第2章 過去の影
リリアンがセラの後を追って森の奥深くに入っていくと、森は不自然なほど静かだった。かつて崖の上で吠えていた風は静まり返り、足元で葉がカサカサと柔らかく鳴る音だけが静寂を満たしていた。不気味な静けさにもかかわらず、リリアーヌの胸は高鳴り、ドキドキした。すべての影が彼女を見ているように感じた。すべての物音が彼女をたじろがせた。前を歩くセラは、まるで自分の居場所のように木々の間を優雅に移動し、すっかりくつろいだ様子だった。背後の燃え盛る街は、荒野の圧倒的な静けさに飲み込まれ、遠い記憶のように感じられた。リリアンは革表紙の本を胸に強く抱きしめた。首都から逃げて以来、その本は重くなり、まるで自分の秘密の重さが彼女を引きずり下ろすかのようだった。
「あれは何?」 セラの声が沈黙を破り、琥珀色の瞳がリリアーヌの腕の中にある本のほうをかすめた。
リリアーヌはちらりとそれを見下ろし、指が本の表紙を強く握りしめた。「わからないわ
「セラの声は鋭かったが、不親切ではなかった。彼女は歩みを止め、リリアンに向き直った。「明らかに重要よ。王国を滅ぼすほど重要なことなんです」。
リリアンはためらった。実のところ、彼女はその本が本当は何なのか知らなかった。それを見たとき、記憶の断片が浮かんできただけだった。声のささやき、見たことのない場所のぼやけたイメージ、見覚えのない名前。しかし、どれも意味をなさない。まだ。
「何だかわからない」リリアンは優しく繰り返した。「でも...危険よ」
セラはしばらく彼女を観察した後、満足そうにうなずいた。「いずれわかるわ。でも今は、移動し続ける必要がある。ここは安全じゃない
リリアンは再び彼女の後を追ったが、本のことが頭から離れなかった。危ない。それは控えめな表現だった。冷たく脈打つエネルギーが彼女を手招きしているようだった。彼女は身震いし、前方の道に集中することを余儀なくされた。
「どこへ行くの?リリアンは囁くような声で尋ねた。
セラはすぐには答えず、何かを探すように、あるいは誰かを探すように、周囲の木々を見回した。「この近くにあるのよ。「ずっと昔に廃村になった古い村よ。そこなら誰にも見つからないわ」。
リリアンはうなずいたが、また忘れられた廃墟に入るのかと思うと不安になった。それでもセラを信じるしかなかった。結局のところ、彼女は自分を救ってくれたのだ。
太陽が地平線に沈み、崩れかけた建物に長い影が落ちるころ、彼らは村に到着した。そこは忘れ去られたような小さな場所で、雑木林の中に石造りの家屋がわずかに残っているだけだった。つる植物と苔がほとんどの建物を飲み込み、空気は湿った土と腐敗の匂いで充満していた。壊れたテーブルや椅子が散乱していることから察するに、かつて集会場だったのだろう。屋根は一部崩れていたが、少なくとも避難所にはなっていた。
「今夜はここで休もう」セラは入り口近くに荷物を置いて言った。
リリアンはうなずき、壁際の場所を見つけて地面に体を下ろした。何時間も歩いたので足が痛くなり、疲労の重みが押し寄せてくるのを感じた。しかし、眠りはなかなか訪れなかった。目を閉じるたびに、悲鳴、炎、破壊、燃え盛る首都の映像が脳裏をよぎった。彼女はそれを止めることができなかった。さらに悪いことに、さっきの声...逃げる前に彼女にささやいた声だ。それはまだそこにあり、彼女の心の端に残っていた。
「またやっているのか」その声は冷たく、あざ笑うように言った。「逃げている」
リリアーヌは目をぱちくりと開け、浅い息を吐きながら立ち上がった。本が横に置かれ、彼女は本能的に手を伸ばし、その指が擦り切れた革の表紙に触れた。
「やめて」。セラの声が静寂を切り裂き、彼女を驚かせた。リリアンが顔を上げると、セラが部屋の反対側から彼女を見ていた。
「私は...私は...」 リリアンは自分が何を言おうとしているのかわからず、口ごもった。
セラはため息をついて立ち上がり、部屋を横切って彼女の横に座った。「あの本は危険よ、リリアン。あの本は危険よ、リリアン。あなたに影響を及ぼしているのよ」。
リリアンは唇を噛み締め、胸のパニックが高まるのをこらえた。認めたくはなかったが、セラの言うとおりだった。彼女もそれを感じていた......本の引力、それが彼女にささやきかけ、嘲笑う様を。それを無視するのは難しくなっていた。
「どうしたらいいかわからない」リリアンは声を震わせながらささやいた。
セラはしばらく黙っていたが、リリアンの肩に手を置いた。「一人じゃないわ。「一緒に考えましょう。
その言葉はシンプルだったが、リリアンにここ数日感じたことのない穏やかさをもたらした。彼女は頷き、恐怖心が少し和らいだ。今はそれで十分だった。
夜が深まるにつれて寒さが増し、リリアンは外套をきつく羽織った。セラは壁に背中をつけ、腕を組んだまま眠ってしまったが、リリアンは目を覚ましたまま、壁の揺らめく影を見つめていた。
リリアンは再び本に手を伸ばした。本を開きたい衝動に駆られたが、彼女は無理矢理引き離し、マントの下に埋めた。
「もう逃げない」と彼女は自分に言い聞かせるようにささやいた。
外では風が強くなり、木々の間を、彼女を悩ます声の遠いこだまのように吠えていた。そしてリリアンは初めて、本当の危険は本の中にあるのではなく、自分の中にあるのではないかと考えた。