キャラ立ちがすべてのこの学園で! プロローグ~完璧系生徒会長(?)の苦悩~
廊下の向こうから女子生徒の黄色い声が聞こえてきた。
慣れていない様子でラケットを背負っている彼女たちは、おそらく外部から合格した新入生のテニス部員だろう。
「ねぇ! あそこにいるのって生徒会長じゃない?」
「本当だ! オーラすごい! めちゃくちゃきれーい!」
彼女たちは私に期待してくれているのだろう。
『美人で凛々しくて完全無欠の生徒会長』として。
近くに躓きそうな物は落ちていないか。巻き込む心配はないか。
確認してから表情を引き締める。
彼女たちが求めてくれる私に少しでも近づけるように、背筋を伸ばして声を掛ける。
「生徒会長、こんにちは!」
「ああ。お疲れ様。気をつけて帰るんだぞ」
「はいっ! 会長もお気をつけて!」
二人はきゃあっと色めき立ったあと、お礼を言って走って行った。
その姿がなんとも可愛らしくて、ニコニコしそうになる頬を引き締める。
「可愛いなぁ……。学園生活、楽しんでね」
声に出してしまって周囲を見回すが、幸い他に通行人はいなかった。
表情と姿勢を保ったまま生徒会室に入ると、誰もいないのを確認して椅子に座り込む。
さっきまでの無理に凛とさせた声と正反対の気の抜けた声がこぼれる。
「つ……疲れたぁ~。今日も私、上手くやれてたよね?」
脱力しすぎてゆるキャラみたいだ。みっともないけれど今は許して欲しい。
放課後になると一日の疲れがどっと出てくる。学生の本分によるものではなく真逆の性格を演じているからだ。
私は、繕井帝乃はありがたいことに人から期待して貰うことが多い。
無造作に立て掛けられた鏡を見ると、170cm近い長身の美人が目に入った。
細身の割に均整の取れたクールビューティーは他ならぬ私なのだけれど、いつもながら全然中身に似合っていない。
「やっぱり似合ってないなー、この見た目」
周囲を騙している罪悪感に捕らわれそうになる。
私は全然格好いい生徒会長なんかじゃないのだ。
周囲が高く見積もってくれるのは容姿と能力、もしくは財閥の家柄であるせいか。
運動神経は良いはずなのにあり得ないレベルでドジを踏む。
性格も内向的でのんびりとしたタイプで、無意識に周りの期待に応えられる性格ではない。
だけど物心ついた頃から言われているからわかる。
私に求められているのは立場や能力などの外側の部分で、性格も完璧である方がみんな嬉しいのだ。
みんなにとっての繕井帝乃はそれが正解だから。
周囲の期待に応えるのは大好きだ。
それでみんなが笑ってくれるならこんなに嬉しいことはない。
だけど違う性格を演じて一日中気が抜けないとあやうくミスをしそうになる。
「……みんな私のこと過大評価しすぎだよー」
「そうですね。本当の会長はこんなんですけどね」
思いがけず返事が返ってきて慌てて飛び起きる。
副会長の八礼屋礼司君だった。
二年生なのに下手をすれば気を張った私よりもしっかりしていて、大抵のことは器用にこなしてしまう優秀な男子生徒だ。
そして私が唯一学園内で素の自分を出せる人物でもある。
「れ、礼司君! いるなら教えてくれても……」
「邪魔するの悪いですし。……で、今日はドジ踏まずに仕事終わりました?」
聞きようによっては失礼だけど礼司くんの場合は至極まっとうな確認なのだ。
私は彼にフォローをお願いするために副会長になって貰ったのだから。
「うん。今日はちゃんと……いや、失礼。問題なくこなしてきたよ八礼屋君」
繕ってんなあ、と彼が小さく笑う。からかうな、と返して顔を背ける。
一度気持ちが緩むとキャラを立て直すまでに時間がかかるので、彼には私の本当の性格がバレている。
初日にありえないドジを踏んで巻き込んでしまったのでむしろ彼は被害者である。
完全無欠を求められている生徒会長が、あるいは繕井財閥の令嬢がこんなみっともない姿を晒すなんてあってはならないことだ。
それなのに素が出てしまうのは、きっと彼が私の素の性格を肯定してくれるからだろう。
今まで私の周りに私らしさを出せる人はいなかった。
だけど礼司君は優しくて私の大嫌いな部分を嫌わずにいてくれる。
もしかしたら一日の中で一番安心できるのは彼といる時間かもしれない。
「でもまあ、いいんじゃないですか。そんな感じでも」
「……私にも面子という物があるんだよ。幸い、君以外にはバレていないからな」
本当は面子なんてどうでもいいけれど、この学園ではキャラが立たなくなったら退学というルールがある。
そうでなくとも、彼にだけは繕い続けたい理由が別にある。
「はいはい。でも会長もきちんと考えて下さいよ。書記も会計も庶務もいない生徒会なんて続けられないですからね」
「わ、わかっている。さすがに人を集めるさ……」
痛いところを突かれて口ごもる。
彼が来るまでの生徒会は私のワンマンだった。
つまり生徒会メンバーは今は二人だけ。
信じられない話だけれど、この学園では何よりもキャラ立ちとキャラの強い生徒の育成が優先される。
その重要なキャラが立っていたばかり私に付き合わせてしまっているのが彼なのだけど。
「いつもすまないな。君には負担を掛けてばかりだ」
漏らした本音に礼司くんが微笑む。
ここで気持ちを汲み取ってくれるのが彼の魅力だと私は勝手に思っている。
「まあ、頼まれた以上それが仕事なんで」
「……仕事だから……か。ありがとう。では君を副会長に任命した以上、私も君に最高の結果を約束するよ」
彼だけは絶対に失望させたくない。
私は彼が好きなのだ。
この学園を無事に卒業した暁には、彼に返したい恩が山ほどあるのだから。
だから私は完璧な生徒会長でなければならない。
「そういえば会長。えらくにやけ顔して帰って来ましたけど、何かありました?」
「……! そうか。聞きたいか。実はさっき一年生がとても可愛らしい挨拶をしてくれてな……!」
彼と話すとちょっとしたことが何倍も嬉しく感じる。
堅苦しい口調のまま少しだけ話に感情を乗せた。
これぐらいのことなら学園長もきっと許してくれるだろう。