもしようと思って。それにセンスない探偵さんのプレゼントをもらって、無理して平気なフリする子たちが心配で来たんですよ。」
エヴァンは痛いところを突かれた気分で、しばし視線をそらした。
「じゃあステラ、お前の先輩であり上司として命令する。子供たちが喜ぶ『センスのある』プレゼントを推薦しろ。」
ステラはくすくす笑いながら小走りで商店街をあちこち見て回り、目を輝かせてエヴァンを呼んだ。
「探偵さん!探偵さん!ここがいいですよ。今人気のテレビシリーズのおもちゃですし、このロボットは最近新発売のやつで絶対喜びますよ。ここにあるピンクの魔法のステッキは最近女の子たちに大人気のアニメの主人公が使ってるやつで、その主人公が最近新しく手に入れた魔法の…」
エヴァンのやや呆れた目を見たステラが視線をそらして顔を赤らめた。
「た、探偵として子供たちが何を好きか事前に調べただけですからね..!昨日の夜に調べたんです!絶対にけっして普段から楽しんで見てるとかじゃ…ないですからね…」
エヴァンはわずかに笑いを浮かべ、ため息をつきながら言った。
「前にも言ったろ、探偵は処世術が大事だって。もっと頑張れ、嘘はバレたら終わりだ。」
そうして二人は孤児院の子供たちが喜びそうなプレゼントをたくさん買って、バイク横の革カバンに入れた。
ステラがにっこり笑って言った。
「子供たち、絶対喜びますよ。」
エヴァンはバイクに乗りながらステラの言葉に続けた。
「当然喜ぶだろ。探偵さんが『一晩中調査して』見つけた『センスのある』プレゼントなんだから。」
ステラはくすくす笑ってエヴァンの後ろに乗った。
「思ったより根に持つんですね。」
エヴァンはふっと笑い、冗談っぽい声で言った。
「俺はセンスがなくて根に持つ男だけど、それでも孤児院まで乗せて行くと思うか?」
ステラは気にも留めず、エヴァンの後ろに座って言った。
「当然乗せてくれるって信じてますよ、探偵さんですから!」
「分かってるだろ、右の革カバンにヘルメットあるからそれを被れ。」
ステラは「はーい!」と無邪気に答えた。
そうして二人は商業団地を抜けて13セクターの中央へ向かい、間もなく孤児院の前に到着した。
エヴァンはバイクのエンジンを切り、ステラと共にバイクから降りた。
その時、ステラが降りる途中でエヴァンの足に引っかかって転びそうになったのを、エヴァンが腕を掴んでなんとか転ばずに済んだ。
「ありがとうございます…!」
ステラは恥ずかしかったのか、慌ててヘルメットをレザーのカバンにしまい、保育園へと向かった。
エヴァンもくすっと笑いながらヘルメットを整え、淡々とステラの後を追った。
孤児院はまだ早い時間だったので授業は始まっていない様子だった。授業前に食堂で朝食を取ることを知っているエヴァンは、子供たちに会いに行くより先に、まず園長室へ向かった。
「ステラ、お前はここ初めてだろ?じゃあ入館者名簿に名前を書かないとな。名簿は園長室にあるから一緒に行こう。」
孤児院の正門を抜けると、地面が平らでない運動場と、所々錆がひどく浮いた遊具が見えた。
孤児院は1階建ての平屋が長く続く構造で、それほど大きくはなかった。
長く続く平屋には色付きのドアや窓がいくつも付いていた。ドアはそれぞれ園長室、教室、そして「私たちの家」という看板が掛かった子供たちと園長が暮らす住居スペースに分かれていた。
ステラはデコボコな運動場や、錆びついた遊具、そしてみすぼらしくさえ見える孤児院の建物を見て、慎重に尋ねた。
「探偵さん…?孤児院って政府が実施してる市民福祉事業の中で学校の次に優先順位が高いんじゃなかったんですか?
なんでこんなに管理が行き届いてないんですか…?」
エヴァンは園長室へ向かいながら答えた。
「普通の孤児院なら、親を亡くしたり、親に養う余力がない子供の中から選別された英才だけが入れるんだ。ここはその選別から漏れたか、落ちた子たちが来る場所だ。」
エヴァンはしばらく苦い気持ちを飲み込み、言葉を続けた。
「つまり政府が利用価値を感じなかったが、利用可能な労働力を保持するために最低限の教育と衣食住ができるようにだけはしておいた場所だ。」
ステラの顔に複雑な感情が浮かんだ。
「資源が無限じゃありませんからね…」
園長室は事実上応接空間で、たまにやってくる子供を養う余裕のない親たちが子供を預けるための手続きを踏む場所だ。または政府の監察で来る監察官を応接する用途にも使われる。
エヴァンは園長室のドアを開けて入った。
建物の外見から見える通り、園長室の内部も質素というよりは「みすぼらしい」という表現が似合う感じだった。園長室という名前には似合わず、事務用パソコンが置かれたデスクなどはなく、部屋の真ん中に応接用ソファが二つ、低いテーブルを挟んで置かれているだけだった。
そしてひび割れの見えるコンクリートの壁と安物の組み立て式本棚、その中を埋め尽くす教育や育児、児童心理学などの書籍、それすらも色あせて古びたものが大半だった。
ソファに座っていた、分厚いレンズが印象的な細縁のメガネをかけた、目元にしわが深い白髪の園長がソファから立ち上がり、にこやかに挨拶した。
「やあエヴァン君。後ろの娘さんは見かけない顔だね、誰かね?」
長い付き合いの園長は、昔も今も穏やかで温かな祖父のような印象だった。エヴァンは園長の微笑みを見てしばし思った。
『その目元の皺は、彼が普段どれだけ笑顔を見せてきたかの証だろうな。その笑顔はきっと孤児院の子供たちにも広がって染み込んでいったに違いない』
エヴァンは少し頭を下げて挨拶し、言った。
「こちらは私の後輩で見習い探偵、私の助手のステラです。」
園長が軽くステラに「私はウェルターと申します。よろしくね〜」と挨拶すると、ステラは無邪気に手を振って言った。
「私にも気軽に話してくださいね!きっとこれから何度もお会いすると思いますし!」
園長は嬉しそうにほころび、エヴァンとステラをソファに座らせると、ちょっとした菓子を持ってきて向かいのソファに座った。
「これでも食べるかい?何しろ子供たちが好きなものばかり買ってあるから、エヴァン君の口に合うものはないかもしれんし、それにステラさんの口にも合うか心配だ。」
エヴァンは薄く笑いながら言った。
「大丈夫です。私の助手なら、目を輝かせて喜びますから。」
すでに口いっぱいに菓子を詰め込んでいたステラが、後になってエヴァンにからかわれたことに気づき、頬を膨らませて言った。
「探偵さん、私ももう大人なんですよ!?」
エヴァンはくすっと笑いながら言った。
「分かってるさ。園長、そろそろ授業が始まる時間なので、私は先に子供たちの所へ行きます。」
園長はソファから立ち上がるエヴァンに、慈愛に満ちた微笑みを送りながら言った。
「そうしなさいエヴァン君。さあステラさん、私たちは入館者名簿に名前を書こうか。ああそうだ、よく来ることになるだろうし常時入館者として登録してはどうかな?」
「いいですよ!そういえば、探偵さんはいつからこの孤児院に来てたんですか?授業までしてるくらいだから、ずっと前から通ってたんでしょう?」
園長は低いテーブルの下からアルバムを取り出した。
彼はなぜかアルバムの表紙を見つめながら、懐かしさと切なさが混じった表情で話を続けた。
「ずいぶん前からだよ。もう7年になるかな、探偵学校を卒業してすぐ訪ねてきたと記憶してる。その時は隣にフィアンセも一緒だったがね…」
ステラは驚いて聞き返した。
「フィアンセ…!?恋人ですか!?あの探偵さんが…!?」
園長は窓の向こうに去っていくエヴァンを確かめた後、いたずらっぽい笑顔で尋ねた。
「ステラさん、気になるのかい?興味があるのかな?」
ステラは顔をそむけて否定した。
「い、いえいえ!そんなの絶対ないですから!ただ、あの冷酷で血管には血じゃなくて電気か潤滑油でも流れてそうな人が恋愛したっていうのが不思議で…」
「君も知ってるだろう、無口で不器用に見えるだけで、誰よりも優しく細やかな気遣いができる人じゃないか。」
苦い沈黙を一度飲み込んだ園長は、再び悪戯っぽい表情でアルバムを開きながら言った。
「エヴァン君が初めて孤児院に来たとき、どんな服を着てたか気にならないかい?驚くことに魔法少女が描かれたピンクの半袖シャツを着てきたんだよ!」
園長が開いたページには、濃い紺色の髪をしたがっしりした男が無表情でピンクの魔法少女Tシャツを着て子供たちと写っている写真があった。
それを見たステラは腹を抱えて笑いながら言った。
「探偵さんはずっと前から探偵さんだったんですね、クククッ」
園長は低い声でこそこそと話した。
「ステラさん、エヴァン君が寝るときどんなパジャマを着てるか知りたくはないかい…?あの無口な人がユーモアを養うためだとか言って毎晩着てるパジャマなんだがね…6年前に子供たちと合宿授業をしたときに、それを着たエヴァン君を見て、みんなどれだけ笑ったことか。」
ステラは目を輝かせて言った。
「知りたいです!!!」
園長とステラはクスクス笑いながらアルバムをめくっていった。
一方その頃、エヴァンはちょうど授業の準備を始めていた教室に入った。
教室は園長室とはまるで違う雰囲気だった。粗雑な作りではあるものの、緑色の壁紙が貼られていたので壁のひび割れは見えず、小さくてかわいらしい机と椅子が十数個きれいに整列していた。
暖かな黄色に近い光が教室全体を柔らかく照らし、子供たちが作って貼った絵が教室の後ろに誇らしげに飾られていた。
教室の中にはまだ子供たちはおらず、教師のヨアンナが授業の内容をまとめていた。
「こんにちは、ヨアンナさん。」
ヨアンナは嬉しそうに笑って言った。
「今日もかわげのない無表情ですね!お久しぶりです、エヴァンさん。」
エヴァンは苦笑しながら言った。
「今日もお元気そうですね。ハハ…それで、今日の授業の内容は何です?」
「うーん…本当は歴史教育の復習をする予定でしたけど…今日は特別にエヴァンさんがいらっしゃったので、前にやってた授業を続けてもらえませんか?」
エヴァンはしばし思い出しながら言った。
「確か、やりたい職業を考えてくる宿題を出してましたね。いいですよ。」
エヴァンは薄く微笑んだまま教壇に立ち、子供たちの絵で飾られた壁に掛かった時計を見つめながら、思わず時間を急かすようにした。
「早く聞きたいですね。」
久しぶりです! 色々 あったから 遅かったです。 訓練とか 休暇とか 色々です。でも 今日から また 頑張る予定です! 次からは 週末にアップロードする予定です。
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