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中華王朝史記

五日間の斎戒を以て献上される元朝の秘宝

作者: 大浜 英彰

挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。

 同じ立憲君主制国家という事も御座いまして、我が中華王朝と大英帝国とは洋の東西という垣根を越えて友好的な国交を樹立して久しゅう御座います。

 それを改めて実感する事が出来ましたのは、私共の母上である愛新覚羅紅蘭(あいしんかくらこうらん)女王陛下の御生誕日も数週間後に控えた或る日の事で御座いました。

 この日は英国王室より陛下の御生誕日を祝賀する友好使節の参内があったのですが、何と彼女は元代の青花磁器を献上品としてお持ちだったのです。

「御覧下さい、愛新覚羅紅蘭女王陛下。我が国の骨董市場で発見された青花龍紋梅瓶で御座います。」

 太和殿の中で使節が示して下さった青花磁器は、それは見事な物で御座いましたよ。

挿絵(By みてみん)

 独特の濃くて鮮やかな発色と鉄分の影響による黒い斑点が特徴的なコバルトの顔料は中東からもたらされた蘇麻離青スマリチンに他ならず、胎土のきめ細やかな白さや釉薬の透明感も件の青花磁器が元代に作られた物である事を如実に表していたのです。

 その典雅な造形美たるや、瀝粉蟠竜金柱を始めとする重厚な構造物で高い天井を支える太和殿の壮麗な空間に決して後れを取らない素晴らしさでしたよ。

挿絵(By みてみん)

「おお…これは何と見事な…」

 そう申し上げるのが、やっとで御座いました。

挿絵(By みてみん)

「貴女もそう思われますか、白蘭(びゃくらん)第二王女。常日頃から翰林図画院に出入りされていて美術への造詣の深い貴女が、思わず畏怖の念に駆られるとは…流石は元朝の秘宝と申すべきですね。」

 そんな陛下の苦笑も、この時の私には半ば上の空でしたよ。

 元代の青花磁器のもたらす風格は、彼程に見事な物だったのです。

「それでは使節殿、こちらの青花龍紋梅瓶の詳しい来歴を御教示頂けますか。」

 そうして驚嘆するばかりの私を気品ある微笑と力強い意志を秘めた眼差しで退かせると、陛下は使節との遣り取りを再開されたのです。

「以前の所有者の話によりますと、南京条約締結後に上海から渡航した先祖の宣教師が密かに入手して本国に持ち帰ったのだそうで御座います。」

 アヘン戦争の結果として清は上海を始めとする五港を開港する事になりましたが、それ以降に貴重な美術品や秘宝が海外に流出したと聞き及んでいます。

 この青花龍紋梅瓶も、恐らくそのうちの一つなのでしょう。

「成る程、実に素晴らしい…しかしながら、何故このような希少な品を御譲り頂けるのですか?幾ら私の誕生日が近いとはいえ、これは余りにも貴重な…」

 陛下の御言葉には、驚きと遠慮とが入り交じっていたのでした。

 それも無理からぬ事でしょう。

 元代の青花磁器は現存数も少なく、今や貴重な一品なのですからね。

 そのまま大英博物館の収蔵品として扱われても不思議ではない至宝を惜しげ無く手放されるなど、容易に出来る事では御座いませんよ。

「陛下の謙虚な御言葉、誠に痛み入ります。されど此度の献上品には御生誕の御祝品というだけではなく、イザベル・ウィンザー王女殿下の感謝の印という意味合いも御座いまして…」

 友好使節のお話によりますと、以前に私がプレゼントさせて頂きました赤漆の卵絵を英国王室のイザベル・ウィンザー王女殿下が甚く御気に召されたそうで御座います。

 その返礼となる品物を探されていた所で御眼鏡に叶ったのが、件の青花龍紋梅瓶だったのですね。

挿絵(By みてみん)

 イザベル・ウィンザー王女殿下は好奇心旺盛で快活な姫君であると御評判ですが、それと同時に実に義理堅い御方でもあらせられるのですね。

 そうした素晴らしい御方と御縁を頂く事が出来て、この私こと愛新覚羅白蘭第二王女としても喜ばしい限りで御座いますよ。


 元代の青花龍紋梅瓶は現存数も少ない希少品であり、それが良好な保存状態で入手出来るとは何と素晴らしい幸運なのでしょう。

 当時の私は、そう無邪気に考えていたのでした。

 そんな私とは対照的に、母上こと愛新覚羅紅蘭陛下の御配慮は実にきめ細やかな物だったのですよ。

「ところで御使節殿…青花磁器を返礼品に選ばれるにあたり、イザベル殿下は何か特別な事をされていたでしょうか?」

「強いて挙げるならば…熱心に御身を清められておりました。そして青花磁器が輸送されるまでの五日間、肉食は避けられたそうで御座います。」

 やがて友好使節の御返答が終わるや、陛下は得心そうに頷かれたのです。

挿絵(By みてみん)

「それならば私も五日間身を清め、宮廷にて最高の礼を以て御受けさせて頂きたく存じます。」

 そうして使節との謁見を終えた陛下は、今後の手筈を臣下達と手際良く打ち合わせられたのです。

 沐浴と清掃の準備や食事の献立の変更など、それは多岐に及ぶ物でしたよ。

「陛下…これは斎戒の御準備で御座いますね?」

「よくお気付きですね、白蘭第二王女。司馬遷の『史記』にも御座いましたが、先方様が敬意と誠意を示された以上は、それに私共も報いねばなりませんからね。」

 これは戦国時代の頃の出来事ですが、趙の国の至宝である「和氏の璧」と秦の十五城とを交換する話が持ち上がったのです。

 趙の家臣の藺相如は秦が約束を違えるのを恐れたため、「秦王も趙王と同じく、五日間は斎戒を行って身を清めよ。」と主張して事態を丸く収めたとの事。

 敬意と誠意を示す為に身を清める斎戒は、それ程に重要な礼儀であったのですね。

「我が中華の作法に則り斎戒を行われるとは…イザベル殿下は御若いながら実に出来た方ですよ。」

「仰る通りで御座います、陛下。そうしたイザベル殿下の御誠意に報いる為にも、我が中華王朝と致しましても礼を尽くさねばなりませんね。」

 そこで私も陛下に倣い、斎戒で身を清めさせて頂く事とさせて頂いたのですよ。

 宮廷音楽の鑑賞も肉食も、この五日間はグッと堪えねばなりませんね。

 そうした日々の努力の積み重ねが、我が中華王朝と国際社会との円満な友好関係を築いていくのですから。

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― 新着の感想 ―
 何かを作るとき、それが食べ物であれば食べてくれる人の事を考えながら作りますが、陶芸品などだと使われる『使われ方』を想像しながら作るのでしょうね。  作るものにはその人の『感情』や『生きざま』、そし…
心が温かくなりました。 異文化交流は非常に難しいですが、相手のやり方を尊重し、それにのっとるということも大事ですよね。
やっぱり。というか当然ながら白蘭殿下は美術品に興味津々ですね。 紅蘭王女陛下のお誕生日にイザベル殿下から贈られた青花磁器。 元で製作され、アヘン戦争などの騒乱を経て様々な所有者を転々としてイザベル殿下…
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