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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ちょっと暗がりな異世界

麗しき古城の堀は満たされぬ

作者: 宇和マチカ

お読み頂き有難う御座います。

お城って、魅力的ですよね。

「姫よ、姫。堀に橋を掛けておくれ」


 麗しき古城に住まうのは、凡百と評価に値する容姿の姫君で御座いました。

 その顔も、肢体も、全てが凡庸だったのですが、来訪者は後を経ちません。

 美しき貴族の若君、勇敢な武者、はたまた裕福な商人の若者、お忍びの王族と……。しかも、全てが見目麗しい者ばかり。


 上げられたままの跳ね橋の向こう岸で、彼らは辛抱強く招き入れて欲しい、と乞いました。

 ですが、跳ね橋は降りません。


 古城のお膝元の村々に住まう娘達は、麗しい容姿や逞しい見目の彼らに憧れの眼差しを向け、心をときめかせています。

 ですが、彼らの瞳はしんと静まる城に向けられたまま。

 叶わぬ思いに憤る村の娘達は古城の主に嫉妬し、憤りました。


 凍える寒風吹き荒ぼうと、灼熱の日差しが彼等を焼こうとも、頑なに愛を捧げる彼等に見向きもせず、姿も見せない。


 しかし、ひとつだけ。彼女は一言だけ書いた手紙を落としました。


「貴方達だけでは、満たされない」


 彼等は悲しみ、そして……憤りました。

 試練に耐える健気な彼等へ温かい反応も見せず、跳ね橋を降ろさない姫君を憎んだのです。


「何故、あんなお金の亡者に群がるのかしら」


 噂では、城を数百も買えるような大層な資産持ちだったそうです。

 しかしそれは、誰が撒いたのかも分からないような、適当な噂でした。村人も来訪者達も皆、それを信じていたのです。


「小さい頃に御領主様に連れられた姿を見たけど、本当に不細工だったのよ」


 村娘達も適当な噂を作り、姫君を悪し様に罵る声を上げました。狂言は高らかに村の端々へと響きます。


 ですが、姫君を貶めるその声に求婚者達は反応すらしませんでした。姫君を諦め、貧相な村娘へ視線を向ける者は皆無です。

 ですが事情も知らぬのに、悪口雑言へ同意した者は居たようでした。

 声は良くも悪くも、どんどん大きくなります。


 ですが、愛を告げようと、例えどんな大声を浴びせようとも、姫君は知らんぷり。

 深く底知れぬ青に染まる堀に掛かる跳ね橋は、ずうっと上がったまま。何時橋は掛かったのか、覚えているものは皆無でした。


 次第に辺りに響くのは求婚ではなく、つれない態度への怨嗟の声しか響かなくなってきたのです。


 姫君の頑なさに心が折れたのでしょうか?

 求婚者達の姫君への恋心は、干からびてしまったのでしょうか。

 姫君へ心から恋をした者は、居なかったのでしょうか。

 居たのかもしれません。居なかったのかもしれません。


「堀を埋めて、渡ってしまわないか」


 ある日、誰かがそう言いました。

 誰かの呟きだった一言は、瞬く間に賛同の声が重なります。


「傲慢な姫に痛い目を見せてやろう」


 そんな恐ろしい事を言う者すら出てきました。

 どうやら、野盗も混じっていたのかもしれません。数多くの者達が苛立っていました。

 そして、怒りに目を眩ませた求婚者達。

 村から馬と人足を雇い土砂や泥を集めます。


 最初は止めようとした者もおり、強欲な彼等を見限って去った者も居ました。

 一人去り、二人去り。残った求婚者達のその目は、全てが怒りに満ちていったのです。


 三日ばかり経ったでしょうか。澄んだ水の満たされた堀に、土砂が泥が石が注がれて行きました。

 ボト、ボチャン、ポチャン。ガチャン。

 激しい飛沫と水音と共に、水面から深淵へと吸い込まれていきました。土だけでは足らず、村のゴミまで投げ込まれたのです。


 村の人足も求婚者達も疲れ果て、ヘトヘトになった頃。

 苦労して集めたゴミと土砂の山は、堀の水の底へ消えていきました。

 ですが、もう積もりに積もったのでしょう。

 うっすらと、堀に人ひとり渡れそうな道が出来たのです。


「やった」

「行こう」


 求婚者達は、不安定な仮の橋に一歩を踏み出します。

 堀を渡ると高い塀が有りましたが、力を合わせてよじ登りました。

 全ては、彼等に見向きもしないで馬鹿にした、憎き姫君に鉄槌を下す為に。


 堅牢に聳え立つ城には守りの兵すら居らず、静まり返っていました。

 求婚者達は、共に来た仲間の為に跳ね橋を降ろします。

 多くの邪魔が入るかと思いきや、彼らを迎えたのは静寂でした。

 侵入者と咎める邪魔者どころか、誰も居なかったのです。


 闖入者達が目にしたのは、壁や床を覆う見たことも無いような複雑な模様の毛足の長い織物。そして廊下には、顔が映る程ピカピカに磨かれた鎧。傍には宝石の付いた剣が掲げられています。

 そして、迷い込んだ食堂には、何十人と座れそうな豪華な食卓。其処に並ぶのは、今用意されたばかりのような銀器に乗る瑞々しい果物に、金縁のお皿に盛られた温かい湯気を上げるご馳走でした。

 お城には、此処に辿り着いた者達が見たことも無いような、美々しい宝物やご馳走で溢れていたのです。


 思わず喉を鳴らしたのは誰だったでしょうか。

 全員かもしれません。彼らは人生で一番、疲れていました。


「……こんなに……有るんだから、少しぐらい頂いても」

「そ、そうだな」


 一人の不埒者が、ご馳走に手を伸ばしました。

 それにひとり、ふたりと続き……。腹が満ちた頃、各々目に止まった高価な品を懐に入れようとほくそ笑みます。


 ですが、その指先は何にも触れることは叶わず……ごとりと床に飛び散り、べトリと絨毯を濡らしました。

 目に見えない剣に切断されたかのように、血がとめどなく溢れます。落とされた先も、容赦なく血を流していました。


「ギャアアア!!」

「うわあああ!!」


 それを皮切りに。

 次々と吹き出た者達の血が其処此処で飛び散り、城内は悲鳴に包まれました。


「誰だ! 此処から出せ! 出てこい!」

「どうなってる!? 誰がやったんだ!?」


 叫んでも、誰も見えず何の仕掛けも有りません。

 全員の心臓が壊れそうな程、鳴りました。


 相手の見えない恐怖の中、逃げ出す者、混乱して仲間内で争う者で大混乱に陥りました。その間にも、何故か血は次々と流されて行くのです。

 剣を振るう敵など居なかったのに。


 求婚者達、村民達の誰もが焦りました。

 早く外に出なければ。


 不気味な程に廊下は静まり返っていました。先程と何も変わりません。

 変わり果てたのは男達だけでした。


 やがて、外から差し込む西日が見えます。そして、堀の水の流れる音も。

 此方からなら跳ね橋を下ろせる。

 早く。早く。


 早く!


 しかし、足を絡めながらも運良く外に出られた彼らは、驚愕します。

 堀の周囲、何処を見ても。跳ね橋など無かったのです。

 巻き上げる仕掛けも、入り口も、橋自体も。


 外からずっと見ていたのに。あれ程立派な跳ね橋が、忽然と消えていました。


 もう、堀を泳ぐしかないのか。不気味な水面は何故か風もないのに波立っていました。

 ですが、奥に戻れば……。

 躊躇する彼らの足元には、波が迫ります。

 黒く深く、べとりとした波が、流れる血が足を濡らし……。


 間もなく背後で絶叫が響き渡り、振り向いた彼らは息を呑むと……。

 城は静かになりました。




 そして、季節は何度か過ぎ去っていき。

 小都市の平地に建てられた領主のお屋敷では、庭師が蔓薔薇の剪定をしていました。

 川が遠いので井戸が数基設けられていましたが、水を運ぶのも一苦労です。


「古城を受け継いだんだって?君が貴族だとは知らなかったよ」

「いいえ、私には貴族の血なんて入ってませんよ。故郷の村の遠縁の遺産なんです」


 枯れた雑草を運ぶ庭師が、今朝から噂の的のメイドを見つけ、軽口を叩きます。

 雰囲気美人、と称される洗濯係のメイドは噂の回りの早さに首を竦めました。

 少しばかり同室の暖炉係のメイドに自慢しただけなのに。本当に卑しくて口さがないわね、と口止めしなかった事を忘れて勝手に腹を立てました。


「ほう? いい親戚が居たものだね」

「とてもとても! 思っておられるような良いものでは有りませんよ!」


 メイドは人好きのしそうな卑屈な笑みを浮かべて、心にもなく否定します。


「どうしてまた」

「マトモに残っているのは跳ね橋と堀のみです。建物も塀も殆どが崩れてしまって、中は瓦礫の山。

 建て直しが必要な程、朽ちてしまったんですって」

「それは困るね。誰も補修をしなかったのかな」

「遠縁の女性が頑なに許さなかったそうです。全く、何を考えていたのやら」

「それで君にお鉢が回ってきたのか」


 困ったように微笑んで見せる彼女は、内心浮かれていました。

 瓦礫の山と言っても、土地が有ればきっと大金持ちになれる。

 売る算段も技量も無いのに、そう信じていたのです。


 重労働の洗濯で疲れ果て、娯楽もなくお金もなく泥のように眠る過ごす日々から、開放される。

 しかし、周りには浮かれて威張ってみせるとお金をせびられるだろうことは分かっています。本当はそうでなくても、メイドはそう思い込んでいました。

 だから、嫌がるふりをして見せていたのです。


 そして、『次のお姫様は、貴女』とミミズののたくったような字で書かれた、不気味な手紙が権利書の次に矢継ぎ早に何度も届いても気にしません。


 不気味な手紙の束は、直ぐにゴミ焼きかまどに焚べられてしました。

 不審な滲みのある宛先も何も、確認していません。親が商売人だった故、少しばかり法律の心得が有ったのにも関わらず、です。

 眼の前の煌々と光る未来に目がくらみ、浮かれていたのでしょう。


 そして、メイドは年明けの休みを利用して、城を見に旅立ちました。

 早朝、ウキウキとした足取りで門を出るメイドを、庭師が目撃したようです。いいなあ、と使用人の内で少しだけ話題になりました。


 しかし、メイドが旅立った次の日。

 かまどの灰の中から綺麗なままの手紙の束を、同僚の暖炉係のメイドが見つけます。


 文字の読めなかった同僚のメイドは燃え盛るかまどの中に有っても焼けない手紙を不気味に思い、偶々通りがかった執事に預けました。

 執事が中身を改めた所、血のシミのように、赤黒い字で書かれた手紙でした。中身は、すべて同じ文字の羅列。

 まるで、良く出来た版画のように同じ文字配列でした。

 そして、宛名は滲んで読めません。


 城の中のものは、全て、全て貴女のもの。

 貴女も、あの城の中のもの。

 わたしは城。城はわたし。

 すべて、わたし。

 すべてたいらげて、わたしは、満たされたい。



 不気味に思った執事は、手紙を水に浸して庭師に埋めさせました。焼こうとしても、必ず翌日の灰の中から見つかるのです。

 屋敷に平穏が訪れました。


 しかしそれから暫く。何故か、たっぷりの水が流れる音と、古い跳ね橋が上がるような金属の擦れる音が聞こえるそうです。



 私は満たされたい。

 次は、あなた?




魅力的なものって、良し悪し在りますが強欲ですよね。

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