キャラ立ちがすべてのこの学園で! ~一見完璧な生徒会長②~
職員室を出ると見知った顔と鉢合わせた。
仕立てのいいスーツに猫背を包んだ男性は垂れ気味の目尻を柔らかく下げる。
「おや。八礼屋君じゃないか。精が出るね」
声量はないが穏やかで聞き取りやすい声の持ち主は湖青学園高等部校長の琴中令二。
気弱だが指導者としての才覚はある校長で、同名なのもあってか俺は彼の覚えがいい。
「こんにちは。校長」
「相変わらず忙しそうだね。君は多忙なんだしほどほどの所で手を抜くんだよ。そうだ、今から校長室でお茶でも飲んで行くかい?」
「いえ。生徒会室に戻って会長を待ちますので……」
答えると、ああ学園長の……と声が明らかに萎んだ。
人柄は良いが上に睨まれそうになると行動を止めてしまうのが難点ではある。
「繕井さんなら学園長室にいるよ。さっきまで僕もそこにいたからね……。もうすぐ話も終わると思う」
「そうですか。じゃあ早めに戻って準備してます」
「あーその、ちょっと待ちなさい」
軽く一礼して場を離れようとすると、彼が珍しく引き止めた。
「僕が言うのもあれだけどね。すぐ近くだし迎えに行ってあげたらどうかなあ。……いや、特に何ということはないんだけれどね」
事なかれ主義の彼が遠回しに主張をするのは大抵行った方がいい時だ。
上からの評価が下がる行動こそしないが、生徒のためになりそうな場合は自分が巻き込まれない範囲で助言をする。
「そうですね。ついでに寄ってみます」
校長に感謝してとりあえず学園長室に向かうことにした。
***
学園長室の前に着くと、ドアの向こうから艶やかさに静かな迫力の混じる美声が聞こえた。
「……そう。問題なくやれているなら何よりだわ」
「はい。学園長のご期待に添えるよう頑張ります」
「くれぐれも本質がバレないように気を付けてちょうだいね?……私以外にはバレてはダメよ?」
「……わかってますよ。鏡子ちゃん」
「それは良かった。期待してるわよ? 帝乃ちゃん」
話が終わって二人が部屋から出てきた。
いつもよりも会長の表情が堅めに見える。
「あ、礼……八礼屋君。来ていたのか」
俺を見つけると安堵からか表情が少し緩んだ。
彼女の前に立つ女性はそれに気づく様子もなく、右手でゆるやかに髪を流した。
「久しぶりね八礼屋君。お迎えかしら?」
女神のような美貌に過剰にも思える色気。
艶やかで豊満な美女の名は磯瀬鏡子だ。
個性化教育の最先端を行く湖青学園の学園長であり教育者の鑑と謳われる人物で、俺をスカウトした張本人でもある。
「はい。近くまで来たのでついでに」
「そう。ちょうど今話していたのだけど、……八礼屋君から見て彼女は完璧に仕事をこなせているかしら?」
会長が不安そうに俺を見ている。
学園長の目の伏せ方でわかる。これは質問ではなく、キャラを守れているかの確認だ。
「ええ。嫌味なぐらいに会長は完璧ですよ」
「そう。それは良かった」
優しげな笑顔だが見ているだけで背筋に汗が流れる。
教育者の鑑で美貌の才媛と名高い学園長だが、女神のような美貌の裏には底知れぬ圧がある。
実力と才能のある女性ではあるのだが、生徒のキャラ立ちの完成度に対しては異常なまでに厳しいのだ。
「安心したわ。それでは八礼屋君。繕井さんをよろしくね」
艶やかな巻き髪を揺らしながら学園長は去って行った。
彼女の姿が消えた途端、会長が目だけで周りを見渡す。誰もいないのを確認すると肩からへにゃりと力が抜けた。
「あー、緊張したぁ……! 礼司くんが来てくれてよかったよー」
「みたいですね。名前で呼びあってたのが聞こえたんですけど、仲いいんですか?」
俺の知る限り学園長はいくら奔放なキャラ付けの生徒にもちゃん付けを許すようなキャラではない。
会長はしまった、と肩を竦めて言いづらそうに話し始めた。
「聞こえていたのか。ええと、これは秘密にして欲しいのだが、昔から親同士の仲が良くてたまに遊んで貰っていたんだ。……小さい頃はすごく優しかったんだよ? 何でも話せる優しいお姉ちゃんって感じで」
困ったとも悲しいとも取れる表情だが、唇だけが懐かしむように笑っている。
本当に仲が良かったのだろう。二人の間に何かあったのだろうか。
複雑な感情を抱いていると、何事もなかったかのように会長が凛々しい笑顔を見せた。
「昔の話さ。さて、君も用事が終わったようだし今日は勉強を教えようか」
彼女は日頃のお礼という名目でたまに俺の勉強を見てくれている。
迷惑を掛けているのだから困ったときには頼ってくれというのが会長の言い分だ。
自分から申し出るのは珍しいので会長も気分転換がしたいのかもしれない。
「ありがとうございます。ちょうどわからない所があったんです」
努力してもしなくとも80点君の俺だが、会長に教わるとなぜか数点上がる。
あとはまあ私情だ。勉強を習っている間はこの人と一緒にいられるからな。
いつもキャラ立てを頑張っている会長に普通の先輩らしい経験をして貰いたいという理由もあるが。
しかし思いの外用事が早く終わった。十分も経ってはいないだろう。
「……もしかしたらアイツまだ生徒会室にいるかもしれませんね」
なじみのことを思い出してそう言うと、会長の目がキラッと輝いた。
「え、客人がいるのか? ちょうど用意していたお茶があるんだ!」
会長は基本的に人が好きだ。人目を気にし過ぎたり遠巻きにされてしまう傾向はあるが。
なじみは親しみやすくて物怖じしない良いヤツだ。
アイツと話せば会長も楽しめるかもしれない。
そんな事を考えながら俺は会長と並んで生徒会室に向かった。