(第12話)ある愛し合う夫婦の会話~レオとソフィラ~
「ソフィラ。少しは君の気が晴れたかい?」
「……レオは、軽蔑するかしら? 私は、実の母である伯爵夫人と話していても、何も感じなかったの」
「俺がソフィラを軽蔑するはずがないだろう。あんな人間のことで、君が心を痛める必要なんてない。何も感じないなら、それが一番だ」
「レオは、いつもそうやって私を甘やかしてくれる」
「こんなことは甘やかすには入らないよ。……後悔しているんだ。君があんなにも傷つけられる前に……初めて会ったあの日に……君を攫ってしまえば良かった」
「たとえ過去に戻ったって、そんなことは出来ないわ。だって初めて会ったあの日には、私達はまだお互いを愛してはいなかったもの。貴方には私を攫うような情熱はなかったし、私だって貴方についていく覚悟はなかった」
「……俺は初めて会った日から君に惹かれてはいたけれど、確かにそれはまだ愛ではなかった。それでも……」
「『夢』の中で、たくさん話をして、私はレオのことを知ったの。貴方のことを知るたびに、貴方を好きだと思う気持ちが積み重なって、それが愛になった。愛になるまでには、時間がかかったもの。だから、過去を思って嘆かないで」
「……だけどソフィラの六年間はあまりに……」
「まだ十代で公爵になったレオは、それだけで精一杯だったはずなのに、それでも私のために出来ることをすべて尽くしてくれた。私にはそれで十分なの」
「『夢』の中でソフィラに会える。そう思えば何だって頑張れた」
「私も。どんなに辛くても『夢』でレオに会えるから。だから、あの家で生きていられたの。……だけど私が生きていられたのは、本当はそれだけじゃなかった……」
「君の姉だね?」
「そう。……もしかしたらローズお姉様は、私を守ってくれているのではないかと、いつからか思ってた。……だってその瞳には、温もりがあったから」
「それでも君は、姉に助けを求めなかった」
「怖かったの。兄の時のように、助けを求めて突き放されるのが。希望は現実にはならないということをまた思い知るのが、怖かった」
「だけど今は確信してるんだろう? 姉は君の味方だったと」
「私は、とてもズルいから。賭けをしたの。ローズお姉様に罵られている時に、周りの使用人には聞き取れないくらいの声で『愛する人がいるのに、結婚なんてしたくない』って呟いた」
「そうして君の婚約は解消された」
「呟いてから一週間もしなかったと思う。ローズお姉様が、ディナーの席で私の婚約解消を伯爵夫人に認めさせた」
「だから、君は確信したんだね?」
「敵しかいないと思っていたあのお屋敷に、たった一人だけ味方がいた。私のために行動してくれた人がいた。……私は、突き放されなかった。……言葉じゃなくて、上辺だけの言葉なんかじゃなくて、ローズお姉様は私を守ろうと行動してくれた。……嬉しかった……。嬉しかったの……。スタンリー伯爵家で生きていくために、私は心を凍らせた。実の家族にも、家庭教師にも、残った使用人達にも、誰にも期待しない。それで心を守っていたの。だけど……だけど私には、本当はずっと味方がいた……。たった一人で、必死に私を守ってくれていた姉が……」
「俺はずっと使用人三人の行方を追っていたけど、見つけられなかった。だけどソフィラから姉が味方だったと聞いて、君の元婚約者の家を調べたら、彼らはそこで働いていた」
「……あの時からすでに、ローズお姉様は私のために行動してくれていた。……嫁いだ私がまたマリー達と会えるようにしてくれていた……」
「レインのスキルで、俺は『夢』の中でソフィラに会えた。だけど、現実での俺はあまりに無力だった。だから現実のソフィラを守ってくれていた君の姉に、俺も感謝している」
「レオは私にスキルの使い方を教えてくれた。レインは私にマナーを教えてくれた。現実で心を殺していた私だけど、『夢』の中でだけは笑うことが出来たの」
「だけど『夢』の中には、食べ物や道具を持ち込むことは出来なかった。痩せていくソフィラを見るのが辛かった。レインもいつも言っていた『ソフィラ様の髪にトリートメントしたい』と」
「……私が気付いていなかっただけで、現実ではローズお姉様に守られていた。彼女が食事を分け与えてくれなかったら、私はきっともっと鶏ガラみたいに痩せて、歩くことすら出来なくなっていたかもしれない」
「……レインから、顔の傷痕のことを聞いているかい?」
「急にどうしたの? ミラベル様からいただいたクリームで、少し薄くなってきた気がすると言ってたわよね?」
「クリームだけでは限界があるみたいなんだ。だから移植は最後の手段にして、『癒し』のスキルを試してみたいと言っていた」
「……『癒し』の……」
「君の姉のスキルが『癒し』だと、前に言っていただろう?」
「あっ!!」
「俺達のために、君から依頼してもらえないか?」
「……そんなこと言って……。本当は、私のためね?」
「……何のことだか……」
「……愛してる」
「……えっ?」
「こんな言葉じゃ足りないくらいに、愛してる」
「ソフィラ?」
「私の世界はとっても狭いから、何が愛とかはよくわからなかった。でもレオといると、いつだって心がキラキラするの」
「……ソフィラ……」
「だけど、もしこれが愛じゃなくても。この気持ちが他の何かだったとしても。私は、ずっとレオと一緒にいたい」
「俺達はこれからずっと一緒にいるさ。現実でも、時間が足りないのなら『夢』の中でも」
「これからの人生が長すぎて、伯爵家での六年間なんて、きっとすべて忘れてしまうわ」
「それがいい」
「私にとっての家族は、レオとレイン。それに、あのお屋敷で私を守ってくれたマリーとジョンとトム、それにローズお姉様だけなの」
「ああ」
「私が欲しいのは、大切なあなた達からの愛情だけ。他の人からの、愛情ですらない自己満足の何かなんていらないの」
「愛してる。俺も。俺以外の家族も。欲しいだなんて望まなくても、いつだってソフィラを愛してる」
「……私は、赤い瞳で生まれて良かった。だってそのおかげで、本当に大切なものに気付けたから」
「ソフィラ……」
「愛してる。欲しがるだけじゃなくて、私も家族を愛しているの」
「愛してる。君が生きていてくれて、本当に良かった」
「愛してる。貴方が私を救ってくれたから、生きていられたの」
「愛してる。何度だって言うよ。君が飽きるまで何度だって」
「愛してる。きっと一生飽きることはないから。毎日言って」
「愛してる。今までの分まで、何度だって言うよ」
「「愛してる」」




