Genesis
今日からの現場は、これまた一段と過酷なものだった。
なにせ開拓が始まってから、一度も調査が計画されておらず、当然情報も乏しい未踏破の地域らしい。
「お前ら、準備は絶対に怠るなよ!その場その場で、起こり得る最悪の事態を想定しろ。そうでなければ死ぬと思ってかかれ!」
作業服に身を包み、声を張る。今回率いるメンバーは一人を除いて現場調査未経験の者が多数だ。
そんな彼らに危険な目にあってほしくない。その一心で、厳しい言葉をかけている。
彼らもそれをよく理解し、そして頼ってくれている。だから、その期待に答える義務が、俺にはある。
「よし、明日からは南部高原の遠征になる!調査大日程は八十日だ。今日はゆっくり休んで、明日に備えろ!」
威勢よく返事したメンバーが散っていくのを見届け、事務所に戻る。
出納計画に部下の勤怠管理、それからトレーニングメニューの設定。
こういった事務処理やらなんやらは、どうにも好きになれなかった。
オリンポス噴火。氷河期から脱出した巨大火山の噴火から丸一火星月が立った。
地球日にして約五十日間。災害復興の目処はある程度立ち、農地の浄化や開拓区の拡大など、やることは尽きない。
「ふう、さすがに堪えるな……」
「あら、珍しいわね、独り言なんて」
聞き慣れた声が、どこからともなく聞こえてきた。
振り向くと、美しいフォーマルドレスに身を包んだ黒髪の女性――マリナ・アカツキがこちらを見ていたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「よう、誰かと思えば、名高き社長様じゃねえか!これはこれは、こんな辺境の開拓区にどんな用で」
「よそよそしいわよ、アストラ。そういうあなたも、いつの間に現場主任なんて肩書を手に入れたのかしら」
「……色々あったんだよ。ところでマリナ、このあと時間はあるか?久々に話したい、飯でもどうだ」
彼女を見て、思わず頬が緩む。
「それは奇遇ね、私もちょうど君に頼み事があったの」
「山登りなら二度と御免だぜ」
「遮らないでよ。ほら、来て。車を待たせているの。話は車内でしましょう」
他愛のないやり取りの中で、マリナは遠方に待機する車両を指さした。
「なんだ、どこかに連れて行く気か」
「君を来賓として招きたいの。『フーリエ発射台』の起工式にね。彼女も、君がいたほうがきっと喜ぶ」
「ああ、それなら喜んで行くさ」
「じゃあ、食事はその後で」
「ごちそうになるぜ、社長」
「あら、奢ってくれないの?いけずな男ね」
「悪いな、現場主任はカネがないんだ。給料の引き上げに応じてくれたら、考えなくもないんだが」
「交渉が上手ね、一体どこで身につけたのかしら」
「隣に座るお嬢さんに教わったよ、少し前にな」
一現場の主任程度の存在が、火星を統括する特権企業の社長とタメ口で罵り合っている。
そんな光景を目の当たりにして冷や汗をダラダラと垂らしているバックミラー越しの運転手を視界の隅に入れながら、二人の会話はよく弾んだ。
今日は天気がいい。晴れているから、かの山がよく見える。
『十五年前、この星は未曾有の大災害に見舞われました。皆様も、皆様のご家族も、そして今日この場に居合わせることが出来なかった方々も、極寒の環境の中、大変苦しい思いをされたと、重く受け止めております』
大きな舞台に立って話すマリナを、来賓席から見据えていた。
『今ここに、復興を祈念して、この星の新たなシンボル、「フーリエ発射台」を起工することを宣言します!』
無数の拍手と歓声が、一体を包み込む。マリナの瞳の奥に、見据える先の巨山が映っていた。
「良いスピーチだった。流石だな」
わざとらしく手をたたき、席に戻ったマリナに声を掛ける。
「あなたもこういった事ができるといいんだけど」
「あいにく、そういうのは柄じゃないんでね」
「そう?実はあなたに、良いポストを用意しているのだけれど」
「口車には乗せられないぞ、すべての条件を聞くまではな」
「むう、手強くなったわね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「まあいいわ。それじゃあ、行きましょうか」
「ああ」
他の関係者のスピーチやプレゼンの中を抜け出し、車に乗り込む。
走り出した車窓からも、その山はしっかりと視認できた。
ここは、希望の星。巨山より神々の熱がもたらされる、火の星。
尽きること無い人々の営みを、赤き大地はあまねく歓迎する。
頭上を往く二つの月が、交わるように輝いていた。
【完】




