自分の小説の挿し絵になりたかっただけなのに
「バルコニーから手を振る王太子を見つめる群衆、その中に金髪で縦巻ロール…は貴族になっちゃうからダメか。胸まであるストレートにしよう。で、ちょっと良い所のお嬢さんに見える位の可愛らしさを添えて、かつ目立たない様にして欲しいかな」
「先生、注文多すぎ!群衆の1人の域超えてますって」
相応な無理を言っている事は分かっている。でも…
「いいじゃない、夢だったんだから。自分の小説の挿し絵に自分がいるの。あ、そうそう服装は…」
「もー、そんなに挿し絵になりたかったら王太子の婚約者として登場させてあげますよ!うっとりと婚約者と見つめあうツーショットで」
にやっと笑うその笑顔はいたずらを思いついた子供の様。
「それはダメよ!私は主役じゃなくてモブになりたいんだから。何にも縛られないモブが一番平和で楽しいわよ。大体、物語って『王子様とお姫様は結婚し幸せに暮らしました』で、終わるけどその後一生幸せかなんて分からないじゃない?」
「それを書いてる人が言いますかね…」
「書いてる本人だから言うのよ。その後のストーリーを血みどろの修羅場にする事だって出来ちゃうじゃない?でも、モブが主役になる事は無いんだから、気楽に王子様を見て素直に喜んでるだけの女の子が一番よ」
「はあ、分かりました。先生のお気に召すかは分かりませんが描いてみますよ、ちょっと待ってて下さいね」
TV電話ってホント便利よね、意思疎通が早くて良いわ。
さらさらと簡単なラフ画を物の数分で書いてくれた。
流石売れっ子のイラストレーターだわ。
「こんなイメージでどうですか?」
と言って見せてくれたのは、ストレートの黒髪で、少し目のクリッとした
「水咲ちゃん、ありがとう!いつも素敵なイラストを描いてくれて本当に感謝してるの。我儘言ってごめんね、今回だけだから許してね」
「はい、じゃあまた。おやすみなさい」
「おやすみ」
「やったーーー」
スマホを握り締めてガッツポーズ。しまった、嬉しさのあまり夜中に叫んでしまった。慌てて口を押えるけれど時すでに遅し。バタバタと廊下を走ってくる足音が聞こえる。
…やってしまった。
「先生、大丈夫ですか!」
バタンとドアが開き、飛び込んできたのは従妹で私のアシスタントをしてくれている妙子ちゃん。
「あー、妙ちゃんごめんね、起こしちゃって。何でもないから寝て、私も寝るから」
「…本当ですか?また話の展開に行き詰って発狂したわけじゃないんですね?」
人聞きが悪い…まるで私がいつも奇声あげている様に聞こえるじゃない。…まあ、前科があるから仕方ないにしてももう少しオブラートに包んだ言い方をしても良くないかしら?
「…妙ちゃん、今回のはそうじゃないの。だから心配しないで休んで頂戴、私ももう寝るから」
***********************************
どうしてこうなった?何が起きた?ここはどこ?私は榊原裕美。うん、名前は言える。でも、それ以外の事が分からない。昨夜、ウキウキ気分でベッドに入り、数分で夢の中へ。
いつもの様に朝起きて、いつもの様に妙ちゃんの作ってくれた朝ご飯を食べ、いつもの様に仕事場に入ってパソコンを立ち上げた。
それから?
気が付くと、ワーワーと興奮している群衆に押され目の前には胸までの高さのバリケード、その向こうには剣や槍を持ち、鎧をまとった騎士がいてこれ以上前には出てこない様に威圧している。
その彼らの後ろには白亜のお城があり、バルコニーにはマントに王冠、錫杖を持った国王陛下とその横には王太子殿下と王太子妃がいる。
ギュウギュウと押され、身動きが取れない状態で身体が痛い。まるでライブハウスの立ち見状態だなと、頭はどこかこの状況を客観視しているのは、目の前にいる人達がどう考えても現実的ではないからだろう。何故私がバルコニーにいる人物が国王だと分かるのか、それは…
錫杖をトンと揺らした途端に今までの喧騒が嘘の様に静まり、皆が陛下たちを見上げ言葉を待つ。
「皆、王太子アベルとその妻、クリスタの婚儀の祝いに集まってくれて感謝する。まだまだ未熟な二人だが、この国を背負って立ち次代の二人に祝福を!」
「おめでとうございます!」
「お幸せに!」
一斉にお祝いの声と歓声が上がる。王太子夫妻はその声に答え、満面の笑みで手を振る。
「この後のお話しは、貴方の心の中で…」
思わずぽつりとつぶやいた途端、世界が止まった。誰一人いない広場に私だけが取り残され、いつの間にか一冊の本を抱えていた。
自分の小説、「ルテルの蒼」思いっきりの典型的なラブストーリー。王子様とお姫様が幸せに暮らしましためでたしめでたし、で締めくくられる。勿論それまでには様々な障害があり、二人の行く手に困難が待ち受けるがそれを乗り切り結ばれる。
そう、今のシーンはこの小説のラストだった。そして私がイラストに入れて欲しいと懇願した場面。
イラストに入りたいとは言ったが、物語の中に入りたいとは一切言っていない!
慌てて最後のページを捲ると、そこには…
『続きを書いてください』と書かれていた。
「…噓でしょ…」
ぺたりとその場に座り込み
「もう小説の中に出たいなんて言わないから、誰か助けてーーー!」
と絶叫する私の声だけが広場に響いた。